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2019年01月25日

一旦自分が(体を持つ分離したエゴではなく)魂だという事に気付くと、あなたは以下の事にも気付く; あなたは完全な状態・形態であり、あなたは完璧なのだと。あなたは、エヴァーグリーン。あなたは完全に自由だ。Once you realized that you are soul, you also realize that; You are already in complete form, you are perfect. You are Evergreen. You are completely Free.

My Favorite Quotes : 共感する言葉だったり、気持ちいいくらいに代弁してくれる言葉だったり、自分を形造る言葉だったり、やる気やパワーをくれる言葉だったり、元気にしてくれる言葉だったり、心に響く言葉だったり、救われる言葉だったり、クスっと笑わせてくれて気持ちを晴らしてくれる言葉だったり、ググっとくる言葉だったり、勇気づけてくれる言葉だったり、伝えたい言葉だったり、贈りたい言葉だったり… そんな大切にしたい言葉 ゚・*:.。. .。.:*・゜



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Once you realized that you are soul, you also realize that; you have never been hurt/harmed, you have never lost anything, you have never grown old, there's nothing wrong in what you've done, you never have shortage or lack for anything, you already have everything, whole Universe within yourself, all the wishes and dreams, what you love and desire, already came true, and you are already in complete form, you are perfect: you've been, you are and you will be - you never change, you don't even have to change yourself because you are already perfect, and you've never been imperfect because you are untouchable, you never been moved by the world and you are unchangeable. You are Evergreen. You've just been watching a movie of memoir, a movie 'The road until you get there' and so into it since the movie has been looking so real, and you've been forgetting that you already have everything and you came here to love what you love and enjoy being YOU, and enjoy every experience you go through. Now you can feel yourself awakening from a illusion/dream/movie called reality, and all the wishes and dreams you've been dreaming about vanish: Because you've remembered that you already have everything, your wishes and dreams already came true and you are already perfect. You feel relieved and calm. Finally you are freed from everyone, everything, even from yourself: You are completely Free. And only Happiness and Joy remain for you. Then you get aligned to the flow of the Nature completely, and you feel like every little thing you see, every little thing you go through isn't the same anymore as if colors of the whole world has changed, feeling so comfortable being you. And you'll freely get youer and youer, allowing both yourself and the world freedom.
- Lico
the owner of this blog

Once you realized that you are soul you are already in complete form you are perfect Evergreen Wishes Dreams Vanished You are completely Free Happiness Joy Lico

“一旦自分が(体を持つ分離したエゴではなく)魂だという事に気付くと、あなたは以下の事にも気付く;今まで決して一度たりとも、傷つけられたり、損害・損失を被ったことなどないのだという事を、今まで決して一度たりとも、何かを失ったり亡くしたりしたことなどないのだという事を、今まで決して、年を取ったことなどなかったのだと言う事を、あなたがした事の中で、何も間違っていた事などなかったのだと、今まで決して一度たりとも、何かが不十分だったことや欠乏や不足などなかったのだと、あなたは既に全てを持っている、宇宙全体を自分の中に持っていると、全ての願いも夢も、あなたが愛して強く望んだものは全て既に叶っていたのだと、そして、あなたは完全な状態・形態であり、あなたは完璧なのだと: 今までも、今も、この先もずっと - あなたは変わらない、あなたは自分を変えようとする必要はない、何故ならあなたは今この瞬間既に完璧なのだから、そして、あなたは決して一度たりとも完璧ではない・不完全だったことなどなかった、何故なら、あなたは触れられないもの、あなたは世界によって決して動かされないもの、あなたは変えられないものだから。あなたは、エヴァーグリーン(常緑の、不朽の、不変の、不動の、時を経ても色褪せず、完璧なままな状態を保つもの)。あなたは、今までずっと回顧録の映画、映画「そこに辿り着くまでの道」を見ていただけ、映画が余りにリアルだったから(魂としての自分は、いつの時も完璧であり、欠けてるものなど無く、全ての願いや夢は既に叶っている事を知りながら、その事をすっかり忘れて)夢中になっていただけ、そして、あなたは全てを既に持っていて、その上で、ここに自分が愛するものを愛して自分が自分であることを楽しむ為と、(どんな経験であれ)一つ一つの経験を楽しむ為に来たということを忘れてしまっていただけ。そこまで気付いた時(頭で知識として理解するだけじゃなく、その後で、自然と自分の経験としての体感が起こってきた時。それは自然と起こるから安心して)、現実と呼ばれる幻想・夢から自分が目覚めた状態になった自分自身を感じることができる、そして、今まで夢見続けてきた全ての願いや夢が消滅するのを感じることができる: 何故なら、あなたは既に全てを持っていて、あなたの願いも夢も既に叶っていて、あなたは既に完璧だという事を思い出したのだから。あなたはほっと安堵して、心の平穏を感じる。ついに、あなたは全ての人から、全ての物事から、自分自身からでさえも解放され自由になる:あなたは完全に自由だ。そして、あなたには幸せと喜びだけが残る。そうなると、あなたは完璧に自然の流れに協調する、そして、まるで世界全体の様々な色が変わってしまったかのように、見るもの一つ一つが、経験することの一つ一つが、今までとはもう同じではない・違うもののように感じる、自分で在ることをとても心地よく感じながら。あなたは伸び伸びと自由に、より自分味を増して、より自然体の自分に、より本当の自分に、より自分になっていくだろう - 自分と世界の両方に自由を許しながら。”
- Lico









Twitterや、Facebookや、Instagramや、その他のプラットフォームを見ていてくれている人は、どうしてこういう話になったかは流れで理解できると思いますが、もしも新しくこのページに辿り着いたなら、このブログの過去記事を参照して頂くか、近々の流れであるクオート画像を下に付けておきますので、参考にしてみて下さい。

いつもクオート画像を作る時、頭の中で英語で浮かぶ文章を先ずこうして画像にしてから日本語の訳を付けるから、命令形の文章があったりするけれど、変換する上でそうなってしまうだけで(日本語に直す時に、なるべく本来の意味合いに近づけるようにはしているのですが)、別に強い意味(命令とか強制とか上から目線とか)があるわけではないから、その辺はさらりと読んでほしいと思っています。そして、最近はクオート画像を作るたびにブログで記事にする、という訳ではないので(クオート画像をブログ以外のプラットフォームでアップするだけの事も多く、そのようにして作ったクオート画像のうち「あ、これはブログで書いておこうかな」と感じた時だけブログ記事にするので)、つまり、ブログで詳しく説明しないことを前提にしているため、クオート画像内にある程度理解できるように文章を詰め込むので、最近のクオート画像は文章多めでガチャガチャしていますが、それについても、気になったものは時間のある時にでもゆっくり読んでみて下さい(初めに目に留まった時と、改めて読むときでは、既に自分の視点が変わっていて、捉え方も変わっている時がありますので、それによって自分の内面の成長を垣間見るのも面白い気付きになると思います。初めに目に留まったことも、読み返そうと感じたことも、どちらにも意味があって起こっている・起こる事の全てに自分にとって必要な・良い意味がある、という事ですから、自然の流れというのは面白いですね)iwai icon

と言う訳で、今回のクオート画像も目いっぱい文字が詰まっているので、ちょっと大きめのスペースに書いておこうというのと、これに付随して書いておきたい事や、読む人が書いてある事を理解するにあたって何らかの一助になるかも知れないと思った事などがあったのでブログ記事にすることにしました。このクオート画像を作った時には、ブログ記事にすることを前提にしていなかったので、そのままでも充分に説明が詰め込まれている状態です。内容は、このクオート画像の一つ前のものからの続きで、こちらも、基本に立ち返った内容であり(新しい事というのではなく、このブログを初めとして、あちこちでお話ししてきた事であり - 今まで色々な人の言葉を紹介してきた通り - 時代も世代も国境も職種も立場も性別も超えて、いつの時も多くの人々が口にしている事であり、精神性に於いてEssential - 基本的なことであり、難しくはないことであり、いかなる時代も変わる事のない不変の真理であり、真理・本質的であるゆえに極めてシンプルな事であり、シンプル・単純が故に見落としやすいことですが、本質的なことであるが故に大変重要な事であり、非常にパワフルな事でもあり: 知らなければ知らないで他に代わりになる道はあるけれど、知っていれば知っているで強力な礎となるもの)、同時に、Satori 悟りの地点・立ち位置・視点でもありますLotus Flower Icon

“Peace: Just this moment, when this silence pervades, who are you? A nobody, a non-entity. You don't have a name, you don't have a form. You are neither man nor woman, Hindu nor Mohammedan. You don't belong to any country, to any nation, to any race. You are not the body, not the mind. Then who are you? In this silence, what is the taste of you? How does it taste to be? Just peace... just a silence... and out of that peace and silence a great joy starts surfacing, welling up, for no reason at all. It is your spontaneous nature.” - Osho

Osho Peace Just this moment when this silence pervades who are you

“心の平穏・平和:この瞬間、この静けさ・静寂が充満する時、あなたは誰だ?一人の・一つの、誰でもない、取るに足りない・想像の産物・非実在である。あなたは名前を持たない、あなたは形を持たない。あなたは男でもなければ女でもない、ヒンドゥー教でもなければマホメット教でもない。あなたはどこの国にも、どの国家にも、どの人種にも属さない。あなたは体ではない、マインド・思考・頭でもない。じゃぁ、あなたは誰なのか?この静けさ・静寂の中で、何があなたの味・あなたの趣なのか。それはどのようにして味・趣になりうるのか?ただ平穏・平和である… ただ静か・静寂である… そしてその平穏・平和と静けさ・静寂の中から、とてつもない喜びが浮かび上がってくる、湧き上がってくる、全く理由もなしに。それがあなたの、自然発生的な・自発的な・自然に起こる・思わず起こる・知らず知らずに起こる・自動的に起こる・自然な・流麗な・伸び伸びとした、あなたの本質(ネイチャー。自分の大本・自分の根源・自然体の自分・ありのままの自分・本当の自分)である。” - Osho




