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2017年08月06日

いつでも自分を愛して、自分に正直に、自分らしく居なさい。なぜなら、自分自身を生きることが、あなたの使命だから。 Always Love yourself, Be true to yourself and Be yourself because Being yourself is your CALLING.

My Favorite Quotes : 共感する言葉だったり、気持ちいいくらいに代弁してくれる言葉だったり、自分を形造る言葉だったり、やる気やパワーをくれる言葉だったり、元気にしてくれる言葉だったり、心に響く言葉だったり、救われる言葉だったり、クスっと笑わせてくれて気持ちを晴らしてくれる言葉だったり、ググっとくる言葉だったり、勇気づけてくれる言葉だったり、伝えたい言葉だったり、贈りたい言葉だったり… そんな大切にしたい言葉 ゚・*:.。. .。.:*・゜



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"Always Love yourself, Be true to yourself and Be yourself because
Being yourself is your CALLING.
"
- Lico
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“いつでも自分を愛して、自分に正直に、自分らしく居なさい。
なぜなら、自分自身を生きることが、あなたの使命だから。”
- Lico





久しぶりに、大切にしたい言葉のカテゴリーの記事を書きます。Law Of Attraction 引き寄せの法則ゴールに辿り着いて、その後、更に「A-ha!(ああ、そうか!)」という閃きと、この世界の完璧を体で経験し実感することの、両方を幾度となく繰り返しながら、気が付けば今ではすっかり『野に咲く花のように、空を飛ぶ鳥のように』The fowls in the air, the lilies in the field Matthew 6:25-34, Luke 12:22-32)何の悩みもなく心配もなく、何の焦りもなく恐れもなく、自分の心地良さと幸せだけを指針にして自然にまかせて感じるままに生きていますと前回お話ししましたが、その間にブログに書きたいと思ったことは山のようにあり、やる気満々で「I'm so ready!」と感じるのに、同時になんとなく、他の事を優先させてきました。もちろん、その、他の事を優先させるという事がその時の完璧・必然なのである(つまりその時はブログに書く時ではなかった)と解っているので、そういう流れを否定することもなく、抗う事もなく、焦ることもなく、どうこうしようとすることもなく、Go with the flow - 起こっている完璧な流れに身を任せてきました。

それが今になって突然 - 今だってやりたい事や好奇心をそそるものはいっぱいあって程よく忙しいですし、もう引き寄せにも悟りにも新しく知るべきことはないと感じていて興味も失っていますから何か新しい事を発見したとかでもないのですが - ごく普通の日常を送る中でふと「あぁ、これを書こう」という気持ちが湧いてきたので、この記事を書く準備を始めました。実は、この言葉は以前からTwitterやFacebookなどで度々私が言っていた言葉であって別に新しい言葉ではないのですが、いつかはきちんとブログで記事にしようと思っていました。しかし、この言葉は非常に基本的な事であり、同時にEssential 必要不可欠な、Conclusion 結論とも言える重要な事でもあったので(Buddha 仏陀が亡くなる前にお弟子さんに伝えた言葉が結局は、彼が生まれた直後に発した言葉に帰結するのと同じように、またはメーテルリンクの青い鳥と同じように)、とてもシンプルな言葉なのにとても意味深く、この言葉の真意を説明するには順序立てて、これに関連する周りの事も説明する必要があると感じていたので、順番としてはきっと色々な話をした後になるだろうと思っていました。ですからこの言葉で記事を書く準備を始めてから、「いや、最低でもあの言葉やあの言葉について先に書かないと、この言葉の真意は伝わらないのではないかしら?」とか「やっぱり、この言葉について書くのは今ではないかも知れない」などと色々な考えが浮かんだのですが、私はやはり、何も考えていなかった状態で自然に浮かんできたIntuition 直感ともいえる「あぁ、これを書こう」に従う事にしました。Bruce Lee ブルース・リーの"Don't think. FEEL. 考えるな。感じろ"です。 何故この言葉について書くのか、今の私には理由は分かりませんが、これがHere and Now 今ここ完璧なのだと思います。

気が付けばそう決めた時には、既にこのブログの右下にGo to Topボタンも設置済みでした。これも、私がこのブログを書く時に、より伝わりやすいようにと思うと説明が長くなってしまうことで、ページがやけに下に長くなってしまう事が前々から気になっていたのですが、にも拘わらず長いことGo to TOPボタンの設置には至らずにいたのに、最近ふと「ちょっとGo to TOPボタンの設置法を調べてみよう。それでもし簡単だったら設置しよう」くらいにゆるい感じで思い立って、調べてみたらとんとん拍子にできてしまったという経緯で設置したものでした。この言葉について書くことを思い立つ前に、理由も知らないままただ好奇心に任せてやったことは、今思えば今回の多分説明が長くなるであろう言葉について書く準備になってたと言う感じです。これは、『自分の欲求に気付いた時には、必要なものは既にある(ついでに言えば、欲求満たされた未来も既にある)』という一例です。ちなみに、以前のFeminine Wipes フェミニンワイプの記事で書いた流れもMaking Kombucha from scratch w/ ACV アップルサイダービネガーでコンブチャをゼロから作るの記事で書いた流れも - 好奇心に任せて進んだり、自分がやりたいと思う事を素直にやっていくと、必要なものは既に揃っていたり、必要な情報に出会ったり、以前はまさかこんなことと関係があると思ってもみなかったことをふと思い出しそれが目の前のプロジェクトに必要な事だったという事に突然気付いたりというようなThere you go!のサインが出て、とんとん拍子に事が進んであっさりと上手くいき、欲しいと思ったものはめでたく手に入った - というように『自分の願いに気付いた時には、必要なものは既にある(ついでに言えば、願い叶った未来も既にある)』というこの世界の仕組みが現れているものです。

もちろん、この言葉と直接関係ないこんな経緯について書く必要はないのですが、こういう流れを書くことで、Go with the flow - 流れに身を任せていくというのがどんな感じなのかを少しでも伝えることができれば、つい流れに身を任せられず(執着やこだわりや思い込みや縛りを手放せず)、起こってくる流れに抗ったり、つい自分で流れをコントロールしようとしてしまって、ほとほと疲れてしまっている人たちにとって、何らかの参考になったりいくらかの助けになるだろう、と思うので書いています。そのタイミングにある人にとっては「そう、これ!」という出会いになるでしょうし、そのタイミングにない人にとっては、何のことやらちんぷんかんぷんかも知れませんし、もしくは、全く興味のないことかも知れませんが、全てそれでいいのです:いつも書いているように、全ての反応は、それぞれの人のにとっての完璧であって必然であり、大丈夫、誰も何も欠けてないですから。

さて、この言葉、「Always Love yourself, Be true to yourself and Be yourself because Being yourself is your CALLING. いつでも自分を愛して、自分に正直に、自分らしく居なさい。なぜなら、自分自身を生きることが、あなたの使命だから。」について話し始めましょう。とは言え先ほどもお話しした通り、これは非常に基本的な事であると同時に、Essential 必要不可欠な、Conclusion 結論とも言える重要な事ですので、基本から結論までの間の全て:命や魂や神様やこの世界や自然や人や過去や現在や未来やエゴや愛や人生や生きることや幸せなど互いに結びついているありとあらゆる事に関して数年かけて私が導かれた膨大なThe truth 真理をこの一枚の記事で全て説明し尽くすことはできませんし(全く、今だって何から話し始めようか、まだ決まってないくらいで… だから考えずに放っておいて、ただ書き進めています)、それだけ膨大な情報を例えば一気にこのページに書いたとしても、これを読む人には色々な人がいて、それぞれの人のこういう事に関しての理解度が異なる中で、それを一気に理解できる人は限られてしまうと思いますので、出来るだけ多くの人に解りやすいようにするためには、ある程度分解して、他の様々なQuotes クオートと共に、今後、説明を付け加えていくことが必要になってきます。もちろん、もしも今回書くことの中にピンと来ない事や解らないことがあれば、この先私が書いていく記事も読み進めて頂くうちにそのうちにきっと解る思いますし(知りたいという欲求が湧いたならば自然に、A-ha!という閃きも起こってきますし、There you go!のサインを感じるような様々なものと自然と出会っていくでしょうし)、この先の記事が出るまでの間にもCuriosity 好奇心が止まらない人は、私が引き寄せゴールに辿り着いたと書いた、Satori 悟りの入り口に入った頃(仏教で言えば、Buddha 仏陀が悟りを開いて最初の説法をした辺り、3階の舎利子が居るフロアに当たる)以降にアップした大切にしたい言葉のカテゴリーの記事を合わせ読んでいただくと、理解の助けになるかも知れません。もちろんそれ以前のものも、今の見解と多少異なる点はあるかも知れませんが、今の考えに反するというわけではなく、その頃があってこそそれ以降があり、今の考えの基礎に当たるものですので、宜しかったら参照してみてください(ちなみに、引き寄せゴールについて書いた記事以降にアップした大切にしたい言葉のカテゴリーの記事は、その頃には暫くの間トップに維持しておきたい記事があったと言う理由で、後ろに送っていました。従って、日付で記事を探すよりも目次を見て頂ければ、記事がアップされた順番のままにリストアップされているので、時期が判りやすいと思います。また、右サイドバーにブログ内検索もありますので、キーワードを入れて検索して頂ければ探しているものに直接辿り着きやすいと思います)。

引き寄せの法則のゴールとか本質と真理とか悟りとか小難しいことを言っていますが、はっきり言って、願いを叶えたり幸せに生きていくためにAwakening 目覚めることやEnlightenment 悟ることは全ての人に必要不可欠な要素というわけではありません。私はたまたま願いを叶えたいと思ったら、その過程に悟るという事が含まれていて、ただただ進んでいったら気が付けばSatori 悟りという状態になっていたというだけで、私が辿り着いた数々の答えの中で、かつての私にしてみれば最も驚きだった事は、結局、「(こんなことを知らない)普通の人のように生きていけばいい。」という事、そして「それが成り立つほどにこの世界は親切設計なのだ。」という事です。だからと言って、悟ったことや、その道の過程で導かれた数えきれないほどのThe truth 真理が無駄だったのかと言えばそんな事は全くなく、そのお陰で、Limitations 制限や限界がなくなり、Fear 恐れがなくなり、Worries 心配がなくなり、Problems 問題がなくなり、Anger 怒りやIrritation イライラやSorrow 悲しみが偶にあっても(『人間だもの』、感じたっていいじゃない - それをコントロールして消そうとはしません。でも、そんなもんに深い意味なんかないことも知っているのでさっさと手放すので)長続きしなくなり、他人や周囲の事が今まで以上に気にならなくなり、後悔することがなくなり、自分を責めることもなくなり、同様に何かを責めることもなくなり、今まで以上に自分を愛せるようになって今までの自分史の中で今の自分が一番好きですし、自分自身や自分のすることや自分の選択に対しての自信が今まで以上に強くなり、見えなかったものが見えるようになり、今あるものは当たり前じゃなく自分の幸せを支えているものであることに他ならないと言うことが解り(これが解ってからLove 愛でAppliances 家電を直せるようになりましたAladdin Lamp Icon)、今ある幸せが当たり前ではなく非常に尊いものだと言うことが解り、この世界の中の全てのものが、名も知らない人たちも、私から見えない所で自分の幸せを何らかの形で支えてくれているのだという事(意味のないものはない、意味のない人はいない)が解り、何かWishes 願いが浮かんでもどうせ叶う事を知っているので渇望したり必死になることなく安心して放っておけるようになり、そして、感じられるようになったそれらの安心や幸せや自信や心の平穏は、他者や出来事や世の中の状況などの外的要因に左右されるような相対的なものではなく、絶対的なものであるため過去や未来はもちろん、目の前に見えている事についてですら、ゴチャゴチャと考える必要がなくなりました。そうやって余計な事を考える時間がなくなった分、今迄よりも自分のCuriosity 好奇心に素直に従えるようになり、今迄よりもやりたい事に純粋に集中できるようになり、何にも追われていないので愛するものを愛する事を後回しにせずにたっぷりできるようになり、自然の流れに身を任せていられるようになったので、必要なものには放っておいても自然と巡り会っていっているのが分かりますし、やりたいと思った事がとんとん拍子に進んで上手くいったり、欲しいと思ったものがあっさり手に入ったり(それも自分が思ってた以上に)、起こってくる出来事を楽しめるようになりました。そして、今まで以上にもっともっと自然や動物を愛するようになりました(自然は神様そのものですし、自然や動物は人間よりもずっとあるべき在り方で生きていて、それを私たちに見せてくれています。だから、自然や動物と共に過ごすことには、この世界を生きる上で学ぶべき貴重な教えを受けとるチャンスが数えきれないほど詰まっています。きっと人間が輪廻転生の最終地点までたどり着いたら自然・動物などに生まれ変わるのではないか、と思うほど彼らの存在は絶対的な無償の愛であり個=Ego エゴである人間にはなかなか真似できないほど尊いものです)。もちろん、私が手にしている恩恵の全てを書き連ねることはできませんが、数々のThe truth 真理に辿り着きEnlightenment 悟りの境地に至ることは、まさに、Drink the water of life(悟りを開くという英語表現)という言葉通りで、かつての私も確かに生きてはいたのですが、Satori 悟りを境にそれ以降の私は『水を得た魚』のように本当にイキイキと生き始めたのだと感じています。これは大きい!これこそが、個であるEgo エゴとしての私の何らかの願いを叶えて手に入れたものよりもずっとずっと私にとって大きくて重要な意味があるものであり、何にも代えがたいご褒美甘い果実)だったと言えますPeach もも

