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2018年04月04日

あなたは全ての重荷から既に解放されている。神様はいつでもあなたと共に在り、全てを綿密に計画してある。人生はゲームだ。それを最大限に楽しむために、何も恐れずに進んでいきなさい。何であれ自分を幸せにする事をして、それ以外の事は忘れてしまいなさい。 You were already freed from all of your burdens. God is always with you and has everything planned out. Life is a Game …

My Favorite Quotes : 共感する言葉だったり、気持ちいいくらいに代弁してくれる言葉だったり、自分を形造る言葉だったり、やる気やパワーをくれる言葉だったり、元気にしてくれる言葉だったり、心に響く言葉だったり、救われる言葉だったり、クスっと笑わせてくれて気持ちを晴らしてくれる言葉だったり、ググっとくる言葉だったり、勇気づけてくれる言葉だったり、伝えたい言葉だったり、贈りたい言葉だったり… そんな大切にしたい言葉 ゚・*:.。. .。.:*・゜



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You were already freed from all of your burdens. God is always with you and has everything planned out. Life is a Game. Walk fearlessly to enjoy it to the max. Do whatever makes you happy and forget the rest.
- Lico
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You were already freed from all of your burdens. God is always with you and has everything planned out. Life is a Game. Walk fearlessly to enjoy it to the max. Do whatever makes you happy and forget the rest. - Lico

“あなたは全ての重荷から既に解放されている。神様はいつでもあなたと共に在り、全てを綿密に計画してある。人生はゲームだ。それを最大限に楽しむために、何も恐れずに進んでいきなさい。何であれ(自分に対してでも他者へ対してでも、些細な事でも大きな挑戦でも、「やる」でも「やらない」でも)自分を幸せにする事をして、それ以外の事は忘れてしまいなさい。”
- Lico







前回、LOBA: The Law Of Being Attracted 引き寄せられの法則引き寄せられる法則LOAThe Law Of Attraction 引き寄せの法則)の、基本的であり必要不可欠な部分について一気に6ページの記事にまとめた時に、「ブログは当分書かなくていい」と感じていて、そこからはいつものように自然の流れに身を任せていたら春になってしまいましたFlower&Bee iconBunnyegg icon 4 精神性の事について、前回の記事を書いたころまでは好奇心が止まらなくて、神様が頭の中にPopさせて送ってくれる気付きや、偶然を装って出会わせてくれるメッセージなどに出くわすたびに、もっと知りたいと感じていましたし、それについて知る事が楽しくて仕方がなくて「こうなると最早、愛だな」と思う位、夢中になっていました。でも前回の6ページに基本的で且つ必要不可欠な事は余すところなく詰め込んだので、自分の中で一区切りが出来て、他にもやりたい事はいっぱいあるので、夢中になって精神性の事ばかりを考えているような状態ではなくなったのですが、精神性の事は「知りたかった知識」として始まったけれど突き詰めれば結局はそれは「生き方」そのものなので、「知ろう・学ぼう」とする姿勢ではなくなった今でも、全く関係ない事をしていても、特に自分で意識せずともその目を通して物事を見ますし、全く関係ない日常で目にするものの中にも、「あぁ、これはエゴに付き従ったからだな…」とか「あぁ、これは愛に付き従ったからだなぁ…」とその目を通して見る視点がありますし、自分が何かを発言したり行動する時にも時々ふと『これは、「愛=神様」主導のものか?』という事を考えて【自分が愛せる自分でいること】【自分が自分らしく自分自身でいること】という芯を保つようにしていますし、そうやって特別精神性について考えている状態ではない全く別の種類の事をしている時にも、「生きる事」「自分の在り方」と「精神性」で自分が辿り着いた答えは切っても切り離すことができないものですから、精神性のことをもっと知りたいを感じて学んでいた状態ではもうなくなったとはいえ、それでも引き続き多くの気付きが頭の中にPopしていて溜まっていきました(だから私がソーシャルとかで精神性の事について書いていても、精神性についてばかり考えているというのではなく、そう言う視点に常にいるので何をしていてもその目を通して物事を見ているという感じです)。そうやって気付きがどんどん溜まっていくので(気付きのログは記事の素にしたり記録的な意味もあって一応取っているのですが)、自分は理解している事なので自分だけのものにしておくならそれでいいのですが、ゆくゆくはブログ記事にまとめる事を考えると、ある程度の所で文章に書き出しておかないと流石に頭の中が整理しきれなくなりブログ記事を書く時に書き忘れやスッポリと抜け落ちてしまう所が出ても勿体ないと思ったので(まぁ、心のどこかでは神様が必要な事はどうせ書かせるだろうとは思っていますけど)、去年の年末くらいに一度、画像も用意してブログ記事を書こうとしたのですが、そう思った途端に何かやらなきゃいけないような事が起ったりしてブログに向かうという気分ではないという感じになったので、自然の流れに従ってその時は見送りました。その後、3月ごろにはせめて画像を作っておいた分の記事は書いておきたいと思っていたのですが、年末以降その頃までにも次々に気付きが起っていたので、頭の中からそろそろアウトプットしたいと感じているのにも拘わらず、中々ブログに向かおうというPassion パッションが湧き上がってこないので(いつも記事を書く時は、「誰が止めても止まらないよ」という感じのPassion パッションが湧いてくる状態で家族にも暫く放っておいてもらうくらいそれに集中して書くのですが、そういう強く引っ張られる感じがなかったので)、ブログは諦めて、ブログではない場所で徒然なるままに話したいと感じた時に話したいと思った事を話し、書きたいと感じた時に(多かろうと少なかろうと)書きたい分だけ書きたい事を書き、頭の中に満タンになっている気付きをアウトプットしていましたgift