例えば、一日を終えて、体が疲れて、頭では何も考えたくないくらい眠い状態の時、ベッドに横になって眠ろうとして、目を瞑る(瞑想のように難しく考えないでいいです。真理・本質は極めてシンプルであり、決して難しい事ではなく、遠い所にあるものでもありません。だからこそ、子供や動物や自然の方が真理・本質に近い存在なのですから) - その時、外から音が聞こえてくる。自分の意志や意図とは全く関係なく物事が起こり、その音が聞こえてくる(自分の心臓の拍動・心音や呼吸の音が聞こえるなら、それも同じこと)。そして、真っ暗闇の中で「あぁ、これは自分の意志や意図とは全く関係なく起こっているんだな」と思う。そして、目を開けてみる。目を瞑っていた時に聞こえていた音は、変わらず鳴っていて、それは変わらず自分の意志や意図とは関係なく起こり続けている。体は相変わらず横になったまま。自分はそこから動けない。暗闇に居た時と同じ場所に在るだけで、場所は変わっていない。「自分」はこの体の外には出られない。目を開ければ、外に在るものを見れるし、自分の体の外側の様子も見ることができるけれど、だからと言って、「自分」が体の外に出られているわけではない。もう一度、目を瞑る。すると真っ暗闇の中は静かで、何も起こっていない。解決しなくてはいけない問題も、自分を傷つける何かも、やらなくてはいけないと思っている事も、そこには存在しない。自分を傷つけるものも、自分を悩ませるものも、自分を苦しめるものも、自分にのしかかる重しも、何もなく、そこには時間も存在せず、場所の名前もなく、ただ静かで何も起こっていない安全な暗闇があるだけ。「自分」が居るのはこの静かな暗闇。外の世界を見ることはできるけれど、外に出ることはない - 生まれてこのから一度だって「自分」はこの何も起こっていない静かな(目を瞑れば暗闇の)場所を離れたことなどない。キッチンからベッドルームに行こうと、学校に行こうと、職場に行こうと、飛行機に乗ろうと、海外へ引っ越そうと、体がどこへ行こうと、どんな世界が目の前に広がろうと、どんな状況になろうと、どんな事が目の前で起ころうと、どんな環境に置かれようと、どんな人間に囲まれようと、この目に何が映ろうとも、「自分」はこの何も起こっていない静かな場所を離れた事はない(それは捻くれさんが言っていた『青空』のように、それはいつでもそこに在り、どんな曇り空の日にも、雲に覆われていようとも、それが見えなくなろうと、それが無くなる事は決してない)。そうなると、「自分」は自分の「中の人」であって、自分ではない。自分だと思っていた自分は「自分」ではない。「自分」は、自分の内面・内側に在って、外界からは決して触れることのできない存在。「自分」は、自分の内面・内側に在るため、自分の体に何が起ころうと、自分の体がどんなに移動しようと、自分の目が何を捉えようと、自分の耳に何が聞こえてこようと、実際の所、傷つけられることもなければ、触れられることもなければ、動かされることもなければ、変えられることもなければ、全く影響を受けない存在 - ただただ自分の内面・内側は、何も起こっておらず、安全で、静かで、足りないものもなく、完璧で、自由で、安心で、幸せで、心地良い場所であり、その場所には「自分」しか辿り着けず、辿り着くも何も「初めから、ずっとそこに自分は居た」わけで、目に見えていた自分が本当の自分なのではなく「自分」は「初めから、ずっとそこに居たのだ」という事に気付くこと・思い出すことだけがその場所に返ること。従って、誰かからその場所の事を聞き・教えてもらいその場所があるということを知り、その場所の近くまで連れて行ってもらう事はできても、誰かにそこに入れてもらう事はできない: 【そこに入る・辿り着く・戻る・元々自分はそこに居たのだと気付くには、「自分が気付くしかない」】(Jiddu Krishnamurti ジッドゥ・クリシュナムルティ - Truth is a Pathless Land 真理とは辿り着くための道など存在しない場所) - しかし、その気付きは自然と起こるものであり、頭でどんなに思考しても、思考によって理解しても、どんな苦行をしても(自分が何かを「やる」「やらない」とは一切関係なく、自分に与えられた神様のシナリオで既に決められている通りに物事は起こるので; Ego エゴ・分離・個である人間が「何かをやったから」「起こる」のでもなく、「何かをやらなかったから」「起こらない」のでもなく、それが起こるために必要な事の全ては前もって、エゴである人間には本当の目的など解らないままに、自分でもそうとは思わずにやらされているもの - それは、Caterpillar 青虫が無心に葉っぱを食べて、何だから分からないけど無心にChrysalis/Pupa サナギを作って、何だから分からないけどChrysalis/Pupa サナギの中で動けなくなって、世界の終わりかと思って動かずじっとしていたら、気が付けばButterfly 蝶々になって空を飛べるようになっていた、というのと同じように、人間は自分の行動の本当の目的など知らずに「やる」も「やらない」も自然と仕向けられてそうなっているだけだから。“Don't ever, ever, EVER, ever give up. You're here for a reason. Even if it's just to look at cats on the internet. You'll figure it out.” - Jenna Marbles “決して、決して、決して、絶対に、諦めてはいけない。あなたがここに存在しているには意味がある。例えそれが - 今は - インターネットで猫を見るだけでも。その - 意味は - そのうち解るわよ。” - ジェナ・マーブルス Ego エゴ・分離・個である人間が「〜のため」と思って「やる」にせよ「やらない」にせよ、その「〜のため」と人間が思考で意図した目的と神様がそれを自分に「やらせた」または「やらせなかった」・その行動が起こった本当の目的は、往々にして別の所にある。エゴである人間には、その地点を通り過ぎてから、「あれをやったから・あれをやらなかったから」こそ今の幸せがあるんだという事が見えるようになるだけであり、その行動が起こった時点ではその真意・真の目的はエゴには見えない。そのため「〜のため」などというエゴの思考でこじつけた行動の理由などどうでもいいものであり、本質的に、シンプルに、自分が「やりたい・快・心地いい・幸せ・自由」などを感じているか「やりたくない・不快・違和感・居心地の悪さ・不幸せ・不自由」などを感じているかだけが、「自分にとっての進むべき道」や「自分にとって進むべきではない道」を教えているもので、それを「やった」または「やらなかった」本当の意味・本当の理由など後にならないとエゴには解らないもの。だから、「〜だから」とか「〜のため」にというエゴの思考によってこじつけた理由によって「やる」または「やらない」を決めても、結果がエゴである人間の想定や予想通りに行くかどうかは分からないので、即ち、神様のシナリオにあるものとエゴが望んだ結果がマッチするかしないか次第というだけで博打に近いものであるため、「〜だから」とか「〜のために」というエゴの思いつく理由など重要ではない。自分が心の奥底から湧き上がるようにして感じる「やりたい」または「やりたくない」かだけが重要な鍵なのである。従って、苦行のように「快」でも「幸せ」でもないことをエゴの思考で「何かを理解するため・どこかに辿り着くため」と考えてやっても、それでエゴの思惑通りそこに辿り着けるか辿り着けないかは、博打のように、確約されたものではない不安定な結果となる - 徒労に終わることもあるだろう。しかし逆に、どんなに苦しい事でも、自分の内面から湧き上がるようにして、「(後先考えるよりも)それをやりたい」「何だか解らないけど、これをやらなきゃいけないと感じる」「何も考えずに、ただやりたいからやっていた(それは自然い・勝手に・自動的に、起こっていた)」という純粋な(時に、強い)欲求や衝動や自然と湧き上がる感覚によって自然と突き動かされて「やる」のなら、それはそれでこそ辿り着ける地点があるということ。当然逆も然りで、「(後先考えるよりも)それをとにかくやりたくない」「何だか解らないけど、これをやってはいけないと感じる」「何も考えずに、ただやらないままであった(自然と・何だか解らないけど、結局、それは起こらなかった)」という純粋な(時に、強い)欲求や衝動や自然と湧き上がる感覚や違和感によって突き動かされて「やらない」のなら、それもまた、それを「やらない」ことで辿り着ける地点があるということ。何を「好き(愛)」と感じ、何を「やりたい(愛)」と感じ、何を「好きになれない」と感じ、何を「やりたくない」と感じるかは人によって違うし、それぞれの選択によっても違う)自分で意図的にそこに辿り着くことを早めたりすることはない(それぞれが神様に与えられたシナリオによって、そのタイミングは人それぞれの異なるし、タイミングを自分でコントロールすることもできないが、ただ人生を進んでいけばそれは自然と起こる - 今世でなければ来世でも。遅い事が悪い事なのではないし、早い事が優れている事なわけでもない:タイミングがそれぞれ異なりずれている事によって、早く気付いた・目覚めた・悟った人は、その時点での世界のLight 光・燈明・良い影響を齎すものとなり、その後で気付いた人は、後の世界のLight 光・燈明・良い影響を齎すものとなる。全ては神様の完璧な計画によるものであり、全てに良い意味があって起こっている)。自分はこの体の自分ではなく、自分の中の人である「自分」であり、中の人には形はなく、何も持たず、名前もなく、性別も、国籍もなく、一切の条件や制限や縛りや限界が存在せず、Ethereal エーテルの、空気のような存在:Soul 魂・心であり、体を持つ自分の「やる」ことも「やらない」ことも中の人である「自分」とは関係なく、挙句の果てには、体を持つ自分は神様のAutopilot 自動操縦であり、体を持つ自分は本当の目的など知らずとも、起こる必要のあることを起こし、起こる必要のないものは - 例え思考として考えたとしても - 実際には起こさないようになっていて、何を選び、何をやろうとやらなかろうと、神様のシナリオから外れることはなく、自分にも世界にも何かが起こったならそれは起こるべくして起こった必然 - 自然と自分の内面に「好き(愛)」や「やりたい(愛)」という感覚が湧き上がってくるのも、「好きになれない」「やりたくない」という感覚が湧き上がってくるのも、エゴにはその時点ではその本当の理由なんか分からないけど、それは間違いなく自然と「起こっている」こと。それを止める必要はなく、それに抗うことは、自然の流れに抗うこと(それは、川の流れに逆らって泳ぐようなもので、不可能ではないけど、必要以上に労力や精神力を消耗することではある - それでも、全てを愛し、全てを信じ、全てを受け入れ、全てに自由を与える神様は、自分が何を選んだとしても止めたりしないので、やりたければやればいい)。自分の顔にできたニキビも、罹った病気も、自然発生的にただ「起こっている」ことで、何も悪くなければ、何も間違いじゃない。それに対して、「何も悪くないし、何も間違いじゃないから、放っておこう」というのも何も悪くないし、何も間違いじゃない(今ここの自分を悩みや心配で不快にさせない、自分を安心させ幸せに感じさせたままにしておこうという、自分に対する愛)。同時に、それに対して、「さっさと楽になりたいから、薬を用いよう」というのも何も悪くないし、何も間違っていない(「楽になりたい」という自分を幸せにするための「やりたい」に従っているから、これも自分への愛)。他者(人でも動物でも自然でも物でも物事でも出来事でも)に起こっている事は、もっとわかりやすく、自分の意志や意図とは全く関係なく自然発生的に「起こっている」もの。まぁ、とにかく、自分に起こっている事も世界に起こっている事も、自分とは関係なく何もかもは自然発生的に起こっている事であり(それぞれの魂の成長度合いに合った神様のシナリオに則って起こっている事。誰が意図したから起こったというのではなく、シナリオ上で起こる事が決まっていたために、前もってそれについての欲求や思考が自然と湧き上がったという事はあっても、誰かの意図によって起こしたり、起こさなかったりしたものではないため、誰にも責任はない。各自の責任が生じるのは、その起こった事象に対して、「自分が内面で何を発するか・それをどう捉えどう反応するか」に対してのみであり、それは神様が下す罰ではなく、Karma カルマによって自分が発したものと同質のものが返ってくるという形で経験することで、人は皆それぞれの責任を自然と取っている - と言っても、「良い」とか「悪い」とかいう意味ではなく、良いも悪いもなく、「良い事」も「悪い事」も等しく自分に返ってくるという意味での責任であり、「自分が内面で何を発するか・それをどう捉えどう反応するか」ですら自然発生的に起こっているという意味では、どこまで行っても誰にも責任はない; ただし、「悪い事」が自分に返ってくるのは嫌だと思うなら、「悪い事」を自分から発さないという選択を自分ですることができる - が、それも自分が与えられた神様のシナリオ上で、自分がそこで「悪い事」を発しないという選択をすることが決まっていただけであり、それ故に起こったことであるから、その選択もまた実のところ自分がやったことではない - 故に、聖書では、「あなたの罪は既に償われた」とも言っているし「全ての素晴らしい仕事は神様によるものなので、自分で自慢できることなど何もない」とも言っていて、「良い事」も「悪い事」も自分に責任はないのである。というのも、人間が「悪い事」と思うようなことが起こる事も、神様にとってそれは「問題」などではなく、進化のための、個と全の両方の進化のため、より幸せな状態へとなるために必要があるからこそ起こしている「必然」であり、自分にでも世界にでも「起こること」は全てどんな事であれ、それが起こる事で、当事者のみならず、それに触れる人全ての学ぶ必要のあるもの、それを学べるチャンスを内包している -「悪い事」と言われることの中にでさえも)、自分は何も悪くないし、間違っていないし、他者も何も悪くないし、間違っていないし、中の人・魂である「自分」にはもっと関係なく、手も足もない空気のような「自分」が何をしたわけでもなく、同時に、中の人・魂である「自分」には何の実害もなく、体を持つ自分が何をしようとしなかろうと、他人が何をしていようと、世界に何かが起こっていようと、全くそれとは関係ない、別の次元・別世界に「自分」はいるわけで、「どうしようもない」し、「どうする必要もない」ということが解る(と言うと、「じゃぁ、悪い事をした人や犯罪を犯した人も悪くないの?」という恐れを持つ人がいることを仮定して、いつものように説明を付け加えておきます。他人や世間が呼ぶ「悪い事」ということが絶対的に「悪い事」とは言えない。そもそも神様は裁かない。だからこそ、人間が好き勝手やって、残虐な事もやって、えげつない事もやって、見る人によっては「人間こそがこの世界のガンだ」みたいな状態でも、神様は人間を一斉排除したりしないで、あるがままにさせてある; 自然に起こる事はもちろんのこと、人間が起こす「良い事」にも「悪い事」にも、起こる全ての事には、個と全の両方を進化させるために必要があって起こることであり、どちらであれ、それが起こらずしてより良い未来・進化した未来は起こりえないという必然であるため、例え「悪い事」というものを人間が起こしている時にも、それを起こした当事者のみならず、それに触れる全ての人間がそこから何かを学び、それによって進化・成長が起こる。人間が「悪い事」をして神様に罰せられているように見えるのは、Karma カルマによって自分の内面から発したものが自分に返ってきた時にそう思うだけ。最近イタリアでも判決がでたように、自分が死なないために・生きようとしてパンを盗むことは一概に「悪い事」とは言えない - お金があったら当然お金を支払う、むしろ支払いたい、でもお金が無くても「生きたい」と感じ願う事「悪い事」でも犯罪でもない - これは自分に対する愛であり、自分が内面から発したものが「悪意」ではないためにKarma カルマによって「悪意」は返ってこない: 『天網恢恢疎にして漏らさず』 - 天の網(カルマ)の目は大きく荒いけれど、決して取りこぼしはない。自分を死なせたくない・生きたいと願うことは「自分に対する愛」であっても、その為に他者を蹴落としたり、傷つけたり、足を引っ張ったりして邪魔することは「恐れ」から生じる「悪意」。自分が生きることと、他者が生きることは、それぞれ独立したものであり関連性はない。従って、自分が生きるために、他者が生きるのを邪魔する必要はない。芥川龍之介の「蜘蛛の糸」のカンダタは、ただ自分がその糸を登る事だけを考えればよかった。「みんなが一本の細い糸に掴まって登ろうとすれば、糸は切れてしまい、自分も登れなくなる」というFear 恐れから他人を蹴落としたために糸は切れた - 「Fear 恐れ」とそこから生じる「悪意」を発したためにカルマによって「恐れなくてはならない状況」「悪意」が自分に返ってきた。Detroit: Become Human デトロイト: ビカムヒューマンのMarcus マーカスが廃棄場の窪地から這い上がる時のように、他に登ろうしているものを登りたいようにさせたまま・昇る自由を他者に許したまま、ただ自分は「自分が登ること」にのみ集中していればよかったのだ - 自分がそこを生き抜くこと=自分に対する愛が最終的に多くのアンドロイドを救う結果・他の多くのアンドロイドの幸せへと繋がるのだから、自分が自分を救うことは「自分への愛」であり延いては世界に与える「愛」からの良い影響へと波及するものであるから「悪い事」ではない。「他者がすること・世界に起こっていること」を「自分が生きること・自分の幸せ」に関連付けないことが、他者の在り方や選択・世界に起こることに支配されないで・Slave 奴隷にならずに・縛られずに・本当の意味で自由に生きる方法である。「他人があれをやった」から「自分の幸せが邪魔される」とか、「他人があれをやってくれた」から「自分は幸せでいられる」といった具合に他人の選択と自分の幸せを関連付けると、他人の選択次第で自分の幸せはグラつくことになる。そうなると、他人のやることが気になって仕方がなくなり、お願いだから邪魔しないでくれ、お願いだからこうしてくれと、あたかも「その人が自分の幸せの鍵を握っている」ように自分が信じ込むことで、その相手に自分を隷属させる・奴隷となることになる。「相手の所為で自分が不幸になること」を「Fear 恐れ」る思考から、延いては、相手の言動を自分の思い通りの枠に填めて相手をコントロールする・操る・支配する思考に至るようになる。その時、他者に自分の幸せを依存させ、他者の手に自分の幸せを委ね預けた事になったのだと、自分で気付きもせずに。自分が幸せでいる権利・幸せを選ぶ主導権を他者に明け渡したのだ。自分が幸せでいる権利は自分のものであるにも関わらず。「他者が生きること」「自分が生きること」「他者の幸せ」「自分の幸せ」「他者の言動」「自分の言動」「世界に起こっている事」「自分に起こっている事」など、それぞれを関連付けせず、自分は「自分が生きるために」「自分が幸せであるために」何を「好き(愛)」で何を「やりたい(愛)」と感じ何を「好きになれない」何を「やりたくない」と感じ、その「自分の基準」によって何を「選ぶ」のか何を「選ばない」のか、ただその自分が自分たる「自分の基準」に忠実にあることだけに専念し、「自分の基準」に従うための選択に於いては、断じて、他人の意見や状況や環境や与えられた条件、目に見えているものや自分が既に知っている事、目の前で起こっている事などに一切同意せず・そうした自分の外側のものに一切左右されたり流されたりすることなく・自分の外側の要素に一切拘わらず、堂々と胸を張って、例え優しさからであれ基準を下げたりせず、譲らず、諦めず、1oも妥協せず、断固として、自分が「最善」と信じる決断を下す自分の意志を貫く精神的な強さを持つ - これが自分が本来、この世に存在する全てのものが生まれた時から神様に与えられてBirthright 生得権として持つ【愛・幸せ・安心・自由・充足・完璧・一体・無限】の権利(108さんのチケットのスレで画家さんが言っていた、Tesshu Yamaoka 山岡鉄舟Tekken 鉄券に当たるもの)を社会や状況や環境や他人の手に明け渡してしまわずに自分の手に握っておくという事、つまり、「自分の人生の主導権を自分で握る」ということである。それは自分が生まれた時から神様に与えられている当然の権利なので、それを行使することに対して一切罪悪感を感じる必要はない: 何故なら、自分が「好き(愛)」と感じるもの、「やりたい(愛)」と感じるものは、自分がそちらの方向へ進むべき人間であることを示しており、自分が「好きになれない」または「やりたくない」と感じることは、それは自分が進むべき方向ではない・それは自分の為のものではない、ということを示しており、その自分が自分であるための「自分の基準」に従う事は、自分にとって幸せなことであると同時に、自分の為のものではないものにまで手を出さない、つまり、適材適所、それぞれが愛するものは、それぞれに向くもの(そこに自分の才能が眠っている事は多い)であり、この世界に存在するものは個と全の両方の進化のために互いは敢えて異なるように創られたのであるから、自分の基準に従うこと=自分の心に従うことは、互いの領分を侵さないための「棲み分け」を自然と可能にするのである - 自分が「好きになれない」「やりたくない」事を「好き(愛)」だと感じ、喜んで「やりたい(愛)」と望む人が必ずいるのだから。例え、それを理解できない人が、そんな自分の選択を好ましく思わなかろうと一切気にする必要はない - それはただ、その相手がそれを理解する段階に未だないと言う事を、それ故に、今の自分が「選ぶ」対象ではないという事を表しているだけのこと: それに従ってそういう人には、文句を言ったり戦ったりする必要もなく、ただ黙って今後「選ばない」という選択をすればいい - そうやって棲み分けをすれば、それぞれが属する場所で互いが幸せでいられる、それぞれが属する場所が異なる場所だったというだけのことだから。同様に、世界に起こっている事についても、「こんな状況」だから「自分は幸せでいられない」とか「これが起こっている」から「自分は幸せでいられる」などというように、「世界で起こっていること」と「自分の幸せ」を関連付けしなければ、世界に起こっている事・目の前に起こっている事・次から次へと起こってくる変化などの「自分の外側の要素」によって「自分の幸せ」はグラつくことはなく、そのため世界に何が起こっているかを見張る必要がなくなり、世界の事象から自分を自由にすることができる。そうなると、思い通りの結果が、自分が思っていた期日・タイミングに起こってこないからといって、「あの選択は間違っていたのか?」などとグラついて「自分」を見失ったり、後悔したり、心配したりして、「幸せ」ではいられなくなる・「幸せ」を見失うような事がなくなり、自分の思い通りの結果が自分の思い通りの期日・タイミングに起こってこなかろうと、「だからと言って、自分の選択が間違っていたという事ではない・だからと言って自分があの時自分が最善だと信じて下した選択を疑ったりはしない・だからと言って自分を疑ったりして自分を裏切るようなことはしない」「自分の下した選択に悪いも間違いもない。従って、結果は自分が幸せに感じるような完璧なものにしかなり得ない。それが例え、自分が想定した形やタイミングではなくても、それにはまたそれで - 自分が経験をする必要のある経験がそこに在り、自分が学ぶ必要のあることを学ぶ機会がそこに在り - 自分にとって良い意味がある。そして、それがどんな形であれ、どんなタイミングであれ、自分が幸せに感じるような完璧な結果は必ず起こる」と、自分が本来Birthright 生得権として持つ、【愛・幸せ・安心・自由・充足・完璧・一体・無限】の権利を、目の前で起こっている事・目に見えているもの・世界や自分が既に知っているもの=過去のデータ=現在にとって意味のないものに明け渡してしまうことなく、目の前で起こっている事・それに対する(特に、エゴの視点でしか物事を見ることしかできないような)他人の意見・目に見えているもの・自分が既に知っている事(特に、エゴが恐れから言う自分に「恐れ」や「心配」や「不安」などの「不快」を感じさせるような過去の情報や記憶)を、目に映るがまま耳に入るがままにうっかり「信じ込む」ことで「同意して」しまうような事なく、不動の姿勢で自分の人生の主導権を握り続けることができる。【他人の選択・言動・反応や世界に起こってくる事・反応・結果に、自分がいちいち反応しない・いちいち「真に受け、信じ込むことで同意する」ことをしないでいることは、他人の言動や世界の出来事や自分の体に起こっている事などという自分の外側の要素と「自分の幸せ」を関連付けないこと、即ち、自分の内面にある本質的なもの・自分の芯・本当の自分・自分の根源以外のものに自分を隷属させない事・奴隷にならない事=自分で自分の人生の主導権を握るという事・鉄券をその手に握り決して明け渡さないという事=本当の意味で自由であること・限りなく自由であること】。忘れてはならないのは、「自分にとっての答え」は、自分の内面に湧き上がる「好き(愛)」「やりたい(愛)」「好きになれない」「やりたくない」といった「自分の基準」や、自分の中に自然と湧き上がるDesire 欲求やImpulse 衝動やIdeas アイデアやAwareness / Realization 気付きやIntuition / Gut Feeling 直感など(過去のデータや過去の記憶や過去に入手した情報や、自分の思考の影響を受けていないもの)によってでしか分からないもので、どんな年上の人間であろうとどんな立場にある人間であろうと他人に分かるものではなく、世間で言われている「正解」が自分にとっての「正解」である時もあれば、他人にとっての「正解」が自分にとっては「正解」ではない時もあり、その時その時の選択に於いて自分の内面に湧き上がるものでしか分からないものだという事; 従って、他人の経験も、他人の意見も、自分が今まで耳にしてきた情報も目にしてきた出来事も、自分の過去の経験も、現在目の前で起こっている事も、「今ここの自分の心が何を好み、何を望み、何を好まず、何を望まず=何を指し示しているのか」という今ここの自分の内面に湧き上がる「自分の基準」・「自分の心の奥底にある本音」・「自然と湧き上がってくる(思考の影響を受けていない)アイデアや直感や欲求や衝動」、に比べれば、どれも余り意味のないものだということ。多くの人が「悪い事」と言う事が、自分にとっての「悪い事」なのかは、多くの人が言う「不正解」が、自分にとっての「不正解」なのか、逆に、多くの人にとっての「正解」が、自分にとっての「正解」なのかは、人によっても、その時その時の選択によっても違う。人は誰も、誰かの選択を「間違っている」とは言えない: ただ自分は、他者の選択、他者に起こっている事、世界に起こっている事に対して、「自分はそれを選ぶ」または「自分はそれを選ばない」という選択ができるだけである。誰が何を選ぼうと、自分が何を選ぼうと、全ては神様がさせていること。それを人間が裁くことは本来できない。誰かの選択・言動を見て、自分が「それを選ぶ」としたにせよ「それを選ばない」にせよ、それも自然発生していること。その選択を下した自分を責める必要はないし、後になって後悔する必要もない。他者も同様に、自分の選択や言動を見て、誰かが「自分や自分の選択を、選ぶ」ことにしようと「自分や自分の選択を、選ばない」事にしようと、それも自然発生的に起こっている事であり、他者の選択を責める必要はないし、同時に、自分の所為ではないから、自分の在り方や自分の選択を疑問に思ったり変える必要はないし、自分の在り方や自分の選択を後悔する必要もない。自分も責めず、他者も責めず、ただ『来る者拒まず、去る者追わず』 - 自分も他者も、自分にも世界にも、自然発生的に起こるものを、起こるがままにさせておけばいいのである - Karma カルマ: それぞれが内面で発したものは現実での経験としてそれぞれに返り、人は皆自然と自分の責任は自分で取らされている: その自然の法則から、誰も逃れられやしない - どんな地位や肩書を有していようと、10億単位で稼いでいようと、『Karma doesn't spare anyone. カルマは誰のことも惜しんで取っておこうとして見逃したりはしない』 - 皆平等なのだから。または、自分の内面の心・マインド・頭でさえその隅々の奥底までを、エゴ・個・分離である人間が完全に把握しきれるものではないのだから、現実でカルマによって返ってくるものの全てを自分が管理できるなんていうことはないのだから、この先起こってくることを起こる前から考えて心配したりどうこうしようとすること自体は、何かを確実に「起こす」または「起こらなくする」ものではないのだから、何かを起こらないようにすることも、何かを起こそうとすることも、次に起こるかも知れない何かを恐れるよりも、次に起こってくることを自分の思い通りにしようとするよりも、未来の事なんか未来の自分にまかせて、今ここの自分は今ここで、その時その時の自分が「最善」と思う事を、その時その時のできる限りでやっていく事に、余計な事は考えずに専念する。更には、Children 子供やAnimals 動物といった素晴らしいお手本のように、深く考えたりせず、理由なんか考えず、自分以外の事もあまり考えず・自分に集中して、余計な事は考えずに、好きなものを好きと言って、やりたい事を夢中になってやって楽しんで、小さい事にも喜びを見出して、なんでもない事に幸せを感じて、シンプルに、純粋に、好奇心の赴くままに、Follow your heart and Go with the flow 自分の心に素直に従いながら自然の流れに身を任せて進んでいく - 『子供の頃は神様が居て、不思議に夢を叶えてくれた』のだから。…と、今ここでいくつか挙げたような、または、全くそれ以外であっても、どんな考え方でも、どんな理論でも、どんな方法でも、構わない - 自分が自分と世界の両方の完璧を受け入れて、自分と世界の両方に起こるそれぞれの「好き・やりたい・好きになれない・やりたくない=自分の基準」を起こるがままにさせ、自分と世界の両方を自由にしておき、自分の内面の「愛」「幸せ」「安心」「心地良さ」などを保ったままでいる、つまり「幸せでいる」ことができるのであれば。その地点に立つための色々な捉え方やアプローチ法がある中でも私は、これまで私が繰り返しお話ししてきたように、「Love yourself 自分を愛する」ことは、最も現実に則していて(宗教やスピリチュアリティーにアレルギーのある人で、精神性の話となると自身のFear 恐れから嫌悪感を露わにしたり小馬鹿にすることで自身を優位に見せようとするような人でも - そうした精神レベル・精神的成熟度ではまだ準備ができていないため、どの道を選んだとしても今の段階では道のりはまだ遠いかも知れませんが、とにかく - とっつきやすく抵抗なく始められ、結局は同じゴールに辿り着く道であり)、最も自分に実益を感じさせやすく、それに集中して・夢中になっていけば、『Love conquers all 愛は全てを克服する・制圧する・打ち勝つ・抑える・獲得する・凌駕する』 - 自分の絶対的な価値を理解したり、自分に対する絶対的な自信を身に付けたり(やがて延いては、世界に対する信頼や自信へと自然と発展する)という、生涯の宝となるものを手に入れながら、自然とFear 恐れを超えた状態となるため、わざわざFear 恐れやEgo エゴを克服する為に自分のエゴと対峙するという「エゴの罠にはまりやすい・泥沼化しやすい」苦しいステップを、そこに意識を向けないまま自然と回避でき、「良い気分」や「幸せ」や「安心」や「自信」を維持したまま進んでいいける比較的楽な道だと自分の経験から感じているので、私はLucille Ball ルシル・ボールMisha Collins ミーシャ・コリンズなど数えきれない人が言っている『Love yourself first. 先ず自分を愛しなさい - そうすれば全ての事は自然と良いように・あるべきように収まるから』というのを推奨しているのだけれど(「自分を愛すること」や「本当の意味で愛するとは」については、このブログやTwitterなどの様々なプラットフォームで既にしつこい程繰り返しお話ししているので、詳しくは過去の投稿を参照してください)、Zen 禅であれ、Child/Children 子供やAnimals 動物のようにGo with the flow 自然と共に流れていくのであれ、isaさんの自愛であれ、To love yourself 自分を愛することであれ、瞑想であれ、苦行であれ、エゴと対峙して七転八倒した果てであれ、何らかの形でRealization 悟る・Satori 悟りを得るのであれ、何であれ、自分が他人や状況や環境や出来事の変化に揺らぐことなく動じずに安定して「愛」「幸せ」「安心」「心地良さ」を感じていられるようになるのなら、それが自分にとって「最善」の道・「正解」であり、それが自分が与えられた神様のシナリオ上にあったものということ。その方法が何であれ、どんな道を辿ろうとも、どの登山ルートを意識的にであれ無意識的にであれ選ぼうとも、人は皆、誰もが、「何があっても動じることなく穏やかで幸せに感じていられる」地点=山頂へといつかは必ず自然と辿り着く: 全ての人はそこに導かれているのだから)Dove of peace icon.gif

自分が、体を持った、Ego エゴ=全体から分離した・個である人間ではなく、自分は体の中に居て、全ての経験を観察し、全てを見ている、実態を持たない、触れられることのない、傷つくことのない、痛くもかゆくもない、動かされることのない、変わることのない、欠けのない、既に全てを持っている、既に完璧な、「Just being ただ在る」だけの、空気のような形のない存在、つまり「Soul 魂・心」または「Consciousness 意識」なのだと気付くと(その事を知識として理解しているだけでなく、自然と自分の経験として気付きが起こり、自分の体感としてそれを「感じる」、体感として「解る」、腑に落ちる、自分の奥底に浸み込む、逆に、自分の奥底から湧き上がる、体感として「知っている・知っていたことを思い出す」という感覚を覚える、安堵し広大な安心感が広がる、形は何でもいいのですが、自分で明確に「頭で理解したというのとは違う、本質を思い出した・帰るべき場所・あるべき場所に返ってきた」という感じの経験が自然と起こってくると)、それに連なって、自動的に、自然に、芋づる式に、他の色々な気付きが自然と起こってきます(この始まりは、この手の知識に出会うこと、この手の知識に興味を持つこと、この手の知識に好奇心が湧くこと、そして、この手の知識を知る事です。それらも自然と自分の中から湧き上がった欲求や衝動によって突き動かされて動き、その知識について書かれたものやそれについて話す人が既にそこに在り、自然とそれに出会い、知る事となる、という全ては自然の流れによって起こっている事であり、既に自分がこの体で生まれる時に神様が自分に与えたシナリオ上にそういう流れが既にある、そういう流れが起こる事が太古の昔から決まっていた、という事ですから、自分が知りたいと思った時には、この世界の中には既にそれについて書いたり話したりしている人が居るわけで - 更には、既に日本語や現代語に訳されていたり、または、それを理解するだけの英語力や読解力を既に自分が身に付けていたりと、必要な要素はそれまでに自分もそれに関わる全ての他者も「その為に」と意識しないままに - 何のためにやってるのか知らぬままにCaterpillar 青虫がChrysalis サナギを作るように - 完璧に準備が整って『既にある』 - ですから当然、全てのタイミングは決して遅すぎたり間に合わなかかったりせず、完璧なのです)Aladdin Lamp Icon