Andersen アンデルセンの言うように、人生は一人ひとりのために神様の手によって書かれたFairy tale おとぎ話です。私たち一人ひとりは、一人として同じに創られたものはなく、私たち一人ひとりに用意された人生というおとぎ話もまた、どれ一つとして同じものがありません。この世界の全ては神様の創ったものであり、神様の創るものには、どれ一つ無駄なものはなく、どれ一つ意味のないものはありませんから、この世界に無駄な人間もいませんし、全ての人は【存在するだけで】- この世に存在するという事自体が - この世界にとって大変重要な意味を持っています。例えば、どんなに魂が未熟でその意味を見極める能力を持ち合わせない人が「こんなものは無駄なだけだ。」「こんな人間は存在している意味がない」「だから排除しろ」と言ったとしても、まぁ、人と異なる意見を持つのはその人の自由ですが、そういう発言の裏には必ずFear 恐れが隠れていますから、自分の弱さを晒す事はあっても自分をより上の立場に見せることはないですし(充分に精神的に成熟している人や幸せな人は自分に自信がありそうそう恐れることはありませんから他者に優しくできるものであって、そういう人にはものの真価が判るものです。また、ものの真価は表面的に現れていない事も多く簡単には測れないと知っているので安易にそういう発言をしないものですから)、恐れを持つその人には恐れなくてはいけない状況が当人に返ってきて繰り返されるだけなので「本当の幸せが見えるようになるまでの道のりは遠くてまだまだこれから大変そうですね」という感じなだけであって、全く持ってそんな未熟ゆえの発言に意味はなく、耳を貸す必要などないのです。それどころか、他人のどんな意見でも、常識と呼ばれる既存のルールでも、周囲の状況でも、それら自分の外側の要素には自分と言う存在を揺るがす力などなく、自分と言う存在にとって本来は意味を持たないものです。全てのものに意味を付けているのは自分であり、すなわち、自分と自分の世界、目の前に起こっている事を「自分自身がどう受け止めるか」と、その自分の受け止め方から生じた「自分の見るもの」や「自分の経験すること」に対して力を持っているのは自分だけなのです。言い換えれば、自分の事はいつでも自分主導権がある。だから全てはコントロールできる(同時に、コントロールはできない=コントロールする必要もないほど完璧。このように相反するように見える両方ともが真理であり、そのどちらを採用してもそれはその人の自由であってどちらも正解 → 詳しくは追々ね)。他人の意見に自分が同意してそれを真実として採用して傷ついてしまうか、他人の意見には同意せずに自分で意味づけし揺らがず胸を張っているか、そのどちらを選ぼうと人はいつでも選択の自由を許されており、いつでも選択するのは自分です。そして、誰が何を選択しそれを信じこもうとも人の意見によって「もの」や「人」の神様が元々定めた本当の価値が揺らいでしまい変わってしまうことなど決してあり得ません。誰が何と言おうと、今どんな状況であろうと、今何を持っていなかろうと、神様は一人ひとりを「この世界に必要な存在だから」とそれぞれを名指しでこの世界に呼んだのですから、この世界に存在するもの全てはこの世界にとって重要でありSpecial 特別な存在です。そして、そんな特別で大切な一人ひとりにちゃんとそれぞれの人に合ったFairy tale おとぎ話(人生という、神様がそれぞれの人に合った宝物をその道のりに幾つも用意してくれているそれぞれの人の為の完璧なシナリオであり、過去・現在・未来のどこを探しても同じ物のない唯一無二のストーリー)を与えてくれているのです。そしてそれらの全ては - ちっぽけな人間(個・エゴ)からは見えなくても - 全てが互いに結びつき完璧なシナリオに則って進みながら完璧なバランスを取っているのです(もうね、この事について考えるとそのもの凄さに圧倒されずにはいられません。だって、横軸だけでも凄いのに縦軸でさえもぎっしり完璧に繋がっているんですもの。これは人間にはできない離れ業だわ!って、その壮大な様に興奮しますよ。そして、日常の小さな経験の中にもこの完璧さを垣間見ることができるんですから、そりゃ生きるってことは面白いですよ)。

そしてこの世界は、天国と同じように創られた世界です。「いや、こんなChaos、天国であるわけがないだろう」って思うかも知れませんが、【人は自分の見たいものを見る】 - 人は自分の信じている事に基づいて物事を見たり経験したりしています。その基になる、信じること・信念・観念・概念というものは、親に教えられたり、学校で教えられたり、世間で常識と呼ばれているものだったり、お金の為に(誰かの利益の為に)雑誌やテレビやネットなどのメディアを通じて人々を誘導するために仕掛けられた情報だったり、ある時は自分の経験を基に自分が導き出した方策だったり、どれももっともらしい理由を携えて、自分の中に真実としてあるものです。が、それらは、自分にとっての真実なのであり、万人にとっての真実ではありませんし、自分も他人も、それを真実として採用するもしないも、限りなく自由なのです。「いや、全然自由じゃないよ、親や先生ががそういったから、世間がそういうから、そこからはみ出したら人に何と言われるか分からないから、仲間外れにされるから、環境が許さないから、状況が許さないから、過去に実際に経験して学んだことだから… and so on…」と理由は色々思い浮かんだと思いますが、それら全ての理由が思い込みで、これらの理由一つ一つに【それは本当に真実か?】と向き合って分解していくと、もしも何か(他人や失敗や体裁や評価や病気や死など)を恐れていなかったら本当は「それを選ばなくてもいい」という選択肢があった事に気付きますし、にも拘らず自分は(何かを恐れて)それを選んでいた事に気が付きます。人はそうやって自由に何かを選んでは信じ、それらを自分の真実として、それを通してものを見る。だから、同じものを見ても(経験しても)人はそれぞれ異なる感想を持ち、好ましく感じる人もいるし不快に感じる人もいるし、ある人は見えると言いある人には見えないと言い、ある人はそれで病気になりある人はそれでも元気でピンピンしていたりするのです。そのように、全ての人に同じ結果として現れないものは、いつなんどきでも一定の結果を導き出す「法則」と呼べるようなものではありませんから、自分が真実として持っている信念は、他人にとっても真実とは限らず、絶対的なものなんかではないという事が分かり、それは【本当に真実か?】と向き合うなら分解可能です。自分が真実だと信じているものが、「法則」のように万人に共通するものではないことに加えて、自分にとってでさえも、過去でも未来でもいつ何時でも通用するマスターキーのようなものでもありません。例えば、ゴキブリが怖いと思って外に出れば、ゴキブリなんか居やしない所にそれらしき黒い影を脳は見せますし、VRでチョコレートクッキーを見せながら、口では普通のバタークッキーを食べれば、「今食べているクッキーはチョコレート味だ」と言ってしまうくらい、人間は自分が信じているものに基づいたものを経験をしていて、実際そこに起こっている事ありのままを経験するとは限らないわけですから、自分が見たものや味わったもの(自分の経験)が本当に真実なのか、と言えばそうではなかった可能性などいくらでもあります。また、自分の経験として起こった事をまた起こそうとして、または、それを回避しようとたてた対策として、何らかを真実として採用しそれに基づいて行動しても、同じことをしたから100%確実に同じ結果を生むとは限らないですし、同じことをしたから100%回避できるとも限らないわけで、異なる状況下でも毎回同じ結果を導きださないものは「法則」とは言えないわけで、やはり答えは一択ではない、つまりそれを真実として採用しないという選択も存在しているという事ですから、【本当に真実か?】と向き合ってみるなら分解可能なものです。今自分が真実として採用して信じているもので、自分が心地よく幸せに感じるために「やりたい」と思っている事を「できない」と思わせて自分を縛っていると感じるものに、【本当に真実か?】という目を向けてみてください。そのこんがらがった結び目は、長年ぎゅーっと固く結ばれてたのですぐには解けないかも知れませんが、必ず緩んできて、ほどける日が来ます。

そう、『神様は地上に天国と同じ国を創られた』のですが、この世界には無いものはなく「無い」ですら在るのです。「全てが在る」 - そして「全てが既にある」なのです。その無いものがない全てが既にある豊かな天国と同じように創られたその場所で何を見て何を経験するか - 何を選ぶのかは一人ひとりの自由なのです。それなのに、必要ではない、無駄な縛りに縛られて、折角見れるものを我慢して見ずに、折角やっていいんだよと言われている自分のやりたい事を諦めて、ここは地獄だChaosだと言ってイライラしながら生きたり絶望しながら生きるのは勿体ないことですね。補足として、どこかで読んだ別の天国と地獄の話を書いておきます。うろ覚えですがそのお話しは、『天国と地獄は全く同じに創られました。そこで神様は二つの場所に同じようにとっても長い箸を与えました。地獄では、人々はそのとても長い箸を使う度に箸が隣の人とぶつかったり口に食べ物を運ぼうとすると向かいの人を箸で刺してしまったりするので、それが元で互いに憎しみ合い争いが絶えない場所になりました。一方天国では、人々はこのとっても長い箸をそのまま使うのは難しいと冷静に判断して皆で話し合い互いに助け合って使うことにしました;それぞれ向かい合った人の口にそのとても長い箸で互いに食べ物を入れてあげるという方法を採用したのです。互いが助け合いながら長い箸を使うこの場所には争いは起きず、互いに感謝して暮らしました。』というもので、このように、同じものの中に【人は自分の見たいものを見る】のです。物事の在り様は、自分の見たものをどう捉えるか、すなわち、自分のひとつにかかっているという事です。


This world is like a Pin art image captor you can see whatever you want in it even Heaven or Hell.gif


