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2017年09月20日

【自由になる方法】自分を愛しなさい、自分を自由にするために。そして、世界にも世界が自身を自由に形作ることを許しなさい… ちょうど、あなたにはいつでも自分の好きなものを選び取る自由があるのと同じように。 Love yourself to set yourself free. And allow the world to be free to form itself just as you are always free to choose whatever you want.

My Favorite Quotes : 共感する言葉だったり、気持ちいいくらいに代弁してくれる言葉だったり、自分を形造る言葉だったり、やる気やパワーをくれる言葉だったり、元気にしてくれる言葉だったり、心に響く言葉だったり、救われる言葉だったり、クスっと笑わせてくれて気持ちを晴らしてくれる言葉だったり、ググっとくる言葉だったり、勇気づけてくれる言葉だったり、伝えたい言葉だったり、贈りたい言葉だったり… そんな大切にしたい言葉 ゚・*:.。. .。.:*・゜



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"Love yourself to set yourself free. And allow the world to be free to form itself just as you are always free to choose whatever you want."
- Lico
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Love yourself to set yourself free. And allow the world to be free to form itself as you're always free to choose whatever you want. - Lico.gif

“自分を愛しなさい、自分を自由にするために。そして、世界にも世界が自身を自由に形作ることを許しなさい… ちょうど、あなたにはいつでも自分の好きなものを選び取る自由があるのと同じように。”
- Lico








今回、実は、暫く引き寄せ関係についての記事は書いていなかったのに、何人かの人たちが経験している出来事や感情を見ていて「これは伝える必要がある」と感じて、突然湧いた「よし、今書こう」というImpulse 衝動に従って新しい記事を書き始めた時に、当初計画していたのは、4つの記事からなる一連の流れでした。しかし、予定した4つの記事を書いている途中で、また、新たな必要性を感じたので、以前から書こうと思って数年前に下書きのフォルダに入れてあった記事を2つ引っ張り出して来て仕上げて急遽アップすることになりました(そうしたら、それが丁度、このブログの8周年にあたるタイミングだったと気付きました)。そして、前回の記事でお話しした「40時間もHyper ハイパー状態で起きていた」という楽しい経験をして、それに伴って更なる気付きが展開しました。

このような感じで【自然の流れに身を任せていく】と、神様が自分の為に用意してくれている宝物やその布石となるものに速やかに且つ楽に辿り着く…というか「流れ着く」事が出来ます。そのためには、自分の目の前に起こってくることの中で、自分が「好き」と感じるものや、自分の中に湧いてきた自分が楽しい気分だったりワクワクするタイプのCuriosity 好奇心や、「やりたい!」と感じたら余計な事を考えずに一歩を踏み出すようなImpulse 衝動Intuition 直感と言うものに従って、【自分に自由を許して自分の内側に自然と湧き上がってくる(起こってくる)ものと、自分の外側の世界に起こってくるもの、つまり自分と世界の両方に起こってくるものに素直に従っていくこと】で【自然の流れに身を任せていく】ことが最善の方法です。

ここで少し詳しく、【自然の流れに身を任せていく】という事についてと、【大切な自分の為に、自分にとっての幸せを胸を張って堂々と自由に選ぶ】という事について書いておきたいと思います。

God given - 神様から送られてきて頭の中にPopして自分の中に湧き上がってくるような願望・願い・夢・欲求・直感・衝動と言ったものに、自分がそれ以前に立てていた計画にしがみついたり、自分がこうあるべきだと信じている縛りにこだわったり、こんな事をしたら人に何と言われるかなどという事を心配したり、人に勝つためにはとか利益を上げるためにはなどという些細で何の足しにもならない企みをしたり、自分の外側に見えるような - 結果や世界(他人や自分や状況など)の反応といったものを自分の都合のいいようにコントロールしようというような、何らかのFear 恐れから生じる不必要な「思考」というEgo エゴが打ち上げたものに唆されたり囚われたり縛られてしまうことなく、もっと野性的な感覚を大切にして【自分がやりたいかやりたくないか自分はそれで本当に幸せに感じるのかそうでないのか)】という最もシンブルな部分だけを指標にして、大らかにFearlesss 恐れることなく「両手を広げて」素直にその指標だけに従ってその流れにのっていく事が肝要であり、あくまでもこの時、不快に感じるような「思考」や「情報」といったものには付いていかないこと。自分が、心地良く幸せに感じるものを選んだり、自分や他者に対する(自分に幸せを感じさせてあげたいとか、他者に幸せを感じさせてあげたいなど)を基準にして自分が意識を向けるものや行動を選んでいくことが、物事を上手くいかせる秘訣です

メディアや業界が自分たちの利益のために仕掛ける流行とかブームとか上に立つものが下のものをコントロールしやすいように作られている事が多い既存のルールとか他人が常識だと信じている基準とかそういう自分以外のもの=大衆がでっち上げたものに追従していくのではなく、神様から自分に与えられた自分の「好き」なものや、自分の中に湧き出るIdea アイデアなどに素直に従っていく、つまり、自分の中に神様から送られてくるものを信頼して、自分が選び取る力を信頼して、自分を信頼して、つまり、自分と自分の選択に自信をもって進むとという姿勢が、最大限に神様が自分の為に用意してくれているシナリオや、神様の全知全能の力の恩恵を最大限に受け取ることができる姿勢であり、神様のAutopilot 自動操縦をもっとも有効に生かせる姿勢なのです。本来、Faith 神様を信じる(信仰)とはこういう姿勢で居る事です - God 神様の種類、Religion 宗教の種類とは関係なく、人知を超える力を持つ存在を信じて、その存在の力を最大限に借りて最大限自由に、今世で自分に生まれたというこのチャンスを生かして、【自分という存在を存分に開花させ思いっきり楽しんで自分らしく生きる】という事ですから、宗教の違いで争う事も、信じる神様や宗教の為に命を投じることも、宗教の為に何かを我慢したり自分らしく居ることを犠牲にしたりすることも、全くの解釈違い、見当違いだという事が解ります。神様は、「この世界に存在する全てのものに【幸せでいること】を経験させたい」その一点で私たちをこの世界に呼んでおり、ですから当然、その為に必要なものは全て与える用意がある、つまり、この世界に存在する全てのもの(自然も、動物も、人間も、物でさえも)は存在するだけで「幸せでいること」を満たす権利があり、それどころかその為の完全なバックアップ体制も整えられていて、この世界に存在する全てのものにとって「幸せ(愛・自由・充足・無限・安心・完璧などの、幸せのための全ての要素を含む)」は生まれながらに当たり前に与えられたBirthright 生得権なのです。何故なら、God is Love - 神様は愛であるからです。従って、「不快(恐れ、悲しみ、怒り、憎しみ、束縛、有限、不足…)」などと感じるものは全て、神様から与えられたものではなく全体(神様・自然・世界)から分離してしまっていると思い込んでいるEgo エゴから生じるものであり、それら全ては「嘘」であり「幻想」であり「本来は存在しないもの」であり「不必要なもの」であるので、それらと共になど一秒たりとも居る必要が無く、例え宗教であれ、教会であれ、親であれ、学校であれ、先生・教師であれ、企業・会社であれ、上司であれ、年上の人間であれ、テレビやSNSなどのメディアであれ、メディアが流すニュースや広告・CMやであれ、業界が発する流行やブームであれ、政治家であれ、どんなに強大な団体であれ、自分に「不快(恐れ、悲しみ、怒り、憎しみ、束縛、有限、不足…)」を感じさせるものを信じる必要もなければそれに付き従うに必要も一切なく、もちろん、それらと戦うなどというに反する行為をする必要もありません。

私の場合は、こうして自分の中に湧き上がる心地良く幸せに感じる類のImpulse 衝動に従う事を自分に許すことで充分に自分に自由を与え、自分が心地良く幸せに感じるものだけを胸を張って堂々と自由に選び取る事ができるようになったことで、世界にも自由を与えて、起こるがままにさせてその流れに乗っていくという事ができるようになった今では - かつての私は、全てを自分の理想通りに進める事や計画通りに進めることに正義を見出していた完璧主義者でしたが - 【Let it all be - 全てをありのままで居させる】ことや、【何も決めない】こと、そして【神様=自然の流れに身を任せて自然の流れと共に流れていく】ことに、Beauty 美しささえ感じていて、自分の計画が、自分の幸せの為に神様が既に選んでくれてある最善に置き換わることは、全くもって【それでいい】(以前にも書きましたが、バカボンの「これでいいのだ」と同じです)と感じていますし、むしろEgo エゴ(個としての自分)で考えたものよりも神様の最善の方がずっと素晴らしい事を経験として既に知っていますから、「おお、これは有り難い」「おお、これは喜ばしい」と感じています。

こうして私が経験を通じて実際に感じている通り、この記事で取り上げる【Freedom / Free 自由】という要素は、万能最強無敵である【Love 】と並ぶほど、この世界の仕組みを理解し、幸せに生きていくための在り方を理解し実践するための重要な要素なので、今回の【It's not really The Law Of Attraction / LOA, it is actually The Law Of Being Attracted. / LOBA それは引き寄せの法則というより、引き寄せられの法則引き寄せられる法則)】という一連の流れの中で、今までにアップした4つの記事と同様に、なるべくしっかり伝わるように、説明や経験談を出来るだけGenerous 気前良く詰め込むつもりで書いていきます。

人の経験談を読むのが不快な方は読み飛ばして下さって構いませんが、私は「チケット(エゴ視点の引き寄せの法則を、神様の視点から見た捉え方)」に出会ってチケット本体とまとめブログにまとめられた先輩方のやり取りからこの事を学び始めた時に、この世界の仕組み(エゴ視点の引き寄せの法則を、神様の視点から見た捉え方)やそれと共に生きるための在り方について書かれている事について理解し納得するのは人一倍早かったのに、実際にその在り方を実践した経験談が(プライバシーの関係と、読み手のエゴが騒がないようにという配慮から)敢えて抽象的に表現されている事が多かったために、自分が学んだ事と実際自分に起こっている事の間の整合性に確信が持てるまでに少々時間が掛かりました。この記事でお話しした通り、確かに、自分の外側から得られる情報は、自分に靴の履き方を教えることはできますが、靴を履いて歩けるようになる事とは別であり、靴を履いて歩けるようになるためには、自分で靴を履いて歩いていくしかありませんから、実際に自分で歩いていく事で経験を積むことしか、自分が信じようとしているものに対しての確信を得たり、自分のやっている事に自信を持てるようにする方法はありません。そうやって考えれば、私の場合、抽象的な内容が多かったことで、知識を取り込む作業もそこそこに自分で歩き出すしかなかったので、自分の中で確固たる自信が持てるようになるまでの道のりをただただ神様に任せるしかなかったので、そのお陰で時間はかかったけれど当初自分が予想していた地点よりも随分上回るところまで神様に連れてきてもらったとは思いますし、この地点までに自分に起こったプロセスもタイミングも、それこそが自分にとっての完璧であったという事も重々理解しています。

人にはそれぞれに完璧なシナリオが用意されているので、私が歩んできた道こそが私の道だったという事であり、それが私の為の完璧だったわけですが、Spiral スパイラル螺旋を上るように進んでいくので、何度も似たような気付きを受け取り、その度にまるで初めて知ったかのような衝撃を味わい、その直後に「いや、これ知ってたわ(何で、今まで忘れてたんだろう?)」というような経験を幾度となく繰り返しました。それでも、少しづつ自分の中奥深くに染み込んでいくような感じで、それらの気付きがもっと自分のものになり、もっともっと自分のものになるという過程を経て来たのだという感覚です。このように、やけに時間が掛かったり、二度手間に見える事をさせたりしてわざわざエゴにとっては不必要とも思えるステップを踏ませるような、神様が何か足止めをするように手間をかけさせる時は、神様の時間調節だと思っています。エゴを乗せた神様のRide 乗り物である「人間」は神様のロボットではないので、決められたレール=シナリオの上を歩いては居ても、その道には豊かな幅が在り、神様のシナリオから外れてしまうことはないものの、その道の上をエゴがジグザグ進んだり回り道しながら進んだりと自由な形で歩くことを許されているために真っすぐ進まない時があり、この世界に起こる事の全ては大昔から既に決まっている事であり、エゴのそういう動きでさえも既に決まっていた神様のシナリオ上の想定内で起こっている必然とは言え、途中で時間調が必要になる事があるため、そんな「人間」が数えきれないほど互いに結びついているのですから、エゴには一見無駄のように思えるような事が起こったり余計に時間が掛かっているように感じる事が起こったりして絶妙な時間調整をしたり、必要があれば神様は本人に判る形でさえ介入の度合いを高めてでも全体のバランスを取りつつ時間を合わせますので、エゴがどう動こうとも結局は神様の計画を遅らせることも変えることもなく神様のシナリオに影響を与えることなどなく、全てはPre-established harmony 予定調和であり相変わらずいつでも全ては必然ですので、俯瞰して見れば、または後になってみればエゴにでも、それもまた完璧なタイミングであったと解りますから、私は過去の経験とそれに関わったものを否定しませんしそれどころか感謝していますし、自分が歩んできた道も否定しませんし、全てにおいて後悔もしていません。