Soul である「自分」は自分の「中の人」であって、体を持つ自分ではない、「自分」が今まで認識していた自分ではない。魂や意識といった形ないものである「自分」は、体を持つ自分ではないということは、魂や意識といったEthereal エーテルの空気のような存在である「自分」と物理的な体を持つ自分は別物であるという事が分かる。そして、「自分」は、体を持つ自分とは関係なく存在しているものであり、体を持つ自分を動かしているのは、実のところ「自分」ではなかったのだと解る。「自分」は、体を持つ自分の中で、体を持つ自分の感情や思考やそこから生じるやる事成すことや、自分以外の外側のものに対してどう反応するのかを、黙って見てきた - まぁ、見るというのも表現として少し違うけれど。言うなら、「一体となり、あたかも「自分」の事のように、自分と一緒になって感じ経験してきた」 - 非常に良くできたVR / Virtual Reality バーチャルリアリティーのように。それが108さんの言う『現実は、映画を観ているようなもの。映画の中に起こっている事が自分に起こっているかのように錯覚し(アクション映画を観ると、映画が終わって映画館の外に出てからも少しの間は、自分がヒーローみたく強くなったような気分になるように)その映画が余りにリアルなために夢中になり過ぎてしまい、それこそが自分が生きている現実だと信じ込んでしまっているだけ』の状態。実のところ、自分の体が経験していることは、自分の「中の人」である魂・意識としての「自分」にとってはVR バーチャルリアリティーやMovie 映画そのもの(Keanu Reeves キアヌ・リーブス主演のMatrix マトリックスでも描かれていたように)。Awakened 目を覚ませば、それは「自分」にとって現実でもなければ、動かしがたい真実でもなければ、避けたくても避けられないどうしようもないほどに重く課せられたものでもないのだ、という事に気付く。眠っている時のDream 夢を考えてみると、夢の中で怖い事が起こっている時、それを夢だと自覚できないが故に、本当にそれが起こっているかのような恐怖を覚えるけれど、余りに恐ろしくなって目が覚めると、そんな事は起こっていなかったのだと気付く。それと同じように、現実で怖い事が起こっている時、それを夢だと自覚できないが故に、本当にそれが起こっているかのような恐怖を覚えるけれど、目を瞑り、本当の所、「自分」は・本当の自分は・自分の本質は、この暗闇の中にいる存在であり、本当の自分は体を持つ自分のやっている事に一切関与していない、体の外側ので起こっている事や体を持つ自分が経験していることはもちろん、自分の体に起こっている事も「自分」「本当の自分」に直接起こっている事ではない・「本当の自分」とは実際は関係のない、Movie 映画のようなものだった・Dream 夢だった・Illusion 幻想だったと気付くことで、Awakened 目覚めると、目の前で起こっている「怖い事」は、Fear 恐れる必要のないものだという事がはっきりと解る - 見るものも、聞くことも、経験することも、自分の感情も、自分の思考も、それによって体を持つ自分が起こす選択や言動も(失敗や間違いや問題のように見えるものも)、自分の体に起こっていること(肌の状態、体の状態、体形、症状、患っている病気、あらゆる症状、加齢による変化、痛み、痒み、体の柔らかさや硬さなど)も、他人の言動も、他人の選択も、他人の意見も、他人の反応も、起こってくる反応も結果も、自然環境の状態も変化も、動物の行動も、この世界に起こる(自分が起こす事も、他人が起こす事も、自然や動物が起こす事も、世界に起こっている事も、良い事と思えることも、悪い事に見えることも、失敗や間違いや問題のように見えることも)ありとあらゆる全ての出来事が、Soul 魂である本当の「自分」とは一切関係のないMovie 映画のようなものであり、それは既に完璧に撮影済みの映画であるため(『Everything starts from within. 全ては内面・内側から始まる』、『Karma カルマ: 自分が内面で発したものは、相手が変われど、場所が変われど、状況が変われど、必ず、何らかの形で同質のものが自分に返ってくる』、『自分=世界: 現実は自分の内面の投影』、『The world is always following what you believe within. 世界はいつでも自分の内面で信じるものに付き従っている』、つまり、現実で目にしたり耳にしたり経験することは、過去の自分の内面に自分が「信じる」という形で「同意して」既にあったものであるから、現在自分が目にしたり耳にしたり経験していることは、過去の自分の内面が投影されたもの・過去の自分の内面を撮影した映画であり、今現在現実に於いて経験している事は自分が意識の中で「今」と感じている「今」とは違う「過去のある時点」における今であるため、現実の今に働きかけてもそれは過去に働きかけているということになる。即ち、既に撮影の終わった映画が流れているスクリーンに働きかけても、映画そのものは変わりはしない)、そして『God has everything under control. 神様のコントロール下にないものなどない』ため、自分が見ているその映画も含めて、全ては完璧に起こっていて、起こる全てはHappy Ending ハッピーエンド・Evolution 進化・Happier Future より幸せな未来へと繋がる為の一歩に過ぎない、つまり、起こる全ては - どんな道のりを通ろうとも - 最終的にはHappy Ending ハッピーエンドへと繋がっている、即ち、(もう10年くらい前に、何気ない動作の中で突然ふと自分の頭の中にPopするように湧き上がってきた言葉ですが)【Happy Ending ハッピーエンドは確定している】という事が解るので、今目の前に起こっている事が何であれ、それに反応して、それに働きかける必要はないのだという事が解るYoshio Kojima Sonnano Kankehne icon.gif

では、Soul Consciousness 意識である「自分」は、本来、全てと繋がって一体であり、全てを内包し、全てを既に持っていて、欠けているものなどなく、どの瞬間も完全な状態を保ち、外界から触れられることのない、世界に動かされることのない、いつでもいつまでも変わらない、一つの小さな体などにそもそも収まるようなものではない全という大きな存在であるのに、わざわざ小さい体に入って、何をしているのか?というと、「全てを俯瞰できる高い場所に居ては見えないものを見るため=Ego エゴ(個・分離)という小さな存在になることでこそ見えることがあるため」、「全という大きな存在では経験できないことを経験するため=Ego エゴ(個・分離)という小さな存在になることでこそ経験できることがあるため」、「それぞれ形の異なる、唯一無二の、決して同じもののない、エゴ(個・分離)という小さな存在として、無数に存在することによって、誰かに見えてないものを、他の誰かは見えていて、誰かの知らない事を、他の誰かは知っていて、誰かが感じない事を、他の誰かは感じていて、決して100%同じではない経験や認識や感覚や思考の展開や結論に至り、尚且つ、人間には感じられない事を、動物や自然は感じていて、人間が感じている事を、動物や自然は感じていて、人間のみならず動物でも自然でも物でもその内面にあるものを共感し認識することができる人もいて(過去世のことや、生まれてくる前のことをはっきりと覚えている人も居て)、その事は、進化の過程においての可能性を限りなく広げることとなる。そして更には、魂・意識が一つの体に入り分離した個のように見えても実のところは根底で(現在の全てという横軸の全てと、過去・現在・未来という縦軸の全てという、圧倒的な)全てと繋がっているため、誰かの気付きはそれを必要としている誰かへと伝わり、誰かの感覚はその感覚を感じる準備のできている同じようなレベルの誰かに伝わり、時に未来の誰かの経験や知識を現在で受け取る事でInvention 発明が起き、過去のどの時代の誰かの経験も自分が行ったことのない場所で起こったこと経験した誰かの経験をも時空の垣根を超えて共感することができ、当然、肌の色や性別や人種や大人だとか子供だとかどこで生まれたとかどういう環境で育ったとか一切の垣根を超えて共感することができ、人間だとか動物だとか植物だとかいう種の垣根を超えて共感することができ、それによって、いちいちそれぞれが1からそこへ到達するまでの全ての段階を経ずとも共感したり理解したり気付いたり悟ったりできる為の助けとなり、その事は、進化を止めない・一定の加速レベルを保つ事に貢献している」、つまり、「その全体を見渡す俯瞰できる立ち位置と、細部に目の届く小さな体を持ったエゴ(個・分離)の立ち位置の両方が揃って、本当の意味で全てを見通し把握することができ、確実な進化へと繋がっている」。何よりも、Soul 魂・Consciousness 意識は形を持たないEthereal エーテルの空気のような存在であるため、物に触れる感触も、目でも見ることも、匂いをかぐことも、味を味わう事も、音を聞くことも、花の美しさに心奪われることも、桜が散る様子に様々な思いを乗せることも、楽器の美しい音色に心溶かすことも、美しい音を極めるために楽器のありとあらゆる要素に心血を注ぐという経験も、動物の温もりやなめらかな肌触りやその純粋な愛に癒されるような感覚も、心無い誰かに自分が傷つけられまたは心無い誰かに傷つけられた誰かや動物や自然に共感することで感じる悲しみも痛みも憤りも、それによって学び「自分はそんな人間にはなるまい・自分はあんな下賤で低俗な事はしない・自分は他者(人でも動物でも自然でも物でも)にあんな思いはさせない」という決意をするという経験をすることも、または「他者を平気で傷つけられる者」の心理を解明しその根本的な解決法を見つけ出すという経験をすることも、大切に思っていたものや愛するものを失う痛みも、うんざりするような暑さも、肌に突き刺さるような寒さも、水が肌にまとわりつくような感覚も、水の中で空を飛ぶような感覚も、空気を風を身に纏いながら空を飛ぶ感覚も、全身の筋肉を躍動させながら広大な大地を走る感覚も、草木は凍り音が吸収された静かな白の中で丸まって眠る感覚も、乾いた草の上で見上げる全てがゆらゆら揺れて零れ落ちてきそうなほどの星空を見上げる経験も、水の中のそれのようにそしてそれ以上に自分の体の重さを感じずに動ける自由を味わうという経験も、体がなければ経験することができないという事。Soul 魂・Consciousness 意識は、体があって初めて様々な感覚や経験を味わう事ができる。つまり、人間がVRやMovie 映画やGame ゲームで実際には経験していない疑似経験して楽しむように現実と呼ばれる素晴らしく良くできたVR・Movie 映画・Game ゲーム・Illusion 幻想の中で安全に「一つ一つの経験を楽しみに来た」ということ。元々体に収まるほど小さくないSoul 魂・Consciousness 意識がわざわざ小さい体に収まり、分離を装って、この世界の様々なことを、様々に経験し、様々に感じ、様々に考察し、様々に結論を出し、様々な形で味わっていることで、形式的に分離の形態をとっているそれぞれが、それぞれに与えられた神様のシナリオ通りに完璧に、決して遅すぎることもなく、決して間違えも失敗もなく、完璧に起こり、そうやって全てが緻密に交差しながら、更には、分離としてあちこちで様々な形で見た事聞いた事経験した事などの味わったことを、現在の全てという横軸の全てと、過去・現在・未来という縦軸の全てという、圧倒的な全ての中の必要な部分・要所要所に的確に伝えて、毎瞬確実に個と全の両方に進化を起こし続けている。そうなると、それが何であれ、体を持つ(エゴ・個・分離である)自分が経験することは、自分が気付くことは、自分が感じることは、自分が考えることは、全て、それを必要とする誰かに伝わっていて、誰かが「それにインスパイアされる」または逆に「そうはなるまいと学ぶ」なり、何らかの形で進化に必要な影響を及ぼしているのだということが解る。自分の経験の一つ一つ、自分という存在の一滴までが、この世界の完璧を成すために重要な意味を成し、この世界の進化に必要な何かとなり役に立っている - それは例外なく、どんな存在(人でも動物でも自然でも物でも物事でも出来事でも、この世界に起こっているものは何でも)でも。このSoul 魂の在り方こそが、私たちこの世界に存在するもの全ての本質。【経験の一つ一つを「良い事」も「悪い事」もなく楽しみ、決してその経験と一体化してしまわない。経験の一つ一つを、自分と切り離して、過去・現在・未来という流れからも切り離して、生や死からも切り離して、他の一切からも切り離して、純粋に楽しむ。後の事も先の事もない、ただ目の前の経験を楽しむ。それだけで、わざわざ特別な何かをしようとしなくても充分に、世界中に、全体に、大いなるインスピレーションを与えることができる。自分が目の前の経験を「恐れず」に「余計な事は考えず」に純粋に味わい楽しんでいくだけで、既に完璧な状態であると知って、その本質から決して離れる・動かされる・ブレることはない】。このSoul 魂の在り方に則しているのは、Nature 自然であり、自然の在り方に近いAnimals 動物や、Ego エゴの影響をあまり受けていない幼いChildren 子供たちもまた「在るべき在り方」に近い存在(一般的な大人のEgo エゴ主導で生きている人間は、Ego エゴのFear 恐れから、自信のなさや劣等感やコンプレックスを抱えており、そのせいで自分を実際以上に強く大きく見せたいという願望を持っているので、いつも他者と比較したがり、競いたがり、勝ちたがり、優位に立ちたがり、優位であることや力がある事を誇示したがるため、自分よりも下のものを見ると、または、自分が少しでも勝てそうだと感じるものを見ると、相手を見下したり、貶めたり、搾取したり、相手の足を引っ張ったり、何とかして自分が優位であると感じたがり、更に何とかして自分が優位であると他人にアピールしたがる習性を持つ。その習性故に、シンプルで単純なものを馬鹿にして、下等だと決めつけ、何としてでも自分は優位であると信じたい(自信のなさ)、そう他人に認めてほしい(自信のなさ・承認欲求)という、儚い願いから、自然や動物や子供を「自分よりも劣っているもの」「自分よりも未熟なもの」「自分よりも下等なもの」というJudge ジャッジ・決めつけをしていることは多いが、実は(以前から繰り返しお話ししているように)、Nature 自然・Animals 動物・Children 子供の方が、Soul 魂・Consciousness 意識としての流れ、Universe 宇宙の流れ、Nature 自然の流れ、God 神様の流れに近く、在るべき在り方でいられる、魂の流れ・自然の流れ・神様の流れと足並みを揃えることができている、魂・自然・宇宙・神様の流れと一体となれているものと言える)。私たちの本体であるSoul 魂は、安全に「一つ一つの経験を楽しみに来た」のだという事に気付くと、今までは慣れ過ぎて何でもないと感じて事務的になっていたことも、今まではあまり好ましく思っていなかった経験も、「あぁ、この経験を楽しみに来たんだ・わざわざこれを経験するために来たんだね」と思うだけで、その経験は今までとは違うもののように感じる: 偶然を装ってうちに来てくれた座り慣れた椅子も、偶然を装って窓辺にやってくる鳥たちの声も、偶然を装って静かに道端にたたずんでいる猫たちも、偶然を装って誰かが植えてくれた何も主張せず静かにそこに居続けてくれている木々も、偶然を装ってバスルームに迷い込んだ小さな虫も、偶然を装ってその時そこに居るお店の店員さんも、知らずに踏んづけては冷たくてすこし驚く偶然を装って床に落ちていた水も、偶然を装って外から聞こえてきた音や声で目を覚ますことも、偶然を装ってトイレに行きたくなることも、偶然を装って起こっている耐え難い天気や天候の日も、もう日常の何気ない風景に溶け込んでしまい「まるで存在しないもの・在っても無くてもいいもの」になってしまうことはなくなり、静かにじんわりと「喜ばしい」感じや「面白い・楽しい」感じや「幸せ」な感じが湧き上がってくる - だって、それらは間違いなく広大なSoul 魂・Consciousness 意識としての「自分」の中に体を持つ自分が現実で経験する前から『既にあり』、魂である「自分」・意識の中に存在し、魂である「自分」・意識の中から生まれ、やがて意識の奥底から「願い・欲求・夢・アイデア・気付き・Imagination 想像・Vision ビジョン」などといった形で表層へ浮かび上がり(自分で自覚し認識できるくらい表層に浮き上がってきた頃には既に、現実の世界での準備が随分な所まで進んでいる段階で)、そして現実で体を持つ自分の経験の一部になってくれたものであり、驚くべき事に、体を持つ自分の現実での経験となるために、経験するタイミングに合わせて - それぞれはその為にと知らないままに - 「前もって」生まれてくれたり、それを育ててくれたり、誰かが誰かが作って生み出しておいてくれたり、誰かが用意してくれていたり、その時その場所に行くことが決まってそれに合わせてその時その場所に行ってくれたり、その場所に持って行って置いておいてくれたり、あるいは動物たちや樹齢何百年の大木や雪のひとひらのようにNature 自然がそこに生み出してくれていたり、動物たちが飲んだり水浴びしたりできる雨上がりにできた水たまりや知らず知らず床に落ちていて踏んづけた水のようにNature 自然が偶然を装ってそこに置いておいてくれたり - 全ては、自分の幸せのための何かだったり、自分が願ったものを現実の経験として経験するための1ステップ・一部だったり(全く偶然のように窓辺にとまった鳩は、その時はあなたの夢や願いとは全く関係のないものに見えても、実は、かつてあなたが願った何かが叶って現実の経験となるために必要な一つの経験・1ステップであるかも知れない、ということ - 【Everything happens for a GOOD reason. 起こる全てに、自分の幸せのための良い意味がある】のだから)、「自分」が経験しにきた自分という経験の一部だったり、「自分」が楽しみたかった経験の一つだったりするもので、延いては、世界の誰かのインスピレーションだったり、学びだったりになるもので、全くもって、何も無意味なものはなく、何も無駄なものはなく、何も間違いはなく、1oの狂いもなく、全てがNature 自然・God 神様・Universe 宇宙・Whole 全というものの力によって完璧にコントロールされて完璧に流れていて、エゴの目に「良い事」に見えることも「悪い事」に見えることも全て自分を進化させ・より幸せな未来を経験させるための何か、言い換えれば、自分を進化させ・より幸せな未来を経験させるための神様の愛、延いては、個と全の両方の進化へと繋がるもの - 全ての存在も、全ての経験も、尊い。そして全ては、Soul 魂・Consciousness 意識が無ければ生み出されず、Body 体(Vessel 器となるもの)が無ければ経験すること・味わうことはできなかったものHug smiley icon.gif

目を瞑って、その何も起こっていない、同時に、全てがそこから生まれている静かな暗闇の中で、体が経験することを楽しんでいるSoul 魂・Consciousness 意識である「自分」は、外からは触れられず、外のもの(他人・世界)には動かされることなく、既に全てを持ち、その場所に夢や願いや欲求や衝動やアイデアや気付きやImagination イマジネーション・想像として自然と湧き上がり生まれるものは、未来に起こる事のPreview 予告であるため、それはその場所に『既にある』ということであり、その場所に『既にある』という事はそれはやがて現実で体を持った自分の経験の一部となるもの(しかも、愛や夢や願いや欲求や衝動やアイデアや気付きを自分が内面で認識した時には既に結構準備の進んだ状態)であるため、「それを手に入れるために・それを実現するために、どうすればいいのか?」などという事を考える必要もなく、何かを求めて、何かを欲して「渇望する」ということがない。愛や夢や願いや欲求や衝動やアイデアや気付きが湧き上がってきたら、それは『既にある』と知るだけ。つまり、全ての願いや夢や願望や欲求は、「全て既に叶っている」という事を知っている。夢や願望と同じように湧き上がる、愛、欲求、衝動、アイデア、気付き、直観といった体を持つ自分を自然と突き動かす力によって、自分が担っている部分の役割は自然と果たされ、他者が担っている部分の役割もちゃんと(過去・現在・未来という)縦軸と(現在の全てという)横軸の全ての中の必要個所に自然と伝達され、自分と世界の両方が、自分の内面のSoul 魂・Consciousness 意識の在る、何も起こっていない、同時に、全てがそこから生まれている静かな暗闇で見たPreview 予告が現実での経験となるために、完璧に交差しながら1oの狂いもなく動いていくことを知っている。どの瞬間もその場所で見たものが経験となるための完璧な1ステップであり、どの瞬間も間違いや狂いなどなく、どの瞬間も欠けているものなど無く、どの瞬間も完璧を成し、どの瞬間も全と一体・全そのものであり、どの瞬間も無限で、どの瞬間も豊か・充足・無尽蔵であり、どの瞬間も無敵で平和で平穏であり、どの瞬間も安心で、どの瞬間も自由で、どの瞬間も幸せである - それがSoul 魂・Consciousness 意識である「自分」のTrue Phase / Actual Phase 実相。そこでハタと気付く; Soul 魂である「自分」・本当の自分は、体を持つ自分が目で見る自分の様とは関係なく、いつでも完璧な状態にあるのだと。つまり、「自分」はいつでも、どの瞬間も、欠けているものなどなく、世界によって動かされることなく、変わることなく、変える必要もなく、一貫して完璧な状態であるのだと。つまり、自分は、「全盛期」「最盛期」「あの頃のまま」の状態でいつでもいつまでも「絶好調」なのであり、それどころか、自分が経験してきた「全盛期」や「最盛期」や「あの頃」や「絶好調」どころではない、Even better / Couldn't be better そんなものより遥かに良い・未だかつてそれ程までに良かったことなどないというくらいに、人知を遥かに超えたレベルの完璧な状態にあるのだと - いつでも、いつまでも。Soul 魂・Consciousness 意識である「自分」は、他人や出来事や状況や場所や環境といった世界に動かされない存在であり、体を持った自分にも動かされてはいない存在であり、それと同じように、時間にも動かされていない、何物にも動かされない絶対的な存在であるDiamond spinning