これは、地獄を無理やり天国だと思えという理不尽な事を言っているのではありません。自分の居るその場所に天国(Paradise 楽園、Xanadu 桃源郷)を浮かび上がらせろ、そのためにまず自分で自分に天国を味合わせることで心に天国を映せ、という事を言ってるのです。そうです、元々人の心にはそういう力があるので、他人や状況とは関係なく、自分で自分の心の面倒を見てあげるだけでできることです。もちろん、その過程で、何ら今迄と変わりなく目の前にあるものは実は地獄ではなく元々天国(Paradise 楽園、Xanadu 桃源郷)だったのだと気付く場面も起こってくるでしょうが、それもまた必然であり、その過程を経て=自分の心(内面)にそういう変化が起こったその先に、「世界が変わった」と、「ここは天国だった(天国が浮き上がってきた)」と感じる地点があるという事です。それはまるでPin art ピンアートのように(すぐ上にに貼ってある画像参照) - 後ろから押した形状のまま表に形が浮き上がるPin screen ピンスクリーン。ピンスクリーンには縦横隙間なく無数のピンが完璧に配置されていて、何も映せないものはなく何を映したとしても既に完璧を成しているその全体としての形状は変わることはない。ピンスクリーンの表面に地獄が浮かび上がっているように自分には見えるなら、その後ろにあってピンをその形に押している自分の心に地獄が映っているという事。地獄を見たくないからといって、天国が映らないからといって、怒っても絶望しても、他人に八つ当たりしても、他人の足を引っ張っても、他人を蹴落としても、他人を利用しても、ピンスクリーンの表面を移動してどこか他の場所に行っても、無理やり形を変えてやろうとピンスクリーンの表面でどこか一部を爆破しても、天国は映るようにはならない。ピンスクリーンの表面に天国を浮かび上がらせるには、その後ろにある自分の心に天国を映すことだけが必要であり、自分の心に天国を映すには、高価なものも、愛してくれる他人も、人から高く評価されることも、お金も、ここではないどこかほかの場所も必要ではなく、ただ一人、自分の心の面倒を見てあげられる自分だけが自分の心に天国を映すことができる。そして、自分で自分の心に天国を映すことに集中していけば、ある時ふと気付けば、今迄と同じピンスクリーンに知らない間に天国が浮かび上がっていて「世界が変わった」と感じる時がきますよ - ピンスクリーンは今も前と変わらない形で完璧を成したままなのにね、というお話です。(なるべくキュッとまとめようとしてサラッと書いていますが、こういう事に基礎知識がない人が読めば、余りに今自分が見ているものとかけ離れたことが書かれていて、煙に巻かれた気分かも知れません。そういう場合は、少し気分が落ち着いたらこのブログの過去記事をのんびり読んでみてください。過去の私が粗削りながらも中々丁寧に説明していると思いますので。そして、少し時間を取って自分自身や自分の信じている事について考えてみてください。このブログの記事は逃げたりしませんから、自分が心地良いと感じるペースで進めばいいのです。それが自分にとっての完璧なシナリオであり、何も欠けてはいませんから。)。

さて、自分の信じていたものが実は真実ではないかも知れない、という地点に立ったらここで質問です。
「もし失敗しないとしたら、もし自分が恐れるようなことが起こらないとしたら、本当は何がしたいですか?」

それが自分の願いありのままの姿です。願いは、本来そのように縛りのないシンプルな形で存在しているのです。ここで言う願いとは、自分がそれを経験することを考えると心地良いとか幸せに感じるような純粋な願い・欲求の事です。そういう願いの他に、「相手が自分より幸せそうだから」「相手を辱めたい」とか、「裏切られたから」「復讐してやりたい」とか、「傷つけられたから」「殺したい」などという願いを持つ人も居るかも知れませんが、そういう願いは単に倒錯しているだけで【本当の願い】ではありません。「いや、あいつを貶めたら、そりゃ心地良いし幸せに感じるよ!」と言う人がいるかも知れませんので、少し説明しておくと、こういう欲求の場合、直接的に誰かに何かをされていようと居なかろうと、根本にある一つの欲求(願い)は「愛されたい」です。「相手が幸せそうに見える」のは、自分がそう見ようと思って見ているだけですし(本当のところは本人にしか分からない)、相手が幸せな事は何も悪いことではなく、ましてや相手は自分が幸せでいただけであってそれによって故意にその人を傷つけようとしたわけでもなく、お分かりのように全くの幻想によってこの人は相手を恨んでいるのですが、これは要約すれば「相手は幸せになれるのに、自分は幸せになれていない」→「自分だって幸せになりたい」→「自分も愛されたい」という事です。「裏切られたから」「復讐してやりたい」という例も、「自分は傷つけられたから、相手にも同じ思いをさせたい」という事ですから、この人の考えとしては「相手が自分を傷つけたりせずに愛してくれていたならそんな思いには至らなかった」というわけで、つまり「愛されたい」という事です。当然、残りの例も全て、誰かに直接的に何かをされていようと居なかろうと「愛されたい」に辿り着きます。つまり、この手の倒錯した願いの中に隠されている【本当の願い】は「愛されたい」なのです。そして、これは、今日の言葉にもあるように、自分で自分を大切にして、自分を自分で愛して、自分で自分を幸せにすること、つまり自分のの面倒をちゃんと見てあげることで満たされて解決できるものです(これは、他者に愛されるというような相対的なことでは根本的な解決はできません。自分が自分を愛することでしか絶対的に解決することはできないのです →これについては追々)。

にも拘らず、妬んだり、復讐したり、殺人を犯したり、他者を恨んで憎んで生きていく人はいます。それでも、この世界は完璧間違いなどないので、それもまた完璧の一つです。そういう人でさえも、誰かの信じるものを見せているのだし誰かの願いを叶えているし、その人にもその人を愛する人がいるし、ちゃんとこの世に重要な意味を持って生まれてきた人です。殺人にも大した理由なく行う快楽殺人もあれば、家族を殺された復讐としてなど他者にも理解し同情できる理由をもって行われるものもあり、だから一概に、殺人を犯す人の全てが悪だとは言い切れないと感じることもあります。Yin YangYin Yang Iconの印に表されているように、地上のこの世界は、光と影、大きいと小さい、寒いと暑い、男と女、昼と夜、愛と憎しみ、自由と束縛、分離と一体、不足と充足、有限と無限のように色々なものが相対するものを伴って存在しているDuality 二元性の世界とされています。ですが、これは人間によるラベル付けであって、実際にはこの世界に「Right 正しいWrong 間違っている」は存在しない、なぜならGod 神様は全てのものをLove としてこの世界に存在させていて、全てのものは一つひとつそれぞれが存在するだけで完璧な存在であり、更には、それら全てのものが在ってこそ完璧、どちらかが欠けては存在できない性質の相対する二つが揃ってこその全であるからです。つまり、神様にとってはこの世界はNon-Duality 非二元の世界であり、それぞれの存在は元々分離すらしていない一体の存在です(正誤、善悪、上下、優劣、美醜、男女、昼夜、大小、陰陽といったラベル付けをして、Judge ジャッジ・決めつけをして分離させているのは、自分はであると思い込んでいるEgo エゴとしての人間)。だからと言って、進化を繰り返しながら精神的成熟を増してきた現在のこの地上では殺人はどんな理由であれ容認されていいものではありませんから、当然その責を負わされるシステム(それ自体が抑制にもなっている)があり、それもまた完璧。そして第一に、この世界の仕組みとしても【自分のしたことからは、どんな形であれ、決して逃れられない】 - それが優しさであれ、愛であれ、恐れであれ、悪意であれ、どれも同じように自分が発したものは必ず自分に返ってくるので、誰も自分の行いを見ていなくても、必ずそれは、形や相手は違えど、何らかの形で必ず返ってきます。まさに、Lao Tzu 老子の言う"天網恢恢疎にして漏らさず"(天の網は網目が大きく粗いけれども、決して漏らさないの意)です。従ってこの場合も、その悪事を働いた事を誰も見ていなかろうと、本人がどんなに正当化しようとも、それ以前に悪事を働こうと思いついた動機自体が必ず何等かのFear 恐れであり、自分が発したFear 恐れは必ず自分に返ってくるので再び何らかの形でFear 恐れを経験することになる:例え警察に見つからなかったとしても、天の照り返しからは決して逃れられず、返ってくるFear 恐れからは逃れられないので、必ず何らかの形で自分の責任を取ることになります。しかし忘れてはいけないのは、殺人を犯すような人たちもまた、神様がここに意味のある存在としてこの地上に呼び寄せた人であり、その他の人と同じようにGod's Child 神の子であり、神様が与えた完璧なシナリオの上を完璧に進んでいるのです。ただ、その人がThe truth 真理(絶対的な幸せ)に辿り着くにはまだ余りに遠く、未だ魂が未熟なので、今はそういう負を経験しそれに伴う責め苦や自分のしたことの責任を負いながら、神様の完璧なシナリオの上の階段を一段一段上っている最中なのだという事です。『殺人を経験したことのない魂はない』と言います。ですから、今世で「まさか人を殺すなんて!私ならそんな事絶対にしないわ」と思っている人は今世で殺人を犯す人たちよりも間違いなく魂が成熟しているのですが、成熟したその魂でさえ輪廻転生を繰り返し成長する過程でかつてその地点を通ったことがあるということです。だから、そういう人たちに対して意見を持つのは自由だけれども、執拗にそういう人を責めたりして、そういう人の事であなたが苦しまなくていいのです。Let it be - この世はどの瞬間も完璧であり、そういう人の経験も自分の経験も神様によって用意されたそれぞれの道の上に完璧に配置されているものですから人の行いは本来、同じ人間である他人が咎めることができるような性質のものではない。加えて、それでも全てが在るこの世界には必ず、罪を追及する人がいて、助ける人もいて(ありとあらゆるものが完璧に配置されているから)、被害者はもちろん加害者もいずれ必ず救われる;諸行無常、すなわちこの世の全ては永遠に同じままではいられない、余りにその変化が少しづつだったり、人の内面で静かに変化していたりと、人の目には見えにくいのでその変化に気付きにくいけれど、確実に(退行しているように見えているものでさえも)毎瞬Evolve 進化しているのでいつかは必ず気付くもの。全てはそうやって常に形を変えていくことによって進化していて間違いなく確実に良い方向に向かっているから、ただ【この世の全ては必ず神様が完璧に面倒をみている】ということを知って任せておけばいいのです。

優しい人や、真面目な人や、心の綺麗な人や、責任感の強い人は、既にThe truth 真理に近い所に居る人ですが、こういう時にそういう人たちが陥りやすい落とし穴は、「正しさに囚われてしまう」事です。正しさ正義を強く思うが故に、自分が正しくないと判断した事を排除しようとして強力に意識の焦点を当ててしまうのです。しかし、Nietzsche ニーチェの言う通り、"When you gaze long into an abyss, the abyss also gazes into you. おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。"という言葉の通り、 そういう人の事でもしもあなた自身が深く苦しみ続けたり、そういう人や物事と戦い続けるのであれば、やがてあなたの心に地獄が映り、折角真理に近いところに居たあなたまでもがピンスクリーンの表面に地獄を見なくてはいけなくなります。そうやってピンスクリーン上に地獄を見る人を増やしてこの世界をChaosにしたかったわけではなかったはずなのに、です。もちろん、目の前に苦しんでいる人がいて、手を差し伸べたいと思うなら、迷うことなく自分ができること堂々とすればいいですし、もしできることがないのなら愛すればいい(Love 最強であり無敵ですから)、淡々と。そう、ただ淡々と自分がしたいと思う自分にできることをして目の前に集中するのです;心に、自分のやってることが正しいか間違っているかという迷い、他人の意見や周囲の反応に対する恐れ、起こりうる結果に対する過度な期待や恐れなどの不要なものを映さないために。に地獄を映してしまえば、やがて助けようとしている自分までが同じ穴に落ちてしまって、誰かを助けることなどできなくなってしまうから。【大丈夫ですよ、安心してAngel Smily icon - 自分は世界と根源で繋がっていますから、自分の中にあるものは黙っていても他者(人でも動物でも物にも)にも伝わりますし、自分が感じているのと同じように感じている人は沢山いるのです。だから必ず良い変化は自然と起こってきますからねBlue Marble Icon