ただ、読み手にも、抽象的であるほうが合う人、説明が細かい方が安心できる人、など色々と違うタイプがいるのは自然なことですので、それぞれが自分に合った道を選べるように、書き手にも色々あってもいいし、色々あってこそ完璧だとも思っていますから、私は自分の経験から出来るだけ伝わりやすいようにかみ砕いた説明と自分の経験やその時何が起こっていたのかを出来る限り書くことで - 例え読み手のエゴが騒いだとしても - 自分と自分に起こっている事を「既に知った」目を通して観察することができ、その事で、この世界の完璧さや神様の完璧さを実感しやすくなるので、この世界の完璧さや神様の完璧さに信頼がおけるようになるのが早いのではないかと考えました。もちろん私に起こった事と、全く同じことが起こるという事ではありません。以前にもお話ししたように、人にはそれぞれ神様が特別に用意してくれてるシナリオがありますから、それぞれは違っている事が当たり前で、違っている事に重要な意味があるのですから。それでも、神様が起こしてくれているMiracles 奇跡は、Moses モーゼの「海が二つに割れて道ができる」ような特別な事ばかりではなくごく普通の、それこそ「自分がこの瞬間も生きている」という事も含めた日常の全てに起こっていることであるので、どのように起こっているのかが分かればそれを自分に起こっていることと照らし合わせる事が出来、例えここに書いてあることと全く同じという事ではなくても、神様は自分にもいつでもちゃんと完璧を起こしてくれているとう事に気付きやすくなり、神様の力や神様の完璧を信頼することが難しくなくなる - 言い換えれば、恐れやエゴや縛りや制限を手放しやすくなると考えたからです。エゴの立場から見て言うなら、幸せに生きていくために必要な知識を多くなくていいので自分の中に取り込めば、そこから先は自然と導かれて経験することになるのですから知識を入れたその先のことは神様の完璧な仕事を信じて任せておいて、私は私にできる事、すなわち、「必要な情報をGenerous 気前よくここで手渡すこと」を目的として書いているので、自分の経験談を書くことも文章が長くなることも、【それでいい】と思っています。神様の立場で言えば、それぞれの人が必要なら必要な時に自然と学んで取り込むことになる仕組みになっていて、そうやって、どうせみんなThe Truth 真理やその先のParadise 楽園(Heaven 天国、Nirvana 涅槃、Xanadu 桃源郷・ザナドゥという生きながら味わう人間の予想を遥かに超える幸せ - もちろん死んでから行く場所の事ではありません)に辿り着くようにシナリオはとうの昔に既に完璧に出来上がっていてこの世界はどの瞬間も完璧なバランスをとっているから、わざわざ知識を広めたり誰かにそれを教えてあげようとしなくてもいいし、やりたくないならやらなくてもいいよ、という事であり、私がやらなかったら神様は私以外の誰かや何かを使ってでも、完璧な配分で配置されている「知る必要のある人(目覚めるタイミングにある、気付くタイミングにある)」にその道を歩かせる用意があるだけですが、一方で、私が「書きたい」と感じている事も神様から私の頭の中にPopしてくるものであって、それもまた必然であるので、自分に我慢させる必要も一切ないため、喜んでその任を引き受けて書いているという感じであって、それ以上でもそれ以下でもありません。

前にも書いたように、エゴ的な視線で言うならば【人は自分の見たいものを見る】だけですから、「知るも自由、知らないも自由」ですし、「何を自分の中に取り込みそれによって経験したとしてもも自由」なので、読み手が「ここで読むことを信じるのか」とか「ここで読むことをどう評価するか」という事も、【自分が内面から発したものは自分に返ってきて自分が経験することとなる】のですから、読み手が発して読み手に返るものであり、読み手自身の世界の事ですから(読み手が経験している以上、「この記事に出会っていること」自体が読み手にとっての必然で、この出会いは読み手の未来の為に必要だから今起こっているので、今は信じようと信じまいとどう評価しようとも、いつかこの出会いの意味に気付く時が来ます)、私に返ってくることでもないですし、私は、「私が信じているものをベースとして見たり経験したりしていく」のですから、「私は何を選ぶのか」「私は何を信じるのか」、もっと言えば、【自分が幸せに感じるものをどれだけLimitations 制限を超えて自由に選んでいくか】だけにFocusしていればよく、私はブログ記事に書いているような「チケット(エゴ視点の引き寄せの法則を、神様の視点から見た捉え方)」から始まって自分が神様と共に歩いて導かれて辿り着いた数々のThe Truth 真理と、【元々、この世界に作用していたのは、エゴ視点である「The Law Of Attraction / LOA 引き寄せの法則」ではなく、神様視点の「The Law Of Being Attracted / LOBA 引き寄せられの法則引き寄せられる法則)」だった】という答えと、それらをベースにして起こっている私の経験(もちろん私が経験している恩寵の全てを書けるわけではありませんが)を非常に幸せに感じていて「それでいい」と感じていますから、同様に、読み手の皆さまも、信じるも信じないもどう評価するかも、自由に選んで信じて進んで行けばいいのです。

ほら、みんな自由ですね スバラシイ!

ここまで書いてきて今感じているのは、【こう見えて完璧】という事です。初めはLove に並んで非常に重要な【Freedom / Free 自由】について書く回なので、書きたいと思っている事は山ほどありますから、重要だからと以前に書いた事を繰り返したり他の事を説明することにスペースを割くと、書きたいと思った事がこの記事に入りきらなくなるかも知れないと、エゴがちらっと顔を出したのですが、結局、そういう「エゴには一見無駄に見える」ことにもちゃんと意味が在って、ここまでの中にも「自由」について必要な事をちゃんと書いてきているという事に気付いて、「神様やるじゃん!」とHigh FiveですHigh Five ハイ・ファイブ Icon

1つ目の記事と2つ目、更には、急遽追加することになった3つ目の記事と、4つ目を読んで、そこに書かれたことを「知って」、そこに書かれていた事を通して自分自身やこの世界をよく見ながら日々を過ごしていくことで、自分の経験の中に今までも神様の完璧が起こっていたことに気付き、今もそれが起こっていることを実感し、【この世界やその一部である自分自身は、本当にわざわざ変えようとする必要などないくらいに完璧である】という事に気付き、更には、【今迄も、この瞬間も、自分はどんなに; この世界に比較になるものが無いほどに、この世界に愛されているのだ】という事に気付いて、自分の中にあるLove が自分の中だけには収まりきらない程に大きくなり、自分の外の世界に: 人(知っている人も、名も知らない人にも)や、動物や、自然や、物や、出来事や、状況を含むこの世界の全てに、自然とAppreciation 感謝や、Love 愛や、Thoughtfulness / Consideration / Compassion 思いやりや、Gentleness / Kindness 優しさなどを注げるようになり、結局やはり自分=世界なので【自分を愛すること「自愛」から始めて自分の内面を充分に愛で満たせば、自然と、世界に対して「慈愛」注げるようになるくらい、自分の中の愛も、自らの精神的な成熟度だけでなく能力的な成長も、経験する幸せも、周囲の状況も、ありとあらゆる面で上昇繁栄します。(ちょっと脱線しますが、前にサラリと触れたことの補足をします。この「自愛」と「慈愛」もそうですけど、自分の本質的な性質を英語でNatureと言うのですが、自然もまたNatureであって、自分のNatureという、自分の本質的な性質は、前に説明した【神様から与えられた自分の「好き」に基づいた選択の数々によってできた自分と言う存在】を表していて、つまり自分の中にいる神様(自然・全体・宇宙・一体)の部分の事=神様が自分という存在を通して表現している存在の形であり、だからこそ、自分の「好き」を我慢したり押し殺したりせずに自分の「好き」に従って「自分らしく」生きていく事が、この世界に存在する使命と言える。そして、自分のNatureに従って生きる事は、Nature 自然と歩調を合わせて歩くことであり、そうすることで全体(神様・自然・宇宙)と言った自分の本体と一体になる事ができ、それはこの世界に存在するもの全てにとっての「あるべき在り方」であり、その在り方でいる時、全体(=神様)の力を借りて自分という存在をエゴ(個=全から分離した状態)でいるよりも遥かに超えて力や能力や才能を最大限に発揮できるようになるというように、その二つのNatureの繋がりにはThe Truth 真理が隠されています。「自愛」と「慈愛」にせよ、「自分のNature」と「Nature 自然」にせよ、この言葉を決めたのは人間ですが、この記事で触れたように、この世界には神様からのメッセージと愛が溢れんばかりに充満していて、本人が自覚していようといまいとその為の任を負った人々によって、その人たちの中の「閃き」と呼ばれる神様から頭の中にPopする形で送られてくるIdea アイデアによって、こうして世界のあちこちに人々を答えに導くヒントがどの瞬間も生まれ続けているのです。このくらいこの世界はMiracles 奇跡に満ち溢れていて新設設計です

Love yourself 自分を愛して、自分を自分の愛するもののように大切に扱うことで、自分の内面が心地良さや幸せで満たされるので、自分に対する自信も高まってきますし、自信が高まったおかげで心に余裕が生まれて、その心の余裕が寛容さとなり、出来事や、状況や、他者に対して大らかな態度で接することができるようになります。そしてその過程で、自分に充分に自由を与えて、自分がやりたいと思う - 自分に幸せを感じさせるための事だったり、他者に幸せを感じさせるための事、という自分へのまたは他者への愛から望む - ことを制限をかけずに自由にさせ、自分がやりたくない事は自分にさせず、「決して自分に無理はさせない」ということを大切にしていくと、いかに自分は自由であるかという事に気付き、【自分は自由だ】という事を充分に実感し悟ることは、【他者も自由だ】という事を許容することを自然と可能にしてくれます。そうすると、自分が人と違うということは当たり前である(自分も含めたこの世界の全てのものの進化のために、神様が全てのものを敢えてDifferent 違う存在に創った)という事が理解でき、人が自分と違う事を「そうね私が自由なように、あなたも自由ね」と許容して受け入れられるようになれ; 言い換えれば手放しておけるようになり、他者が自分を違う考えを持とうと、自分が好きなものを好きじゃなかろうと、自分が好きなものと同じものを好きじゃなかろうと、異なる意見を持っていようと、何をしていようと、それはその人の自由であるし、他者が自分の内面で何を発しようともそれはその人に返るものであって、自分に返ってくるものではないので全く自分の幸せには関係ない事、つまり他者がどうあろうとも何をしようとも【それは自分の幸せを揺るがすものではない】という事を理解しているので、腹が立つことも不快に感じることもFear 恐れを感じることもなくなり、安心してSerenity 心の平穏を保っている事ができるようになり、そうやって、他者に自由を許すことができるようになればなるほど、自分がもっともっと更に自由になれていきます。もうこれだけでも、かつて「あの人は、器が大きくて、懐が深くて、人間が大きくて、本当に強いからこそ優しくて、有能で豊かで「本当に持ってる人」だからこそそれを誇示したりせずにDown to earthでいられて、揺るぎない自信があるからこそ心に余裕を持って動じず寛容で居られて、素晴らしい人格者だなぁ」と思って尊敬し、いつか自分もそうなりたいと憧れていた人たちのように、気が付けば自分もなっているじゃないか!と気付いて、一般的な普通の大人として生きていた頃の自分(仏教でいうところの4階+屋上という構造の建物の2階部分の、自己の確立ができた成人のフロアに居た頃の自分。ちなみにこの建物は、1階は自己の確立がまだできていない幼い子供のフロア、3階はBuddha 仏陀が初めに悟りを開いた地点で舎利子がいるフロアで、4階が観音様が瞑想によってKu くう)に気付いたフロアで、その上の屋上にBuddha 仏陀が居るという形で精神の成熟のプロセスを表現しています。1階のフロアに関しては、私は独自の気付きを持っているので、それはまた追々)にとっては予想を遥かに超える、「願いを叶えようと思っていたら知らないうちに人格者に - 自分が理想としていた人間、理想としていた親、理想としていた女性、つまり、Ideal Me 理想の自分になっていて、更には私たちはかつてそうなりたかった理想の家族に - なっていた!」という、副産物と呼ぶには余りに素晴らしい収穫を手にする(神様の恩恵が齎される)ことになります。私の場合は、それまでも行く先々で結構人々に良くしてもらって感謝していましたが、理想の自分になれたと感じたこの頃からは、多くの事を手放せてるので、嫌な人に出会ったりして嫌な思いをすることが無くなったと言えるほどに激減したために - マイナスが無くなった分プラスがよりも大きく感じられ、【自分は世界に愛されているなぁ】という心地良く幸せな実感だけが強調されて感じている状態になります。