“The trouble is, you think you have time.” - Buddha or Jack Kornfield

The trouble is, you think you have time. - Buddha

“トラブル・心配事・悩み・苦しみ・厄介事なのは、あなたが時間があると思っている事だ。” - 仏陀・ブッダ または、ジャック・コーンフィールド

(この言葉が、Buddha 仏陀・ブッダのものであるかないかを論じられている事は知っていますが、誰の言葉かが問題なのではなく、この言葉が一つの真理を物語っているという事が重要なので、私は「誰が言ったか」にはあまり関心がありません。もちろん、その言葉の発信元名が明確な場合は、もちろん持ち主の名前を大切にし尊重します: 神様がその人を通じて皆に届けてくれたメッセージであるから、その言葉自体に大切な意味があることはもちろん、同時に、神様がその人を使ってその言葉を広めたにはまたそれにも意味があるからです。ですから私はQuotes クオートを紹介する時、言葉の主が分かる時は、その名前を入れます。私の気付きを言葉にしたものの背景に誰かの言葉があった時は、それについて触れるようにしています。誰かの言葉をあたかも自分の言葉のようにして発する人が居ることも知っていますが、それもまた起こるがままにさせておけばいい。発信元名が明確な言葉であれ、不明な言葉であれ、どんな高名な人が言った言葉であれ、名もない誰かが言った言葉であれ、誰が言ったどんな言葉であれ、自分に何かを気付かせたのであれば、自分にとって光明となったのであれば、自分を安心させたり幸せにしたり前を向かせたり何か良い影響を自分に与えたものなのであれば、それは「自分にとっての金言」であり、その言葉を誰が言ったかとか、その言葉の価値をどこの誰が理解できるかできないかなど、どうでもいい事であり、「神様はこの世界のどんなものでも使って起こるべき事を起こす」のですから、いつの時代の、どこの、誰が言ったかではなく、自分がその言葉と出会い、それによって何かに気付き、成長し、精神的に強くなり、安心したり、幸せを感じられること、つまり、その言葉が「起こった」ということ、そして、その言葉によって気付きや安心や幸せや勇気などの形で「起こった」ことが、本質なのです。正直に言葉の主の名前を明記しようと、自分の言葉のように偽ろうと、言葉の主に敬意を払おうと、大意なしに言葉の主の名前を省こうと、その時その人の内面にあったものがカルマによって本人に返り、それぞれの責任はそれぞれが取るだけで、どちらにせよ「その言葉」が広められ、それによって誰かに届き、何らかの良い影響を与えたのであればそこに価値があるのであり、そこにその言葉がどんな形であれ広められた本質があるのですから。名前とか、発信元のステータスとか、そんな目に見えるものを追いかけていてもEgo エゴの範疇を出られません。右のサイドバーにあるように、God wants to teach us to walk by faith not by sight. 神様は私たちに人生を - 目に見えているものに左右されたり振り回されながら歩むのではなく - 信じる心によって歩くことを教えたいのですから。目には見えないものを信じて進むこと、それがFaithです。誰も皆、それぞれが与えられた神様のシナリオ通りに動いているだけですから、目に見えるものを追いかけたい人は、幾らでもエゴの範疇に留まり目に見えるものを追いかければいいし、既にエゴの範疇から出た人は、「目に見えるもの」のような些事にもうさほど興味はないでしょう)Tea Time Relax icon.gif

つまり、Soul 魂・Consciousness 意識である「自分」には、本当の「自分」が居る静かな暗闇には、Time doesn't even exist. 時間など存在すらしないのである。この事は、更に多くのEgo エゴのFear 恐れを溶解する。まず、体を持つ自分は、赤ちゃんから子供になり、子供から大人になってきたと思っていたし、吹き出物ができたり風邪をひいたり骨を折ったり腰痛になったり何らかの病気になったりしてきた。その時その時に自分の体に起こる変化を見てきたし、時間と共に起こる成長・加齢・老化という体の変化を見てきた。それに伴って、時間は過ぎるものだし、時間と共に全てのものは変化するものだと信じてきた。実年齢を信じてきた。実年齢相応の変化が体に起こるのを「当たり前」「普通」「当然」の事と受け入れてきた。時々できるニキビも、時々ひく風邪も、偶になる病気も、腰痛になりやすいとか、太れないとか、痩せにくいとか、代謝が落ちたとか、目の前で起こっている事を、「そういう年頃だから」「季節がらよくある」「致し方のない事」「仕方がない事」または「これが自分」と受け入れ、それを「真に受け・信じ込み」それに「同意する」ことで、その経験を繰り返してきた。でも、時間が存在しないなら、衰えることもなく、ニキビができやすい年頃もなく、風邪をひいたり腰痛を起こしやすい「季節」「冬」(または、気温)など関係なく、年齢と共に代謝が落ちるなどという事に、何も自分を付き合わせる必要はないのだ(もちろん、同様に、湿気の多い沖縄から東京に引っ越したから、湿気の多い日本から乾燥したアメリカに引っ越したから、「(場所が変わったから)肌が乾燥する」なんていうことも、わざわざ自分を付き合わせることのないもの - 実際、外界のいかなる変化にも、体に現れるいかなる変化にも、Soul 魂である「自分」は影響を受けないものであるから、体を持った自分も「自分」のようにそれら一切の条件と無関係でいると決めれば、Soul 魂である「自分」と歩調を合わせる・足並みを揃えることになる。精神性に通じている人が、実年齢と見た目がマッチしない事は多い。心が若い人が、見た目が若いのも同じ原理で、「体と心を切り離して捉えている・考えている」、「世間が言う事を気にしていない・自分には関係ないと思っている」など、「目に見えるもの」「起こっている事」「他人の言う事」「世間の当たり前」「世間に起こっている事」などと、自分・「自分」・自分の実相・自分の内面で信じるもの・自分のSoul 魂・自分の心・自分の信じる「自分の真実」・自分の幸せとを、関連付けていないことからそれは起こっている。Pharrell Williams ファレル・ウィリアムスは、「秘密の薬があるに違いない」とささやかれていたほど実年齢と見た目が一致せずいつまでも変わらず若いままで、Jane Fonda ジェーン・フォンダは、78歳だったか、70代で「美と健康の秘訣は良いSexだ」と言い、こちらもいつまでも変わらず若く美しいままで、Halle Berry ハリ・ベリー (何故か日本では、ハル・ベリー)も、Will Smith ウィル・スミスも、先日97歳になり「この地球上でもっとも可愛い人間(である5つの瞬間)」と表現されていた女優のBetty White ベティ・ホワイトも、【現実のあれこれや目に見えるあれこれと一体になってしまうことなく、いつでも安心して、自由に、幸せ・楽しさ・愉快さ・笑いなど共に在る人の強さ】を物語る: 周囲の状況や目に見えているものに囚われることなく、そこから自由になり、『Choose Love over fear 恐れを超えて愛を選ぶ』ことができるのは精神的に強くないとできないこと。その強さに、その愛に、神様が報いるため普通以上の力・予想を遥かに超える力を持つこととなる)。更に、Time doesn't even exist. 時間など存在すらしないということは、全ての期日・期限・締め切り・限界・起こるべきタイミング・「いついつまでに、何々をしなくてはいけない」というIllusion 幻想が溶けてなくなる。何歳までに〜をしなくてはいけない、何時までに〜をしなくてはいけない、今日中に〜をしなくてはいけない、何日までに〜をしなくてはいけない、何か月以内に〜をしなくてはいけない、何歳だから〜をしなくてはいけない、何歳だから〜をしてはいけない、メールやメッセージには速攻で返信しなければならない(送り手の奴隷でも下僕でもないのに、受け手の都合も考えずに失礼な話。そんな要求を、する方はする方で、自分で自分は忍耐力寛容さ精神の成熟が欠如し過ぎであると晒しているようなものだし、飲む方は飲む方で、自分がどんだけ理不尽に押し付けられている「弱い立場」を受け入れてしまう奴隷体質であるかに、自分で気付いた方がいい。そんな要求をする方も、当たり前にそれを飲んだりそれに縛られたりする方も、どちらもエゴに振り回されて『頑張っちゃってる』人たちで、ビクビクしたり、キリキリしたり、カリカリしたり、競争とか嫉妬とか人間関係のトラブルとかを抱えたりしてて、さぞかし大変だろうなと思う。スピード速ければ良いっていう考え自体が、エゴの恐れと恐れのぶつかり合いによって競争化し加速していっているもの。そんなものには巻き込まれない事を選択することや、世の中の「当たり前」や「普通」の押し付けにNOと言うことや、プレッシャー圧力脅しに屈しないことや、世の中の「当たり前」や「普通」とは違ったとしても自分にとって「最善」と思うもの・自分が愛するもの自分が信じるものを堂々と選択することは、エゴの範疇からの脱出の一歩でもある)、肌や健康や成長のために何時までに寝なくてはいけない、何時間寝る必要がある、何時間以上寝るのは悪い、何歳だから結婚しなくてはいけない、何歳だから結婚してはいけない、何歳だから大学に行かなくてはいけない、何歳だから大学に行くのはおかしい、何歳だからこういう服を着るのはおかしい、何歳だから落ち着かなくてはいけない、何歳だから結婚しなければいけない、何歳になったら子供は産めない、結婚したのから子供を持たなくてはいけない、何歳だから体のあちこちにガタがきて当然(健康でいるのは難しい・おかしい)、何歳だから代謝が落ちる、何歳だから痩せにくい、何歳だからビキニを着てはいけない、何歳だから夢を見てはいけない、冬だから風邪をひいたり腰痛がでて当たり前だ(健康でいるのはおかしい)、春だから花粉症の症状が出ても仕方がない(健康でいるのは難しい・おかしい)、何歳だから乳がん検診を受けなくてはいけない(健康でいるのは難しい・おかしい)、〜の病気のため余命はあと数か月、何歳だから人生をやり直すのは難しい、何歳だから現実を見なくてはいけない、何歳だから大人にならなくてはいけない、何歳だから自由に生きてはいけない、それをやるにはまだ若い、それをやるにはもう遅い、もうそろそろ死ぬ(Soul 魂・Consciousness 意識は、この体が生まれた時には『既にあり』、この体と共に生まれてきたわけではない。生まれてもいないので、体が死んだからといって死ぬこともない。それはいつでもいつまでも『Just being ただ在る』もの - 『青空』と同じように)、など。Ego エゴが考える、時間的制約・期日・期限・締め切り・タイムリミット・起こるべきタイミング・「いついつまでに、何々をしなくてはいけない」の多くは、よくよく考えてみるとそれは「自分が勝手に設けていた限界でしかなかった」とか、「それは他人が勝手に決めた限界でしかなかった」とか、「自分の人生のことなのに、他人が勝手に決めているもの」とか、「今まで当たり前にそこに在ると信じていたけれど、実はそんな限界や制限は存在していなかった」「よく見てみれば、その世の中の当たり前や普通といった勝手に決められた基準を超えて自由にやってる人も、年齢制限や時間的制限や期限や余命や残り時間といった限界を軽く超えて幸せにやってる人もいるな(そういう人と自分は違う」と思えばそこに壁ができて自分は分離してしまう。「そういう人も居るから、自分にもできる」、と思えばそこに壁はできないので全と自分は一体で居られる。全から分離してにならず、全と一体であることが、全からの豊かなサポート・愛・繋がり・情報・物質・資源・アイデア・閃き・力・可能性・チャンスが自分に流れ込もうとすることをブロックしない術 - あくまでも、内面に抱える信念・精神的な在り方が鍵。全からのサポートを「得ようとする」ことで、エゴ・人間の限定的な力と視野での「思考・行動・働きかけ」によってコントロールしようとすると、痛々しい程気を遣ったり、人に媚びたり、人に譲ったり、人の目を気にしたり、人の言う事に流されたり、人の顔色を窺ったり、そうやって委縮して自尊心や自信を失っていき、やがて、人々を利用しようとする人間に騙されたり、つるんだり群れたり、いじめが起こったり、醜い嫉妬や争いなどの混乱が起こる。あくまでも精神的な在り方が重要であり、自分を愛することによって、自分の心・「自分の基準」に従ってきちんと境界を設けて自分の自由を尊重することと、そしてそこからやがて気付きが起こり他者の自由を受け入れ尊重することが可能になり、その両方による意識的な「棲み分け」によって、やがて自分と他者の双方の平穏の維持が可能になるにせよ、本当の自分は魂であると気付いて - 自分に起こっていることも世界に起こっている事も、全ては神様の計画通り完璧に起こっており、問題や間違いなど起こっていないのだから - 体を持った自分の経験に、いちいち動じずに同調せずに傍観者・鑑賞者でいることで、自分と他者の両方に「干渉しないこと」と「気にしないこと」の両方が可能となり、それによって自然と起こっている「棲み分け」を乱すことがなくなるために、自分と世界の双方の平穏の維持が可能になるにせよ、本当の自分は魂であるために、そもそも分離など存在せず、この世界の全てのものと自分は一体であり、他者(人でも動物でも自然でも物でも)も自分であると気付くことによって(自分の溶解・自我の消滅・他者の消滅・境界の消滅)、自然に完璧に起こっている「棲み分け」と足並みが揃い一体となるために、元々の自分と世界の両方の平穏が維持された状態へ溶け込むこととなるにせよ、このどれもが「気にしないでいられること安心していられること幸せでいられること」であり、それに必要な「強い精神力を養うこと&それによって優しくいられること(強さと優しさはセット。強い人は自然と優しく、優しい人は - 本人に自覚はなくとも - 自然と強いもの。ただし、自分にその自覚がなく本当の強さや優しさを否定している状態であったり、「強くなんかなりたくない・優しくてはダメだ」などというように自分で意識的にどちらかを抑えている状態(要は、自然な状態・ありのままの状態以外のものになりたがっている状態)で、どちらかに傾き過ぎてしまいバランスが崩れてしまい強さと優しさが両立できない状態である場合は、やがて自然とどこかで行き詰まり、それによって「どちらかだけでは片手落ちだ」ということに自然と気付かされる事となり、そのようにして、「強さと優しさのセット」という本来の完璧な姿に - 人間が何か無理な力を加えずとも - 自然の流れによって自然となっていくようになっている)」であり、更にはそれを保つための「揺るがない精神の構築」であり、どれもが「頑張ってどうにかする」というのではなく、自然と流れに乗って同じ地点に辿り着くようになっているものだが、どんな方法であれ精神的にそういった在り方で居られるのなら、現実社会でエゴの思考や行動で無理に何かをどうこうしようとして・サポートを得ようとして・相手を操ろうとして・結果を操作しようとしてわざわざ何かをしなくても、自然と全てが良い方向へと進むようになる - 幼い子供怖いもの知らずな人、自分の心に素直・正直・忠実な人自由な人自信のある人、経験豊かな人、大らかな人、年老いた・高齢の人たちが自然とそうであるように)」という事に気付くことができるものが多い。そうやってよくよく考えてみても「いやいや、決められた時間に、やるべき事をしないと混乱をきたすでしょ」というように超えられない限界・期限・締め切り・期日・タイムリミット・時間制限が思いつくだろうが、それに関しても例外なく、時間的制限・期日・期限・締め切り・起こるべきタイミング・「いついつまでに、何々をしなくてはいけない」と考えているのは、体を持った自分・Ego エゴだけが信じて・見て・囚われている限界に過ぎない: そこに締め切り・期日・期限・起こるべきタイミング・タイムリミットというLimitations 限界に自分が意識を向ければ・それは在ると信じれば、それが現実での経験となるが、そこに意識を向けず、それは存在しないと信じるのなら、それが現実での経験となる - つまり「在る」こともあるが「無い」こともあるもので、絶対的に「在る」ものでも絶対的に「無い」ものでもなく「在っても無くてもいいもの」であり、「在る・有る」も「無い」もIllusion 幻想である。例えば、時間に余裕があり、期日や期限までたっぷりと時間がある、または、連休中などで「特に時間の制約がない」と「自分が認識している」時、「いついつまでに、何々をしなくてはいけない」というEgo エゴのFear 恐れにプレッシャーをかけられたり「早くしないと間に合わなくなるぞ」と脅しをかけられることはない。その状態と同じように「時間的制約はない」「期日・期限・タイムリミットといった限界は存在しない」もしくは「時間など存在しない」と「自分が認識している」「信じている」「自分の真実・信念・観念として自分の内面に抱える」ことは、時間に余裕があり、期日や期限までたっぷりと時間がある、または、連休中などで「特に時間の制約がない」状態と同じように、時間の余裕・ゆとり・猶予・たっぷりと充分な時間を、何らかの形で現実に齎す。何らかの形で、というのは起こる事やタイミングは神様次第であり、それぞれの状況やそれぞれの事象によって異なるので、人間に限定はできないけれど、例えば、約束の時間に、現実の時間では自分は遅れそうであっても、もしも、約束の相手が電車が遅れたり、自分が現れる前にやっておきたいと思っている事があったりしたのなら、自分が遅れて到着することを「助かった」「ちょうどいい」と感じる。例えば、約束の時間に約束の場所に(比較的ダイアの乱れの少ない)電車を利用して到着するまでの時間は、いつもなら1時間であるけれど、もう1時間ないとして、必ず遅刻するかというと、「こりゃ駄目だ。遅刻するわ」と思っていればそれが現実での経験となるかも知れないけれど、「それでも何とかなるだろう」とそこに時間的「制約・限界」を設けず、「制約・限界」に意識を向けない場合は、出かけようと思っていた直前に相手から電話が入り「少し遅れる」と言われて急に時間に余裕が生まれたり、家を出たらすぐに知人に遭って「ちょうどそちらの方面に行くので車に乗っていくか」と誘われて同乗させてもらい、電車で1時間かかる所を30分で到着できたりする。 - それは、「支度が長引いた」とか「家を出る時間が遅れた」ことと「遅刻すること」を関連付けないでおくことで、自分の内面で可能性を限定しなかった・狭めなかったことで、現実での可能性に広がりが生まれたということで、制限や限界を設けないことで可能性に広がりが生まれた分、神様が与えようとしているものを受け取る余裕・スペースができ、何らかの形で『何故だか分からないけど、上手くいった』という展開が生まれる余地が生まれる。「もう間に合わない」「もう期限を過ぎた」「起こって欲しいタイミングで起こらなかった」から「もうダメだ」ではなく、そこで「それでも全てはどの瞬間も完璧に起こっているから(それは自分の予想とは違ったけれども)、結局、自分が幸せに感じるような完璧な結果になる」と信じてそこから揺らがず、一歩も譲らず、目の前に起こっている事・目に見えるものやあらゆる「制約・限界・限度・リミット」からどこまでも精神的に「自由」でいて、自分の内面で「心の平穏」「安心」「幸せ」「楽しむ姿勢」を保つことができるのであれば、現実での「Time 時間」という「制約・限界・限度・リミット」からも自由になることができる。そうなると、「もう時間がない」「もう間に合わない」「もう期限を過ぎた」「起こって欲しいタイミングで起こらなかった」から「もうダメだ(It doesn't look good. It's not gonna be okay. It can't be good. I can't make it. I ain't gonna be okay.)」と自分のEgo エゴが騒いでも、【Why not? え?何で駄目なの?(何言ってんの?駄目なわけないじゃん。起こる事やタイミングなんか分からないけど、何だかわからないけど、どうせ完璧になるに決まってるじゃん。ハハハ)】となる。そのように、起こっていることや目に見えているものから精神力を以って自由になることは、自分の内面でまでEgo エゴが強い状態では中々難しい事に感じるかも知れないが、こういうものの見方があるということを知ったことは、(自分がそれを否定したりしてブロックしない限り - 例え、そうしたとしてもエゴは「有限」なため、やがて「Truth 真理」だけが残るので、結局は)やがて、それが自分の奥底に自然としみ込み、自分にとっての「Truth 真実」「当たり前」となる日は必ず来る。そしていつか、「自分はSoul 魂・Consciousness 意識である」と気付き、Time doesn't even exist. 時間など存在すらしないという事に気付けば、【Why not? え?何で駄目なの?(何言ってんの?今既に欠けのない完璧な状態なのに、時間なんか存在しないのに、これ以上何をどうする必要もないじゃん。急ぐ必要もなく、焦る必要もなく、何か特別な事をする必要もなく、ただただ自分がやりたい事をやりたいようにやりたい分だけやっていくだけで充分、それだけで当たり前にどの瞬間も完璧、どの瞬間にも欠けなどないんだから。ハハハ)】となるLaughing Smily icon

Why Not? - Free yourself from all boundaries, all walls and all limitations.

Why Not - Free yourself from all boundaries, all limitations.