前からブログではお話しているように、自分がこの地点に辿り着くまでには、頭の中に神様から送られてPopしてくる気付きの他に、神様が私に身近な人たちを使って届けさせた言葉や、偶然を装って出会わせてもらった顔も知らない誰かがそこに置いておいてくれた多くの言葉などに導かれて自分はここまで来たので、自分も『誰かが今迄何をしても開けられなかった扉の鍵になる鍵』可能性のある言葉を、今私が立っているこの地点に向かって歩んでいる誰かの為にそこに置いておきたい(ちょっとした恩返し)、という思いでブログでお話ししたり、思い立った時にここそこでお話ししたりしています。でも、あくまでも、【誰かその段階に達して受け取る準備ができた人 - つまりそれを必要としている人が - 私の時がそうだったように - 神様が偶然を装って出会わせる「その言葉」となるために自分の経験から生まれた言葉をそこに置く:『誰かが自分の経験を話す事は、他の誰かの「それまで何をしても開けられなかった扉の鍵」となる可能性がある』からという一点に目的を絞って、です。それは色々な経験気付きによって自分と言う樹に実がなったので、その実の種を黙って地面に落とすような感じで;決して誰かに種をぶつける気も、種を拾えと誰かに強要するつもりもなく、それを必要としているそれを受け取る準備ができた人は必ず必要な言葉に出会いますから、私の言葉に出会う必要がある人は私の言葉に自然と出会い、見紛うことなく拾い上げるはずですから(自分の経験から言って)、私は黙って種を撒くだけです。だから、私はブログでもソーシャルでも定期的にアップしたり頻繁に登場するわけではなく非常にSpontaneous 自然発生的にしか現れず、広告するわけでもフォローやフォロー返しを強要してフォロワーを稼ごうとするわけでもなく、誰彼構わずAttention 注意を惹こうとしてやたらと触手を伸ばすわけでもなく、あくまでも「自分が書きたいと感じた時に書けば、そのタイミングは、受け取りたいと思っている人にとっても完璧なタイミングである(神様の必然はそのくらい完璧ですから)」と思ってますし、「私の言葉を通して起る私にとって必要な出会いも、私の言葉を通して起る誰かにとって必要な出会いも、黙って自然の流れに任せておけば、必ず、完璧なタイミングで完璧に起こる」と思っていますから、出会う必要がある人は必ず何処かしらの形で私の言葉に辿り着くし、そうでない人は私の言葉が発せられている所に居つくことはないと思っているので、自分の中に湧きあがる「やりたい」を感じる時にそれに従って躊躇したりせずに【自由】に「やる」という姿勢を保って、自分の中に湧き出てくる「愛=神様」に淡々と付き従っていますrowing boat animated icon.gifミニ ハート いっぱい