その頃になると、自分にLove Freedom 自由を与える事がどんなにも素晴らしいHappiness 幸せを運んでくるかが体感として解ってきていて、もうほとんどの事が手放せているので、実際に【気が付けば、ある時点で願ったことは全て叶っていた】と気付くような事も幾度となく経験しているでしょうし、状況が良い方向に変化しているものが数えきれない程あるという事に気付いて、この世界の完璧(=神様の完璧)にも充分信頼を置けるようになっているので、ここで何か新たにLimitations 制限縛りを見つけたとしても手放し方も充分理解できて上手になってきていますからそれらを手放すのは以前よりもずっと簡単になっているでしょうし、この頃には【問題のように見えるものは、実は問題などではない】という事を体験として何度も何度も経験して生きているので、一般的には「問題」と捉えるものに対して「問題」であるという認識を持っていないため、その事について考える事もなく日々を幸せに過ごしているので、逆に言えば、何の不自由も感じていないのでLimitations 制限が残っているという事に気付きにくくなっていると言えるかも知れません - 当然、それでも本当に外す必要のある気付くべき制限がある場合は神様が最適なタイミングでRemindしてくれたり、頭の中にPopさせてIdea アイデアを送ってくれたりして、更なる気付きへと誘導してくれるので、自分でわざわざ探そうともしていない状態です。そして、その頃にはLove (=神様)がInvincible 無敵である事も幾度となく実感している頃ですし、神様と共に生きる事の恩恵を身をもって充分に理解している頃ですので、Aladdin アラジンA Whole New Worldで歌われているように、『I can't go back to where I used to be. もう元の場所には戻れない(元の自分には、以前の生き方には戻れない)』、そして、Frozen アナと雪の女王のLet it goで歌われているように、『I'm never going back, the past is in the past! 私は絶対に戻ったりしないわ、過去は過去よ!』と感じるようになります。つまり、既にエゴ(個)として生きていくことに価値を見出せなくなってきているので、後戻りする気はさらさらなく、【いかに限界を超えてどれだけ神様と同じ方向を向けるか】という事だけを目指すようになっています。この感覚が呼び起される時にはいつでも、結局、この事を「知った」時には既に、この時点で私がこう感じ私がこう成ることは、既に決まっていたのだという事を、そして当然、「全ての事は生まれる前から神様の完璧な計画の上に【既にある】」という事を実感せずにはいられません。ですから、私は「もうこのブログ記事を読んで、それを【知った】以上、その事が自分に起こってきて経験する時は、そう遠くない」と言うのです。

余談ですが - これをエゴの視点で考える時、「知った」という事がこの先に「経験する」という事と繋がる可能性が高いという点に於いて、自分が内面に取り込むものの質を選ぶことの重要性は見落とせないと感じます。もちろん、「知った」事の全てが「経験」になるわけではありません(天網恢恢疎にして漏らさず: 天の網は網目が大きく粗いけれども、決して漏らさないの意。「人間の中の思考Imagination 想像というものと、人間の外側に起こる経験や現実というものの間には一定の法則が働いている」 - これを「神様を起点にした見方」で捉えたものがThe Law Of Being Attracted / LOBA 引き寄せられの法則引き寄せられる法則)であり、これは古くからある宗教や思想においても伝えられていることです。一方で、数年前からそう名前が付いたThe Law Of Attraction / LOA 引き寄せの法則という「エゴを起点とした見方」があり、こちらも数年前にこの名前が生まれるずっと前から様々な人によって語られてきました。この2つは、「人間の中の思考Imagination 想像というものと、人間の外側に起こる経験や現実というものの間には一定の法則が働いている」という点では共通しているのですが、その法則に対する在り方は、エゴを起点とした見方と(エゴが自分でコントロールする)、神様を起点とした見方(神様のコントロールに任せる)に別れており、そのどちらの立ち位置を選ぶかで、結果は大きく違ってきます。その【思考やImagination 想像といった自分の内面と現実や経験といった自分の外側の間に作用する法則がある】、つまり【自分=世界】であるという共通した部分について、言及している言葉には、ニーチェの『おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ』や、『自分から発したものは、何らかの形で自分に必ず返ってくる(因果応報Karma カルマ)』というものがあり、その法則の更に細かい特徴を表している言葉にこの『天網恢恢疎にして漏らさず』があります。ちなみに、Lao Tzu 老子の思想は、神様(自然・全体・世界)を起点とするもので、立ち位置としては引き寄せられの法則引き寄せられる法則)になります。上記の二つの表現の中の「もし…長く」や「何らかの形で」と言う部分が、「天の網の目の大きさ」を表しています - 単に「知った」とか少し考えた位じゃ、現実で経験することは変わらない、けれど「知った」事に対して【知った事を経験したいと望んだり、経験しようとDecide 決断したり、それを信念として持ち続けるのなら】もしくは【(経験したいと望むわけではないが恐れや嫌悪から)それについて長く考えて意識の焦点を当て続けるのであれば】、自分の内面に呼応した現実を見る、というような時間的余裕、また、自分から発したものが自分に返ってくる時に、【自分が発した(直後である場合もあるが)直後ではない場合も多く、同じ相手から返ってくるのではない場合も多く、自分が発したままの形ではない形で返ってくる場合も多く】、こうして時間や対象や形態にも幅やゆとりが与えられている。それに加えて、例えば、同じ行為に及んだとしても、必要に迫られて行うような学びとしての経験と、悪意を持って繰り返し行うような場合、という二つもまた区別されていて、例え行為の種類が同じだといってもそれだけで胆略的に同じ現実が返ってくるわけでもなく、【行為という外側に現れた結果よりも内面で自分が発したものの性質に呼応している】仕組みであるために、同じ行為をしたとしても返ってくる現実には幅がある。このように、【自分から発したものは、愛・恐れ…それがどんな種類のものであれ、何らかの形で自分に返ってくる】そして【自分の中に浮かんだ欲求・願い・夢・Imagination 想像・Idea アイデアというものは、その先の現実で経験する事が既に決まっていることのPreview 予告であり、自分の中に浮かんできたものと全く同じ形・規模・タイミングではない事もあるけれど何らかの形でそれを経験することになる】という「この世界の法則」・The Truth 真理を表している言葉)が、自分の中に取り込んだ以上、自然と自分がそれに意識を向け続けてしまう可能性があるために、神様の属性である「Love 」とは反対側にあるEgo エゴが好んで選ぶようなものを自分の中に取り込むことは、不要な信念になってしまう可能性があり、それ故に、不要なJudge ジャッジ(判断・決めつけ)、不要なLimits 制限・縛り、不要なネガティブな思考、そして、幸せに生きる為には不必要だった回り道ともいえる不快な経験にへと発展していく可能性を生むことになるのです(もちろん、精神のコントロールや不動の姿勢で心の平穏を保つ事に自信がある場合は、何を取り込もうと大丈夫だと思いますが)。ですから、犯罪について詳細にまとめた番組やニュースや、戦争や暴力またはサスペンスやホラーというジャンルの映画や、普通に暮らしていたら見る必要も「知る」必要もなかったような、人々がGross / Yuck! 気持ち悪い オエッ! とか、不快感とか、怖いと感じるものを「新事実!」とか言って自慢げに垂れ流して視聴者や閲覧者という受け手の危機感や焦燥感や恐怖を煽り【Fear 恐れをばら撒く】タイプのインターネットの情報やテレビ番組や広告・CM、また選ぶ内容によっては最も影響が懸念されるのはVR(しかし、VRは選ぶ内容によっては物凄い可能性を秘めています。例えばChild Abuse 幼児虐待など一種の虐待にあった人達に、幸せな経験をVRを通して充分にさせていく事で、恐怖感や嫌な記憶から幸せな世界に連れ戻してあげるような事は今迄よりもずっと早く効果を上げられるでしょうし、お年寄りで体が弱くなっている場合や、スポーツなので負傷した場合や、後遺症などで半身不随にあるうな場合や、生まれつき足が不自由な場合や、Cancer ガンなどの深刻な病気の場合など、リハビリを必要としていたり、もしくはリハビリ治療でも完治は困難と言われる症状などの「困難」というLimitation 制限を外すことを可能にしたり、子供スポーツ選手能力開発Limits 限界を超えていくサポートをしたり、普通は体験できないような素晴らしいものをVRを通して経験することができるなら、その普通は経験できないような事を普通に経験するような; 例えば憧れていた職業や立場に就いたり、夢に見たようなロマンティックな経験をしたり、欲しかったものを手に入れるなどを、Virtual Reality 仮想現実として自分の内面に取り込むことにより自分の外側である現実で実際に経験するようになる事は、今よりもずっと楽に実現できるかも知れませんね - 【向上上昇】だけを目的として利用する気軽に頻繁に情報を自分の中に送り込める簡易シュミレーターという感じならVRは素晴らしいと思います)などは、こういう精神と経験の仕組みについての事を知らずに無防備に受け止め安易に「知る」ことは - エゴの視点で言えば - 受け手の人生において、それを観ない人や、それを見る事で不快感を味合わうという毛権をしなかった人や、端からそれを「知る」事なくこれた人よりも、「経験したくない事」を経験する可能性が増えているのだろうし、同じ状況を - 神様の視点で言えば - 「経験したくない事」を、自ら経験することを選んでその任を負った人(役を引き受けてくれた人)だから、それを自分の中に取り込むことが既に決まっていた、という事でしょう。しかし、それでも自分(Ego エゴ=個)がその任を引き受けるか、引き受けないかは、あくまでも自分で自由に選べます。そして、どちらを選んだとしても、それも必然であり、生まれる前から既に決まっていたことであり、それで完璧なのですから、自分が心地良く幸せに感じる方を【自由】に選べばいいのです。

ここで話を戻します。この頃には、自分の中のEgo エゴ(全体から分離した個としての自分。そしてそのせいで感じるFear 恐れや、恐れから来る自己防衛のための思考)は、この世界の全体(神様・自然・全体・世界・宇宙)と自分は一体であったという事を思い出し、Ego エゴは全(世界・神様・自然)と一体となり、もはや個ではなく全体として俯瞰して物事を見れるようになってきているので、「全ての事は生まれる前から神様の完璧な計画の上に【既にある】」という事に確信を持ち、【この世界には、The Law Of Attraction / LOA 引き寄せの法則ではなく、The Law Of Being Attracted / LOBA 引き寄せられの法則引き寄せられる法則)が作用しているのだ】という事に気付いているでしょう。この頃には、神様から送られてきて自分の中にPopしてきては一瞬でその内容を理解するような言葉によらない電気信号のような形の - 自分が心地良く幸せに感じるような - 【気付き閃きIdea アイデア】という感じのものと、エゴの打ち上げる - 何らかのFear 恐れから生じる対策・策略・自己防衛という類の自分が不快や不安を感じたり身構えるような - 「思考」との区別がつくようになってきます。

既に充分に自分を愛して、自分に充分に自由を与えて、他者にも自由を許せるようになり、自分を取り巻く状況は良い方に大きく変化したのを実感した、更にその先にあるのが、【世界にも自由を許す】という段階です。もちろん、輪廻転生の転生回数が多い人など、初めからこれができる人もいるでしょう。しかし、ほとんどの場合は、それまで長い間「問題のように見えるもの」を問題だと認識し、それら問題に関わる対象の物や出来事や人に「問題を起こし自分に経験させるもの」というラベルを貼って(ただ在るだけのものに、ラベルを貼っているのは自分=エゴであるというのは自己観察さんの気付き)、「問題は存在する・問題を起こす人が居る」という信念を持ち、それに対して対策を立てるけれども、自分の中の信念に従って「問題は存在する・問題を起こす人が居る」という経験が自分に返ってきて、そうやって繰り返し傷つくような出来事に遭い…という感じで、傷ついた分だけ、忌み嫌ったり、恐れたり、避けようとしたり、排除しようとしたり、更に再発に備えたりしているので、初めに自分に自由を許すということを始めた頃には、そういう対象に自由を許すとかそう言う対象を愛するなんて「ちょっと無理」と感じたかも知れませんが、充分に自分を愛して充分に自分に自由を与えていくと、自然とそれも可能になってくるので、先ずは【自分を愛すること】から始めるのです。そうやって、随分と他者の自由も受け入れられるようになってきた時点でも、問題だと思ってたもののうち80%〜90%は消えてしまったけれど、100%とは言えないかも知れないな、という段階に入ってくると思います。自分で自覚できているFear 恐れや、そこから生じるLimits 制限は手放せてきているけれど、自分では気づいていない、自覚できていないFear 恐れや縛りが残っていることがある状態です。

この辺まで来ても「他の事は全部叶ったし、上手くいっているのに、そこだけ状況がびくともしない」と、自分が思うようには良い変化が見られない事柄がいくつか在るかも知れません。誰にでも「ほとんどの事は受け入れられても、これは譲れない」という何かがあると思いますが、そういうものに関しては他の事よりも格段にF恐れやエゴをLet it go 手放すことが難しく、手放せてるつもりでも知らない間にエゴが滑り込んで来ていて、エゴが知らん顔して滑り込んできているためにエゴが滑り込んでいる事にも中々気付けず、「なんでこれだけ、本当に何でこれだけ上手くいかない?こんなに手放しているのに!?」と、これ以上は手放せないという程手放しているつもりでいるために、他に出来ることなど残っていないと感じて、まるで乗り越え難いハードルのように立ちはだかることがあります。私はそれを実際に経験してきたので、まず第一に、夢や願いを叶えようとすることや、幸せになろうとすることや、成功しようとすることをやめて(その手の事はEgo エゴのやり方ななので、無駄骨に終わったり遠回りになったり可能性が高いのと、その手の事をしている限りEgo エゴと共に生きているという事でありエゴの恐れや恐れから生じる縛り・制限をLet it go 手放す事ができないので、結局は小さくて狭いエゴの範囲を超えられない程度の結果にしかならないので)、その次に、【自分を愛して、自分に心地良さや幸せを感じさせることに集中する】という事を(どうせ自分を愛していけば気が付けば自然と手放せるようになるので、先ず「手放そうとすること」自体を忘れて、愛を優先させる。愛を優先させることで、「手放すこと」自体に意識が向かないようにする事で、そこを楽に超えていけるのと、自分を愛していく事は、他者を愛することに繋がるから)何よりも優先していく、という事をしつこいくらいに勧めるのですが、充分に自分を愛して世界にも慈愛を注げるようになったと感じる頃になっても、これ以上もう見当たる理由なんかないけれど何故だかそれでも越えられない、「これは自分への課題なのか?」と思えてくるような難攻不落のハードルが残ってしまい、「自分にできる事はもう残っていない」「打つ手なし」に思える状況になる事があります。