何で駄目なの? - 全ての境界、全ての壁、そして全ての制限・制約・限界から自分を自由にして。

上でイタリアの判例に触れて、お金が無くても「生きたい」と思う事は「自分への愛」だという話をしたけれど、付け加えておくと、当然、同様に、お金が無くても「愛されたい」、お金が無くても「幸せでいたい」、お金が無くても「安心したい」、お金が無くても「自由でいたい」、お金が無くても仕事が無くても「豊かでありたい・充足を感じたい・満ち足りていたい」、お金や仕事がなくても「完璧でありたい・完全性を経験したい・自信を持ちたい」なども「自分への愛」であり当然の権利であり、実際の所「お金や仕事」のみならず「学歴・職歴・経歴・出身地・出身校名・所属企業・肩書・家系・育った環境・持ち物・過去の経験・過去に何が起こり何を経験してきたか・過去に何をやり何をやらなかったか・自分以外の家族の経験・親の病歴・自分の過去の病歴・今までこれが自分と思っていた自分像・今までこれが自分の体質と思っていたもの・世の中で当たり前や当然や普通と信じられているもの・世の中に起こっている事・多いと少ない、上と下、有ると無い、優劣、美醜、温かいと寒い、楽しいと辛い、幸せと不幸せ、持ってると持ってない、遅いと早い、良いと悪い、正しいと間違い、過去と現在と未来、若いと年取った、新しいと古い、小さいと大きい、高いと低い、勝ち負け、人間と動物、男と女、子供と大人、洋の西と東、あらゆる境界線や国境、肌の色の濃い明るい、大多数と少数派などを含めた、太古から現在に至るまでエゴである人間が勝手にラベルを貼って「名前を付けて」「分けて」個々を分断させ、それによって「競争」や「争い」や「差別」「過酷な人生」、時に「絶望」「不本意な(体の)死」「戦争」までを生んできた数えきれない程の既成・既存の基準や、それに準じて生まれた既存のルール」などの一切の要素と「愛・幸せ・安心・自由・充足・完璧・一体・無限」の間には関連性はなく、『愛・幸せ・安心・自由・充足・完璧・一体・無限』はBirthright 生得権であるため、一切の条件に拘わらず手にする権利が神様によって与えられているものであり、「お金や仕事」「経歴」「環境」「状況」「過去の経験・他人の経験・今までに自分が既に知っている事」などの様々な条件と「愛・幸せ・安心・自由・充足・完璧・一体・無限」を関連付けなければ、つまり、何らかの条件を満たさなければ「愛・幸せ・安心・自由・充足・完璧・一体・無限」は手に入れられないという自分の思い込みによって自分でブロックしてしまわなければ、「愛・幸せ・安心・自由・充足・完璧・一体・無限」は、一切の目に見えている条件に拘わらず、自分の内面方自然と湧き上がってきて今ここで今すぐに感じられるものであり、今ここで感じられるのであればそれは『既にある』 - 「目に見えないけれど、どこにあるの?」「どうやって手に入れるの?」などと余計な事を考えなくていい。それについての思考を始めればエゴの罠にはまる。シンプルに、単純に、純粋に、それは『既にある』: 自分はそれと既に繋がっており自分は既にそれと一体でありそれは既に自分と一体でありそれは既に自分のものでありそれは既に自分自身であり、それは現実で - 起こるタイミングや形は自分では決められないけれど、神様的に完璧な形、完璧なタイミングで、それが起こった時には自分でも「完璧だ」と思えるタイミングと形で - やがて経験として「起こってくる」ものであり「それは自分に与えられた神様のシナリオ上に既にある」ということを、自分の内面に自然と湧き上がる「好き(愛)」「やりたい(愛)」「経験したい(愛)」という欲求や願望や夢や願いや好奇心や衝動という形で「感じる」、またはImagination 想像して・思い描いて「感じる」という形で、【Preview 予告】として自分に教えているのだから - やがて自然と見えてくるものである: 従って、(自然と見えてくるものだから、その為にやらなくてはいけない事などない - Ego エゴ・分離・個である人間にはその限られた視野・狭い視野のせいで行動や起こる事の「真意・神様の本当の意図」はどうせ分からないためエゴの限定的な思考で「〜の為」などと考えても、あまり意味がないので、むしろ考えず・思考を働かせずに)安心して、今ここで自分の好きな事を楽しんで幸せでいればいい; 自分が好きで、愛して、夢中になって、楽しんでいる事の中にこそ、今の自分にはそうは見えなくても・全く無関係に見えても、現実に於いて「愛・幸せ・安心・自由・充足・完璧・一体・無限」を見る・その地点へと自分を運ぶKey 鍵(自分が向くもの・自分に与えられた適正・得意分野・才能・それを選びやる事で可能性が最大限に開花するというもの・その為に必要な出会いや経験や気付きや学びの全てが、その道の上に豊富に配置されて存在しているため、自分の心が「快」「心地良さ」「幸せ」「楽しさ」「自由」「愛」を示す方向 - 分かりやすく言えば、自分の「好き(愛)」「やりたい(愛)」が示す方向へ進んでいくことが、生きることや、幸せでいることや、上昇・繁栄することを、そうではない道を進むよりも楽にする)となっていて、好奇心や欲求や衝動という形で湧き上がり - 何のためにやってるのか真意を知らぬままにChrysalis サナギを作るような - その地点に辿りつくために自分がするべき事は自然とさせられている(世界がするべき事は世界もさせられている)のだから - だからこそ、自分の心に素直に従う事が重要となる。自分の内面で見てから現実の経験となるまでの道の途中、自分の予想とは違う展開が見えて来ようとも、「自分の何が悪かった?何も悪くない。何も間違いではない。起こるべくして起こった必然)」「誰が悪い?・何が悪い?(誰も何も悪くない。起こる必要があって起こった必然。自分の経験の根源は全て自分の内面で自分が信じているものであるから、原因は自分の内面と向き合えばやがて見えてくる - 誰かや何かを責めている間・自分の外側に原因があると考えている間は、その答えは見つからない)」「どうしてこうなった?分からない事は、分からなくていい事。知らない事は、知らなくていい事。知る必要のある事は、必ず、放っておいても自然と、自分の内面に湧き上がってきて気付かされる。自分で考えても、エゴの思考の罠にはまるだけ。放っておけばいい。エゴの範疇にいる「普通」の「一般的」な大人にとって、良く考えることや、難しい事を考えられることや、小難しい事が言える事は、あたかも「賢い人」や「できる人」や「大人」の象徴であったり美徳のように考えられているが、エゴの範疇を出た人にとっては、『Simplicity is the ultimate sophistication. - Leonardo Da Vinci シンプリシティ・簡潔にできること・単純さ・シンプルさ・如何に余計なものを削ぎ落とせるかという事は、究極の洗練である。 - レオナルド・ダ・ヴィンチ』 - 今まで多くの事を学んできたにもかかわらず、敢えてその上で再び、その学んだことの多くを手放して・削ぎ落として、Child 子供やAnimals 動物やNature 自然のように、余計なものを削ぎ落として・感覚的・直感的・単純・純粋・シンプルであること、または余計な事を考えずに素直に心に従うことができる事の方こそ、自制と勇気や精神的強さを要することであり、進化・成長であり、知恵であり、賢さであり、美徳であり、洗練であり、エゴの思考の罠から自由である事を意味し、「Mind マインド・頭・思考」よりも「Heart 感覚感じること」の方が重要なことである)」「これに対してどうすればいい?何が起こっていようと、完璧な流れの1ステップに過ぎないため、変える必要はなく、どうする必要もない。いつ何時も、ただ自分の中に湧き上がる「好き(愛)」や「やりたい(愛)」や「快」「Bliss 至福」「自由」「安心」「愛」「自信」「豊かさ・充足」「完璧」「一体」「無限」という感覚、そして、「A-ha! ああ、そうか!」という感じに自然と湧き上がるIdeas アイデア・気付き・Imagination 想像や思い描くこと・胸躍るような楽しくなるようなVision ヴィジョン・Curiosity 好奇心・Intuition 直感などを、しっかりと信頼して、それらが指し示す方向に進んでいくことからブレずにいること - 途中で、疑ったり、迷ったり、グラつかない - 自分を幸せに感じさせる選択から、静かに平穏を保ったまま動かずそこに「Just Be/Be still/Stay still ただ在る」こと)」などと考えてエゴの思考の罠にはまることなく、「恐れ」や「不安」や「心配」といった類のエゴの思考が浮かんだなら浮かぶがままにさせ(抑えようとしたり、抵抗することなく・戦わず・起こるがまま自由にさせ)、それでもエゴが恐れから言う事など相手にすることなく、エゴが恐れから言う「不快」な思考に一切同意することなく、1oも譲らず、妥協せず、諦めず、ひたすらに「愛・幸せ・安心・自由・充足・完璧・一体・無限」は自分がここに存在するだけでBirthright 生得権として与えられている「何も持っていようとなかろうと、何をしようとしていなかろうと、そんな事には一切関係なく」自分が手にしている当然の権利であると、自分にとっての「愛・幸せ・安心・自由・充足・完璧・一体・無限」は『既にある』、自分とそれらは「既に一体である」ということを「Believe 信じる」こと、言い換えれば、「自分を信じること・自分が下した自分の選択を信じること・自分の内面に湧き上がる感覚を信じること・自分の心が示したもの=神様のサインを信じること」を、諦めず・投げ出さず・怖気づいて逃げ出さず・途中で自分の中に湧き上がった感覚や自分で下した選択や自分を裏切らず貫き通す、または子供のように純粋に信じ続け余計なことは考えずに、【「安心」して、好きなものでも、愛するものでも、自分でも他者でも「愛すること」に「夢中になって」「楽しむ」ことや「幸せ」を感じることを主軸として、他人の意見や目の前に起こっている事や問題のように見えるものなどの自分に「不快」や「恐れ」や「心配」や「不安」などを感じさせるもの一切から「自由」でいること】から離れずにいること。つまり、目の前に起こっている事や他人の言う事や状況や環境と一切関係なく「安心」や「幸せ」や「充足」や「自由」や「完璧」といった「自分へのLove 愛」または「自分や自分の愛するものや他者をLove 愛して幸せを感じること」を選ぶということ。即ち、【目に見えているもの・目の前に起こっている事や、状況や環境、世間で当たり前・普通と呼ぶもの(時間の概念も含めて)、他人や自分のFear 恐れ=Ego エゴの思考とは、別次元・別世界に立ち続けるということ】。それがエゴの範疇を出るということ。それがNature 自然の流れと同調し一体となるということ。それが個・分離・エゴではない、全体を俯瞰している、一つの小さな体なんかに収まりきれない程の大きな存在(Soul 魂・Consciousness 意識・Universe 宇宙・Nature 自然・Divine 神性の、God 神様と同じ視点 )として在るということ。それが元々神様が与えてくれてあったUltimate Freedom 究極の自由の中に立つということ。子供動物自然は、特に何をしなくとも、特に意識をしなくとも、既にその在り方であると気付けば、自分に「在るべき在り方」を教えてくれているものは、ごく身近に、あちらこちらにある事に気付く。そして、自分に何かを学ばせてくれるものは、見た目や形状によって判別できるものではない、という事に気付く。そうなると、何も考えずに日々のルーティーンを行っていた際にふと頭に浮かんできた事の中に、自分が何気なく口ずさんだ歌の中に、身近な人の何気ない言葉の中に、名前も知らない人が書いたものの中に、子供番組だと思っていたものの中に、興味のないジャンルだと思っていた作品の中に、何気なく見ていたソーシャルに自然と流れてきて自然と目に留まったものの中に、何気なくあまり何も考えずに開いた本の中に、何気ない行動の途中で何となく目に留まったものの中に、街中でふと聞こえてきたどこの誰だかわからない人の会話の中に、ともすれば自分よりも何も解ってないと思っていた人の何気ない一言の中に(神様は何でも誰でも使うから)、身近な人が見せてくれた本来自分は好きだとは思わない自分にとっては興味のなかったものの中に、何故か強引に事が運んでしまい嫌々行くことになった会合に出かけていくという行動の中に、自分の期待や予想に反して起こった自分にとっては失敗や問題や悲しく辛い経験のように思えた出来事の中に、近所の人が自分の家の窓の近くで大きな声で話す声で目が覚めてしまった一見「不快」にも感じられる出来事の中に、ありとあらゆる全ての経験の中に、ふと窓辺にとまった鳥でも、何の気なしに通りがかった場所でふと出会った猫や犬でも、ペットとして自分の家族になってくれた動物でも、自分のお腹にやって来て生まれてくれた子供でも、結局は別れた・離婚したExでも、離れていてもずっと変わらず互いの幸せをいつでも願うような友達はもちろん、もう二度と連絡を取ることはないであろう友達でも、電車で隣り合わせた人でも、お店の店員さんも、いつも来てくれる郵便屋さんも、嫉妬から品のない失礼で不快な態度をしたあの人も、全ての出会いの中にも、God 神様・Nature 自然・Universe 宇宙が自分に必要なものを誰かや何かを介して、この世界に在るものなら何者でもどんなものでも使って、何としてでも自分に届けようとしている痕跡を見つけることができる。そして、何も偶然などではないと言う事に気付く。自分の目が捉えるものも、自分の耳が拾うものも、自分の目が行く場所も、自分の中に湧き上がってくるものも、自分が言う事も、時分がやる事も、他人が言う事も、他人がやる事も、動物が鳴くことも、動物がすることも、自分に起こる事も、世界に起こる事も、何もかも偶然などではなく、全ては自分に必要な何かを自分に与えようとして、気付かないうちに自分も他人も自然と操られるように動かされて起こっていることであり、それぞれの動きに1oの狂いもないという(どちらかのタイミングが狂えば、それは起こる事ができないのだから、それが起こった以上そこに至るまでの全てが神様の計画通り完璧に起こり続けた結果としてそれが起こったということ)、人間のレベルでは到底無理なCrazy Good / Crazy Perfect とんでもなく素晴らしい・人知を超えた・人間からしたら異常なまでに完璧な、小さい完璧の連続によってこの世界が完璧に成り立っているという事に気付く。当然、何も間違いなどなく - 人間の目には悪い事や悲しい事に見えても - 個と全の両方の進化・より幸せな未来のために必要のない事や、個と全の両方にとってマイナスになるような・本当の意味で取り返しのつかない損失になるような・個と全を(進化とは反対の方向に)退行させるような・起こるべきではなかった事など起こっていないのだと気付く。言い換えれば、問題など何も起こっておらず、個と全の両方にとってプラスになる事しか起こっておらず、本当の意味での損失など起こっておらず、実のところ、どんな個体も全から分離などしておらず、不足も存在せず、不完全も存在せず、恐れる必要のあることも存在せず、心配する必要や不安に思う必要のあるものも存在せず、自分を縛るもの・自分から自由を奪うもの・不自由も存在せず、不可能も存在せず、愛されていない・愛されないなどという事も存在せず(意味があって人は様々な環境や境遇に置かれているので、「自分は親にも愛されたことがない」とか「自分が自分を愛しているとは思えない・自分は自分を愛せないと感じている」という人が居ることを想定してお話ししておくと、そもそも、自分の事を自分も神様も愛しているからこそ自分がここに存在していられているわけなので「自分は誰にも愛されていない」という事はあり得ず、にも拘らず「自分は自分を愛せない」と考えているなら、これまでの色々な辛い経験や悲しみなどによってその事が見えなくなっているだけの状態であるが、「自分がここに存在している」ということ自体が「自分が自分を愛している」証明であり「神様が自分を愛している」証明である。自分を愛せないのは、誰に自分を蔑ろにされ不当な扱いを受けたことがあるからでは?自分で自分を何かと比較して自分が劣っていると感じるからでは?(過去の不当な扱いや比較のせいで)自分が非力だと感じていて自分はこのまま生きていても幸せになれないと考えているからでは?(過去の不当な扱いや比較のせいで)自分には価値がないと考えているからでは?「自分は愛されない」または「自分は自分を愛せない」と考える時、手放しで「幸せ」な感覚が自分の内面から湧き上がってくるのか?そんな事はないはず。「自分は愛されない」「自分は自分を愛せない」と考える時、何とも「不快」で「悲しい」「辛い」感覚を覚えるだろう。それは、「自分は愛されない」や「自分は自分を愛せない」(自分は不完全で不十分で愛されるに充分な価値はないから)という考えは、「自分の本当の願い」「自分の本心」「自分の本質」「自分の真実」「本当の自分」とは異なるから、「自分の本質」「本当の自分」が「それは真実ではない」と自分に告げているからである。もしも、「自分が愛されるに値しない無価値なものである」事が「自分の本当の願い」「自分の本心」「自分の本質」「本当の自分」「自分の真実」と一致するのであれば、「無価値な自分」であっても当たり前すぎてそれを何とも思わない(痛みでもなければ、マイナスな事でもなければ、あまりに完全な状態であるために気付きもしない)か、「そうです、無価値な自分バンザイ」と喜びが湧き上がってくるかである。聖書では神様が「あなたを名指しで呼んだ」とか「あなたを愛している」とか「あなたは私のものだ」とも言っている。神様は、この地上では考えられない程の愛を全ての存在一つ一つに向けている - これに気付く時もいつか来る。神様に愛されるという事は、全てを手にしているということ・それ以上のものはないというものを手にしているということ。目の前にいるちっぽけな人間である更に「未熟で、恐れてばかりの弱い」誰かがあなたの事を愛さないからといって、それがなんだというのだろう。そんなものは何の意味も何の力も持たない。あなたは、そんなものとは比べ物にならない規模のものに全力で愛され、そんなものとは比べ物にならないものを既に手にしているのだから。それなのに、どこかの時点で目にした「他人の不当な扱い」や「比較による劣等感」といった自分の外側で自然発生的に起こったものを、「真に受け」「信じ込み、それを「自分の真実」として「信じる」ことでそれに「同意した」のだろう。忘れてはならないのは、英語のクオートでよくあるように『他人が自分をどう扱うかは、自分が決めている』ということ。自分が自分をどう扱うかが、他人が自分を扱う時のお手本となっている。何故なら、『世界はいつでも、自分が内面で信じている事に付き従っている』のだから。世界の反応に自分が付き従ってどうする。【自分の価値は自分が決めるもの】。それに誰かが同意しないのを目にしようと、証明する必要もなく、解ってもらおうと働きかける必要もなく、ただ黙ってそんなものは相手にせず・放っておき・あるがままを許し、決して動じないこと。自分が決めた「自分の価値」から自分が揺らがなければ、やがて世界がそれに付き従い、それに同調してくるのが見えてくる。「自分」(本当の自分・自分の本質・魂である自分)は - 自然に湧いては、やがて流れ去る雲を横目に - ただそこに変わらず在る「青空」なのだから。ついでに話しておくと、自分を愛していて、自分に自信をつけても、「自分の素晴らしさは、人々には理解できないだろう」(自分と人々の間に壁を作っている状態 - 分離)と考え信じているなら、それもまた世界が自分をどう扱うかのお手本となり、やがて世界は「自分がどんなに素晴らしくてもそれを理解できる人はいない」という顔を見せてくる。そして「自分を愛する」ことだけでは片手落ちだと気付かされることになるだろう。これと同じ形ではなくても、「自分を愛すること」をやっていくと、決して「自分だけを愛すること」では終わらず、何らかの形でいつしか自然と、「自分を愛する」のと同じように「世界も愛されて当然なのだ」、「自分を自由にする」のと同じように「世界も自由でいいのだ」、という事に気付かされる事となり、やがて「世界を愛すること」を学ぶこととなる(自分と世界の間の壁がなくなる - 一体)ため、「自分を愛すること」は決して、わがままや、他者の幸せは考えない、独裁主義的な事ではない: むしろ、「自分を愛すること」は、育つ過程で知らず知らずに植え付けられたものや、世間で言う「当たり前」や「普通」という「他人が勝手に決めた基準(中には、自分の幸せの為ではなく、誰かの利益のためだったりする)」によって、今まで不要なものまで、本来自分が抱えなくてもいい事まで背負い込んできたものを、そんなものまで背負い込む必要などなかったと気付かせ、肩の荷を下ろしてくれて、更に、抱えすぎて両手が塞がって狭まっていた視野を - 抱えきれない程の重荷を手放させることで - 広げてくれるものである。そうやって、「自分を愛する」事から始めて、「自分を愛すること」ができるようになると自然と「世界を愛すること」へと繋がり、そしてそれはいつしかやがて自然と、自分と世界の間の垣根がなくなる地点(一体)へと、あらゆる全ての垣根が溶解する地点(一体)へと、更には、Universe 宇宙・Nature 自然・God 神様・Whole 全と自分の間の垣根・壁が溶解する地点(一体)へと、自分を運んでいく - これも、やる前から頭でゴチャゴチャ考えるより、実際に自分でやってみれば手に取るように解ることである)、従って不幸せに感じるようなものも存在せず - そして、「それら自分が恐れていたものは、実際には存在しない」という事を知るだけで、人は「愛」や「安心」や「幸せ」や「充足」や「自由」や「一体」や「完璧」や「無限」と言った「Love 愛=God 神様」の属性のものが自分の内面の奥底から自然と湧き上がってきてそれらを感じることができる: 何故なら、この世に存在するもの全ての本質は「愛・幸せ・安心・自由・充足・完璧・一体・無限」であり、それが自分の根源であり、それはいつでも自分と共に在り決してなくならないものであり、それが自分にとっての「青空」であり(Ego エゴのFear 恐れから生じていた、「Fear 恐れ=Ego エゴ」の属性である「恐れ」や「不安」や「不幸せ」や「不足」や「不自由」や「分離」や「不完全」や「有限」といった思考が「雲」であり、それは108さんのチケットのスレで捻くれさんの言った『雲はただ自然と湧き上がり、放っておけばそれはやがて流れ去り消えるものであり、どんなに雲で空が覆われようと、青空はなくなりはせず、いつでも変わらずそこに在るものであり、雲が流れ去れば青空は自然と見えるもの』)、それが自分の本体であり、それが本当の自分であり、それが自分の実相であるから。そして、「Love 愛=God 神様」の方が「Fear 恐れ=Ego エゴ」なんかよりもずっと強いから、『God is Love 神様は愛』、『God wins in the end 神様は最後には勝つ(つまり、愛は最後には勝つ)』、『Love never gives up. 愛は決して諦めない』、『Love conquers all 愛は全てを克服する・制圧する・打ち勝つ・抑える・獲得する・凌駕する』と言われるように、「無限」の性質を持つ「Love 愛=God 神様」と「有限」の性質を持つ「Fear 恐れ=Ego エゴ」であったらエゴはいつかは必ず力尽きて消えゆくので、放っておいても・わざわざ戦わなくても・わざわざその為に何かをしなくても、必ず最終的には自然と「Love 愛=God 神様」が残るようになっているという事が解る赤いハート大