ここで話を戻しますが、自分がそれを経験することを考えると心地良いとか幸せに感じるような【本当の願い】は、自己表現であり、自分が自分という存在であるために必要なもの、自分というパズルの1ピースであり、それが一つでも欠ければ100%自分であると言うには何かが足りないような感じがするそんな大切な意味を持つものであり、つまり自分自身です。それは、食べたい、トイレに行きたい、呼吸をしたいとか、水を飲みたいとか、眠たいとか、と同じように自分が存在することや、自分が自分であるために必要な事です。「いや、呼吸をしたいというのと、猫と遊んでいたいというのは同じじゃないでしょ(重要度的に)」「水を飲みたいというのと、船を買いたいというのは同じじゃないでしょ(難易度的に)」という考えが浮かんだかも知れませんが、そもそも欲求・願いに大きい小さいもなければ、重要度の高い低いもなく、難易度の高い低いもなく、全ての欲求・願いは「水を飲みたい」と同列であり(上で書いたように、神様にとって全てのものは愛であり同列)、加えて、それが何であれ自分が心地良く感じたり幸せに感じることなのであれば、猫と遊ぶことでも、船を買ってMonaco モナコで船上パーティーをすることでも、お風呂に入って体を清潔に保つことでも、水を飲むことでも、呼吸をすることでも、この命の間に「自分という存在を表現する」ための要素であり、自分が自分であるためのものに他ならないのです。ですから、「猫と遊ぶこと」でさえ「やりたい事」であり「心地良く幸せに感じる事」である以上、確実に自分と言う存在の表現の一部であり、自分と言う存在のその時点にとって必要不可欠なものですし、もっと言えば、過去記事になんども書いたように、Everything happens for a GOOD reason. それが起こっている以上それには良い意味があり(例え取るに足りない事のように見えても、Ego エゴである自分にとっては好ましくない事が起こっているように見えても)、意味がある=必要があるから起こることが既に決まっていた上で起こった必然であり、無駄なものなどなにもないのです。ですから、自分が心地良かったり幸せに感じるような純粋に「やりたい」と思った事や、それを経験することを、後ろめたく思う必要もなければ、自分が素直に望んだものを自分には相応しくないとか何か手の届かないもののように思う必要もなければ、今本当はこれをやりたいのに今すべき事としては相応しくないのではないかとかゴチャゴチャ考えてやりたい事を我慢する必要もなければ、本当はやりたい事があるのに他人に悪く言われる事を恐れるがゆえに他人が納得するような事をする必要もなければ、今はそれをやるのに相応しいタイミングではないのではないかと考えて「いつか」を待つ必要もなければ、それを手に入れたりそれを経験することが自分には不可能だと思う必要もありません。子供の頃だったらもっと素直に、やりたい事をやって欲しいものを欲しいと言えたはずです。是非、子供心を取り戻してくださいUnicorn icon.gif - Don't grow up. It's a trap!

【人はどんな時でも必ず選択の自由を与えられている】 - にも拘らず、ああだからできない、こうだからできない、ああだから本当はこれをしたいけどするべきではない、こうだから上手くいくわけがない… と言う感じで、もっともらしい理由をああだこうだ付けては、本当は在りもしないLimitations 制限=縛りで自分を縛って、あたかもそれは自分にはできないことのように自分に信じさせている事が、どんなに多い事か!そういう本当は在りもしない縛りを自分で付けている局面はなにも自分の欲求や願いに応えようとする場面に限りません。「これをやったからこうなる」とか「こういう人がいたから腹が立った」とか「これをしなかったからもうダメだ」とか「今はこれしか無い」とか「限られた時間しかない」とか「こういう状況に弱い」とか「こうするしか道はない」とか「こうなるといつも失敗する」とか「こういう事があったから元気が出ない」とか「動物は人間より劣っている」とか「子供だから大人の自分より未熟だ」とか「もう何歳だから老けて当たり前」とか「前にこの病気を患ったからまたこの病気になる可能性が高い」とか「Gene 遺伝だから」とか「手入れをしないと肌がボロボロになる」とか「働かないとお金が入ってこない」とか「あの人は(大衆が好きなものを好きじゃない人や自分の意見に同意しない人)は自分より劣っている」とか、日常のありとあらゆる場面で人は自分を縛っていて、尚且つ、自分を縛っていると往々にしてその同じ思い込みで他者も縛ってしまっているものです。ところが、本当はNo Limits 縛りなど存在せず、本当は「こうした」と「こうなる」は関連性はなく、「過去の自分」と「今の自分」も同じではなく関連性はないし、同様に「自分」と「他者」も同じではないし関連性もないので、過去に起こった事と同じことが次に起こるとは限らないから「こうした」のに同じ結果にならない事もあるし、過去の自分にできなかったことが今の自分や未来の自分にもできないとは限らないし、自分に起こった事が同じように他者に起こるとは限らないから、こうした方がいいと言ってもこうしない方がいいと言っても自分に作用したように他者にも作用るするとは限らない。

ただ人にはそれぞれ神様によって用意されたワクワクするようなFairy tale おとぎ話人生)があり、その完璧なシナリオによって起こることの全ては決まっているだけ(必然)。それ以外の、個(Ego エゴ)としての人間が考えるような事や、個(Ego エゴ)としての人間のPerspective パースペクティブは非常に限られていて、個(Ego エゴ)としての人間には全てを見通すことはできない、だからこそFear 恐れを抱いて自己防衛に走る。自分を守ろうとして、ああした方がいいと方策を立てたり戦略をたて、こうしない方がいいと自分を足止めし、時に悪質になり、人によっては、自分の立場を守らんがために自分より上には行かせまいとして他者を踏みとどまらせようとしたり実力行使で人の足を引っ張ることさえある。ところが、この個としての人間が持つFear 恐れからくる自己防衛(Ego エゴ)には、自分に何かを思い込ませることや、その思い込みの証拠となるようなものを目が選んでは拾って見るように仕向けてあたかもその思い込み(虚構)が真実や現実だと勘違いさせることはできても、何かを創造したり実現する力はないのです。だから、Ego エゴ(個としての人間が持つFear 恐れからくる自己防衛)が必死で考えて、上手くいかせようと方策や戦略を立てたり、防衛の為の策を講じたり、夢や願いを叶えたいと必死になっても、結果は、上手くいくこともあるけれどうまくいかない事もあるというような全く持って不安定で(Ego エゴの考えることなんか法則のように絶対的なものではないので)、信用に値するものではないのに、多くの場合はそれ以外に方法を知らないので、あれやこれやとまた方策を考え対策を考えては不安定な結果を手にして一喜一憂し、挙句の果てには競い、争い、戦いまで初めてしまい勝ち負けなどというHappiness 幸せとは関係のないものにまで一喜一憂しなくてはならなくなり…というような事を何度となく繰り返し、大した成果もないまま、ついには疲れ果ててしまうのです。どんなにEgo エゴ(個としての人間が持つFear 恐れからくる自己防衛)に付き従っても、Ego エゴには何かを創造したり実現する力はないのですから、願いを叶えることも、夢を実現することも確実にできるわけではないですし、全てを上手くいかせるというような事もできず、エゴに振り回されれば振り回されるほど状況は悪化して下向き、そのままでは下降の一途です。ホント、このFear 恐れこそが元凶でありSatan サタンですよ - Love であるGod 神様とは真逆にあるものです(だから、以前にこのブログのどこかで「今株を買ったら勝てる=利益を上げられる気がする」と言ったのよね。God wins in the end - 恐れがあるものは今はどう見えていようといつかは下向き、愛あるものは今はどう見えていようといつかは上向くのがこの世の仕組みでしょ。あと、小保方さんの騒動があった頃、うちでは、この騒動の細かい経緯なんかどうでもいいけど「STAP細胞はあるだろうね」って話してた。だって、万能細胞なんてあったらどれだけの人が救われることか!多くの人がそれがあったら幸せだなって、病気の誰かへのまたは自分へのLove からそれを望んでいるんだったら、それは「既にある」だろうねって。だからそれから何年かしてSTAP細胞はやっぱりあったというニュースを - 私は全くテレビを観ませんから - 人づてに聞いたときは、うちでは「そうだろうね」って感じだったのよね。)。でも、【幸いなことに、Ego エゴには何かを創造したり実現する力はないですから、エゴが何をしようと、本当に神様が用意してくれた人生のシナリオそのものを変えてしまうことはできないのです】;本当にするべきでない事は、どんなにやっても苦痛に感じてくるほど上手く進まなかったり、やろうと思っていても何となく=自然とやらないで終わったりで、結局は実行されないものです。同様に、神様のシナリオ上で決まっている本当に経験するべき事、すなわちこの先の幸せの為に必要な事は - それがエゴ的に見て良い事であっても悪い事であっても - そこを避けようとしても、結局は避けられないものです(つまり、【起こっている限りそれは必然でありその時点での完璧】)。起こることを避けることはできないという事は、神様が自分の為に用意してくれている宝物は、状況や他人がそれを遮っているように見えていたとしても結局は状況や他人に邪魔することなどできないという事ですし、自分がその宝物を素通りすることもできないという事で、神様は手を変えてでも品を変えてでも用意してあった宝物を差し出すことをやめないので、「なんだかんだ」で最終的には受け取ることになるという事です。従って、個(Ego エゴ)としての人間が恐れから考え付く縛りになど意味はなく、全くの無用の長物、恐るるに足らず、自分で勝手に信じ込んでいるだけの幻想ですから、ゴチャゴチャと不快に感じるような事を考えるのをやめてさっさとLet it go 手放してしまって身軽になって、元々神様が用意してくれている自然の流れに乗るのが一番です。Ego エゴ(Fear 恐れやそこから来る自己防衛に基づく考え)なんか手放して、自分に正直になって自然の流れに身を任せれば、自分に差し出されている宝物の一部を素直な気持ちで垣間見れるようになり(考えただけで幸せに感じるような願いが湧いてくる→それが自分の為に用意された宝物であり既にあると気付く→渇望せずに手放しておける)、迷いがなくなり「やりたい」と感じるようなするべき事をさっさするようになり(Ego エゴの思考と、自分の内側に自然とPopして浮かび上がってきたものとの区別が付くようになる)、今ここに在る自分が幸せに感じられること以外の事(過去にも未来にも他人の意見にも状況にも)には興味がなくなり、かつてはあるように見えた障害物も気が付けば見えなくなり、「今日はこれやろう」「明日はこれやろう」と毎日が楽しく感じるようになって、上に書いた「なんだかんだ」の部分がもっとシンプルで、もっと楽になります。

昔から一般的な人よりも結構な自由人だった私でさえ、普通の大人として生きてきた時代があるわけですから、そういう無駄な縛りは沢山ありました。縛られていないように感じている部分でも実は縛られていたなんていう事だって結構あることですから、今だってまだ気が付いていない縛りがまだ残っているかも知れませんが、解除する必要のある縛りはいつか必要な時に自然と浮かび上がってきて、その時が来れば、そんな縛りは幻であり嘘だと知っているのでさっさと手放すでしょうし、今この時点で無理して全てを探し出して駆逐しようなどというする必要のない事をわざわざする気はありません。そのくらい、今はLet it all be すっかり手放していて自然の流れに任せて生きています。それでも、今迄あると信じていた縛りが本当はなかったという事を、頭で知るだけではなく、実際に経験し身をもって実感した時の爽快感や、解放感や、心の軽さといったら、縛りを抱えて生きてきたころには決して感じることのできなかった、想像すらつかなかった程のインパクトで、それはまるで爽快感や解放感や心の軽さににぶん殴られたみたいな感じ(この世のものとは思えない表現でしょ)で、人の両手に自分の翼を包まれるようして持たれていたハトが勢いをつけて上方に解き放たれた時のような、Frozen アナと雪の女王Elsa エルサが、人の期待に応える為にGood girl 良い子でいる事なんかやめにして、ありのまま自分で生きようと決意した時に感じたような、Aladdin アラジンGenie ジーニーが自由になりたいと願いながらも、一生狭いランプの中で生きるのだろうと思っていたのに、心優しいアラジンが彼の自由を願った事によって思いがけずランプから解き放たれた時に感じたような、それまでの人生で今迄見たり聞きしてきたこの世界のどこにも比較できるものがないほどの(あぁ…これを言い表す言葉がない)幸福感と言うか快感というか、余りにぶっ飛んだ感覚だったので、是非多くの人に味わってほしいと感じてこのブログに書きなぐったこともありました。あれから数年経って、それすらもいつしか当たり前になり、あのものすごいインパクトもどこへやら、縛りのない自由の中ですっかり穏やかな気持ちが板につき、【もう昔のような生き方に戻るなんて考えられない】と思うようになることも、私の経験として言えます。And Life Goes On… そしてまたその先へ。

ここまでお話ししたら、何となくEgo エゴ(個としての人間が持つFear 恐れからくる自己防衛)の縛りなんか捨てて(手放して)しまおうかな、と思えるようになってきませんか?