『「打つ手なし」「もうまな板の上の鯉だ」そう感じたのならしめたものだ。エゴが自分の無力さを心底痛感して音を上げて、エゴには世界=目に映るものをコントロールすることなど不可能なのだと悟ってコントロール欲を手放した時、神様に全権が明け渡されるから』と言う人は多く、その頃、私も、『If God is all you have, you have everything you need! - John 14:8 (もし神様があなたが持っている全てであり他に何も持っていないという状態ならば、あなたはあなたが必要なものを全て持っている)』というBible 聖書の言葉に出会いました。もちろん、これはThe Truth 真理です。それでFear 恐れを完全に手放せるならそれが一番なのですが、実際の話、それほどまでに神様の完璧を信頼して他のことはほとんど全て手放せているのにも拘わらず、ここまで来てもまだ手放せないFear 恐れというのは、エゴが恐れるあまりに、その分に於いてだけはせっせとを打ち上げて【既にある】はずの神様への信頼を隠して見えなくしてしまっていたり、更には、自分の死角に未だ残っているLimits 制限や縛り、時には恐れそのものすらを隠してしまっていたりして、恐れや縛りなどの手放すべきものがまだ残っている事にすら気付けない状態にしてしまい、その分に於いての神様の完璧に対する信頼を見失っている事にも気付けず、自分の中に残っている制限や恐れや問題の存在に気付けないために、「神様の完璧も信頼しているし、残っている恐れも、残っているLimits 制限・縛りも、残っている問題もないはずなのに、これ以上どうしろと?」という状態に入ってしまうので、だからこそ、【エゴの視点から見ると】この最後の難攻不落のハードルが立ちはだかっているように見える状況をBreak Throughするのが難しいのです。

それでも、神様はそんな難攻不落に見えるハードルさえもちゃんと乗り越えられるように、どの瞬間も導いてくれてますから、【神様の視点から見れば】解決できない問題も、乗り越えられない苦境も、そんなものは初めから存在しないも同然なのです。言い換えれば、元々そこを乗り越える(解決する)ことは太古の昔から既に決まっていたことであり、その先のより大きな幸せに到着するためにそこを乗り越える必要があったからこそ今目の前にそのハードルが見えているだけなのです。これまでにも【それが起こっている以上は - エゴにどう見えていようと - それも必然であり、神様の完璧である】とか【出来事はいつでも、エゴが思うよりもずっと素晴らしい】とか【エゴ的に不快な出来事が起こる時は、大きな良い変化の前触れ】とか書いてきましたが、それと同じで、【いつでもハードルが見えている時こそ、その少し先は今よりもずっと大きな幸せを神様が用意している地点である】という事です。ですから、どうせ【This too shall pass. どうせこれも過ぎ去る】と知って安心して、【これが過ぎ去れば、Super Dee Duper!】と知って、Here and Now 今ここを思いっきり楽しんでいればいいんです - だって【This too shall pass. どうせこれも過ぎ去る】ですから、今ここ幸せだって今ここで味合わなかったら、いつしか通り過ぎてしまうのですから、今ここで思いっきり楽しまないと勿体ないじゃないですか。

という事で、【エゴの視線で見たら】自分の死角に入ってしまって見えにくいLimits 制限・縛りがある場合の対処法、もっと言えば、自分ではそれがLimitations 制限・縛りであるとすら思ってもいなかったという類の、非常に気付きにくいLimitations 制限・縛りを一気に吹き飛ばす方法(私の場合には、これがBreakthroughになったというものですが)をお話ししたいと思います。かと言って、これから書く基本的な知識はなにも新しいものではないのですが、そこに私が自分が歩んできたプロセスの上で神様から頭の中にPopする形で受け取ったIdea アイデアで特に気に入った方法を幾つか書き加えていこうと思っています。

こんな最後の砦においても、「勇気を出してLet it go 手放せ」とは言いません。1つ目の記事でも触れましたが、【自分を愛していくと、自分が満たされて、満たされると色々な事が自然と手放せるようになってくる】のと同じように、この最後のハードルもある地点に辿り着けば自然と消えますから、意識を「手放すこと」に向けないのが一番重要なことです。幸せになりたいと思えば、幸せは手に入らない - 【それはまるでButterfly 蝶々のように、追い駆ければひらひらと飛んで行ってしまって捕まえることができませんが、追いかけずに心を静かにしていれば、その静かな心にはButterfly 蝶々の方から舞い降りて留まりにやって来ますPurple Flapping Butterfly】、それと同じように、「手放そう」とすれば、それは既に「手放さなくてはいけないものが在る」というStatementになってしまい、「解決すべき問題がそこにある」と言っているようなものですから、難しく感じる事態になってしまうのです。もちろん初めのうちは、「自分の信じているもの信念・概念・観念または知識・情報、更には経験や記憶に基づく自己防衛的な教訓などは手放せるものである」という事も知らない状態ですから「Let it go 手放しましょう」という言い方をしますが、手放すことに意識を向けずに自分を愛して自分を愛で満たすことに意識を集中させた方が自然と手放せた状態になるので楽ですし簡単ですから【自分を愛することに集中する】ことを優先させるのですから、ただこの先も【自分を愛して】いくことを、一生ずっと続けていくのです。しかし【自分を愛する】ことは、自分にとって心地の良い事ですから、決して苦にはならないはずです。

自分が「心地良い」とか「幸せ」に感じる - ここが非常に重要な事なので繰り返します。 思い出してください、【自分が不快に感じる事は全部嘘です(エゴが見せる幻想であって、実在しない)】のです。【頑張ったり、努力したり、苦しんだり、戦ったり、競ったり、自分を犠牲にしたり、やりたくない事をやらなくてはいけないと思って無理してやったり、本当は自分は好きになれないのに周囲に合わせたり、言いたくもないお世辞を言ったり、自分の子供は素晴らしいと思っているのに「うちの子なんか」と謙遜したり、大人げないことはしてはいけないと自分に言い聞かせて折角神様から貰った自分の「好き」を捻じ曲げてまで自分に失礼な態度を取る未熟ないわゆる「嫌な人間」が居る場所に本当は行きたくもないのに他人の要望に応えて行ってそれどころか笑顔を見せて良い人のままで居続けてあげたり、人に好かれたいなんていう下らない理由だけで神様から貰った大切な「自分」と言う人間を押し殺してまで自分ではない人間を演じたり、とにかく自分が不快に感じる事はそれが何であれ全部嘘です - つまり、【不快に感じる事はそれが何であれ全てエゴが見せる幻想であって、本当は必要のない事です】、すなわち、不快に感じる事を自分がしているなら、神様のシナリオの上でエゴが回り道をしているという事であり、そのやり方は幸せとは逆の方向に向かおうとするやり方という事ですので、自分が心地良く幸せに感じる事ややり方を選んでするようにすればいい。同様に、不快に感じる事を自分以外のものによって起こされていると思うなら、それもエゴが見せている幻想なだけで、実際の所は出来事はエゴが思うよりもずっと素晴らしいですから、その感じ方が幸せとは逆方向に向かおうとする感じ方というだけのことですので、自分で自由に心地良く幸せに感じる解釈に変えてしまうなり、「こんなもんは幻想だから気にしなくていい」と自分を不快に感じる事から解放してあげればいいだけの事です。ハッキリ言えば、不快に感じるような、幸せとは逆の方向に向かうやり方や感じ方を続けるのであれば、状況はゆるやかに悪化する一方です - 当然です、神様とは逆のエゴの方向に進んでいるのですから。自己犠牲・努力・頑張り・苦労・大人の振る舞い・良い人・常識人などそれがどんなに世の中で賞賛されるような在り方でも、に欠くことがあれば、God is love 神様は愛ですから、神様と同じ方向を向いて進んでいるとは言えず、当然、「相手を快にしてあげる為に自分を犠牲にして、自分を不快にしてまで相手の為にすること」ももちろんを欠く行為であり、それを続けるなら「どんなに良い人でいても、状況は悪くなるばかりだ」と感じるようになり悪化の一途をたどる。これは実際に、多くの優しい人や心の綺麗な人や真面目な人が嵌ってしまっている【エゴの罠】です - だからこそ私は、既存のルールや常識、他人の意見や業界が仕掛ける流行や政治がニュースや様々なメディアを通じて仕掛ける揺動などの、【自分の外側の要素に主導権を明け渡すな。自分の幸せを決める主導権はいつでも自分にある。目に見える耳に聞こえる自分の外側のいるいかなるものにも自分の幸せを左右する権利も力もないのだから】と口を酸っぱくして言うのです。Buddha 仏陀の最後の言葉『…だから汝らは、自らを灯明とし、自らを依処として、他人を依処とせず、法(教え)を灯明とし、法(教え)を依処として、他(他人を含む目に見える外的要因)を依処とすることのないように』(この言葉は結局、仏陀が生まれた直後に発したと言われる【天上天下 唯我独尊】という言葉に帰り着きます)にある通り、指標にするべきはいつでも【自分】。いつ何時でも【どんな状況下においても、神様のシナリオの上を順調に進んでいるサインは自分が心地良いとか幸せに感じているという事です】。そして、本当に「相手」と「自分」のどちらを選ばなくてはいけないという時には、【自分の幸せを優先させる】のが正解です - それも今迄何度も言ってきたように、【自分の幸せを後回しにすれば、自分の足場がぐらつき始め、自分が万全の態勢でなくなれば、相手を幸せにすることなどできなくなってしまう】からです(相手にも神様がいるのだから相手の事は心配しなくていい=神様に任せておけば安心なのです。自分を充分に愛したら、その時は、自分の事を犠牲にすることなく相手も幸せでいられる術を身に着けていますから、先ずは自分を愛することを優先させて)。これだけは忘れてはいけない - 【自分を愛せない人には、誰も愛することはできない】だから、何よりも優先して先ず行わなくてはいけないのは【自分を愛すること】。そして、自分がやっている事が神様と同じ方向を向いているのか、自分は何を選べばいいのか迷った時には、【自分が心地良く幸せに感じるような事をしているなら、正しい方向に真っすぐ進んでいる】そして【心地良く幸せに感じているなら、それが正解】であるという事を指針にして進めばいい。周囲の反応や結果や利益や評価などではなく、「自分が心地良く幸せに感じているか」、つまり【自分はちゃんと自分を愛せているか】という事を自分に問えば、答えはおのずと解るはずです。基本はいつでもLove です - God is Love: つまり、愛である神様がRuleする世界に生きているのですから。ですから、自分に対するでも、他者(動物でも、他人でも、自然でも、ものでも、事でも)に対するでも、愛から沸き上がった「そうしたい」「やりたい」なのであればそれは絶対に間違いない、なぜなら、そういうから生まれた欲求や衝動は結果がどうなるかを期待するよりも自分がを注ぐことの方が自分にとって大切な事であり幸せな事なので結果がどうなっても後悔はないですし、からしていることは、どんなに第三者から見たらとんでもない苦行をしているように見えても、本人は頑張っているとか、苦労しているとか、自分を犠牲にしていると感じることもなく、自分はただそれをしていることが「好き」であり「それで幸せ」と心地良さや幸せを感じているのですから事態は悪いようになりようがないので、いつでもLove を指針にすれば間違いないのです(つまり、不快に感じるのは神様とは逆の方向に向いていることを自分に教えるサイン・警鐘)。もちろん、痛いのが好き、不快が好き、困難が好き、と言うのならそれもまたその人に与えられた道ですから、そういう事を選ぶのもまたその人の自由なので止めはしませんし、それが「倒錯した願い」でなくそれで心底幸せだと感じる事ができるのであれば、それもまた神様の完璧の一つなのでしょう。しかし、「快を感じていたい」と望んでいるのにも拘わらず「不快」に感じる事があるなら、この事を思い出してください。