“The desire to know your own soul... will end all other desires.” - Rumi

The desire to know your own soul will end all other desires. - Rumi

“自分の魂を知りたいという欲求・欲望は、やがて他の全ての欲望・願望を終わらせるだろう。” - ルーミー

本当の「自分」はSoul 魂・Consciousness 意識であるというRealization 気付き・Satori 悟りの視点に立つと、実は「自分」はこれまでも、今も、この先も、体の外側にある時間や場所や他のいかなる概念にもどんな存在にも触れられない・手の届かない、自分でも他人でも体を持ったEgo エゴのFear 恐れも捉えることのできない、従って、それらによって動かされない、決して変わる事のない、それら全てを超越した、どの瞬間も欠けのない完璧な状態の存在なのだ、と気付く(知る・思い出す)。そして全ては(分離などしていない、元々)繋がった一つ、Oneness ワンネス・全・欠けのない完璧 - 自分にも世界にも境界・境目も無ければ、制限・制約・限界もない。Soul 魂・Consciousness 意識である「自分」は「どの瞬間も欠けのない完璧な状態の存在である」: いつでも、いつまでも、ただありのまま・あるがまま在るだけで既に完璧である - 自分はどの瞬間も自分のまま在ればよく自分ではない何かになろうとする必要がない(自分と世界に境界はないため、当然、世界もあるがまま在り、起こるがまま起こればよく、自身ではない他の何か・ありのままではないものになろうとする必要はない)ため、自分にも世界にも、何かを補う必要もなく、何かを手に入れたり獲得してまでわざわざ価値を付け加える必要もなく、何かを変える必要もなく、ただただ限りなく自由である; Soul 魂・Consciousness 意識である「自分」の中で、夢も願いも全て既に叶っていて(個である人間の視点で言えば、既に叶っている&どの瞬間も叶う事前提で全てが動いているため、どの段階・プロセスも完璧)、どの瞬間も欠けがない完璧であるから、今まで抱えていた(まだ叶っていない・叶えるために何かをする必要がある・叶うまで待たなくてはいけない、という事を前提で求めていた)夢や願いは全て自然と溶解して消えてしまう(既に全てが叶っている: 個である人間の視点で言えば、既に叶っている&どの瞬間も叶う事を前提に全てが動いている、という事なので、もうわざわざ求める必要も、叶えるために何かをする必要も、叶うまで様子を窺いながら待つ必要も、無いのだから)。そして、Ego エゴのFear 恐れや渇望する願いや夢が溶解してしまった後には、ただただ「安堵・安心感・心の平穏」や「豊かさ・充足」や「幸せ」や「自由」や「愛」や「完璧」や「一体・無限」だけが静かにそこに残るRainbow iconキラキラアオゾラ

ここでちょっと思い出して、誰かの何かの気付きの引き金になるかも知れないので書いておこうと思う事を書きます。いつだったか少し前、フォローしている人と繋がっている人なのか誰だか知らない人の「無欲というのは、結局は何かを我慢している状態だから、無欲なんかにならなくていい。働け!欲しいものを手に入れろ!」みたいな力のこもったツイートがフィードに流れてきて、「? この人は、どの位置に立っている人だろう? 無欲という言葉に抵抗があるみたいだけど、精神性の事を齧り始めた感じなのかしら?」とか、「? (精神性関係なく現実に則した話でも)欲しいものを欲しいと感じた時にちょこちょこ買ってると、人に『何が欲しい?』みたいに聞かれたときに、別に欲しいもの全てを買ったわけでもなくても『あぁ、別に欲しいものないな』って思うけど、そう感じた事ないのかしら?(好きな事に夢中になっている時にもそういう感じになるし、ちゃんと自分を愛している状態だと自然とそういう状態になることは意外とあると思うけど…)」とか、「我慢している状態なら、自分に我慢させないこと(自分を愛すること)が解決になるけれど、自分に我慢させない事はなにもお金を遣う事を我慢させないだけではないから他に色々手段はあるのに、胆略的に『働く・お金を手に入れる』って事に結び付ければ、お金や仕事に縛られるだけよね…」とか、「まぁでも、もし精神性に多少なりと触れているのなら、やがて、遠からず『無欲・望まない』という事が何のStatementになっているのかを知るだろうし、「自分」はSoul 魂であって体を持つ自分とは別次元・別世界の存在だという事に気付いたら、『無欲望まない』ことの本当の意味を知るんだろうなぁ…」などと思いながらそのツイートを見ていて、そうしたら結構、RT リツイートもいいねも付いてて、「あぁ、『頑張っちゃってる』人がこんなにも… 」と、少し胸が痛むCompassionにも近い感じを感じながらも、人はそれそれが異なり(それぞれが異なるものを好きである事も、それぞれが違う段階に在ることも、エゴの範疇に居る人はエゴの範疇に居ることで、エゴの範疇を出た人はエゴの範疇を出た事で、それぞれがそれぞれに異なる重要な役目を果たしている)、人はみな自由なので、反応せず=スルーした=放っておいた=自由を許した=ありのままを受け入れた(イヤ、ホントに、『相手が黙ったからといって、あなたの言ったことに相手が同意したわけではない』という言葉は本当ね - 私も含めた誰にでも言えることだけど)。でも、そこで気付くのは、「こういう人たちは、私の書いたものに出会っていないし、私が言っている事と似たような事を時代を超えて色々な人が口々に言っているんだけど出会っていない、または、出会っていたとしても精神のレベルがマッチしないから、Ego エゴがそれを拾わせずに、読み飛ばし・素通りしているんだろうな(もちろん自然発生的に)」という事、つまり、そもそも「棲み分け」は自然と完璧になされているという事。【人は、自分が見たいものだけを見る(自分が内面で信じている事だけを、Ego エゴが目や耳に拾わせて、それを見て・聞いて・経験する)】:人の在り様はそれぞれが与えられた神様のシナリオによって決められているもので、何を好きで何を嫌いか、エゴの範疇に居るかエゴの範疇を出るかなどのシナリオ上で決められた設定によって、何を信じ、そしてその信じたものが現実に投影されたものを経験していくという形で「棲み分け」は自然と叶っている。あのツイートの主は私にとって「自分の為のものではない」、そして私は、あのツイート主にとって「自分の為のものではない」、それ故に私たちは互いに出会わないし、出会ったとしても互いを選び取らない - 少なくとも今の段階では。だから、わざわざ口出し手出しをして、自然に「棲み分け」されているものに干渉して、わざわざ自分の世界に引きずり込んでまで悪戦苦闘する必要などない(気付いている人にとっては、それは遠回りするようなもので非効率的と感じる。まだ気付いて居な人にとっては、それもまた学びの道であり、必要な経験なのだから、わざわざ自分の世界に引き摺りこんで悪戦苦闘するのもまた、それでいい。いつしか、悪戦苦闘するのに疲れ果てた頃に、この世界は既に自然と「棲み分け」が叶っている、にも拘らず現状に疑問を感る時がやって来る。もしもそうした疑問や違和感を感じたなら、それをきっかけにしてやがて気付き目覚めることが神様から自分に与えられたシナリオ上にあったということ。そこから始まって、やがて「現状に感じる違和感は、自分の内面が自然な - 在るべき状態 - にはなかった事から生じている」と気付き、自分を愛することなり、自分の心や自分の基準に従うことなり、自分の人生の主導権・鉄券を自分の手に握るなり、様々な形で意識的に「棲み分け」を行うことを学ぶ。その先に、やがて自分も他者も自由にして自然の流れに同調することを学ぶ。もしも疑問も違和感も感じないなら、シナリオ上この先暫くは気付く地点がないのだろう: 気にせず進んでいけばいい)。自分の中で感じる、「違和感」「不快感」「あれ?何か変だな・おかしいな」「何だか好きになれない」というGut Feeling 腹の底から湧き上がる感覚・虫の知らせ・Intuition 直観というのは、素直に従って・信じて吉。私は、人の恐怖を煽るようなものや、人の尻を叩くようなものや、人を急がせたり焦らせたりするようなものや、人を追いつめるような「物言い」が嫌いで、そういうものに「不快感」を感じる。広告でも、人の恐怖を煽るような物言いで人々を駆り立てようというエゴが見えるものは、その会社が(現在、どんな状態にあれ、当事者が自覚していようといまいと、何らかの焦りがあり、目には見えないスピードで下降していて)上向きではないと感じる。スピリチュアルでもそうでないものでも、啓蒙する・啓発するという目的で人々に向けて話しをする時に(動画でも、DVDでも、ソーシャルでも、セミナーでも、講演でも、説教でも、本でも)、恐怖を煽ったり、尻を叩いたり、焦らせたり、追いつめたり、脅したり、その場の高揚感・緊張感を目的としてガーガーとがなり立てやたらと人を駆り立てたりする人からは、隠し切れないEgo エゴを感じて、そういう話し方や話し方をする人を「好きになれない」。もちろんそれを好きな人もいて、私は好きになれない、というだけの話。私がそういうものを「好きになれない」のは、脅しで人の恐怖を煽ったり、尻を叩いたり、焦らせたり、追いつめたり、強い高揚感や緊張感を感じさせる必要を - 本来は必要のないものなのに - 感じて、しているというのは「Fear 恐れ=Ego エゴ」が根底にあるから。恐怖を煽ったり、脅したり、怖がらせたり、焦らせたり、追いつめたり、強い高揚感・緊張感を無理に演出するのは、「吊り橋効果」に近いものを生み出し、その人から離れられなくするもの。そういう人の話を聞いて、その場では「そこに救いを見つけた」みたいな気分になるだろうけれど、おうちに帰って明日からは、駆り立ててくれる「その人」なしではどうしたらいいのか分からず、また不安はぶり返す(何でも、急激に上がると、急激に下がるから、無理に上げると、下がる感覚も大きい。急激な変化は、一時的に強力に効くように見えても、効果が長続きせず、結局は、ドラッグのようにそれに依存したり、同じ状況に停滞することになりやすい)。それによって、また「その人を必要とする」ような「偽の尊敬」といった執着のサイクルを生み出してしまうもので、ともすれば、戦略的にそうすることで自分の元に顧客を留めるためのもの。即ち、支配欲やコントロール欲といったもの。 - つまりEgo エゴ。決して、「相手を本当の意味で自由にし、自分の力で自信を持ってやっていけるように、精神的な自立を促すもの - つまりLove 愛(Buddha 仏陀の最後の言葉も、「教えを隠すということはないので、全ての教えはもう既にあなた方に伝えた。後は、己を燈明とし、法・教えを燈明とし、他を拠り所とすることなく…」といった感じのもので - Love 愛)」とは違う。ましてや、スピリチュアリティー・精神性の事ならば、どんなに先に気付いている・悟っている人でも、「その場所(「聖書の、Kingdom of God 神様の王国」、「Krishnamurti クリシュナムルティのPathless land」、「静かで何も起こっていない、同時に全てが生まれる暗闇」)があると教えてあげることはできても、その手前・扉の前まで連れて行くことはできても、誰もその場所にその人を入れてあげることなどできない(元々「自分」はそこに居たと、知識として理解する段階を経て、自分の内側に自然と湧き上がる・自然と起こる気付きを迎え、自分で気付く必要がある。自分が気付くしか方法はないが、それは自然と起こるものだから焦る必要はないし、早く気付くためにしなくてはいけない事もない - 強いて言うなら「Relax リラックスくつろいで居ること」それが一番の近道。だけれど、リラックスできないからといってそれを責める必要も自分を抑え込む必要もない。いつでも、あるがままでいい)のだから、「それが無くては不安」「その人が居なくては不安」になるような「執着」を故意に起こさせるやり方は、余りに姑息で阿漕(あこぎ)だと、私は感じるから。だから、そういう人や集団は私にとって「自分の為のもの」ではないので、私は選ばないし、私自身もそういうエゴい物言いをしないでいたい。【あくまでも、人はそれぞれがそれぞれの魂のレベルによって神様から与えられたシナリオによって、起こる事も、経験することも、決まっていて、全ては自然発生的に起こり、登山ルートはそれぞれ異なり、どの段階・階層にいるかもそれぞれ異なるけれども、それぞれが違うということ・多様性に意味があるのだし、結局は、全ての人は同じ山を登っていて、それぞれのタイミングは異なれど、同じ山頂・真理へと導かれている】という自分の答えに忠実に、そういうEgo エゴい感じのする、私にとっては「自分の為のものではないもの」に対して、変えようとしたり、どうこうしようとしたり、解ってもらおうとしたり、証明しようとしたり、働きかけたり、戦ったりしないで、あるがままを許し・あるがままで在る自由を与え、ただ黙って「自分は選ばない」「スルーする・放っておく・相手にしない」「飲み込まれたり、流されたりせずに、必要があればきっぱりと、NOと言う」などの形で妥協せずに【自分の選択】を下して、きっちりと「棲み分け」をする - それはLove 愛に則した形で、互いが立つ地点が異なっていても、それぞれが、それぞれなりの形で幸せでいられる方法だから。そして、自分は自分の選択を下したらそれでおしまい - さっさとMove on。何事も、選ぶ人もいて選ばない人もいるのはごく自然なこと: それぞれが自分に正直に、自分が信じるものを信じて、双方が自由でいればいいwave pink iconオシアワセニネ

“I am not a guru. That is a dirty word. Because all gurus have been just exploiting people in the name of spirituality. I don't belong to that gang. And I am not an Indian in the sense that I don't believe in nationalities. I simply believe that the whole earth is One.” - Osho

I am not a guru That is a dirty word Because all gurus have been just exploiting people in the name of spirituality I don't belong to that gang Osho

“私はグル(導師・精神的指導者)ではない。グルとは、汚れた言葉だ。何故なら、すべてのグルたちはスピリチュアリティー(による啓蒙・啓発)の名のもとに不当に人々を利用してきただけだ。私はそのようなギャングには属さない。そして、私は国籍・国家・国民性・民族を信じていないという意味で私はインド人でもない。私は純粋に、この地球は一つであると信じているのだ。” - Osho


“A rebel lives his life in total freedom. He does not allow anybody to interfere in it, he never interferes in anybody else's life.” - Osho



“「Fear 恐れ=Ego エゴ」を捨てて「エゴの範疇」から出た者・エゴの範疇に在る他人や社会の定義する「当たり前」に従わない者・他人や社会の決めた「当たり前」ではなく自分を信じて自分が自分であることを選んだ者・真理を悟った者・Ego エゴの幻想から目覚めた者・真理に気付いた者・反抗者・反逆者・革命児は、自分の人生を完全な自由の中で生きる。彼は、自分の人生に於いて他の誰にも自分が完全な自由の中で生きることを邪魔することを・干渉することを・妨害することを・彼や彼の選択を変えようとすること・彼や彼の選択をコントロールし彼を支配しようとすること・彼から自由を奪うことを許さない、同時に、彼は他者(人でも動物でも自然でも物でも物事でも出来事でも)の人生に於いても、自由を奪わない・干渉しない・妨害しない・邪魔しない・変えようとしない・コントロールし支配しようとしない。” - Osho


今既に完璧; 結果や反応や変化や未来を恐れる必要はない。
Everything including yourself is already perfect now; You don't have to be afraid of result, reaction, change or the future.


今既に完璧; 後は、【「自分」は、Soul 魂・Consciousness 意識であり、どの瞬間も欠けのない完璧であり、どの瞬間も限りなく自由であり、「自分」はInnocent Bystander 無実の傍観者・Observer 観察者なのである】という視点を忘れたり見失うことないまま、自分の内面に湧き上がってくる感情・感覚、「好き(愛)」「やりたい(愛)」「好きになれない」「やりたくない」、愛、願望、欲求、衝動、アイデア、気付き、直観を起こるがまま自由にさせ、それに自由に付き従う。同様に、他人に起こってくることも、世界に起こってくることも、起こるがまま、自由にさせ、その上で、自分はそれを自由に「それを選ぶ」か「それを選ばない」か、自分の心が感じるままに正直に自由に選べばいい。そうやって自分も世界も自由へと解放して、もっと伸び伸びと、もっとゆったりと、もっと楽に、自分も世界もあるがままにすればNature 自然と足並み・歩調が揃っていき、何の抵抗も感じなくなる - それが元々の地点: 「在るべき在り方」であり、それは今までも今もこれからもそこに在る「青空リゾート ヤシの木 ビーチ晴れ 太陽

つまりは、【Being yourself is your calling: Love yourself enough to be always true to yourself to be yourself to make yourself happy. That's what you were called for. 自分らしく在ることが自分の使命: 自分を愛して、自分に正直に、自分らしく在るためにどこまでも自分を自由にして、自分で自分を幸せにすることが、自分がここに呼ばれたの目的】。短く言えば、【自分と自分の愛するものを、愛するためにここに来た(自分と自分の愛するもの: 愛する人でも、愛する動物でも、愛する自然でも、愛する物でも、愛する分野でも、愛する物事でも、研究でも、勉強でも、スポーツでも、奉仕でも、リラックスして・くつろいで・のんびり過ごすことでも、娯楽や遊びでも、自分の中から愛や好奇心が自然と湧き上がってきてそれに強く・何かを考える暇もなく・考える余地もなく「突き動かされる」ようなもの - 何でも愛して夢中になって没頭できることだったり、自分が楽しく感じられるものだったり、自分が幸せに感じられることだったり、人でも動物でも相手を愛してそれによって相手が幸せそうにしているのを見て自分が幸せに感じることだったり、後は、自分の生命維持や自分の居る環境の管理や自分自身のメンテナンスや自分の心地良さの為にやる必要のあることを、あくまでも自分に無理をさせず自分がやりたい範囲ですることだったり、何であれ「自分が愛するものを愛して」「自分で自分を幸せにすること」)】。そして、それ以外の事は - 特に、Ego エゴの「Fear 恐れ」から生じるような「心配」「怒り・憎しみ・愛さない」「不幸せ」「不足・渇望・不完全・悩み・後悔」「不安・心配」「分離・寂しさ・無力感・劣等感」とか、自分が幸せに感じないようなものや、自分が愛せないもの、「好きになれない」「やりたくない」と感じるものなど、単純に自分に「不快」な感覚を感じさせるものは - 「自分の為のもの」ではなく、神様から自分が課されたことではないので、そういうものに深刻になったりしないで・真に受けない・一体化しない・同意しないで・振り回されない・取り合わない・相手にしないで、あくまでも、【体を持つ自分の経験することは、「自分」にとっては、動かしがたい現実でもなければ、それはIllusion 幻想に過ぎないもの】という、自分が現実から目覚めた感覚のまま(それでも尚、自分でも気付かないうちにエゴに滑り込まれて乗っ取られそうになるような事があったりしても、それもまた神様のシナリオ上にあった必要なステップ・反復練習だったということで、それでももう自分は「自分」に気付いているんだから大丈夫、確実にもうそれまでの自分じゃないから、そんな事も気にしないでUnicorn icon.gif)、「自分」が自分という存在を経験することを楽しんでいるように、単純に、純粋に、自分が自分であることを楽しんで自分の人生を、自分の世界を、伸び伸びと思う存分自由に楽しんでCracker icon

徹底的に自由でいい; そもそもここは元々、Ocean/Water 水中でのNeutral Buoyancy 中性浮力の状態や、Outer Space 宇宙空間でのZero Gravity 無重力の状態のように、上も下も右も左も斜め上下左右も、どこにも壁や境目や制限や限界のない、完全に自由な世界なのだからKirakira Cat icon

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“Drop the idea of becoming someone, because you are already a masterpiece. You cannot be improved. You have only to come to it, to know it, so realize it.” - Osho

Drop the idea of becoming someone, because you are already a masterpiece... - Osho

“自分ではない誰かになろうとする・他の誰かのようになろうとする・自分であることを否定して何かになろうとする、というアイデアを捨ててしまいなさい、何故なら、あなたは既に(存在しているだけで・ありのままで・そのままで・自然体で)最高傑作なのであり、あなたはそれ以上改善することはできない。(あなたという存在は自然と起こりそうならざるを得なかった必然・なるべくしてそうなった、在るがままで完璧を成しているもの、ありのままで既に最高傑作である)あなたはただその理解に達しなくてはならない、あなたはそれを知らなくてはいけない - そこ(今既に完璧であるから、変える必要も、改善しようとする必要も、何かを付け加える必要も、自分とは違う何かになろうとする必要もないという点)に気付かなくては・悟らなくてはならない。” - Osho


“Stop acting so small. You are the Universe in ecstatic motion.” - Rumi

Stop acting so small. You are the Universe in ecstatic motion. - Rumi

“そんなに小さく振る舞うのはやめなさい。あなたは、あなた自身が、有頂天な動き・運動をしている宇宙そのものなのだから。” - ルーミー


“Live your life as if everything is rigged in your favor.” - Rumi

Live your life as if everything is rigged in your favor. - Rumi

“人生を、あたかも全ては自分の為の八百長であるかのように生きなさい。” - ルーミー


“I want you to become absolutely selfish. Love yourself, be yourself. Don't be distracted by any type of people - religious, political, social, educational. Your first responsibility is neither towards religion nor towards nation.Your first responsibility is towards yourself.” - Osho

I want you to become absolutely selfish. Love yourself, be yourself. Don't be distracted by any type of people... - Osho

“私はあなたに完全にわがままになって欲しい。自分を愛して、自分らしく自分でありなさい。どんなタイプ・種類の他人にも、気を取られて・気を散らされてはいけない - 宗教的、政治的、社会的、教育的な人間にも。あなたの第一の責任は、宗教に対するものでもなければ、国に対するものでもない。あなたの第一に果たさなくてはならない責任は、あなた自身(自分自身)に対するものである。” - Osho