ではもう少しお話しておきます。Ego エゴ(個としての人間が持つFear 恐れからくる自己防衛)の縛りを取っ払った、自分がそれを経験することを考えると心地良いとか幸せに感じるような、自分に対するまたは他者(人間でも動物でもものでも事柄でも)に対するLove から生じる願い欲求は【本当の願い】であり、それは自分として存在するために欠かす事のできないようなものであり、自分の一部であるとお話ししました。それはどういうことなのか?全体がバランスを取りながら進化するために、全てのものはそれぞれが異なるように、全く同じにならないように創られた - 人の場合なら、外観や、性別や、出身地や、年齢や、人種や、身体的な条件や、そういうもので生じる差異の他に、内面をそれぞれ異なる性質にすることでそれぞれを完全に違うものにした。それぞれ異なる内面は、簡単に言えば好き嫌いの違い(感じ方の違い)を持たせることによって、個々の好奇心を持つものが変わってきて、選ぶものが変わってきて、やりたい事が変わってきて、経験が変わってきて、考え方が変わってきて、生み出すもの・作り出すものが変わってきて…というように限りなく組み合わせの可能性は広がりを見せる。ある人が好きでも別の人はそれを好きにはならなかったり、ある人にはできなくても別の人にとっては得意な事だったり、そういう互いのDifferences 違いが凸と凹のように完全なバランスをとり、何かだけが極端に枯渇して何かだけが過度に増えたり、何かだけが極端に進んで何かだけが極端に遅れてしまう、と言うような極端にバランスを崩すようなことを防ぎながら、完璧な全を成し、尚且つ進化を齎す。人間一人ひとりの個々のDifferences 違いはどこから来るのかと考えれば、一般的には、親の影響や、育った環境や、人生の上で経験していくものによっても変わってくると考えるでしょう。しかし、それだけでは結構同じような人間ができてしまいます。でも実際は、同じ親を持つ兄弟でも好き嫌いは違うし感じ方も捉え方も違う、また、(過去記事でも書いていますし)上でも書いたように、同じものを経験しても自分と他者では感じ方や捉え方も違う、つまり、外観や、他者の影響や、環境や、人種や性別といった外的要因によるもの以前に、自分の中にある「好き・嫌い」に基づいた選択によって個々の違いというのは更に細分化されているのです。では、この世界のバランスをとり更に全体として進化していくために、出来るだけ細かく個々に違いを持たせる必要があり、そのためには個々の「好き嫌い」の違いを完璧にコントロールし設定する必要がありますが、その個々の「好き・嫌い」の違いはどこから来ているのでしょうか?

Oneness ワンネス - 人は個々でそれぞれ独立して存在しているように見えます。その、人ひとり、個である状態というのは、体という器を持ち、そこにEgo エゴという個としての意識(自分でコントロールできる部分。しかし、Ego エゴは全体から比べれば非常に小さいので、エゴから見える範囲は極々限られているし、1分先の事でさえエゴには見えないし分からないので、エゴはすぐに怖いと感じてしまう。そのようにFear 恐れに非常に敏感なため自己防衛システムとして働く傾向にある)と、Subconscious 潜在意識とか深層意識とか無意識と呼ばれる人間には操作できないと言われる意識が入っている状態です。Ego エゴが優位に立っている時には、分離、不快、怒り、憎しみ、悲しみ、有限、不足、渇望、焦り、不幸、不安、束縛、不平等などというようなマイナスで不快な属性の思考とそこから生じる感覚が起こります。そしてその反対側の、一体、心地良さ、思いやり、愛、無限、充足、既にある、幸せ、安心、自由、平等といったプラスで心地良い属性の感覚とそれに伴う思考は、当然、もう一方のSubconscious 潜在意識などと呼ばれる自分ではコントロールできない部分に自分が同調している時に起こってくるものです。Ego エゴが個であり独立しているに対して、Subconscious 潜在意識は全体と一体である部分で、この世界の全と繋がっている部分です。Ego エゴは、自分は個であり独立した、全体から切り離されて分離した存在として生きる部分なので、非常に敏感にFear 恐れを感じ自己防衛システムとして働きます。しかし、Subconscious 潜在意識の部分は全体と繋がっている部分であり、それを自分の中に内包している以上「全体から切り離され分離したことは一度もない」という事になります。

一般的には、「自分は全体から一度も分離したことなど無かった(自分は全体の一部なのだ)」という事に気付かないまま、Ego エゴを優位に立たせて生きており(仏教で言うところの2階の自己を確立した一般成人のフロアに当たる部分)、その場合にはエゴが非常に優秀な自己防衛システムなのですが、上でも説明したように、エゴには実現能力もなければ、何かを創造する能力ないので、一生懸命分析し、方策を立て、備え、身構え、壁を作り、争い、戦い、そんな風に自分を守ろうとしますが、結局は本当には守れないので、傷つき、悲しみ、怒り… そして「もうこんな思いはしたくない」という思いから、「もっと自分を守らなきゃ」と考えるならEgo エゴはまた大活躍:「こんな事したら大変な事になるよ」「大変な事になる前にあれをやっておいた方がいいよ」「対策を立てろ!」「身を守れ!」と自分を脅してFear 恐怖を煽り、駆り立てます。しかし、「失敗しないように」「傷つかないように」「負けないように」再び新たな方策を立て、備え、身構え、更に高い壁を作り、争い、戦い、必死になる事を繰り返すだけで、結局は願いは叶ったり叶わなかったりで大した成果や進歩は手に入らない。それどころかエゴに任せてそんな繰り返しをしているうちに状況は逆に徐々に悪化してしていく(下向く)ので更に泥沼化して、挙句の果てには自分が、傷つき、悲しみ、怒るだけでは収まらなくなり他者を恨むようになり、それゆえに他人を貶めようという考えにまで達する者さえ出てくる - そうやって争いを生むのです。Ego エゴは全体から分離した個として一人で生きていかなくてはならない場合にはある程度有効な自己防衛システムですが、エゴにはそのくらいの事しかできないんです。それがエゴの限界なんです。

対して、Subconscious 潜在意識の部分は全体と繋がっていると言いましたが、どの程度全体かと言えば、これが凄い。現実のこの世界の全体と、過去の全体と、未来の全体です。God 神様と繋がっているとも言える。これほどまでに全体と繋がっているので、名も知らない誰かの涙に共感することができたり、行ったこともない場所の空気でさえ想像することができたり、現在に在りもしなかったものを未来の記憶から受け取った閃きで発明したりする。そして全体と繋がっているからこそ、自分の中で発したものは全体に伝播し、必ず何らかの形で自分に返ってくる。大学時代の親友が、私たちはイケイケGO GOな二人で相当学生生活を楽しんでいましたが、ある日彼女が「どこかにあるAkashic Records アカシックレコードという全ての人の人生が書かれたものを私は見に行ってみたい」と言ったのを思い出します。私たちは、過去の人の人生も、現在の人の人生も、未来の人の人生も、(人の人生どころか全てのシナリオが完璧に)既に書かれてあるAkashic Records アカシックレコードに記された通りに生きている。この世界全体という横軸の中で、そして、過去・現在そして未来という縦軸全体の中で、私たち一人ひとりは完璧に役割を負っている - 【自分として存在する】だけで、です。Ego エゴに縛られて、全体から分離していると錯覚したまま泥沼を這いつくばりながら必死に生きようと、Subconscious 潜在意識などと呼ばれる全体(Nature 自然、God 神様)と繋がった部分に同調して、湧いてくるプラスで心地良い、一体、心地良さ、思いやり、愛、無限、充足、既にある、幸せ、安心、自由といった感覚とそこから生じる思考に従って、全体(Nature 自然の、God 神様の)の流れに身を任せて一体となり、穏やかでSmooth スムースに生きていこうとも、どちらも何も間違いなどなく、全てはAkashic Records アカシックレコードに書かれている通り、神様の完璧なシナリオ通りであり、Uncertainty 不確定要素などなく、意味なく偶然に起こることなどなく、全ては必然なのです。しかも、自分の中にある全体と繋がっている部分=自分の本体はこの人生のストーリーの全てを既に知っている(Deja Vu デジャヴ既視感 - 実際には経験したことがない事を経験している最中に、その時見ているままの光景が頭の中に一瞬浮かび、既に同じことを経験したことがあるという感覚が起こること)。これを読んで、「じゃぁ、エゴに同調するのをやめるわ」と思うならそれも必然でありその人のシナリオとして元々決まっていたことですし、「これを真実として採用しない」という選択もまた必然でありその人のシナリオとして元々決まっていたことです(ただし、この記事に出会ったという出来事もまた偶然ではなく必然ですから、この出会いにも当然意味があります。今は真実として採用しなくても、未来のどこかで今読んだ事が必要となるために、「自覚のないまま」に今これに出会い自分の内面に取り込んだ、と言う可能性はあります)。

このように選択するもしないも、何を選択するかも、自分で自由に選んでいるように見えて実は、既に決まっている事、神様が一人ひとりの人に与えてくれたFairy tale おとぎ話の完璧なシナリオの上に「既にある」ものです。そして、それを選んだ先にあるものも、選ばない先にあるものも、既に決まっています。人は(全体から分離していると錯覚しているEgo エゴは)上手くいった時、個である自分で思いついて、個である自分の力で事を成し、個である自分の手柄のように思い、個である自分の誉れだと自慢したりするけれど、上手くいったのは、自分の人生という道の上のその時点に「それを成功させる」という宝物が元々置いてあった、つまり神様の完璧なシナリオの上のその時点でその人がそれを成功させることがこの先のその人の幸せのための必然であり、全体の進化のための必然であり、元々決まっていたことです。(Ego エゴの力技ではなく)本当に上手くいく時と言うのは、「無自覚なまま」中から沸き上がったものに従って行動していて途中に余計な思考(恐れや迷いや結果に対する期待・打算など)があまり無かった時で、主にLove に基づいた願い(自分への愛から=自分を幸せにしてあげようとして、他者への愛から=誰かや何かを幸せにしてあげようとして、もしくは自分がやっている事そのものを心から愛していた)から、やりたいと思った事を素直にやって楽しんでいたり、Curiosity 好奇心に素直に付き従ったり、自分のやっている事をひたすら愛して夢中でやっていた時に、周囲の反応や結果の事なんか考えていなかったけど気が付けば「なんだか分からないけど」「予想を遥かに超えて上手くいった」という感じのものです。