【何故だか頑なに変化してこない状況】が見えたら、それこそが、自分が気付かないうちにエゴに滑り込まれてしまって残ってしまっている「世界のその部分に自分が自由を許せていない」部分ですから、その部分にFreedom 自由を許してあげればいいのですが、ここまで来て尚残っているほどの「その部分」というのは、きっと、自分が【譲れない】と思っていたことの一つだと思います。「譲れない」と思ってるその部分に自分が執着して、「その部分」が「自分が決めたような形になってもらわないと【困る】」と思って、自覚があれ無自覚であれ「握りしめている」状態なのですが、自分が「こういう風になってもらわないと【困る】」と言い続ければ、世界が自由に自身を形作ろうとすることを力技で止めようとしているという事であり、それは自分が世界を縛っているという事です - 【エゴの狭い視野で見る限りで思いつくようなちっぽけな幸せよりも、神様が自分の為に選んでくれてある最善の方が、神様にできることの方がエゴの予想なんかを遥かに超えるほどずっと素晴らしいものである】にも拘わらず、です。もちろん結局は、エゴには実際に世界を=神様の完璧なシナリオを=神様を止める力などありませんが、そういう心理状態で居る限り、それが自分に返ってきて、この先も【困る】状況を見続ける、つまりそう言う心理状態である限り世界は自分が好ましく感じるような姿を見せてくれることはありません - 何故ならそこが自分が乗り超えなくてはならない課題であり、それを乗り越えた先にあるより大きな幸せに神様が連れていこうとしているからです。自分がここで手放せず【世界が自由に形作ることを許る】ことができないままでいるなら、つまりEgo エゴにしがみついている事を選ぶのであれば、状況は悪化していきます; それも、自分がいつか音を上げるなり疲れ果てて抵抗する気を失うなりするまで悪い状況が続けば、人はいつかは必ず神様にGive in 屈して手放せるようになるので、結局は神様のシナリオから外れてしまう事など無いようにするための策の一つであり、更には、全てはエゴにしがみつくことをやめさせ手放せるようになって、「自分」から始まり「他者」へ、そして「この世界の全て」すなわち「世界」の【ありのままの姿】を受け入れられるだけの器の大きさを身につけさせ、その先の【より大きな幸せ】にまで連れていくために、その「より大きな幸せ」に相応しい人間へとレベルアップをさせるためです。

ここで一つ、私からのささやかなプレゼントです。エゴである自分が、「どうしても【譲れない】」「これを失ったら【困る】ことになる」「これが叶わなかったら【困る】」と思って頑なに手放さずにいるものなど、エゴにとってはどんなに深刻な事でも、神様にとっては、小さい子供が抱えている小さいぬいぐるみのクマくらいのものなのです。エゴが全力で抵抗している状況に何が起こっているかと言うと、神様は手を差し出して「私に素敵な計画があるから、この小さいぬいぐるみのクマを手放してこっちに渡してごらん」と言っているのですが、エゴはその小さいぬいぐるみのクマを「これは【譲れない】」「これを失ったら【困る】ことになる」「これが叶わなかったら【困る】」と恐れて手放すことができずにいるのですが、神様がその小さなぬいぐるみのクマの代わりに差し出そうとしているものは、それよりもずっとずっと大きいぬいぐるみのクマであるという、私がかつて出会ったこんな絵の事を覚えておくと良いかも知れません。実際に起こっている事はこういう事ですから、この絵を見て、今エゴが握りしめているものを【あぁ、別にこれ要らないわ】どうせ【自分が思うよりずっと素晴らしいものが用意されている】んだから、と感じられてくれば「それでいい」んです。一度でもそう思えるなら、今既にちゃんと手放すプロセスに居るという事ですから、God wins in the end. - 神様がエゴに勝って神様のGlory 栄光を見る日が自然と訪れるのはそう遠くはありません。

「Just trust me, I have better for you.」
Just trust me, I have better for you - Me and God then.gif
「ただ私を信じて、君の為にもっと良いものを用意してあるから。」

この絵について、ちょっと解説をしておきます。この絵で大きなTeddy Bear テディベアを渡そうとしているのは、Jesus ジーザスイエス)ですが、彼は神様ではなく、あくまでも私たちと同じくGod's Child 神様の子供であり人間です。Buddha 仏陀も私たちと同じ人間です。God is Love 神様はであり、全体であり、自然であり、宇宙であり、形のないものですから、絵に表すことはできませんので、Christianity キリスト教ではよく神様をPeace 平和の象徴とも言われるDove として描きます(中村光さんの漫画『聖☆おにいさん(セイントおにいさん)』でもそう描かれていますよね)。神様はLove であり、形のないものですので、目には見えないものなので、Christian クリスチャンの中でもJesus ジーザスを神格化したり、彼こそがHero ヒーローであると崇拝する人が少なくないのですが、あくまでも彼は私たちと同じ人間であり、だからこそ、私たち人間の誰でもが、彼のように神様の力と共に歩くことができるという事を表していて、それ故に、【Jesus ジーザスが人間である】という事には重要な意味と役割があるので、ここを忘れてしまうと「幸せに生きる事は特別な人(または崇拝の対象)にしかできない」という解釈になり、自分を小さい存在だと感じ始め、自分の力を信じることができなくなり、目に見える現実やより大きな力に怯え始め、【自分の中にも神様が居るのだから人知を超えるGod's Glory 神様の栄光を経験するとは自分にもできる】という事を忘れてしまい、神様が自分の為に用意してくれているFairy Tale おとぎ話である楽しく幸せで美しい道=神様のシナリオの上に自分はいつでも居るのだ(雲が隠していることはあっても青空の下に自分が居なかったことなどなかったのだ)、という事を見失って迷走してしまうのです。

さて、話を戻します。まずここでは、【自分はいつでも、状況や他者の反応や意見に拘わらず、自由に選んでいいんだ】という事を思い出して下さい。自分を充分に愛して、自分に充分に自由を許してきたのなら、【自分はいつでも自由なんだ】という事が理解できていると思います。そこでもう一度これについて良く考えてみれば、【自分はいつでも自由に選んでいい】という事は、【何が起こって来ようとも、それが起こっている時点の「Here and Now 今ここ」で、自分は自分が心地良く幸せに感じるような自分にとって一番幸せだと思うものを選んでいい】という事ですから、【何が起こっても、いつでも自分は自由に選んでいいんだ】という事であり、つまり【何が起こっても構わない】という事になります。

ここで「A-ha!」と閃くように腑に落ちて完全に手放せてしまう人もいるでしょうし、ここで一旦は手放すことができて心が楽になったものの、また自分でも気付かないうちにエゴが滑り込んできていて、それでもまだ状況が変わってこない人もいるでしょう。「状況が良い方に改善されてこない」、すなわち、自分の中にまだFear 恐れEgo エゴ)が残っているという事です。これは法則ですから、「どんな状況においてもこの図式は変わらず、いかなる場合に於いても無くなったり効果を発揮しないということもない」という事ですから、状況が変わってこないなら自分の中にまだ変わってない部分が残っている、その一点以外に理由はありませんし、逆に言えば、自分の中が変わるなら、状況が変わらないことなどないという事です。

そうは解っていても、「こんなにも手放せているのに」【変化が起こってこない】と思うと腹が立って来ることもあるでしょう。私は、このSpiral スパイラル螺旋を上る過程で何度も同じような風景を見ました。初めのうちは、「自分は手放しているつもりなのに何故か状況が頑なに動かない」という時には、自分がやっている事が間違っているのか?と不安になったりしましたが、だんだん自分のやっている事に自信が持ててくると、そうした状況に出くわしたら「はぁ?私はこんなにやっているのに、何で!?」というように考えるようになり、前回の記事でお話ししたように腹が立ってくるのです。でも、それは当然の事です。前回の記事でも言っているように【自分をTame 手なずけ飼いならす必要などない】のです。あくまでも、1つ目の記事でお話しした通り【自分らしく生きる事が自分の使命】であり、これも神様が寄越してきた答えである以上間違いはないのですから。自分で自分を充分に愛すると、自分に充分に自信が持てるようになり、自分に自信が持てているという事は、【誰が何と言おうとそんな事には興味すらなく、自分が選ぶものが自分にとて一番良い=ベストであり、自分の選んだものこそを愛しているし、今の自分が一番良い=ベストだと思っている】【自分は自分に生まれて本当に良かった!と心から思う】という状態になっているので、「心地良くもない、やりたくもない事をやらされる」という事が、今まで以上にあり得ない失礼な事だと感じるようになり、「大切な自分に、自分がやりたくない事なんかさせられるか!」と思うようになり、【相手がいくら神様でも、私は私を変える必要などない】【私が自分を変えない事で、私が好まないものを世界い映すと言うのなら、So be it! それでいい!やってみろ!】と胸を張って言えるようになります。つまり、【何が起こっても構わない】という事になります(ちなみに、このように「腹が立つことの反動で吹っ切れて手放せるようになる」というのは捻くれさんの方法と同じ原理です

不安心配緊張自己防衛から対策を講じようとする「思考」というのは、エゴがこの状況を問題だとみなしているという事ですから、私はこの頃、頭の中にそう言ったエゴの不快な思考や感覚が浮かんできたのを自覚するたびに、直ぐにその思考や感覚を止めて、【You're judgement is not required. あなたのジャッジ(判断・決めつけ)は求められていない=要らない。】と自分の中で言い、自分をエゴから引き離しました。

ここで冷静になって考えてみれば、もうこの頃までには散々この世界の完璧神様の完璧も飽きるほど見ていているはずですから、ちゃんとその事を思い出して「本当はもう、神様の完璧がどんなに凄いか自分でも解っているんでしょ」と自分に言ってあげると、さすがのエゴでも「それは、確かにそうだな」と納得してくれます。そうすると、「そうだよね、そう言えばエゴが考えるより、神様が選んでくれた最善の方が素晴らしいに決まってるじゃんね」と心底思えて、そう言えば本当の所は、神様はMean Old Man 意地悪なじじぃなんかじゃないから、自分の幸せを一番に考えてくれているし、神様の選んでくれる最善は自分が思うよりもずっと素晴らしいものなのだから【何が起こっても、自分が本当に【困る】ことにはならない】という事が解っていたはずなんだし、自分の「好き(何が好きか・好み)」も元々神様が与えてくれたものだから自分が何を求めているのかも神様の方がよく知っている - それどころか「こうしてほしい」「これが欲しい」とわざわざ指定してしなくたって、自分の「好き」は神様が与えてくれたものなんだから自分が何が欲しいのかも何を受け取ったら喜ぶのかも神様は知っているという事だ - それなのにまだ自分は何かを恐れて抵抗していたんだ、という事に気付きます。という事は、やっぱり【何が起こっても構わない】という事になります。そうなったら、自然と安心が内側から沸き上がってきますから、世界に自由を与えて、Let it all be 全てをあるがまま受け止められるようになると思います。

それでも、また自分でも気付かないうちにエゴが滑り込んできていて自分でも気付かないFear 恐れが拭えないような自分にとって深刻なものもあるでしょう。命の危機自己のアイデンティティーの危機といった生存や自己としての存在にかかわる問題の場合、エゴのFear 恐れはとても根深いのです。

何故なら、Ego エゴは、神様が私たちにつけてくれた予備電池のようなものです。【自分は個ではなく、本来は神様(全・自然・世界)と一体であった】と思い出して、もう一度、全と一体になって生きる事が上手にできるようになるまで、自分を守れるようにと神様が自分に付けてくれておいた保険です。ですから、必死で自分(私)を守ろうとしています。「神様に、自分(自己)を死なせたりしないように守れって言われたんだ!」と健気に頑張っています。でも、自分が神様(全・自然・世界)と一体である事を思い出したなら、そろそろEgo エゴはお役御免なのです。エゴはそろそろお役御免とは言え、前にもお話ししたように、エゴである自分が無くなるような事はありませんから、エゴは安心していいのです。仏教でいう所の2階のフロアに当たる、自己を確立した成人としての自分が無くしては、その上の3階も4階も屋上も存在できないからです。過去に起こった事の全てに意味が在り、全ては必然であり、過去に起こった事のどれが欠けても今の自分は存在できず、全てが揃ってこそ「自分」であるのと同じように、個としての自分であるエゴは消せないものであるし、欠かせないものでもあります。ですから、Ego エゴには、分離した個ではなく、全体と一体である事、つまり【自分は神様の一部である】ことを思い出したこの先は、エゴには個ではなく全として、神様の一部として生きてもらうのです。「本当に、今まで有難うね、エゴ」「本当に有難うね、エゴであった自分」。

もう既に、充分に自分を愛して、充分に自分に自由を与えて、【今の自分は自由で幸せだ】という事に自分で納得している筈ですから、冷静に考えれば「これまで自分に自由を許してきたように、世界も自由でいいんだ」という事に気付くと思います。【世界も自由でいいんだ】と、世界(目に見えている現実と呼ばれているもの・全体・神様・愛・自然・宇宙)に自由を許すという事は、世界が自由に形作ることを許すという事です。それは、【自分の為に神様が選んでくれた最善を受け入れる】というStatementであり、この世界の完璧・神様の完璧を経験するための姿勢をとることです。私の場合は、この地点で「そうだね、【世界も自由でいいんだよ】。今迄ごめんね、自分には自由を許してきたのに、自由にしてあげていなくて。うん、世界にも自由を許すよ。好きな形になっていいんだよ。」と自分の中で言った時、自分に何かを許可したわけではないのに、かつて縛りを解いてあげて自分を自由にしてあげた時と同じように、しかし静かにじんわりと幸せな気分になりました。【世界に自由を許したことで、こんなにも自分も幸せを感じられる】というのはやはり【自分=世界】だからこそ感じられることであったと思います。そしてあの時に感じたそれは、【どんな形であれ、君が幸せならそれでいい】と感じ、そして自分が相手を愛しているだけで、相手の反応や、相手が触れられる位置に居るかどうかに拘わらず、自分が幸せな気分を感じる事ができる、という【誰かを本当の意味で愛する】時と同じ感覚であった(Animals 動物を愛する人は、相手である動物が何かお礼を運んできてくれなくても、愛することをやめるどころか「君が幸せならそれでいい」と自分が幸せを感じていられるという感覚を理解しやすいと思います)ので、【相手に自由を許すという事は間違いなく愛である】という事を実感しました。