“There is no need for you to change the world; just change yourself and you have started changing the whole world. If even a single human being changes, that change will radiate to thousands and thousands of others. You will become a triggering point for a revolution which can give birth to a totally new kind of human being.” - Osho

There is no need for you to change the world just change yourself and you have started changing the whole world... - Osho

“世界を変える必要はない; ただ自分を変えること、そうすればあなやは世界を変え始めている。もしたった一人の人間でも変われば、その変化は幾千も幾千もの他の人たちの変化へと放射状に広がる。あなたは全く新しい種類の人類の誕生という革命の引き金となるだろう。” - Osho


゚・*:.。.ஜღ Ƹ̵̡ӜƷ ღஜ .。.:*・゜


この記事内の事で解らない事があったり、もう少し詳しい説明が必要な場合は、このブログ内の過去記事やTwitterやあちこちでお話ししていますので、右サイドバーにあるリンクや検索窓、この記事の下の方に貼ってあるリンクなどから、探してみてください。参考までに、ブログ記事にはしていないけれど、以前TwitterにアップしたQuotes クォート画像もこちらにまとめておきます。私の書いたものが、誰かがより「安心(愛)」して、より「自由(愛)」に、より「幸せ(愛)」に感じられるようになる何かの一助になれたら幸いです。皆さまのご多幸を、心からお祈りしておりますBlue Marble IconPurple Flapping Butterfly


This is not meditation: Close your eyes. In that darkness, you can hear sound of what's happening outside, things happening outside without your intention. And you are trapped in that darkness and can go nowhere. Now open your eyes. You are still trapped in your body and you can go nowhere. You just can see things with your eyes, but you can't get out of your body. You are that formless ethereal thing trapped in the container/vessel that's called body; You are a soul. Things happening outside of your body are just happening without your intention. What you do is not actually what you as a soul do. You are just an innocent bystander. You as a soul are always seeing. You with your body are always doing something but you as a soul are not doing anything. You with your body can get wet in the rain and feel it, but you as a soul don't get wet. You with your body can think it's annoying or romantic when it's rain, but you as a soul don't care either annoying or romantic because a soul don't get wet anyway (so go ahead and choose whatever you want, whatever you can be Happy with). You with your body, means you that you think you are is not actual you. You as a soul never gets hurt or harmed. You as a soul never gets blamed (because a soul doesn't have hands or legs and doesn't do anything actually). You as a soul never gets old. Actual you as a soul are always Free, Happy, Calm, Secure/Safe/Reassured, Perfect (means all the things of Love), and United, Infinite, so you as a soul have everything (whole Universe) already even though you as a soul don't have things with its hands, and there's nothing you as a soul can't move because everything is formless ethereal thing just as Love and all connected. If you are ready, you can feel as I now mentioned. If you are not ready, you don't feel like this way, but what I mentioned is already a part of you because you've already met these words now, and that means you will come to realize this eventually when you need it: It will naturally happen to you someday in perfect timing, and that's the day you are born again, as actual/true you. So... Happy birthday to you in advance from me.
- Lico

--- This is not a new thing at all: People talk about this here and there over the ages (like Kannon's 'Kuu', Rumi's 'You are the Universe in ecstatic motion', Bill Hicks' 'Ride', or 108's 'Reality you see is a movie'. You don't have to take this as a complicate or difficult thing like meditation, because, in fact, it's not a complicated or difficult thing at all. You can go back to the place when you close your eyes, and remember that you are at that place where nothing is happening, you are totally safe at and you are originally there. That place is not somewhere far away from you or hard to get. You can remember that the place is right there and has always been. You've never left there. You've actually been there from the beginning. You can go back to the place anytime, whenever you need to remember where you are originally at, where is quiet, comfortable, safe, free, happy and perfect 'the place where nothing is happening' at the same time 'the place where everything is born and everything is there inexhaustibly/limitlessly at': and you can wake up/awaken from what you see, reality, illusion). You know this already. You just will eventually go through this (or this kind of thing) naturally and be reminded the truth, true you, your Actual Phase. And since then, you will naturally start to see, feel or think things quite differently. That's the beginning of a whole new fun and interesting adventure, a whole new world, a whole new life.

This is not meditation close your eyes you are a soul just an innocent bystander the day you are born again as actual true you Lico

“これは瞑想ではない: 目を閉じてみて。その真っ暗な中で、体の外で起こっている事、自分の意図とは関係なく起こっている事の音が聞こえるでしょ。そして、あなたはその暗闇の中に囚われていてどこへも行けない。じゃぁ、目を開けてみて。目を開けても尚、あなたは体の中に閉じ込められていて、どこへも行けない。その目で物事を見ることができるけれど、体の外へ出ることはできない。あなたはその形のない、エーテル・空気のように軽い、この世のものとは思えない天上の、優美で希薄なもの - 体と呼ばれる器に閉じ込められた; あなたは魂・心。あなたの体の外で起こっている事は、あなたの意志・意図とは関係なくただ起こっている。あなたがやる事は、実は魂・心としてのあなたがやっている事ではない。あなたはただ、罪のない傍観者・局外者であるだけ。魂としてのあなたは、いつでも見ている。あなたの体と共に在るあなたは、いつも何かをやっているけれど、魂としてのあなたは何もやっていない。あなたの体と共に在るあなたは、雨の中で濡れることができるけれど、魂としてのあなたは濡れない。あなたの体と共に在るあなたは、雨の時それを迷惑だ・困ったことだとかロマンティックだとか考える事ができるけれど、魂としてのあなたは、迷惑・困ったことでもロマンティックでもどうでもいい、だって別に濡れやしないんだから(だから、どうぞ何でも自分が望むものを選べばいい、何でもあなたが幸せに感じる方を選べばいい)。あなたの体と共に在るあなた、つまり、あなたがあなただと思っているあなたは、本当のあなたではない。魂であるあなたは、決して傷つけられることも危害や損害を被ることもない。魂であるあなたは、決して責められることはない(だって手も脚も持たないし、実のところ何もしていないんだもの)。魂であるあなたは、決して年を取らない。実際の・本当のあなたである魂としてのあなたはいつでも、自由で、幸せで、平穏・冷静・不動で、安心・安全で、完璧(つまり、様々な愛の状態・愛の形)で居られていて、そして、一体でもあり、無限でもあるから、全てを既に持っている(宇宙全体をね) - 例え、魂は手で物を持ったりしないけど、持っていて(銀行にお金を持ってるけど、手では持ってないのと同じね)、そして、魂であるあなたに動かせないものなど何もない、何故なら、全てのものは「愛」のように形のない空気のように軽く希薄なものでるあり、全ては繋がっているから。もしあなたが準備の整った状態・あなたにとって今がその時なら、私が今述べた事を感じることができるだろう。もしあなたが準備のできていない状態なら・あなたにとって今がまだその時ではないのなら、このようには感じないだろう、それでも私が述べた事に今あなたがこうして出会った以上、それは既にあなたの一部であり、つまり、あなたはやがていつかあなた自身が必要になった時に、あなたはこの事に気付くという事: それは自然といつの日か完璧なタイミングであなたに起こる、そして、その日があなたが本当の・真実のあなたとして、あなたがもう一度生まれる日・生まれ変わる日。だから、少し早いけど先んじて私から言っておくね(どうせそれはいつか起こるから)、お誕生日おめでとう。 ”
- Lico

--- これは新しい事では全くない:人々は、あちこちでこれについて話している - いつの時代も(観音様の「空(くう)」とか、Rumi ルーミーの「あなたは、あなた自身が、有頂天な動き・運動をしている宇宙そのものなのだから」とか、Bill Hicks ビル・ヒックスの「Ride(乗り物)」とか、108さんの「(現実は)映画」とか。瞑想みたいに難しく考えなくていい。実のところ全く難しい事じゃないんだから。目を瞑ればすぐにそこに戻れる、戻って「あぁ、安心だ。ここでは何も起こっていないし、ここが本来自分が居る場所だ」と思い出せる。そこは遠い場所なんかじゃない、目を瞑ればそれはそこに既にある事に気付ける。元々、自分はそこから一歩も出た事なんかない。初めからいつでも自分はそこに居る。必要なら、いつでも、何度でも、そこに帰れる - その静かで穏やかで心地よくて安心で自由で幸せで完璧な、「何も起こっていない安全な場所」同時に「全てがそこから生まれ、全てが無尽蔵に既にある豊かな場所」に:そして「あぁ、自分は形のない空気みたいな何か - 魂・心だったんだ」と、目に見えているものから、現実から、幻想から、覚めることができる)。あなたはこれを既に知っている。あなたはただ、いつしかやがてこれ(またはこれのような何か)を自然と経験することになり、そして真理、本当のあなた、あなたの実相を思い出させられるだけ。そして、その時から、あなたは、物事を見る、感じる、または、考えるだろう - それまでとは全く異なる物の見方、感じ方、考え方で。それが、全く新しい面白くて興味深い冒険の始まり、新しい世界の始まり、新しい人生の始まり。


Love = Generosity/Abundance/Infinity = Believe/Trust = Confidence = Strength = Kindness = Respect = Freedom = Calm/Peace/Reassured/Secure = Happiness = Perfection

Love contains everything you need and everything you want. So Love yourself and choose what you Love, do what you Love and Love what you Love to make yourself Happy; That gives you everything you need and everything you want Abundantly. Always be [Love=God] driven, not Fear (from Ego) driven.

- Lico

Love contains everything you need and everything you want Lico

“愛 = 気前良さ・豊かさ・充足・無限 = 信じる・信頼 = 自信 = 強さ = 優しさ = 尊重・尊敬・敬意 = 自由 = 心の平穏・平和・安心・安全 = 幸せ = 完璧

愛は、自分が必要なものと自分が欲しいものの全てを含む。だから、自分を愛して、自分を幸せにするために、自分が「好き(愛)」なものを選んで、自分が「やりたい(愛)」と感じることをやって、自分が愛するものを愛しなさい; そうすることが、自分に自分が必要なものと自分が欲しいものの全てを豊かに与えるから。いつでも、「愛=神様」主導で在りなさい、エゴの「恐れ(心配・比較・勝ち負け・執着・疑念・劣等感・嫉妬・不足・不完全・不自由・束縛・コントロール欲)」主導ではなく。”
- Lico


Back to basics: Since “Everything starts from within” and “The world is following your mind/what you believe within you”, the reality you see now is a projection of what you were believing within yourself at some point in the past. So to make the future better/solve a problem you have now, you need to Believe something to make you feel Love, Calm/Reassured/Secure, Happy, Perfect/Confident/Trust, Abundant, Infinity or Free despite what you see, the problem, what you already know or what they say, instead of just reacting to what's happening now. If you just react to what you see/the reality now, you are going to go through the same kind of reality/problems again and again, and make yourself trapped in the level called [average/normal] or range of [Fear=Ego]. But if you choose [Love=God], Calm, Reassured, Happy, Perfect, Confident, Believe, Trust, Abundant, Infinity, Free to believe over [Fear=Ego], regardless of what you see now, what you already know or what they say, you can Free yourself from the trap and rise; to [Love yourself]: following your heart, being True to yourself and being Free to be yourself to make yourself Happy can make it possible naturally without focusing on the problems (whatever you focus on with your consciousness, expands in reality), and that's why they say “Love yourself first”.
- Lico

Back to basics Since Everything starts from within Love yourself follow your heart be True to yourself be yourself to make yourself Happy Free from Trap problems Ego Fear Lico

“基本に立ち返って: 「全ては内面・内側から始まる」そして「世界は自分のマインド・内面で信じていることに付き従っている」ので、今自分が見ている現実は、過去のある時点で自分が自分の内面で信じていた事が投影されたものとなる(今マインドに在るものの投影ではないという点に注意)。 従って、未来を良くするため・今抱えている問題を解決するためには、自分が内面で、何か愛、心の平穏・安心・安全、幸せ、完璧・自信・信頼、豊かさ・充足、無限または自由に感じるようなものを、今目に見えているものや、問題や、自分が既に知っている事や、他人の意見とは一切関係なく信じる必要がある - 今起こっている事にただ反応する代わりに。もし自分が今目に見えているもの・今の現実にただ反応するだけなら、また同じような現実・問題を繰り返し経験することとなり、そして自分自身を「普通」とか「一般的」と呼ばれるレベル、または、「恐れ=エゴ」の範疇という罠に填める・囚われの身にする・閉じ込める事となる。しかしもし自分が目の前に起こっている事に対して、今目に見えているもの、自分が既に知っている事、他人の意見に拘わらず、「恐れ=エゴ」を超えて・超越して(その向こう側に在る)「愛=神様」、心の平穏、安心、幸せ、完璧、自信、信じる、信頼する、豊かさ・充足、無限、自由と言ったものを信じることを選ぶのであれば、自分は自分をその罠(世間で言う「普通」や「一般的」や「エゴの範疇」といった自分に窮屈な思いをさせ低い位置に縛り付け閉じ込めるもの)から自由にし(「普通」「一般的」「エゴの範疇」を超えて)上昇することができる(当然、より幸せになることも、より良くなることも、夢が叶うことも、より豊かになる事も、成功することも、その為に必よな全てを手にすることも、そこに含まれる); 「自分を愛する」こと:自分で自分を幸せにするために、自分の心に従って、自分に正直に、自分が自分らしく「本当の自分」であるために自由で在ることは、それ(罠・負のスパイラルからの解放)を自然と可能にする - 問題そのものに意識を集中させることなく(自分が意識を集中させるものは、現実で拡大する; 問題に意識を集中させれば、現実で問題は拡大される・繰り返される)、だからこそ、人々は口々に「先ず、自分を愛しなさい」と言う。”
- Lico


Whole Universe including each one of your cells, is moving in every moment trying to take you to the happier, better, higher future without thinking that they are doing so. Trust everything in this Universe including everything of yourself, and count on them all; The Universe/Whole/Nature/Love/God never fails to take both you and the world higher. So relax and enjoy loving what you love, choosing what you love freely, doing what you love freely, and say NO to what you don't love/like or what you don't feel like it (means just don't give yourself what you can't be Happy with); Just to always allow yourself to be free to be yourself to make yourself Happy, rather than to fear something, to worry about something or to try to change something.
- Lico

Whole Universe including each one of your cells is trying to take you higher without thinking that they are doing so Lico

“宇宙全体が、自分の細胞の一つ一つに至るまで、自分をより幸せでより良いより高みの未来へと連れて行こうとして、どの瞬間も動いている - そうしているとは考えずに・意識することなく。この宇宙の中の - 自分の(自分から生じる)全ても含めた - 全てを「信頼(愛)」して、頼りにして任せておきなさい;宇宙・全・自然・愛・神様は決して、自分と世界の両方を高みへ連れて行くことを失敗したりはしないから。だから、何かを恐れるよりも、何かを心配するよりも、何かを変えようとすることよりも、むしろ、リラックスして、自分が愛するものを愛することを、自分が愛するもの(自分の「好き(愛)」)を自分の為に選び取ることを、自分が愛する事(自分の「やりたい(愛)」)をやることを楽しんで、そして、自分が愛せないもの・好きになれないものや、自分がやりたいと感じないもの・その気になれないものにはNOと言って(ただ自分が幸せに感じられないようなものを自分に与えない、という事); いつでも自分を「幸せ(愛)」にするために、ただ自分が「自分」であるための「自由(愛)」を自分に許しなさい。”
- Lico


My nature is what Nature/God gave me. I don't even have to correct it, change it to fit in to average which is a small box that people made up and believe, or exaggerate it to make them believe to force them to love me, since my nature is God-given: I am supposed to be who am, and being myself is my calling, that's what I came here for. That's why I follow my heart (what comes up naturally within me, not affected by Fear=Ego thoughts or world/opinion of others), I always be true to myself to be myself, knowing that's the way to follow the flow of Nature, that's the best way to accept everything God is trying to give me so that I can get the better future that He is trying to take me to. Which would I listen to Fear/Ego/Individual/Limited/Human of myself or [Fear = Ego] of someone to stop me and keep me in a small cage, or Nature/Universe/Infinity/Whole/Love/(Whatever you call it) God's calling that I can hear through my heart to set me Free to become happier/better/greater to go through happier/better/greater future? That's obvious: What [Love = God] is trying to say to me through my heart.
- Lico

My nature is what Nature God gave me I don't even have to correct it change it to fit it my nature is God given I am supposed to be who am and being myself is my calling Lico

“私の性格・本質・ありのままの自分・私の心に自然と浮かび上がるもので構成される【本当の自分】は(英語では、自分の本質的な性質も、自然も「nature ネイチャー」と同じ言葉で表現されるので分かりやすい)、自然・神様がくれたもの。私は私の性格・本質・私の心を、「普通・一般的な・平均的な」という人々が作って・でっち上げて信じている小さい箱に収まるために、正す必要も変える必要もなく、または、誇張して・誇大して・ありのままよりもわざわざ大きく見せて、人々に私を愛してもらおうとする必要もない - 私の性格・本質・私の心に自然と浮かんで【本当の自分】と形造ろうとするそれは神様から与えられたものであるから: 私は私としてあるべきものであり、自分らしく自分として生きることが私の使命、私がここに来た理由・意味であるから。だからこそ私は私の心(自分の「恐れ=エゴ」の思考や世界・他人の意見に影響を受けていない状態の、自分の心に自然と湧き上がるもの)に従う、私が私であるために私はいつでも自分に正直でいる、それが自然の流れに従う方法だと知っているから、それが神様が私を連れて行こうとしているより良い未来に辿り着けるようにと神様が私に与えようとしている全てを受け取るために「最善」の方法だと知っているから。私を引き留め、小さい檻・籠に留めさせるような、自分の恐れ・エゴ・分離・個・有限・一人の人間としての・限度や限界のある意見や思考、または、個・分離・エゴとしての他人の恐れに耳を貸すか、私の心の奥底に自然と浮かび上がる・私の心を通じて聞こえてくる、私により幸せ・より良い・より偉大な未来を経験させるために、私をより幸せに・より良く・より偉大にしようとするために私を「自由(愛)」にしようとする、自然・宇宙・無限・全・愛・神様(呼び方は何であれ)の呼ぶ声・(神様が送ってきて、「好き(愛)」「やりたい(愛)」「好きになれない」「やりたくない」またはアイデアや気付きや欲求や夢や願望という形で、自分の中に自然と湧き上がってくることで自分に)教えようとしている事・(「恐れ=エゴ」から生じる思考が指し示す「自分が進むべきではない方向」ではなく、「愛=神様」から生じる - 思考の影響を受ける以前の、自分の奥底から自然と湧いてきた - 【自分の愛】:「好き」や「やりたい」といった感覚やアイデアや気付きや欲求や願いや夢や好奇心や直感・本能が指し示す「自分が進むべき方向」)指し示している方向の、どちらの言う事を私が聞くかって? そんなのは言うまでもなく明らかなこと:「愛=神様」が私の心を通じて私に言っている・伝えようとしている事だよ。”
- Lico


When you are having fun, enjoying or being happy, you radiate statements from within yourself naturally such as there's nothing to worry about, everything is perfect, you are free from everything weighs or ties you down, you love your life and you love yourself, which means you are perfect, invincible and happy. At that moment, you can make yourself perfect, invincible and happy and at the same time, you are connecting yourself to the future that you can feel perfect, invincible and happy with only having fun, enjoying something you like or simply being happy, without knowing it. So entertain yourself with having fun, doing whatever makes you happy, allowing yourself to choose only what's best for you, and at the same time, save yourself ditching what doesn't make you happy, forgetting about what makes you feel sad, worry, scared or imperfect and having courage not to accept less than the best, to make and keep yourself happy. To love yourself to make yourself happy is the only responsibility that God asks you to take care of, because it makes you free, invincible and everything perfect for you, and when you are happy
you can make the world happy naturally because we all are connected, and of course you can be kind to others; loving yourself to make yourself happy means a lot to this world. Always choose only ones you feel Love, Happy or Free with to entertain yourself and make yourself happy
despite the situation that you are now, what you already know, what they say, how they react or whatever your Ego says from fear.