つまり、過去の失敗から方策を割り出すでもなく、未来の失敗を恐れて作戦を立てるのでもなく、未来に起こる結果に過度に期待したり執着するのでもなく、周囲の状況や、今自分が置かれている状況や、他人の意見や反応、この先起こるであろうや結果に考えを巡らせることなくそういう事とは無関係のところで、ただ、Here and Now 今ここで目の前にある自分の「好き」に基づいた「やりたい事」や「愛する事」や「好奇心」に付き従う事に集中し、そういう事を続けていた、という事です。

そして、もうお分かりのように自分の「好き」は自分の内側から湧き出てきているもの、つまり神様に与えられたものです(「好き」があれば、この地上のDuality 二元性の世界では自ずと反対側の「嫌い」も生じてしまいますが、神様が与えてくれたのは「好き」の方だけです。それについて考えれば心地良く幸せに感じるようなものだけが、神様=全体・自然と言うところから湧き上がってくるものです。なぜなら、God is love 神様は愛だから。それに対して自分が不快だと感じるものはEgo エゴのFear 恐れによって思い込んでしまう幻想であり、自分とは関係のないもの、自分の一部ではないもの、本当の自分ではないもの、です)。ですから、自分が心地よく幸せに感じるような、「好き」と思う事に付き従って、それを選んだり、それをやっていく事は、この世界全体の進化の為に自分に与えられた自分のCalling 使命です。自分のCalling 使命に則って進んでいけば、つまり、自分が心地よく幸せに感じるような、「好き」と思う事に付き従って、それを選んだり、それをやっていけば、Ego エゴのやり方で進むよりもずっと楽に進んでいけるのは当たり前ですし、ある時点で願った願いが叶った地点に辿り着くのも当たり前です。自分が心地よく幸せに感じるような願いは【本当の願い】だと上で言いましたが、そういう願いは、自分の「好き」に基づいていますよね?という事は、そういう類の「願い」も、自分の本体(全体・自然・神様)から湧き上がっていているものであり(個=Ego エゴ的には自分が選んだもののように見えますが)、神様の完璧なシナリオの上で既に「その願い」を持つことがずっと前から決まっていたことであり、当然、その願いが叶うために必要なものも、その願いが叶った未来も神様のシナリオの上に「既にある」という事です。

"いつでも自分を愛して、自分に正直に、自分らしく居なさい。なぜなら、自分自身を生きることが、あなたの使命だからAlways Love yourself, Be true to yourself and Be yourself because Being yourself is your CALLING."

自分に正直に」と言う部分は、Ego エゴの縛りに騙されることなく、自分が心から本当に好きなものを愛し、自分が心から本当にやりたい事をしなさい、という事です。失敗を恐れて、本当にやりたい事を諦めてしまうという事が無いように、他人の反応を恐れて、自分が本当に言いたい事ややりたい事を我慢してしまう事が無いように、世間がそれは一般的ではないと言う、親がそんなことやめておきなさいと言う、他の誰かがそれを好きじゃないと言う、誰かがそれはお金にならないと言う、親なんだから子供の為に自分を犠牲にして我慢するのが当たり前だと人は言う、それを好きだと言ったら人に嫌われてしまうかも知れないと思う、そんな自分以外の声や反応や目の前に見えている状況に振り回されて折角神様が自分の中に与えてくれた幸せの芽を踏みにじってしまう事が無いように、自分が心地良く感じるものや幸せに感じるもの、自分が単純に好きだと思うものや、湧き上がるCuriosity 好奇心や、自分が愛してやまないものを、自分をごまかしたり、見て見ぬふりしたり、無視したり、抑えつけたり、自分を犠牲にしたり、我慢したり、後回しにしたり、好機を待ったりせずに、自分の「好き」に正直に従って行動し、湧き上がっているCuriosity 好奇心やImpulse 衝動には付いていていきなさいということです。「やりたい」と思う事はあるけど必要なものや先立つものが無い、そう考えて「いつかできる時」を待てば、「いつかを待たなくてはいけない」という思いが自分に返ってきて、「待たなくてはならない」未来を創るだけです。だから、今できる事今ここから始めればいい。もしも、「(何故だか分からないけど、なんだか無性に、どうしても、)今これをやりたい!Fireworks icon」という思いが自分の内側から自然と湧いてきたなら、その時に道筋がはっきり見えていなくても上手くいく確証がなくても、踏み出せば、物事はとんとん拍子に進むでしょう。でも、自分に無理をさせる必要は微塵もありません。少しでも「怖い」と感じるなどUncomfortable 心地良くない感じがする時には、決して無理をせずに、目の前にある今できる事をすればいいのです(自分にとってのGoサインは、今ではないというだけ。Goサインが出れば、頭の中には余計な事を考える余地などなく、前しか見ていない状態で自然と一歩踏み出しているはずですからBuwoって飛ぶ - トイレに行く時みたいにね)。そして、もしも「やりたい事」の為に今は何も直接的にできることが無いと思うなら、今ここで自分を愛して、自分に自由を与えて、自分が心地良く幸せに感じる事をしていけばいいんです。エゴである自分には、それが「やりたい事」とは関係のないものに思えても、後になれば、それこそが「やりたい事」を可能にするために必要なものだったと気付くこともありますから、それが何であれ自分が心地良く幸せに感じる事を選んで今ここの自分にさせていく事は、未来の自分の何らかの心地良さ幸せを創っている事であり、同時に夢の実現への一歩に大化けする可能性のある事です。ですから、自分の心地良さ幸せに従っていくことは、「自分にはできない」とか「今はできない」とか「必要なものや先立つものがない」とか「可能にするにはどうしたらいいのか?」などという余計な事を考えて今の自分に不快な思いをさせる、すなわち、今の自分に幸せに感じることを我慢させたり待たせたりするよりも、ずっと「やりたい事」を可能にしたり夢の実現に近づくための要素を孕んでいるものであり、ずっと現実的建設的なことなのです。

自分らしく」と言う部分は、自分の中に湧き上がる心地良さや、幸せや、愛など、自分の「好き」に正直に従って進んでいくことは、神様がそれぞれの為に書いたシナリオに沿って進んでいく事です。この世界に二つと同じシナリオは存在しないわけで、自分の「好き」に正直に進むことは、すなわち「自分らしく」生きるという事であり、他の誰でもない掛け替えのない比類なき存在である「自分」として生きるという事です。「誰かのようになりたい」と誰かの真似をするのは、折角自分の為に神様が特別に用意してくれた「」という素晴らしい役があるのに、自分の為に特別に用意された宝物を素通りしてまで必死になって「その他大勢」に埋もれようとしているという事です。人は自分の為に用意してもらったシナリオ、つまり自分の人生においてのみ主導権を持ち主役になれます。ですから、他人の人生においては、どんな人でも:親でも教師でも上司でもセレブでもビリオネアでも首相でも、何の強制力も持たず脇役にしか成り得ないのです(彼らも彼らの人生において主役になる事はできても、他人の人生において主役になる事は出来ない - Billionaire ビリオネアの富も人一人ひとりのそれぞれのDecision 決断に基づいたお金を支払うという行為の上に成り立っているものであり、人々に本人の決断に反してまで支払いをさせる強制力は持たず=他人の人生に於いては脇役、人々なくしては成り立たないものです:全てがあってこそ全を成すこの世界ではどの立場も同列でありどの立場も単体では成り立たない。政治家も、人々に支持や投票を強要することはできませんし人々が本当に嫌になれば最終的には他国に移るという選択肢もあるし、上司にも異動させたり解雇するという選択肢があるのと同じように、従業員にだっていつでも「従わない=NOと言う」という選択肢があり最終的には「辞める」という選択肢があり - この世のものは結局、【いつでも必ず選択の自由は与えられている】し、【のあるところに集まる】ようにできているので - 政治家も上司もまた同じく、他人に対して何かを強要する権利も絶対的に強制する力も持っておらず、他人の人生に於いては脇役。また、人にはそれぞれ道が用意されているので、例えある成功者のやり方を表面外側から見て同じようにやっても自分の人生に於いてそのやり方が成功への道であるとは限らない。親も教師も、彼らが信じるものが子供の人生において確実に有効であるという保証はできない、そして、どんなに愛する子供でも自分以外の存在の責任を一生分取れるわけではない。やはり、親にも教師にも、自分の信念を子供に強要する権利はなく、子供とはいえ他人の人生に於いては脇役。結局、今どんな立場にある人でも、自分を一番幸せにできるのも、自分を本当に幸せにできるのも、【自分】だけ、【自分の人生を自分らしく生きる事】だけなのです。だから、「誰かになりたがる」のは、自分に与えられた宝物を素通りして自分の人生を充分に活用していないという事だし、「親が子供に自分の夢を押し付ける」のは、親が自分の人生を充分に活用していない上に、子供の人生でさえ、エゴに基づいた自分の信念によってMislead ミスリードして子供の持つ限りない可能性を限定し不完全燃焼させていると言えますが、どちらも、上に書いたように、先ず自分が幸せであるのなら、他人になりたいとも、他人に何かを押し付けようとも思わないですから、自分で自分を愛して幸せにすることで解消される事です)。折角自分の人生というFairy tale おとぎ話の主役に生まれそのストーリーに於いての主導権を手にしているのに、自分の中から沸き上がる自分の「好き」やCuriosity 好奇心やIntuition 直感に素直に従って自分らしく【自分の人生の主役】として生きていけばHappy Ending ハッピーエンドは確定しているのに、必死に脇役になろうとしているなんて勿体ないと、私は感じます。確かに、この世界は何を選ぶのも自由であり、何を選んでも間違いではなく、それはただ単に既に決まっている事と言うだけのことですから、何を選んだとしても(何を選ばなかったとしても)それもまた必然なので、本人が幸せに感じているのならそれでいいのですが、もし誰かのようになりたくて追っかけても追っかけても辛いと感じたり、限界を感じたり、誰かのようになりたいのは「あの人のようになれば愛される(幸せになれる)」と思っているから、つまり「愛されたい」という理由からであるなら、少し時間をとって次の項目について考えてみるのも良いかも知れません。