それでも、また自分でも気付かないうちにエゴが滑り込んできていて自分でも気付かないFear 恐れが、自分では自覚が無いのに、どうやらまだ残っているようだ(だって、他の事は全て叶ったのに、ここだけ未だに状況に変化がないもの)、という時には、Ego エゴが自分を守らんとするばかりに、死角を作り残っているFear 恐れを隠して見えなくしてしまっています。自分からは見えないので、そこにまだFear 恐れが残っているようには全く思えない、けれど【状況に変化が見られない】、でも自分には自覚が無いし見えないものは手放しようがない。Ego エゴは、自分という存在を守ろうとして必死です。諦めないであげてください、自分の為に頑張ってくれているエゴは愛すべき存在ですから。でも本当にもう少しの所まで来ています - エゴが安心して手放すまですぐそこです。エゴの立場で説明すれば、自分の目の前が岩だらけに見えるからと言って、そこで掘るのをやめてしまえば、Diamond ダイアモンドの鉱脈まであと10pの所に自分が来ていたとしても、ダイアモンドにはたどり着けない - それでは初めからダイアモンドは存在しなかったも同然になってしまいます(自分には見えなかっただけで、あと10p先に在ったにも拘らず)。でも、諦めなかったら、ここまでがどんなに長かろうともそんな事はどうでもよくなってしまう程の人知を超えた幸せがそこにある。神様の立場で説明すれば、その人知を超えた幸せの方が、エゴである自分が来るのを待っている。でも、エゴはそれが分からない、分からないから怖いのです。エゴには10p先の事も5分先の事も分からない。個であるエゴの視野は限られていて極めて狭いので見えるものが少ない - 目が届かない部分も、相手の心も、未知のものも、未来も見えない - だからエゴが怖いと感じやすいのも無理はない。その上、エゴは全体から分離して独りぼっち(一人の人間。個。分離した存在。独立した自己)だと思っているから心細い。だから、不安恐れをいつも抱えて心配したり戦ったりしてきた。

親とはぐれてしまった小さいPuppy 子犬みたいに

Awww... Poor Ego
おぉ…なんて可哀想なエゴ

こんなにも弱々しいくせに自分を守ろうと必死に頑張ってくれているEgo エゴにも、Diamond ダイアモンドの鉱脈の方が自分たちが来るのを待っているのだと、【困る】ことになるかも知れないという思い込みから生じているFear 恐れから必死で状況や他者や世界をどうにか自分でコントロールして自分を守ろうと頑張るのをやめて、恐れも必死の頑張りもコントロール欲も完全に手放して神様に全権を明け渡せば、最後のたった10pの厚みの岩の壁には自分で掘り進む必要もなく信じられない力で風穴が空くのだという事を、どうにか解らせてあげたい。どうにか本当に「もういいんだよ」と伝えてあげたい。どうにかしてエゴを心底安心させてあげたい。この頃には、そんな気分にもなるでしょう。そんな気持ちが湧いてきたのなら、もっともっと自分の好きな事をして、もっともっと自分に自由を与えて今ここの自分にもっともっと幸せを感じさせてあげてください。自分の中でエゴもちゃんと一緒にそれを感じていますから。

このEgo エゴFear 恐れについては、恐れそのものや、自身や恐れのもとになっている事や、恐れを消すための方策など、とにかくその「恐れ」について考えないことが一番です。しかし、人間の思考というのは収まることを知らないので、絶えず頭の中ではエゴが「思考」というお喋りをしているものです(これは神様から言葉によるものではない電気信号のような形で送られてきて頭の中にPopする「閃きアイデア直感衝動欲求メッセージサイン」といった類のものとは違うもので、慣れてくるとその区別がつくようになります。一般的な人にはこの2つの区別がつかないので、神様から送られてきて頭にPopした閃きを「自分が閃いた」と表現しているように、エゴの「思考」なのか神様の導きなのかの区別がつかないために、Ego エゴのFear 恐れに従いやすく不安や翻弄されやすくいつも何かの策を講じていて、それが過度に進むと悪意ある利己的な企みについていつも考えているような状態になったりします)。当然、エゴのお喋りで頭の中が五月蠅すぎると、この頭の中にPopする神様から送られてくるものに気付きにくくなるので、明鏡止水 - すなわち Serenity 心の平穏を保ち心を静かに落ち着けておくことが大切なのです。Meditation 瞑想を試みたことがある人は分かると思いますが、この湧き出る思考を多少大人しくさせることはできても、完全に止めて静かにさせることは簡単な事ではありません。これも他のものと同じで、「やめよう」と思えば思う程、「やめること」が難しくなります。 J.K. Rowling J.K.ローリング著の『Harry Potter and the Philosopher's Stone ハリー・ポッターと賢者の石』の中で黒い植物の蔓である「Devil's Snare 悪魔の罠」にハリーとロンが捉えられてしまうシーンにも表現されているように、Fear 恐れそのものや、恐れから逃れるために策を講じようと「思考」を巡らせると、どんどんと蔓が巻き付いて自分を締め上げ、より一層苦しめます。聖書の中には『Do not be afraid 恐れるな』と言う言葉が365回出てきて、それは【日々恐れずに生きていきなさい】という神様からのメッセージであると言われます。聖書の中で悪魔とされているのは、Fear 恐れ、そしてその恐れから逃れようとして生じる邪悪な心であり(Star Wars スターウォーズでも、恐れに囚われるとDark Side ダークサイド・暗黒面に落ちますよね。ちなみにYoda ヨーダは日本の柔術家の - 英語表記なのでどちらの漢字なのか判りませんが - 与田さんだか依田さんと言う人がモデルになっているとアメリカの情報に書かれているのを読んだことがあります。確かに、Yoda ヨーダがNative English Speakerではない事を表している彼の発音=アクセントや、Yoda ヨーダの話す英語は文章の構造が英語のそれとは逆になっていて日本語的な構造であることからもモデルは日本人であるという事は - 私はいつもオリジナル音声の英語を耳で聞いて映画を観ているため - 容易に伺えます。Yoda ヨーダの言う事は、Zen の考えがベースになっているPhilosophical 哲学的な思想が中心なので、身体的な鍛錬のみならず強い精神のための精神修養を必要とする武術の専門家がモデルになっていると言われれば、納得です。しかし何故か日本の情報では、脚本家とか映像関係の、つまり映画の世界に通じる依田さんと言う人がモデルだという話が主流ですね)、従ってDevil 悪魔は自分の心に巣食うものですから、悪魔に打ち勝つには自分の中のFear 恐れを克服するしかない - Harry Potter ハリー・ポッターのDevil's Snare 悪魔の罠のシーンは、このDevil 悪魔Fear 恐れ)に打ち勝つ方法を、『ジタバタしてもがけばもがく程、黒い蔓は自分を締め上げる → そこから解放されるには、考えることをやめて(=Let it go 手放して)、落ち着くこと → 方法はそれだけ』という風に表現したものです。しかし、繰り返しますが手放そうとすれば、手放すことを難しくしてしまう可能性が高いので、「考える事をやめて、手放して、落ち着くこと」の代わりに、「考える暇もないくらい、自分を愛して、自分に自由を与えて、自分が好きな事を存分に楽しむこと」を夢中になってするのです。日本神話アマテラス天照)の岩戸隠れでも、岩戸に隠れてしまったアマテラスが岩戸の扉を開けて出てきたのは、何やら外が楽しそうだったからです。同じように、死角に入って自分から見えなくなってしまっているFear 恐れも、自分がそんな事は忘れてとことん楽しんでいれば、今迄動かしがたかった岩の扉でさえも開いて光が差します。

そこで活躍するであろう、神様から頭の中にPopしてきたアイデアが、【何も決めない】というGame ゲームです。先ず、自分が何かを決めてそこに自分を合わせようとしている事に自分で気付くようにしてみます。例えば、今日中に終えなきゃいけない事を考えていて、その思考気付いたら、「いや、別にその全部を今日中にしなくてもいいや」「別に今日中に終わらなくてもいいや」「自分に無理はさせない程度にやろう」と言う感じに自分が設定しそうになったLimitations 制限に気付くようにするのです。それから、「エゴ(自分)が決めるよりも、神様が選んでくれている最善の方が素晴らしいんだ」という信念に従って、「じゃぁ【何も決めない】」と言うのです。そして、本当に何も決めずに、【ただ自分には自分ががやりたいようにやりたい事を自由にやらせて、世界(目に見えている現実と呼ばれているもの・全体・神様・愛・自然・宇宙)にも世界が起こってくるように自由に起こさせて】おいて、そういう風にして自然の流れに身を任せながら進んでいくのです。この【何も決めないゲームは非常に汎用性が高いので、The Law Of Attraction / LOA 引き寄せの法則、またはThe Law Of Being Attracted / LOBA 引き寄せられの法則引き寄せられる法則) - 呼び方は何でもいいのですが - というこの手の事を学び始めたばかりの人や、こういう事を知らない人でも、やってみると中々面白い結果になると思います。「うちの猫はもう10歳だから疲れやすい」「お醤油が減ってきたから買わなきゃ」「赤ちゃんは1歳で歩けないと心配」「良い学校を出れば幸せになれる」「食べすぎると太る」「煙草を吸うとガンになる」「お給料の範囲で生活する」「お金はお給料日に入ってくる」「働かないとお金は入ってこない」「貯金しておかないとイザという時に【困る】」「地震や災害が起こった時の為に備えよう」「調味料をきちんと計らないと料理は失敗する」「肌や髪を手入れしないと綺麗にならない」「落葉樹は冬には葉っぱが全部落ちる」「人一倍頑張るか汚い手を使うかしなければ成功できない」「家電は壊れたら修理に出すか買い換える」「問題は解決の為に行動しなくては解決できない」「零さないように気をつけなきゃ」「ストックしてあるものを切らさないようにしよう」「健康維持のために」「問題を抱えている」「年相応の」「Extinction 絶滅した」「Animals 動物には人間の言う事は分からない」「Impossible 不可能だ」「締め切りがある」「遅刻する(約束の時間に遅れないようにしなきゃ)」「私はこれを持っている(または、持っていない)」「鏡に映っているのが私」「これはペンだ」「目の前に居るのは猫だ」… とにかく【何も決めないゲームの為に、どこにLimits 制限が隠れているのか注意して見てみるようにしていると、もう飽きれかえってしまうくらい、エゴは驚くほど小さいことにも、あれこれと不必要なLimitations 制限・縛りを付けていたんだなぁ、という事に気付くと思います - 「子供の頃ならこんな事を気にしないで、もっと自由大らかで居られたのに」としみじみ感じて、もう本当に子供の頃に戻りたいUnicorn icon.gifと思うくらいに。ここに挙げたものだけを見ても気付くかも知れませんが、「〜したから、…になる」という関連性は実のところは無いのだというお話しを以前から過去記事でしてきていますが、関連性が無いという事は、「…になる」には「〜した」も「〜しない」も関係ないという事ですし、「した」も「しない」も関係ないって事は、その部分があっても無くても構わないという事で、あっても無くても構わないものは、存在しないも同じこと、「存在しないという事は」…とどんどんと気付きが広がっていきますし、「お醤油」が「減ってきた」から「買わなきゃ」を見てみると、「お醤油」を「買わなきゃ」「無くなってしまう」という【思い込み】があり、更には、「お醤油」は「買わなきゃ」「手に入らない」という【思い込み】があり、もっと言えば「お醤油」が「減ってきた」という【目に見えている現実と呼ばれる現象】でさえも【思い込み】なのでは?という事に気付いてきます。そこに気付くと、もう一段階先の気付きが起こってきます。そして、そのもう一段階先にある気付きが起こった地点でもこの【何も決めない】というゲームは活躍するので、覚えておいてください(続きは、次回の記事でお話しします)。