- Lico

When you are having fun Lico

“あなたが楽しい事をしている時、楽しんでいる時、または、幸せでいる時、あなたは自然と(自分でも知らないうちに・無意識に)自分の内面からステートメント・意志表明をしている、例えば、「心配するようなことは何もない」「全ては完璧(心配せず・安心して・満足して・幸せに感じている)」「自分にとって足枷となるものや自分を縛り付けるようなものから自由である」「自分は人生を愛していて、自分で在ることを愛している」というような、要は、「自分は完璧である」「自分は無敵である(神様に守られているためGod wins in the end - 最終的には必ず勝つという意味と、比類なきという意味と、戦う必要のあるものはいない、という全ての意味において)」「自分は幸せである」という声明を自分の内面から自然と無意識に発しているのです。その瞬間、あなたは自分を「完璧(愛)」にできているし、「無敵(愛)」にできているし、「幸せ(愛)」にもできていて、同時に、今ここの自分を「完璧だと感じられる未来る」「怖いものなど何もない、無敵だと感じられる未来」「幸せだと感じられる未来」に繋ぐことができている - 自分が楽しいと思う事をやっているだけで、自分が好きな事を楽しんでいるだけで、または、ただ幸せである・幸せに感じているだけで:自分には自覚が無くても、知らず知らずのうちに、自然と。楽しいと思う事をやって、何であれ自分を幸せにする事・自分に幸せに感じさせる事をやって、自分が「最善」と思う事を(例えそれを、他人が好きじゃなかろうと、他人がとやかく言おうと、他人にとっての「当たり前」や「普通」じゃなかろうと、そんな事には一切関係なく。他人の好みや他人の意見に合わせる事は、自分の選択権・自分の選択の自由・自分の自由の権利を放棄して、他人に自分の代わりに選ばせることで、つまり、自分の人生を他人の思い通りに描かせること。自分の人生の主導権を自分で握るには、他人の意向ではなく、自分の心に従う必要があり、「自分の心に従って自分に自由や幸せや安心を感じさせる」その為になら、精神的に強くなる・勇気を持つ:それが愛であり、それが自分を愛すること)自分の為に選ぶことを自分に許して、自分をエンターテイン・面白がらせ・楽しませなさい、同時に、自分を幸せにしないもの(あなたの成長を好ましく思わない者・あなたの成長を止めるもの・あなたを成長させないもの・あなたを幸せにしないもの・あなたの幸せを望まない者・あなたの幸せを好まない者)の事は放っておき自分のマインドからぶん投げることで、自分に「悲しい」思いをさせたものや、自分を脅して自分に「心配」や「怖い思い」をさせた者や、自分に「自分は不完全」だと思わせるような事を言ったり態度を示した者の事は忘れて自分のマインドからぶん投げて、自分にとって「最善」と思えるもの(人でも経験でも物でも出来事でも情報でも)以外は自分には与えないと決意しそれを貫く勇気を持つことで、自分を救っていきなさい、 - 自分を幸せにするために、そして、自分を幸せで居続けさせるために。自分を愛して、自分を幸せにすることは、神様が自分に面倒をみるように頼んだ・課した唯一の責任である、何故なら、自分を愛することは、自分を自由にし、無敵にし、自分に関する全ての事を自分にとっての完璧にして、そして、自分が幸せな時、私たち一人ひとりは互いにそして世界と(全ての個と個、そして、全ての個と全)繋がっているOneness ワンネス・一体であるため、自分は(そうしようとして、特別な何かをしなくても)自然と世界を幸せにすることができる(自分が幸せであるだけで、自分のできる範囲で自分が「やりたい(愛)」ことをやりたいようにやっているだけで無意識に、自然と、世界に対してより幸せ・より良い・より進化するための影響やインパクトを与えている)今自分が置かれた状況がどんなであれそんな事には関係なく、あなたは既に知っている事にも関係なく、他人・人々が言う事にも関係なく、他人・人々が(自分という存在や自分の選択に対して)どう反応するかにも関係なく、または、自分のエゴが何と言うか・自分のエゴが自分を小さい枠の中に引き留めて・留めておこうとしてどんな事を言って自分を脅そうともそんな事は相手にせず・同意せず・同調せず・スルーして・NOと言って、いつ何時でも自分にとって(行動でも、経験でも、付き合う人間でも、他人の発した発言でも、情報でも、自分にとっての真実として信じることでも、自分の思考でも、いかなる選択に於いても)「愛・思いやり・優しさ・好き・やりたい(愛)」や「安心・心の平穏(愛)」や「幸せ・楽しい・好奇心・自分がワクワクしたり(自分の為であれ他者の為であれ)自分が幸せに感じる類の欲求(愛)」や「自由(愛)」に感じるものだけを選んで、自分を楽しませて・自分に幸せを感じさせていきなさい。”
- Lico

--- 人が望むものっていうのは、例えば「フォロワーを増やしたい」とか「特定の誰かに振り向いてほしい・愛されたい」とか「ニキビを治したい」とか「お金が欲しい」とか「ここを直したい」とか、小さいものに焦点を当てすぎなの。意識は、それが向いているののが、拡大されて現実の経験となるから、「フォロワー増やしたい・欲しい」という思考に意識を集中させていると「フォロワーを増やしたい・フォロワーが欲しい=フォロワーが充分じゃない」状況が拡大されて未来に造られていく。でも、「フォロワー増やしたい」も「特定の誰かと付き合いたい・結婚したい」も「ニキビを治したい」も「お金が欲しい」も「ここを直したい」も本当の願いは「幸せになりたい」とか「安心したい」とか「自由になりたい」とか「完璧を見たい(完璧をみて安心して幸せや自由を感じたい)」「愛されたい(愛されて安心して幸せや自由を感じたい)」とかなのよ:だって、フォロワーが多くてもそのフォロワーの多くがHatersばっかりだったらそれもまた幸せじゃないと思うし、ニキビ治っただけで幸せになれるのか(自分がニキビが治ったことで自分に満足できれば別だけど、まず自分に満足してなかったら、他の自分についての文句を言いだすだけ)って言ったらそれもそうでもなくて自分の心次第だし、お金があったら幸せになるのかって言ったら(お金持ちと呼ばれる人にお金があるだけで不幸な人は沢山いるし、どんなにお金があってもそれを遣える場所が無かったらそれは紙切れでしかないし、結局、お金で何かが買えるからとか、お金で何かを変えて不足を感じずに済んで充足を感じられるからとか、お金で何かを買えてそれによって他人に見下されずに済むから=愛されている感じがするからとか、結局、お金・紙切れそのものが自分を幸せにしてくれるんじゃなくて、「不足を感じない事・充足を感じる事」や「愛されていると感じる事」や「幸せに感じる事」や「安心していられる事」や「自由で居られる事」を求めているわけ)それも違うし、どこかを何かを直したら幸せになれるのかって言ったら(それも、「問題がある」という目で物事を見る人は、それが直れば、また問題を見つけ出して、「直さなきゃ」って思うのよ。その人のEgo エゴがそうさせているから - Ego エゴは自分の内面に在るものに従って、現実の中に同じものや同質のものを探しては自分の目や耳にそれを拾わせるのが上手だから、「問題がある」と信じている限り「問題はある」ように見えるもの、そして、「問題はない」と信じている限り他人がそれを問題だと呼んでいたとしても、自分の目や耳はそれを「問題」として拾い上げたりしないのね。だから、自分が「ここは天国だ」と信じるのなら、「ここは天国だ」と思えるような証拠のように見えるものを放っておいてもEgo エゴがかき集めては自分の目や耳に拾わせる - そうなった時、自分のEgo エゴは自分の味方になるのよね。もちろん、逆に「ここは地獄だ」と信じていれば、「ここは地獄だ」という証拠になるようなものをEgo エゴがかき集めて自分の目や耳に拾わせるから、「ここは地獄」のように見えてくる - そうなったらEgo エゴは自分自身・自分の一部であるから決して勝てない、厄介な敵となるわけ。だから自分が自分の内側に取り込んで「自分の真実」として信じるものや、自分が常日頃からしている思考や、それに基づいて起こす行動や選択などを、「問題など何もない」「ここは天国」「安心」「幸せ」「自由」「完璧」「充足」「愛」を選ばない限り、一つの問題が解決しようと、また何か問題のように見えるものを見つけ出してはそれに振り回され、ここに地獄を見続ける)それもそうとは言い切れない。っていう話になると、すぐにEgo エゴは、「お金が欲しいから」「お金はある・私はお金持ちだ・お金はいくらでも入ってくる」と信じればいいんだとか言い出して、「私はお金持ちです」みたいなアファメーションを言ったりするけど(Ego エゴは自分でどうにかして、自分の手柄だと思い込むことが大好きだから、自分がどうこうしたから「そうなった」・自分の力で何かをしたから「そうなった」と思えないと不安になる。「自然にそうなった」では不安になったり、満足できないわけ。だから、自分で「引き寄せた」って言いたがるけど、「引き寄せているわけじゃなくて、神様が元々与えようとしているものを、自分がブロックをするのを止めた・自然と止める事になった」ってだけの話だし、ブロックするのを止めたのも、自分に神様が与えてある自分のシナリオにその時点でそうなる事が元々既に決まっていただけのことだから、それを受け入れられるなら、放っておいても自然と、何をしようとしなかろうと、より幸せにより良くより進化するために必要な事は確実に豊かに起こる事ができるようにそもそもなっている、というだけなのよ。ましてや自分がどんなにエゴ的な思考に縛られても、それに飽き飽きしてそれを必ず止めようと思う時点が必ずくるようにもなってる。それほどまでに、自分がエゴでどうにかしようとするよりも、自然が完璧になろう・より進化しようとする愛の力の方が強いって事。Ego エゴ(個・分離)としての自分が限定的な力で何かをするよりも、ずっと放っておいて神様・自然・全といった力に任せておいた方が、美しいと感じるほどに上手くいくのに、何もわざわざ自分でどうこうしようとする必要ないのにね)、お金単体では幸せになれないのに1oもお金から意識が外れてないじゃん、って話よね:まだそういった小さいものに意識を当てて集中させてるの。もちろん「お金に不自由してない」と腹の底から信じられるなら「お金に不自由してない」未来に自分を繋げることはできるけど、もっと簡単なのは、お金という小さいものに・具体的なものに意識を当てずに、もっと抽象度を上げて・俯瞰して・神様と同じ目線に立って・視野を大きく持って(エゴ的には漠然とし過ぎて不安かも知れないけど)ただ「幸せ(愛)」でいたり「愛されている・愛している(愛)」という感覚を感じたり「安心(愛)」したり「心の平穏(愛)」を感じたり「完璧」を感じたり「自由(愛)」を感じたりしている方が、細かい事を考えたり、自分はちゃんとできているかなど自分の思考や行動を見張ったりせずに、ずっと楽に「幸せ」で「安心」で「自由」で「豊か」で「完璧」な未来に自分を結びつけられるわけ。前にPower of Happiness 幸せのちからでも書いたけど、「幸せ(愛)」に感じているだけで、自分が「幸せ」に感じるために必要な「愛」や「安心」や「豊かさ・充足」や「完璧さ」や「自由」などの全てのものが与えられて、今の幸せよりも拡大された・増幅した「より幸せな」未来に辿り着くわけだから、「幸せ」になりたいからその為に必要なあれも、これも手に入れなきゃと考えなくて済むわけ。「Love 愛=God 神様」の属性の「愛」「幸せ」「安心」「自由」「充足・豊かさ」「無限」「完璧」「一体」などは、互いに繋がっているから、その中の一つを充分に感じている、いつでも感じている、または「信じている(愛)」のなら、それら全ては自然とついてくるのよ。そして、いつも言うように「夢を叶えたい」も「幸せになりたい」も「問題を解決したい」も「フォロワーや友達を増やしたい」も「特定の誰かを手に入れたい」も「何かを手に入れたい」も「ニキビを治したい」も「お金が欲しい・お金持ちになりたい」も「評価されたい・認められたい」も全ての欲求は「愛されたい」に起因しているのね:本当は、「愛されている」と実感できたり、自分が何かを夢中で「愛すること」ができていたり、「幸せ」で「自由」で「豊か」で「完璧」だと思えて「安心」できているなら、その形は何であれ構わないし、特定の誰かじゃなくてももっと良い他の誰かでもいいわけだし、有り余るほどの数のフォロワーや友達じゃなくても少数精鋭のもっと愛に満ちたもっと自分を成長させる人に囲まれて愛されて大切にされていればいいわけだし、ニキビがあったって自分のお財布が寂しくたって自分の大切な一番愛している人に愛されていることを実感できているならそんな事はどうでもいいと思えたりするわけだし、結局は自分が「愛されている」とか「愛してる」という感覚に疑う余地もないくらいに浸れれば、人は満足できるし幸せに感じられるのよ(動物がそうであるようにね - 彼らは私たちをJudge ジャッジしないし、私たちがどんな状況でも状態でも変わらず愛してくれるし、美味しいごはんをあげる時と普通のカリカリを与える時とがあっても、だからといって私たちに対する愛し方を変えてしまう訳でもなく、彼らが欲しているものは、生きるために必要な水とごはんと「Love 愛」なのよね - まぁ、おもちゃや美味しいおやつや寒くも暑くもない快適な環境があって邪魔になることはもちろんないけど、それはあったら嬉しくて楽しいSprinklesのようなものだけど別にEssential 必要不可欠なものではないわけ)。(人でも動物でも物でも物事でもを「好き(愛)」でいることや「やりたい(愛)」と感じてやること・やり続ける事)愛するにせよ、愛されるにせよ、私たち全ての命あるものにとって「Love 愛」はEssential 最も基本的かつ必要不可欠なもの。でも、「愛されること」を他人や物や状況や環境に依存させてしまうと、自分以外のものによって、「愛されている」感覚は持てたり持てなかったりしてしまって、それに振り回されることになるのね(それを失ったら「愛されている=幸せ・安心・完璧・豊か・自由・一体」と思えなくなってしまったり、それが変化したら「愛されている=幸せ・安心・完璧・豊か・自由・一体」と感じられなくなってしまったりするから)。でも自分は一生自分と離れない者で、最後まで自分の幸せに責任を取れるのは・最後まで自分と一緒に居てあげられるのは、最後まで自分を諦めないであげられるのは、最後まで自分を見捨てないであげられるのは【自分】しかいないから、自分が【自分を愛する】ことによってのみ、状況や環境や他人の態度などの変化によってグラグラしない・揺るがない・変化しない・不動の「愛されている」実感(=幸せ・安心・自由・充足・無限・完璧・自信・一体)を与えられるのよね。だから、先ず何よりも【自分を愛して】、自分の内面に湧き上がる「好き(愛)」や「やりたい(愛)」に素直に従って自由にそれを選び取らせてやり、自分にやらせてやり、自分に幸せを感じさせてやり、自分の中に湧き上がる「好きになれない」「やりたくない」ことを自分に与えないでやることで(時にそれは勇気の要る選択となるだろうけれど、自分の幸せの為に自分が強くなってあげる事は、愛だよ)、自分に幸せを感じさせてやり、つまり、【自分の心に従って(自分に正直に・自分に誠実に・自分を愛して・自分を信じて・自分の為に強くなってあげて)】、いつでも自分が幸せに感じるような選択だけを(時に勇気を持って)していってあげる事が、自分に「愛する」喜びと「愛される」実感の両方をコンスタントに与えていける方法で、自分を本当に幸せにする方法であり、揺るぎなく自分を幸せで居続けさせてあげる方法であり、自分が「幸せ(愛)」に感じるために必要な全てを与えられる為の方法であるし、自分にとって何よりも優先させる必要のあるものなの。それは決して、苦痛にもならないし、むしろ気分の良い事よ:それでも、みんなができないのは罪悪感や失敗を恐れるせい(「Fear 恐れ=Ego エゴ」のせい)。でも、良い気分でいることは・良い気分でいるために自分に正直になる事は・自分を愛して自分を幸せにすることは、悪い事なんかじゃない - それは世界をより幸せに・より良く・より進化させることに直結していることだから(それはOneness ワンネス - 互いが見えない所で繋がっているせいでもあるけれど、分かりやすい例で言えば、あなたが幸せじゃなかったら、あなたを愛している人も手放しで幸せではいられないでしょ、そういう事。自分の幸せは自分を幸せにしているだけじゃなく、周囲の人の幸せに確実に影響しているし、それに加えて、世界の自分の目に見えない部分にも影響を与えている、という事を、本当に覚えていて欲しい。自分の幸せは他の人の幸せや世界に影響している、だからこそ、神様が私たち一人ひとりに課している唯一の責任は【(一人ひとりそれぞれが)自分を愛して自分で自分を幸せにすること】なのよ:他の事は考えなくてもいいほどに、それが唯一私たちがいつでも忘れずにやらなくてはいけないことなの。逆の言い方をすれば、自分を愛して自分で自分を幸せにすることもできていないのに、他者の事に口出ししたり干渉する人の方がずっと無責任なのよ - 自分の意見を言う事は「自分」という存在の表現であって別に問題じゃないけど、相手を変えようとすることはエゴだし、相手を変えようとして=それを問題とみなしてあれこれ考える、即ち、「問題」とか「解決しなくてはいけない・どうにかしなくてはいけない」という「不快」を自分で自分に与える事は、ちゃんと自分を愛せていないことだから)。だから、自分の心に従う自由=自分が自分の中に湧き上がる「好き(愛)」「やりたい(愛)」「好きになれない」「やりたくない」という「(自分が自分であるという)自分の基準」に従う自由を自分に与えてあげて、もっと自由になって、もっと自分が自分であることを楽しんで、もっと自分が好きになれるものややりたい事を楽しんで! - それが最も世界に大きな良い影響やインパクトを与える方法でもあるから。






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Caned Soup icon「いつでも自分を愛して、自分に正直に、自分らしく居なさい。なぜなら、自分自身を生きることが、あなたの使命だから。 Always Love yourself, Be true to yourself and Be yourself because Being yourself is your CALLING.」

Caned Soup icon「【夢や願いは叶うもの】手に入れるために強く願う必要のあるものなんて何もないんだよ… You don't have to desire anything to make it yours…」

Caned Soup icon「【Licoより】百万の感謝をみなさまに。 A Million Thanks To You All. - The Law Of Attraction (LOA) 引き寄せの法則という名前が付く前から始まって、The Law Of Being Attracted (LOBA) 引き寄せられの法則と共に生きるまで」

Caned Soup icon「引き寄せの法則や神様を信じてそれと共に生きようとする事は、何かを変えたいと何かにすがる事じゃない。勇気をもって恐れずに、在ると思い込んでいる限界を超えてその先を自由に目指す事なのです。 It's not actually "The Law Of Attraction", it's "The Law Of Being Attracted".【引き寄せられの法則】」

Caned Soup icon「【自由になる方法 How to be free】自分を愛しなさい、自分を自由にするために。そして、世界にも世界が自身を自由に形作ることを許しなさい… ちょうど、あなたにはいつでも自分の好きなものを選び取る自由があるのと同じように。 Love yourself to set yourself free. And allow the world to be free to form itself just as you are always free to choose whatever you want.【究極の自由 Ultimate Freedom】」

Caned Soup icon「【全ての限界を超えていく】今ここで愛して、感謝して、祝って、楽しみなさい、自分を高みに引き上げるために。 Love, Appreciate, Celebrate and Enjoy HERE NOW to lift yourself higher.【Go Beyond All Limits】」

Caned Soup icon「究極の自由; ルールはない、制限もない、限界もない、境界もない、不可能などない、何故なら神様の計画に於いて自分自身を表現する為に私たちみんなが神であるから Ultimate Freedom; No Rules No Restrictions No Limits No Boundaries No Impossibilities because we ALL are divine gods to express ourselves in God's plan.」

Caned Soup icon「あなたは全ての重荷から既に解放されている。神様はいつでもあなたと共に在り、全てを綿密に計画してある。人生はゲームだ。それを最大限に楽しむために、何も恐れずに進んでいきなさい。何であれ自分を幸せにする事をして、それ以外の事は忘れてしまいなさい。 You were already freed from all of your burdens. God is always with you and has everything planned out. Life is a Game …」

Caned Soup icon「結局の所、私達は私達が愛するものを愛するためにここに来た;レースや競争に勝つためではなく…自分自身や自分の愛するものたちを幸せにする為にとお金や他人の評価や評判を稼ぐためでもない… After all, we are here to love what we love; not to win the race…not to earn money or reputation to make yourself or ones you love happy…」

Caned Soup icon「(世界)それは自分を取り巻く水のよう。あなたがその中で動く時、それはあなたの形にフィットするように自身の形を変える… 水(世界)の中では飛ぶ事だってできるという事を忘れないで。(World) It's like water surrounding you. When you move in it it changes its shape to fit you… Remember, you can even fly in the water (World).」

Caned Soup icon「生きることは、それだけで既に愛。幸せになる為や夢を叶える為に必要な自分の為の魔法の書も、宝の地図も、ルーミーが言ってた黄金の翼も、あなたは自分の中に既に持っている。 To live itself is already Love. You already got your own book of magic, treasure map and those golden wings that Rumi mentioned, within yourself.」

Caned Soup icon「ガン・癌や他のいかなる種類の病気も症状も幻想でしかない、だから騙されないで。あなたはどの瞬間も欠けのない完璧・完全に健康 - それがあなたの真実。 Cancer or any kind of illness or symptoms are just an illusion, so don't be fooled. You are totally perfect and healthy in every moment that is your truth.」



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If you are waiting for a sign. This is it


この言葉があなたに引き寄せられたのは、あなたに力を与えるためだったり、あなたの気持ちを代弁していたり、あなたを支えるためだったり、一瞬にしてあなたの心をパッと明るくするためだったり、あなたに必要なものを示すためだったり、あなたの目を覚ますためだったり、あなたの背中をそっと押すためだったり、あなたの進むべき道を示す指標だったり、この先ずっと寄り添い一生を共に歩むための言葉だったり…と、様々な理由であなたに必要な言葉だったからなのでしょう。ちゃんと理由があってあなたの人生にやってきたこの言葉を是非、大切にして下さい。必要な時に思い出したり、いつも心に留め置いたり、時には声に出して自分に言い聞かせ、言霊として自分の力に変えていって下さいAngel Smily icon


Everything happens for a reason


And pass it on : いつかこの言葉を必要としている人や後進にあなたから伝え、その人の人生を明るく照らす日も有るかも知れませんねgift


この言葉と出逢えた先のあなたの未来に、幸せがいっぱい降り注ぎますように…Smile n Flowers icon



※ 英語のQuote クオートの場合、オリジナルそのままのニュアンスを受け取って欲しいので敢えて訳を付けない事も考えましたが、なるべく多くの人の心に届くようにと思い、日本語訳してもそのものの雰囲気を壊さないと思われるものには日本語訳を付けました。その場合、英語(こちらの場合、私のアメリカ人との生活がベースになっているので訳や感覚的なものは主に米語に類します)の持つ雰囲気や空気感を壊してまで日本の学校で学ぶ英文法のルールや、日本の英語の辞書にある比較的日本的な解釈に忠実に従ってむしろ伝わりにくい直訳のような形にはしたくないので、オリジナルが持つ意味やニュアンスをなるべくそのまま伝えられるように意訳してありますWinking Smily icon



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posted by Lico @ Butterfly Effect at 20:58| 引き寄せられの法則 - Law of Being Attracted | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



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