自分を愛して」と言う部分ですが、これが最も重要な部分です。自分を愛していれば、上の二つは自然とできることですから、今回のこの長い記事の中で何か一つだけに絞って伝えなきゃならないとしたら、この「Love yourself 自分を愛する」という事です。私がいつも繰り返し繰り返し書いている「自分が心地良く幸せに感じる」という言葉ですが、幸せに生きていくためには先ず自分が心地良く幸せに感じている事が必要不可欠です。こう言うと、自己中心的だと感じる人が居るかも知れませんが、今ここ自分が心地よく幸せに感じるという事は、心地良く幸せな未来を創ること(詳しくは過去記事を参照してください)であって、心地良く幸せな未来とは、自分が心地よく幸せに感じる未来であり、つまり、自分も幸せだし、自分の愛するものも幸せだし、世の中にも幸せそうなものが見えるという事です。もしも、より多くの人がそうするのであれば、どうなると思いますか? この世界の中で不快や不幸の居場所は限りなく小さくなるという事です。ましてや、人はどんな人でも自分が幸せな時には人に優しく大らかに接することができるものです、という事は、自分幸せでいるなら、自分以外の存在(人でも動物でも)に優しくすることができ相手を幸せにすることができるのですから、自分にHappy 幸せを感じさせて自分を幸せにすることは、加速度的に幸せに感じる人を増やしていくことと直結していると言えます。このように、自分を愛して自分を幸せにすることは、決して利己的な事ではないのです。先ほども言ったように、God is love 神様は愛です。この世界で、Love が一番強力な力です。God 神様はその、この世で一番強力な力であるLove 愛を、神様が創ったこの世にある全てのものに植え付けてあります。「いや、自分は愛を持ち合わせていない」と言う人の中にも必ず愛はあります。上で、「個である自分の内面には全と繋がっている(全と一体である)部分があり、自分の【好き】や【本当の願い】は繋がっている自分の本体(全体・自然・神様)から湧き上がっています」と書きましたが、自分の中に全体と繋がる部分があり、その全体とは自分の本体であり、自然であり、神様であり、自分の中で神様と繋がっているという事は、自分の中にがあるという事です(言い換えれば、この世界に存在する全てのものの中に神様が居て、更にはGod is love 神様は愛ですから、全てのものの本質は愛であり、全てのものは互いに愛で繋がっているという事です)。全ての人の中には間違いなくLove 愛がある。ですから、Love 愛に基づいた願いにはそれを叶えるためのサポートはこの地上からも天界からも受けることができますし、Love 愛ある作品(自分の不自由を解消してあげようとしたとか自分が欲しかったとか自分の中に湧くCuriosity 好奇心やImpulse 衝動に素直に従ったり自分を愛した結果としての作品だったりだったり、誰かを助けたいとか誰かの為にといった他者への愛だったり、それを作ることやそのもの自体を愛して止まずそれを作っている時間を幸せに感じて心から楽しんでいたという愛によって生まれた作品、そして他者の幸せを願い人々をLift 引き上げるためのThe Truth 真理を表している作品もまたです)には多くの人々とその賛同を集めますし、Love 愛で解決できない問題はないでしょう。また、「私は自分を愛していない(好きじゃない)」と言う人も、必ず心の奥底では「自分を愛する」気持ちがあります。必ず。上で書いたように、自暴自棄になる人の中にも「愛されたい」という願いが根本には隠されていますし、Suicidal 自殺を考える人だって、本当に死にたいと望んでいる人なんかいません。「自分を幸せにしてあげたかったのにできなかった」という思いがあり、その「自分を幸せにしてあげたかった」は「愛されたかった(人々や世界から愛されることで得られる幸せを手に入れて自分を幸せにしてあげたかった)」であり、色々そぎ落としたその【本当の願い】は「愛されたい」です。「愛されたい」という欲求が湧く(願う)のは、自分を愛しているから、愛する自分を幸せにしてあげたいと思うからこそです。そして、「自分をこれ以上苦しめたくない。楽にしてあげたい」という思いもまた、自分へのです(でもこの場合、本当は他に方法はあるのに、Ego エゴの打ち上げた雲でそれが見えなくなっていて、他に道はないと思い込んでいるだけです。もし自殺を考えている人がこれを読んでいるなら、先ずは問題やそこからくる恐怖についての思考から自分を解放してあげて、出来ることでいいから自分が心地良く感じることをなんでもして自分を充分に労ってあげて - 自分をいたわる事に時間でもお金でも労力でも何でも今の自分が持てる全てを費やすくらいの気持ちで。何も持ってないなら、何度でもI love you 愛していると言ってあげて - 自分の気持ちが和らいで心地良くなるまでいくらでも。今は問題の事なんか放っておけばいいのよ!どうせ死んでしまったら放っておくことになってたんだから、同じことでしょWinking Smily icon 自分で背負い込んでしまわないで。今どう見えていようとも、本当のところは、その問題は神様の問題であってあなたの問題じゃないから:自分の仕事は自分の心の面倒をちゃんとみてあげることであって、そのを基にしてこの世を形にするのは神様の仕事。だからそんな目の前に見えているものより、自分で自分に心地良さ幸せを感じさせることの方がずっと大事だし、ずっと意味のあることで、それこそが自分がするべきこと。今は何よりも自分の最大限で自分優しくしてあげて。ちゃんと自分に「死ぬなんて言って怖い思いさせてごめんね、もう怖い思いはさせないよって」謝ってあげて、Hug 抱きしめてあげて安心させてあげてね。人は現在今ここで未来を創っているんです。ならば、今、目の前に見えるものは、過去の自分のを基にして過去の時点で創られたものです。という事は、目の前に起こっている「既に過去に創り終っているもの」を、今どうこうしようとしても意味はないんです - What's done is done 終わったことは終わった事。だったら、ここの幸せを感じることで、幸せに感じられる未来を創る他にやる事ないでしょKissing Smily xoxo icon)。

では、自分の中に必ずLove はあるのにそれを見失ってしまい、Love 愛を渇望しているのは何故でしょうか?Ego エゴのFear 恐れから生じる縛りに縛られて、自分の中に湧き上がっている自分の「好き」を長らく無視してきたために、心地良く幸せに感じることが非常に少なくなってしまい、目の前が「不快」や「不安」や「恐れ」や「不自由(束縛)」や「不足」や「有限」や「怒り」や「悲しみ」や「不平等」などのに覆われてしまったからです。Love 愛はなくなったりしません。それどころか無限です。Love 愛は神様ですからね、不滅ですし限界などありません。ただ単に見失っているだけなのです。自分の中にあるLove 愛(God 神様)は、まさに青空のようなもので(こうやってNature 自然の中には人間が学ぶためのヒントがいっぱいあります)、どんなに雲が湧いて空が灰色に見えていても、雲の上にはいつでも青空があり、雲の上の青空がなくなることは決してなく、間に雲がある事があったとしても自分が青空のもとに居なかったことなど一度もなかったわけです。それと同じように、自分の中にLove 愛が無かったことも、自分がGod 神様と繋がっていなかったことも一度もなかったわけです。にも拘らず、エゴのFear 恐れから生じる思考で何かをJudge ジャッジして(決めつけて)自分の中の「好き」(言い換えればLove 愛)を抑え込んだり、我慢したり、ごまかしたりして無視することで、今ここで自分に心地良さや幸せを感じさせないでおくなら、当然、心地良く幸せな未来は創れないという事になります。何故なら、自分の中から湧いてくる「好き」や自分に心地良く幸せに感じさせるような「願い」は、自分を自分たらしめる要素であり、自分のCalling 使命であるのに、その使命そっちのけで、自分に我慢させたり、自分を犠牲にしたり、自分の尻を叩いて自分に頑張ることを強要したり、Fear 恐れから自分を脅したり、それによって心地良さや幸せやLove 愛とは反対の方向に向かって自分を駆り立てたりして「自分いじめ」をしているのですから。神様(愛)とは逆の方向を向いてるわけですから、当然、自分の中に湧く、一体、心地良さ、思いやり、愛、無限、充足、既にある、幸せ、安心、自由といったプラスで心地良い属性の感覚を感じとることができにくくなってしまう - それは、Ego エゴに同調してしまう事で、神様が用意してくれた穏やかでSmooth スムースな道の上を歩きながら、道の上にゴツゴツした岩などの障害物が一杯あると信じ込むことで勝手にそこを足場の悪い道にしてしまい(神様が用意してくれた穏やかでSmooth スムースな道を見失い)、やがて人生が過酷なものに思えてきて、世界が地獄に見えてきてしまう(上で書いたピンスクリーンのように)というような事が起こっているということです。【今ここの自分が心地良く幸せに感じなければ、心地良く幸せな未来に辿り着くことはできない】。それは、Buddha 仏陀が悟りを開いた経緯を見ても判ります。Buddha 仏陀は、初めの内は何年もありとあらゆる苦行をしていたのですが、心身ともにギリギリの状態になった頃、結局「苦行では悟る(人生の苦を根本的に解決する)ことはできない」という真理に辿り着き、その後、体と心の回復を図ったのちに、「今、悟りを得られなければ生きてこの座をたたない」という固い決意で瞑想を始め、その中で彼の心を乱そうとマーラ(Ego エゴ、Fear 恐れ、Satan サタン)が現れるのですが、これを退け悟りを開いたと言われています。ちなみに、この話には「苦行では、人生の苦を根本的に解決することはできない」という真理の他にも、「マーラ(Ego エゴ、Fear 恐れ、Satan サタン)を退けた先に、人生の苦を根本的に解決した状態がある」という真理も含まれています。【Ego エゴの消滅した先に、人生の苦を根本的に解決した状態がある】 - 上で例えとして出てきた青空に浮かんだ雲を思い出してください。雲は放っておけば手放してその存在すら忘れてしまっておけば、自然と流れていって消えてしまうものです。当然、自分の中でエゴが打ち上げた雲にも全く同じことが言えます。そしてが消えるという事は、「不快」や「不安」や「恐れ」や「不自由(束縛)」や「不足」や「有限」や「怒り」や「悲しみ」や「不平等」が消えて、「心地良さ」や「安心」や「Fearless 恐れのない(心の平穏・大らかさ)」「自由」や「充足」や「無限」や「幸せ」や「愛」や「既にある」や「平等」という青空が見えてくるという事 - もちろん、「既に用意されている宝物」「願いが叶った地点」というものも見えてくるという事ですねgift

自分を愛するには、自分の中に湧き上がってくる自分の「好き」やCuriosity 好奇心やIntuition 直感やそれに伴うImpulse 衝動に素直に従えばいいのです。Ego エゴがFear 恐れからゴチャゴチャと邪魔するようなことを言ってきても、それと戦わず(戦ってもエゴは結局は自分ですから勝てません)、しかしそれに同調することなく、自分の心地良さと幸せを指針にして選択しながら進んでいけばいいのです。その道の途中で、雲行きが怪しい場面に出くわしたとしても、【それも必然でありそれが起こってこそのその先の完璧だから何も問題ではない】という事を思い出して、目に見えているものを恐れたり心配したりして、そこで対策を立てようとしたり手を打とうとしたりしてEgo エゴの誘いに乗ってしまうことなく(対策を立てたり手を打とうとすることは、そこに問題があると認めているようなものですから、問題があるように感じるような未来を創り続けてしまう):この世界の完璧信じることをやめてしまわないで、いつでも自分の心地良さ幸せを大切にして、心地良さや幸せに感じるような事を指針にして(選んで)進み、自分の中に湧き上がる「好き」やCuriosity 好奇心やImpulse 衝動を信じることをやめたりしないで、この世界はLove 愛であるGod 神様が創ったものであるという事、この世界の全ての本質はLove 愛であるという事を信じて、何度Ego エゴがFear 恐れからゴチャゴチャと邪魔するようなことを言ってきても、【心地良く幸せに感じるような事だけが(神様に同調するもの)真実】【不快に感じるようなことは(エゴに同調するもの)全部嘘】ですから、【自分が自分として、自分らしく生きていく事が自分のCalling 使命であり、そうやって進んでいくことは自分を幸せにするのだ】という立ち位置からブレることなく、【幸せに生きる】という明確なDecision 決意だけを胸に刻んで、Ego エゴの唆しを退けて(エゴと戦ってねじ伏せようとするのではなく、相手にせずにスルーする。または、エゴの話を聞いてあげて、聞いた上で自分には必要のないものだと手放す)、あとはまたそんなことは忘れて、ただ、余計な事を考えずに、今ここで自分の中から湧き上がる自分の「好き」やCuriosity 好奇心やImpulse 衝動に従って自分に心地良よや幸せを感じさせながら進んでいけばいいのです。God wins in the end - 神様は最後には必ず勝ちます(そう言えば、昔、「必ず最後に愛は勝つ」っていう歌がヒットしました、今思えば、それはThe truth 真理であったから多くの人々の賞賛を得たんですね)から、途中で、個であるEgo エゴとしての自分が予想していたことと違う事が起こっても、それさえもGod 神様が完璧なシナリオの上に完璧に起こしている事であり、その先の自分の幸せのための為に大切な意味があって起こっている必然ですから、恐れたりする必要はなく、ゴチャゴチャ考えずに「(なんでこれが起こっているのか分からないけど)じゃぁ、神様、続きも宜しくね〜」とさっさと手放して、状況の変化をチラチラと伺ったり成果が見えてくるのを待ったりすることなく、淡々と自分に心地良さ幸せを感じさせること(好きな事をやったり、やりたい事をやったり、自分の心地良さのために必要だと感じる事をやったり、自分に無理をさせず我慢をさせず、自分が「やりたくない」と感じることは自分にさせないという事も含みます)に夢中になっていれば=集中していれば、自分が幸せに感じられるような結果はちゃんと齎されます。