そしてもう一つ、ここで活躍するであろう神様から頭の中にPopしてきたアイデアが、【愛を送りまくるGame ゲーム(名前は今の今迄付いていませんでしたが、ここで説明しなくてはいけないので今付けましたGiggle Smily icon)です。先ずはこのゲームの根本にある、神様から送られてきて気付かせてもらった【気付き】について先に説明します。『この世界、現実と呼ばれるものは、全てIllusion 幻想である』というのは、この手の精神性の話をする界隈では当たり前のように出てくる言葉です。【全ては思い込みである】 - 仏教の観音様の気付きであった『Ku くう)』は、大雑把に説明すると、人は空(から)の器であり、その空の器をもって経験をすることによって得る知識や記憶や感触、そしてそれらに対して感じる感情や、それらについての思考などがその中に入っていて、その状態を「自分」として認識しているが、実際はただの空の器であり、その中に入っているものは人によって違うものであり、人によって違うという事はそれらは大した意味の無いものであり、全て在っても無くてもいいものという事で、在っても無くても構わないという事は、それは存在しないも同じことであり、従って故に全ての恐れは幻想である、と言うようなThe Truth 真理に辿り着いて、『一切の苦厄を度したもうた(度一切苦厄)』、つまり、「全ての苦しみや悩みや恐れを乗り越えられた」、と言うものですが、その気付きがこの『現実は幻想である』という言葉の全てを物語っている、と言うか、この言葉のベースになっていると言えるでしょう。『現実は幻想である』という概念、Kannon 観音様の『Ku くう)』、Master Zhuang 荘子の『胡蝶の夢』、そして映画Matrix マトリックスで表現されてる事などについては、既に理解していましたし、自分の中に起こった気付きによる【自分なりの表現・解釈】(まだブログで書いていませんが)もあって、実際にこの数年その立ち位置で暮らしてきて、神様のAutopilot 自動操縦を経験している自覚もあったので、自分にとって特に新しいものではなかったのですが、ある時、目の前が急に開けるように、この気付きが【自分のものとして起こった】という感覚を覚えました。この世界の全てに起こっている事は、必然 - 神様の完璧なシナリオの上にあり、そのシナリオは過去と過去の全て、現在語にと現在の全て、未来と未来の全てという縦軸と横軸の全てについてのもので、私たちが生まれる遥か以前から既に決まっていた事である。そして、その神様のシナリオは【常に進化する】ということを主軸に据えてあり、この世界に起こる全ての事は、それを経験する存在とこの世界全体の進化の為に必要な事でありそのためにそれが起こる事が既に決まっていた事(必然)なので、エゴには一見不快な出来事であったり悲しい出来事であったとしても、それもまた、それを経験したものと世界全体のその先のより大きな幸せ(進化)の為に必要だったことであり、エゴの目にどう見えていようと、この世界には【問題など何もない】【この世界の全てはどの瞬間も神様の完璧である】というThe Truth 真理と共にこの数年を過ごしてきました。

そんな中、ある事がきっかけで連鎖的なAwareness 気付きが起こりました。そのある事とは、エゴにとって不快に感じる事です。実は、ここ数年私は「騒音問題」を抱えていました。当初は、その騒音迷惑行為)の相手である人々は、私からすれば信じられないほどの教養のなさで、どんな風に育って来ればこんな事を平気でできる人間になるのだろうと思っていました。しかし、もうこういう事を学んでいたので、「解決したい」→「解決した未来は既にある」→「この事に対して何もしなくていい」という事は解っていましたので、「私が感じているような事を感じているのは私だけではない」→「私が感じていることは他の存在にも伝わっている」→「必ずそれに対してアクションを起こす人がいる」→「誰もアクションを起こさなかったとしても、彼らのしていることは彼らに必ず返る」→「不快は元々は神様の属性ではないから、放っておけば必ず雲のように流れて消えていく運命にある」→「だから必ず何らかの良い変化が起こってくる」と考えて、手放しておきました。【問題のように見えていても、本当の所はそれは問題などではない】という信念に従っていましたので、やがてそれを問題だとは感じなくなっていたのですが、一時は止まったよう見えても、また再開されたりで、結局は数年経ったその時点でも【100%問題は解決した】というにはちょっと…という状態でした。それでも、私は「私は完璧を見る」という信念を曲げずにただ淡々と手放し続け、当然、「こんなにも手放しているのに、ここまで消えないのも珍しいな」という感じはしていましたが、「起こっているという事は、これもまた神様の完璧。エゴの自分には今は何故だかわからなくても、完璧なんだろう」と考えて、ただ「私は【完璧を見る】」という立ち位置から揺らぐことなく手放して放っておきました。

今思えば、問題を問題だと思わなくなっていた程に手放せていたのにも拘わらずこの騒音が数年続いたのは、ここで私が気付くためのきっかけになるために、私の気付きがこのレベルに達するのを待っていた=そこまでの時間調整だったのだと思います。もちろん、迷惑行為をしている人間がそのような配慮をしていたわけではありません。彼らはきっと、自分たちがこのような行為をしていることを悪いとも思っておらず、他者の迷惑について考えたことがあったとしても迷惑をかけても構わないという姿勢であるため、数年間でもこの騒音迷惑行為を起こし続ける事を許容していた、そのために、神様に、私の気付きが追い付くまで「何年でも粗野な振る舞いや迷惑行為をし続ける輩」という役を任され - 天網恢恢疎にして漏らさず - 悪い事をしている自覚が無いからここまで迷惑行為を続けることができたにせよ、周囲の人が感じていた不快もやがて流れ去り消える運命にあるのですし、迷惑をかけている自覚や悪意が少しでもあったのであれば【自分から発したものは必ず自分に返ってくる】のですから自分のしたことに自分で責任をとることになるにも拘らず、その任を負ったという事ですから、ご苦労な事です(アリガトネ)。何故、私が「この騒音問題が数年も続いたのは、神様が私の気付きを待ったからだ」と言えるのかというと、「自分が見たり聞いたり経験したりする【自分の世界】に於いて起こる事は全て、【自分の為の愛である】」というThe Truth 真理によるものです。以前にもこの部分に付いては触れましたが、もう一度ここで説明しますと - 「自分が見たり聞いたり経験したりする【自分の世界】」に起こっている事には、「エゴとしての自分が幸せに感じる事」と、「エゴである自分が不快に感じる事がある」ように見えているけれど、幸せに感じるような出来事はエゴの為に神様が用意してくれていたTreasure 宝物であって純粋に神様のだと解るけれど、エゴが不快に感じるような出来事は、エゴに「Hey! そこに不要なFear 恐れから生まれたLimits 制限縛りがあるけど、それどうする?それを手放して、その先のもっと大きい幸せに進む?」というレベルアップのチャンス(『ピンチはチャンス』という言葉のように)を知らせるものであって、つまりそれも - 例えエゴから見えれば一見不快な出来事のように見えるけれども、後になればそれもまた必然だったとエゴにでもわかるような神様の完璧であり - 神様から自分へのです。ですから【何が見えていたとしても、何が起こっていたとしても、完璧】そして【何が見えていようと、何を経験していようと、自分が経験している限り、それは自分の為の神様からの愛】なのです(目の前に何が起こっていようとも、この先、エゴにでも「それも神様の完璧の一部であった」と気づく時は来ます)。そんな【自分の世界】という完璧が、この世界に存在する全ての存在の数だけあり、それぞれの【自分の世界】の完璧が絶妙に結びついて一体となり、完璧に進化しながら進んでいるのが、この世界(全・神様・愛・自然・宇宙)です。

そんな感じでももう知るべきことは全て知っていて、ブログのどこかにも書いたのですが、これ以上この事について知らなくてはいけない事は無いと感じて、この手の事に興味を失って他の事に夢中になっていた時期さえ経ていたのですが、何故だかこの少し前くらいから、またやけに頭の中にPopすることが多くなっていた時期で、そんな中、何故かこの時点で突然頭の中にPopしてきたのが、「おぉ!じゃぁ、この騒音も私が経験しているのだから、私の為の愛か!」というIdea アイデアでした。その日も - 週末でお休みの日だったので未だ家族は眠っている時間だったのですが、そんな事にはお構いもなく外で、迷惑行為や騒音が始まっていたのですが - それまで不快な騒音でしかなかった音がいつものように聞こえてきた時に、「おぉ!私がこれを経験しているという事は、これも私の為の神様からのか!」となって、そうしたら「そうだね、こう見えてもこれも神様からの愛なんだね。有難うね、私も愛しているよ」という思いが浮かびました。そうしたら、自分の中でを感じたので自然とじんわりと幸せな気分を感じました。そこでまた、【おぉ!不快に感じるこれも神様から送られた愛だから、愛を送り返すチャンス、愛を発するチャンスだね!】となって、迷惑音が聞こえてくるたびに、「これも私へのだね。有難う愛してるよ」とを感じてを発し続けていたら、とても面白くなってきて、

Life is a Game】 - これはゲームだ!これからは、自分のNatureと合わないような不快感を感じるような事が起こったら、「こう見えても」神様からを送られたんだから、を発して返そう!そう思ったら、自分のNatureと合わない事だって、何だってBring it on!どんどん起こって来い!って感じだわ。(エゴ的に見れば)愛を発するチャンスを貰ってどんどんを発しているから、どんどん「自分は世界に愛されてるわぁ」と感じるような幸せな未来を創らせて貰ってるという事だから、もっともっとこのゲームを楽しまなきゃ!この先の人生、ずっとこのゲームを楽しむわ!とDecide 決めて、面白がって楽しんでいました。

一瞬、でも「それを予期するなら、それは起こるんじゃない?」というエゴの思考が起こったけれど、【問題と感じるものに、逃げずに、背を向けずに、向き合う姿勢を取るならば、自分が指一本動かさなくとも、相手に働きかけなくとも、問題に見えていたそれは役目を終えて消滅するので、もう起こらないんだ】(この騒音の場合なら、私が気にならなくなるにせよ、相手がやめるにせよ、私が引っ越すかも知れないし、「何らかの形」でね)という事も私は既に知っていました。かつて死ぬほど嫌いだったゴキブリ、かつてはアイツが居たせいで余りの怖さにリビングとベッドルームを明け渡さなくてはならず、子供部屋の床で寝たこともあったくらいなのですが、いつからか、「それがどこであろうと、いつ何時でろうと、絶対に瞬殺してやる」と考え始めそうDecide 決めてから - 確かにかの有名な「ゴキブリキャップ」は買っていますが、それでも年に1〜2回は出ていたアイツらを - もうここ数年の間一度も見ていませんから。

そんな感じで、【何も決めない】というゲームと【愛を送りまくる】というゲームを楽しんでいたら、また頭の中のPopが連鎖的に起こって、結局、【自分が見たり聞いたり経験したりするもの、つまり「自分の世界」に起こっているものは全てなんだなぁ】となってから、そうすると【この世界に起こっている事は全て愛なんだ】となって、おお!今迄も、この世界に存在する全てのものの中に神様=愛があると解っていたけど、それどころか【この世界に存在するもの全てが愛】なんだ!となって、次に、おお!じゃぁ【この世界にはただ形や名前の違う愛があるだけ】(愛以外の、エゴが認識する名前も形も性質もそれは人間=エゴが勝手に名前やJudge ジャッジ(判断・決めつけ)というラベルを貼っているだけのものであって、そんなものは神様にとっては関係ないもので【存在しないも同じ】ものであり、エゴがどう思おうと「この世界に存在するものはそれが何であれ全て愛である」という事だけが普遍の事実)なんだ、という感じに次々と気付きが連鎖的に展開していって、気が付けば「あぁ、それとっくに知ってた。isaさんがサラリと『この世界の全ては愛なんだよ』って言ってたわ。」と気付いて、「必要なものはいつでも【既にある】」というThe Truth 真理をいつものように経験したのでした。

上の方でも書いた通り、しょっちゅう、この「スパイラルを上る民によくみられる、軽い記憶喪失そして気付きの直後に記憶の復活というサイクルを繰り返すという症状」みたいなものが起こって、何かに「A-ha!」と気付いた直後に、「あ、それとっくに知ってたわ。(既にある)」となる度に笑ってしまいます。エゴが打ち上げた雲が消えて再び青空が見えた瞬間なのでしょうが、これも神様の時間調節のひとつかも知れませんねWinking Smily icon

そこから更に、頭の中のPopは続いて - という事は目に見えているものは全て愛であって、自分に見えている私も本当は私ではなく、コンピューターも本当はコンピューターではなく、「お醤油がなくなりそう」という目に見えるものもそれは単なる思考であって本当は「お醤油」は「お醤油」ではなく、私も、コンピューターも、お醤油も、全ては概念でしかなく、本当の所はそれら【全ては、形や名前の違う愛である】だけ。「なくなりそう」という部分に関してもそれは単なるエゴの「思考」であるし、Judge ジャッジでしかないので(『コップに水が半分しかない』と捉えるか『コップに水は半分もある』と捉えるかは自由に選べる、というあの有名な例えと同じで)そんなものは在っても無くても構わないもので、【在っても無くても構わないものは、存在しないも同然】であり、つまり「なくなりそう」という概念は元々は存在しないものなので、お醤油が少なくなっているのを見たとしてもそれを「お醤油は」「いつでも豊かにある」と自由に選んでもいいという事であって、従って、時間という概念も時計が示す通りに受け止める必要などなく、自分で自由に選べるので、時間も「いつでも豊かにある」でいいわけだし、鏡に映る私も、そのままこれが私であると受け止める必要などなく、自由に「Adriana Lima アドリアナ・リマのような美しさを持つ私」を選んだって構わないわけで(これはqleさんの「なる」。彼が「なる」は「なりきり」ではないと言っていたのはこの部分で、「なりきり」というのはどうしても「なったつもり」と言う感じが拭えないけれど、「なる」はこの世の仕組みに対する確信からでも、I deserve it.と思うような自分に対する自信からでも、心の底から「そうなるのは当たり前のこと」と思っている所が、「なりきり」との違い)、つまり、【この世界に存在する全ては、形や名前の違う愛である】となって、そこから【この世界の全てはIllusion 幻想である】となって - また「あ、これもとっくに知ってたわ。」チャンチャン、となったその先に、