そうやって自分を愛することは、自分を大切にすることにもつながり、自分を幸せにすることにもつながります。そして、自分で自分を愛することに、他人は必要ないし、何か他に必要なものもなく、ただ自分だけが居ればいいのです。そういう意味で「この世界は誰にでもEqual 平等」です(それどころか、ありとあらゆる局面でバランスを取っておりFair 平等です:このブログで以前にも書きましたが、例えば、エゴ的な表現で言えば、美しい人や持ってる人を、相対する性質の立場にあるそうでない人が羨んだりやっかんだりしますが、実際は、美しい人にも持ってる人にもそれなりの問題も良い面もあり、そうでない人にもそれなりの問題も良い面もあると言うだけで、双極はバランスが取れている平等ですし、俯瞰して見るならば、どんな人でも輪廻転生を繰り返すうちに結局は同じ道を通るという事は、今生だけを見ては分からなくても、完全にバランスが取れていて平等ですし、そうやって見てみるなら、一個人の日常や人生の中でもなんだかんだで自然にバランスを取っているのが見て取れます)。そして、自分が自分を愛するということの重要性はそれに留まりません。自分を愛することは、いつでもどこでもできることであり、他に何も必要としない、が故に、場所が変わっても、一緒に過ごす人間が変わっても、時間が流れて時代が変わっても、世の中の状況が変わっても、変わらずに自分に愛を与えることができる、つまり、自分で自分を愛することで感じられる心地良さ幸せ安心心の平穏、そして、自信自由は、外的要因に左右されない絶対的なもの、つまり揺らぐことのないものです。当然これは、自分に愛を注ぐものや、自分が愛を注ぐ対象が、自分以外であっては手に入れられないものです(外の要素は移ろいゆくものですから)。だから、揺らぐことのない本当の幸せを手に入れるためには、自分の外側の要因に幸せを求めるのではなく、自分の内面に向き合う事が肝要であると言うのですLotus Flower Icon

ブレることなく自分を愛していくならば、エゴからは自然と開放されていきます。何故なら、結局は、不快に感じたり、不足を感じたりして、不満に感じるのは、【人はどんな時でも必ず選択の自由を与えられている】 にも拘わらず何らかのFear 恐れから生じる思い込みによって自分に「自由に選択すること」を許しておらず、更には、それに伴って感じるストレスから何らかの形で他者をも縛る(Judge ジャッジして相手を枠にはめることであれ、相手を牽制するつもりであれ、助言のように親切のつもりであれ、他者に強要するならばそれは自分が持つFear 恐れを押し付けて相手の自由を奪う行為であり、この世界は一体であり自分=世界ですから、【他者の自由を奪おうとすれば、自分の発したものは必ず自分に返ってくるので、自分の自由も奪われて自分が不自由を感じることとなる】)から生じているのですが、それらは先ず自分を愛して、自分に自由を与える事で解消されていくものだからです。そしてEgo エゴから解放されるなら(正確には、エゴ、すなわち個である自分は、仏教で言えば2階の部分であり、無駄なものでも不必要なものでもなく、それなくしてはより上の階の自分または完全な自分は成り立たないという全の一部であるので、エゴは消えるわけではありません。ただ、自分を愛して、自分に自由を与えて、自分に幸せを感じさせながら生きていく過程で、エゴが「自分は分離した個である」という認識から自然と「分離したことなどなかった」という認識にシフトして=元々一体であった事を思い出して、全と一体化するだけで、全と一体化した後の自分は自分でなくなってしまうわけでもなく、【世界の自由も受け入れられるようになって、恐れるものがなくなり、今まで以上に自由自分らしい自分】であるだけです)、「幸せ」とか「願いが叶う」とか「夢の実現」とかそういう事は - エゴの予想してたものと全く同じものではないかも知れませんが、大抵の場合エゴの限定的な予想なんかよりも上回る形で - 「差し出される」とか「自然と起こってくる」と言う形で経験することになります。そうです、「幸せ」も「願い」も「」も自分で何かをして起こすものでも、必死になって手に入れるものでも、自分で引き寄せるものでもなく、雲が流れていけば見える青空のように、無かったことなど一度もなく、初めからそこに既にあるものなので、(目の前を雲で覆わない状態でそこまで進んでいくのなら)それが当たり前に起こっているのを、当たり前に見ることができるというものなのですBud icon だから、エゴに踊らされて「幸せになろうとする」ことや「問題を解決しようとする」ことや「夢を叶えようとする」ことや「欲しいものを手に入れようとする」ことや「誰かに勝とうとする」ことや「(状況や他者を)どうこうしようとする」ことや「成功しようとする」こと等の「自分でわざわざを打ち上げる行為」をやめて(だってそんな事するのは、既にあるものを、極めて限られた視野しか持たないエゴの目に見えないからって「無い」と決めつけてそのJudge ジャッジによって、「無い」を見る未来を創ってるだけでしょ)、その時間を「自分を愛すること(自分を大切にする=自分に無理や我慢をさせたり、自分を犠牲にしない)」や「自分に幸せを感じさせること(自分がやりたい事をさせ、自分がやりたくない事はさせない。自分を自由にさせる。自分が欲しいと思うものは与える。自分が心地良く感じるように面倒をみる。)」にGenerous 気前よく投じて、「いつか」や「誰か」や「何か」を待ったりせずに、今ここ自分幸せになりましょ(単純に言えば、待てば待つ未来が創られ、探せば探す未来が創られ、策を講じれば再び策を講じなくてはいけない未来が創られてしまう - エゴの雲で青空が見えなくなっているだけだけどね。だから、今ここ幸せに感じることだけを考えて進んでいけば、幸せでも、願いの実現でも、問題解決でも、成功でも、それが - 対象が自分であれ他者であれ - から望んだものならば、それが「叶った未来」=「幸せに感じる未来」は既にあるのだから、自然と起こってくることは不可避なんだよ)、というお話しでしたblowing a kiss icon

ここまで読んできた中で、「あれ?全てが必然であって、全てはAkashic Records アカシックレコードなり神様の完璧なシナリオなりに書かれている事で、既に決まっている事なんだったら、自由意志はあるように見えて無いということで、自分も世界も完全にGod 神様によるAutopilot 自動操縦で、遊園地のRide 乗り物みたいなものってことなんじゃない?」と気付いた人は(ちなみに、それに気づいた地点が仏教でいう4階の観音様のフロアに入った辺りで、それが板についてくる頃には4階も卒業で、それが自分の血肉となり当たり前過ぎてそれについて考えることもなくなり、ただただ心穏やかに自然の流れと共に生きるようになる頃にはBuddha 仏陀のフロアに当たる屋上に居るでしょう)、自分世界に起こってくることをCuriosity 好奇心をもって見ていってみて!きっと今迄見たことも聞いたこともないような、予想とか常識とかそんなちっぽけなものをも遥かにSurpassしたキラキラ自由キラキラを目の当たりにして、「うぉー!この世界って凄い!」「生きるって面白いわぁ!」「(Ride 乗り物なんだから)手放しで生きてみよう!Yoshio Kojima Sonnano Kankehne icon.gif」って感じるようになりますよ。

そこまでの答えに辿り着いていない人も、「願い・欲求が湧いてきたという事は、その願いや欲求が満たされた未来は既にあるってことなんじゃない?」とか、「自分が持っていたものがなくなった、またはなくなりそうだという事は、それと同じものまたはそれに代わるものが、何らかの形でやってくる未来が既にあるっていうことじゃない?」とか、「問題を解決したいと思っているという事は、それが解決した未来が既にあるっていう事じゃない?」とか、「今の自分は自分の夢の為に何かをしているようには見えない(今のEgo エゴには分からなくても後になってそれが夢を叶えるための何かだったと気づくことはありますよ)という事は、今は世界が(自然だったり、名も知らない誰かだったり、そこに起こっている出来事だったりがうまい具合に合わさって)動いてくれているってことじゃない?」、【じゃぁ、もう考えなくていいって事じゃんCracker icon】、そんな風に自分世界を単純でゆるい感じに見て、今迄よりももっとずっとEasy going のんき楽観的に、Carefree 伸び伸びと生きてみて!きっと気に入ると思いますよ。


washing face cat icon pink

それはね、Sensor Light センサーライトみたいにあなたが来るのを黙って待っているんだ。遠くからは何もなく真っ暗に見えるけれど、センサーライトはそこに既にある。あなたが来れば、「待ってました!」と言わんばかりにあなたに向かって輝きだすピカピカ ひらめき ライト だから、探さなくていい。遮ぎるものをどけようと戦わなくていい。あなたに向かって発されている光をあながたが見落としてしまう事なんかないんだから。ただ、【自分を愛して自分自由を許して、それと同じように、世界にも自由を許して(自分世界存在するだけで既に完璧なのだからLet it all be)】、恐れなんか消し去って自然の流れに身を任せればいいんだよRainbow icon


Purple Butterfly Random

みなさま一人ひとりが、自由に飛び回るButterfly 蝶々のように

のびのびと自分を表現しながら、幸せに毎日を送られることを

心からお祈りしておりますPurple Flapping Butterfly




宜しかったら、こちらもどうぞ↓ピカピカ ひらめき ライト

Caned Soup icon「」

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If you are waiting for a sign. This is it


この言葉があなたに引き寄せられたのは、あなたに力を与えるためだったり、あなたの気持ちを代弁していたり、あなたを支えるためだったり、一瞬にしてあなたの心をパッと明るくするためだったり、あなたに必要なものを示すためだったり、あなたの目を覚ますためだったり、あなたの背中をそっと押すためだったり、あなたの進むべき道を示す指標だったり、この先ずっと寄り添い一生を共に歩むための言葉だったり…と、様々な理由であなたに必要な言葉だったからなのでしょう。ちゃんと理由があってあなたの人生にやってきたこの言葉を是非、大切にして下さい。必要な時に思い出したり、いつも心に留め置いたり、時には声に出して自分に言い聞かせ、言霊として自分の力に変えていって下さいAngel Smily icon


Everything happens for a reason


And pass it on : いつかこの言葉を必要としている人や後進にあなたから伝え、その人の人生を明るく照らす日も有るかも知れませんねgift


この言葉と出逢えた先のあなたの未来に、幸せがいっぱい降り注ぎますように…Smile n Flowers icon



※ 英語のQuote クオートの場合、オリジナルそのままのニュアンスを受け取って欲しいので敢えて訳を付けない事も考えましたが、なるべく多くの人の心に届くようにと思い、日本語訳してもそのものの雰囲気を壊さないと思われるものには日本語訳を付けました。その場合、英語(こちらの場合、私のアメリカ人との生活がベースになっているので訳や感覚的なものは主に米語に類します)の持つ雰囲気や空気感を壊してまで日本の学校で学ぶ英文法のルールや、日本の英語の辞書にある比較的日本的な解釈に忠実に従ってむしろ伝わりにくい直訳のような形にはしたくないので、オリジナルが持つ意味やニュアンスをなるべくそのまま伝えられるように意訳してありますWinking Smily icon



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posted by Lico @ Butterfly Effect at 10:53| 大切にしたい言葉 - Words to cherish | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



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