あれほどまでに、Ego エゴが余りのFear 恐れから死角に入れてしまい、自分でも恐れを自覚できていない状態であったけれど、エゴが隠してまで必死にしがみついていた縛りも、本当の所は、「それは在っても無くても構わないもの」であり、つまり「それは存在しないも同じこと」であり、その縛りも他の全てに等しく初めからIllusion 幻想だったのであって、本当は実在しないものであり、Let it go 手放すも手放さないも、【そんな縛りはもともと存在しない】のだし、状況が変わってくるも来ないも、神様が起こして私に経験させるものは名前や形が何であれ須らくLove であり完璧なのだから【状況など変える必要が無い】のだから、当然【状況が変わってくるのを待つ必要もない】わけだし、【私に起こってきた経験はそれが何であれ私の為の愛】なのだから、何が起こったとしてもそれが私の幸せ夢の実現を邪魔することなどあるわけがないので、それを避けようとする必要もなく、だから - これ以外の事ではそうしてきたように - この先に何が起ころうとただその流れに乗ればいいだけなのだから、What the hell I've been doing? 一体私は何をやってたんだろう?と感じるくらい、今になってしまえば、何をそんなに恐れていたのかも不思議なほどで、だから【何が起こっても構わない】し【何が起こっても怖くない】、Bring it on!両手を広げていられる、それどころか【いや、私が完璧を見るって決めたんだから、完璧に決まってるでしょ(エゴが起点)】&【神様は私を愛しているんだから、そりゃ、神様は私が幸せに感じるようにするに決まってるでしょ(神様が起点)】&【っていうか、完璧じゃなかったことなんかあったっけ?(神様の視点)】という自信確信の上に、Ultimate Freedom 究極の自由の中で今ここ楽しむことに夢中になっていますiwai iconPopping Champagne icon 2.png

"What the caterpillar calls the end of the world the master calls a butterfly." - Richard Bach

芋虫は何だかわからないけれど無心に葉っぱを食べて、何だかわからないけどChrysalis サナギを作る。そして、気が付けばサナギの中で身動きが取れなくなって【世界の終わり】だと思っていたけれど、次に気付いた時には芋虫は、自由に空を飛べて、今まで見たことも想像したことすらなかった素晴らしい世界を見て回れる、とても美しいButterfly 蝶々Rainbow Flapping Butterflyになり、芋虫が何だかわからずにただ【自分の中に湧き上がるものに従って】やってきたことの全てがその先のステップへの準備であり、芋虫である【自分に生まれた】という神様が芋虫にくれたFairy Tale おとぎ話は、生まれた時からずっと、いつかButterfly 蝶々Rainbow Flapping Butterflyになり自由に世界を飛び回り今迄に味わったこともない幸せを味わうという神様からのTreasure 宝物を受け取るその日に繋がっていたのですキラキラtreasure box iconキラキラ


人生はなんと面白くAladdin Lamp Icon
世界はなんと美しいblowing a kiss icon



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Caned Soup icon「いつでも自分を愛して、自分に正直に、自分らしく居なさい。なぜなら、自分自身を生きることが、あなたの使命だから。 Always Love yourself, Be true to yourself and Be yourself because Being yourself is your CALLING.」

Caned Soup icon「【夢や願いは叶うもの】手に入れるために強く願う必要のあるものなんて何もないんだよ… You don't have to desire anything to make it yours…」

Caned Soup icon「【Licoより】百万の感謝をみなさまに。 A Million Thanks To You All. - The Law Of Attraction (LOA) 引き寄せの法則という名前が付く前から始まって、The Law Of Being Attracted (LOBA) 引き寄せられの法則と共に生きるまで」

Caned Soup icon「引き寄せの法則や神様を信じてそれと共に生きようとする事は、何かを変えたいと何かにすがる事じゃない。勇気をもって恐れずに、在ると思い込んでいる限界を超えてその先を自由に目指す事なのです。 It's not actually "The Law Of Attraction", it's "The Law Of Being Attracted".【引き寄せられの法則】」

Caned Soup icon「」



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If you are waiting for a sign. This is it


この言葉があなたに引き寄せられたのは、あなたに力を与えるためだったり、あなたの気持ちを代弁していたり、あなたを支えるためだったり、一瞬にしてあなたの心をパッと明るくするためだったり、あなたに必要なものを示すためだったり、あなたの目を覚ますためだったり、あなたの背中をそっと押すためだったり、あなたの進むべき道を示す指標だったり、この先ずっと寄り添い一生を共に歩むための言葉だったり…と、様々な理由であなたに必要な言葉だったからなのでしょう。ちゃんと理由があってあなたの人生にやってきたこの言葉を是非、大切にして下さい。必要な時に思い出したり、いつも心に留め置いたり、時には声に出して自分に言い聞かせ、言霊として自分の力に変えていって下さいAngel Smily icon


Everything happens for a reason


And pass it on : いつかこの言葉を必要としている人や後進にあなたから伝え、その人の人生を明るく照らす日も有るかも知れませんねgift


この言葉と出逢えた先のあなたの未来に、幸せがいっぱい降り注ぎますように…Smile n Flowers icon



※ 英語のQuote クオートの場合、オリジナルそのままのニュアンスを受け取って欲しいので敢えて訳を付けない事も考えましたが、なるべく多くの人の心に届くようにと思い、日本語訳してもそのものの雰囲気を壊さないと思われるものには日本語訳を付けました。その場合、英語(こちらの場合、私のアメリカ人との生活がベースになっているので訳や感覚的なものは主に米語に類します)の持つ雰囲気や空気感を壊してまで日本の学校で学ぶ英文法のルールや、日本の英語の辞書にある比較的日本的な解釈に忠実に従ってむしろ伝わりにくい直訳のような形にはしたくないので、オリジナルが持つ意味やニュアンスをなるべくそのまま伝えられるように意訳してありますWinking Smily icon



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Rowling Yoda スターウォーズ movie 映画 Upper 遅刻 Deadline 締め切り 体型 ハイパー HYPER KARMA BREAKTHROUGH BREAK THROUGH 体重 ハゲ telepathy 以心伝心 観音 幻想 ILLUSION failure 薄毛 skincare skin 絶滅 髪の毛 肌断食 ヘアケア キレイ 可能 Possible Financial 引き寄せの法則 Law of Attraction LOA 自由 FREEDOM FREE love lico 生得権 Birth Right 自分=世界 自分 世界 WORLD Let It Be LET IT GO 手放す 手放し Go With The Flow ありのまま 在るがまま 不可能 Impossible EXTINCTION weight loss diet ダイエット 減量 食べる 痩せる 食事 Anti-aging アンチエイジング 美容 健康 beauty Health 美容法 健康法 辛抱強さ Patience SOUL 純粋さ Pure hearted 心の綺麗な人 beautiful mind 綺麗な心 真っすぐな人 正直な人 真面目な人 Big Hearted 優しい人 資質のある人 宝石の原石 Law Of Being Attracted LOBA 引き寄せられる法則 引き寄せられの法則 凪いだ心 穏やかな心 静かな心 Calmness 変化 change 期待以上 成果 結果 result 美肌 スキンケア 若さ Anti Aging 恋愛 彼氏 彼女 boyfriend Girlfriend 結婚 Marriage 子育て parenting Teaching 教師 先生 学校 SCHOOL Coaching コーチング 指導 夫婦 離婚 divorce 成功 Success Billionaire ビリオネア 美しさ 綺麗になりたい 痩せたい 幸せになりたい dream Dreams wishes WISH 願い 親子関係 夫婦関係 夢を叶える 願いを叶える 解決する solution 解決法 問題 problems trouble トラブル 騒音問題 ご近所 人間関係 上司 部下 社員 同僚 悩み 解消 ママ友 ペット しつけ 躾け あるがまま 自由にさせる 自由を許す 許可する 許す allow 受け入れる 引き寄せ アファメーション 安心 自信 Confidence 高める 自尊心 self esteem 自己評価 自己実現 自分磨き ことわざ 座右の銘 格言 金言 名言 言葉 quote クォート クオート メッセージ パワフル ポジティブ 言霊 成熟 人生 家族 family 友達 friend 仕事 強さ strength メンタル Mental 精神 ハッピー 目標 励まし 支援 サポート 元気 生き方 Inspiration Inspiring motivational encourage strong Affirmation 満ち足りた 豊かさ 豊かになりたい 楽になりたい 成功したい 願望 欲求 願望実現 夢の実現 具現化 Realization 幸せになる方法 解決策 秘訣 コツ 伝えたい事 Psychology 心理 Lift 引き上げる 英語 english 真理 TRUTH 悟り satori enlightenment Nirvana 涅槃 Xanadu ザナドゥ 桃源郷 paradise 楽園 Heaven 天国 目覚め Awakening Awareness ああ、そうか A-ha! アカシックレコード Akashic Records 運命 Destiny Fate 輪廻転生 本当の自分 True Self ハイヤーセルフ HIGHER SELF 潜在意識 the subconscious 一体 分離 oneness ワンネス 根源 source 愛ある選択 自分の幸せ 世界の幸せ 全体の幸せ 協調 共生 peace 平和 共存 多様性 ダイバーシティ Diversity 進化 evolution EVOLVE 宇宙 universe 神様 GOD 全能の Almighty God is love God given 愛する 無条件の愛 unconditional love unconditionally 最強 無敵 Invincible Birthright sufficiency 不足 充足 全てある 既にある 完璧 perfect perfection fullness フルネス YIN YANG インヤン 陰陽 アップダウン Ups and downs ニュートラル Neutral 自動操縦 AUTOPILOT 自由意志 起こってくる 起こっている 見えてくる 予告 preview Trailer teaser take a leap of faith faith 信じる trust believe Process プロセス 経過 過程 God wins in the end 愛は勝つ Be still stay still Divine 神性の 人知を超えた 予想を超える SURPASS 恩恵 恩寵 Grace of God blessing Blessed 恵まれている 恵まれる 青空 Drink the water of life 甘い果実 苦い果実 キリスト教 Christianity お金 money 経済 economy support Issue 金銭上の 財政 仏陀 Buddha 仏教 buddhism 唯我独尊 胡蝶の夢 明鏡止水 荘子 Zhuang Zhou Master Zhuang 老子 Lao Tzu 孔子 Confucius 無宗教 哲学 Philosophy 心の目 価値あるもの 心を育てる 心の教育 先行投資 本質 The Essence 必要不可欠 大切なもの 目には見えない inward 内面 思考 感情 信念 観念 概念 belief 記憶 思い出 知識 知恵 マインド 意識 mind ハート heart 心の力 Will power 想像する 創造する imagination 想像力 創造力 真価 ジャッジしない 決めつけない 期待しない 心を開く 解き放つ 解放する 無欲の勝利 急がない 焦らない 急がば回れ 待たない 今ここ Here and Now これでいいのだ それでいい What's done is done 終わったことは終わった事 Oil on the spoon スプーンの油 勇気 Brave 不動 動じない 揺るがない 淡々と 俯瞰 委ねる 任せる 生かされている 存在する Just Be 楽しむ 自分を楽しむ Enjoy yourself YOLO 平等 equal fair NO RULES No Limits 自由を与える 自由にする そんなの関係ねぇ 小島よしお 自由意思 不確定要素 UNCERTAINTY 必然 予定調和 Pre-established harmony ライプニッツ Leibniz フランク・シナトラ Frank Sinatra BABY 神様のWomb 神様の手のひら 来るもの拒まず 去るもの追わず 自然淘汰 抗わない 考えすぎない 心配しない 恐れない どうこうしようとしない 手を打とうとしない 策を講じない 備えない 計算しない 群れない つるまない 身構えない 壁を作らない 解放感 バッチこい 笑っていられる 緩める take it easy 寛いだ 肩の力を抜く 両手を広げて リラックス relax 子供心 自己防衛 defensive JUDGE ジャッジ 自愛 快に従う 心地良さ Comfortable comfort 幸せ happiness HAPPY 好奇心 curious curiosity 閃き 直感 Instinct IMPULSE 衝動 want want to 自分を愛する Love yourself 自分らしく 自分らしさ Be Yourself 自分を大切にする 自分を幸せにする 自分に集中する やりたい事 愛するもの 好きなもの 好きな事 受け止める 掛け替えのない存在 Irreplaceable 許容する 許容しない 選ぶ 選ばない CHOICE 選択 decide decision 決断 好き 嫌い 違う 違い DIFFERENT Difference 同じじゃない GOD'S CHILD 唯一無二 アイデンティティー オリジナリティー 個性 独創性 自然体 完全体 堂々と 胸を張る 主導権 取捨選択 リーダー leader リーダーシップ leadership 自分が決める 自分の芯 ブレない芯 ブレない 天命 使命 出る杭は打たれない 絶対的な安心 絶対的な自信 絶対的な幸せ 絶対的な自由 本当の強さ 本当の安心 本当の幸せ 本当の美しさ 本当の成功 セルフコントロール セルフ・コントロール self control 在り方 セルフ・プリーザー Self Pleaser 遊ぶ playful 出す出すの法則 因果応報 幸せな人 心の余裕 余裕 ゆとり 気前の良い 気前の良さ generous generosity 還元する 戦わずして勝つ Serenity 心の平穏 inner peace Peace of Mind 高尚な 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