そうやって過ごしていたら、ブログをそろそろ書こうと思っていた時期に、またやりたい事がどっと押し寄せて来て(まるで神様の時間調節みたいにね)、常に【「やりたい」と思えば「やる」、「やりたくない」と思えば「やらない」】を指標にして進めているので、毎朝目が覚める直前の微睡んでいる時に「やりたい事」が頭に浮かんで、目が覚めると同時にそれに向かい、あくまでも自分に無理はさせないようにして慌てず急がずマイペースでやってはいるけれど、そうやって始まる一日は夢中になっているうちにあっという間に時間が過ぎ、他人から見たら「どんだけ」と思う位やっているかも知れませんが、自分の中に湧く「やりたい」に従っているので自分では全く苦には感じておらず、加えて、幸いうちの家族は私が精神性の事と向き合っている間に、家庭内でその話をシェアして、それぞれがそれぞれの経験を通して、それぞれに実感して真理に対して確信してきているため、それぞれが「やりたい」と感じる事を「やりたい」と感じた時にする事に理解がありますし、それぞれがCreativeな人たちで何かを生み出すときには物凄く集中するタイプなので、私が書きものに集中する時は途中で中断せずに一気に突っ走りたい気持ちなどを理解してくれていて、私が「やりたい事」に集中している時は協力して世界を順調に回してくれていますので(家族がそう言う状態の時は私がしますし)、環境としても【完璧】ですから、日々「今日も、やりたい事を思う存分できた完璧な一日だったわ」という満足感と共にベッドに入るという繰り返しをしていたら、気が付けばすっかり春になり3月も終わりになっていましたRunning icon

自然の流れに身を任せるというのはこんな感じですよというのを、読んでいる人が感覚を掴めるといいなと思ってこのところの記事では書くようにしていますが、【自分の中の「心地良さ」や「幸せ」や「愛」に素直に付き従って、「やりたい」と感じる事を素直に、そして今の自分の可能な範囲で今の自分ができる事を無理しない範囲で「やり」、「やりたくない」と思う事は自分にさせない】というのはこういう感じで、更に言うと、自分に対してでも他者(人でも動物でも物でも物事でも)に対してでも【愛】に基づく類の「やりたい」思う事を「やる」というのはこういう感じで、それを「やる」時には、自分を頑張らせる必要もなく、自分に無理させる必要もなく、自分に何かを強要する必要もなく、自分を犠牲にする必要もなく、それでも環境や状況は自然と整っていき、それは無理なく進められるものです。これは私にとってこの精神性の事だけじゃなく、精神性を学びながら自分の人生を振り返って観察した時に、精神性云々を学ぶ前の私が「好き」になってやり始めて夢中になってやってたら気が付けば自分で大満足と感じるレベルに達していたという類のものは全て、【自分がただただ好きでやっていた事で、純粋にそれを楽しいと感じるから出来る限りやっていたいと思って繰り返していた感じで、そして自分が好きだから楽しいからやっているだけなので誰か他の人が私の好きなものを好きじゃなかろうとそんな事はどうでもよく(気にしたこともなく)、それをやる事に対して - それをやっている最中に危険な目に遭い死にそうになったという経験はいくつかあっても、だからと言ってそれを嫌いになる事は無かったような - 「私は嫌なのにやった」とか「苦しいのに頑張った」とか「苦労した」とか「何かを犠牲にして必死にやった」とかそういう「不快」な記憶は一切ないもの】だったという事に気付いた経験からも言えますし、更に精神性の事を学んだ後ではそういう経験から「愛=神様」に付き従う事がどんな事なのかというのが手に取るように理解でき、【愛】に付き従った結果得られる【神様】のサポートの威力も身に染みて解ります。逆に、聞こえが良いとかちょっと格好いいからと言う感じで始めたものや、他人に無理強いされたものや、自分は別に好きではないけれど人に付き合ってやったような事は、何一つ実際にやってみても心の底から本当に「好き」になれたものはないですし、楽しく感じるほどに上手になれたものもないですし、まぁ、【人生に起る事には無駄な事は一つもない】ので無駄ではなかった必然の一つではあるのですが、精神性を学んだ今の私ならそういう形で【状況に左右されたり、他人に振り回されたりして、自分の気持ちに嘘を吐いたり、自分の気持ちを二の次にしたり、自分ではなく世界を優先させたりして、自分の基準を下げたり、自分が自分で在る事を曲げてまでして、自分を裏切る形で選択をする事】はもう二度としない、と思うばかりですwave pink icon

そうやって自分の経験からも、自分の「好き」「愛」に基づいた「やりたい」と感じる事を「やる」事が、自分の予想を遥かに上回る結果に自分を導いてくれることも知っていて、精神性を学んで辿り着いた答えからも、それは自分の中の「愛=神様」に付き従ったから神様のサポートを得る事が出来、神様の後ろ盾追い風のお陰で「苦労」なんかせずとも夢中になって「楽しんで」いるうちに自然と高みに引き上げられたのだという事がこの身をもって納得しているので、私は家族にも「やりたい」事をする事を推奨しますし、「やりたくない」事はさせませんし、そうして本人の中の「愛=神様」に付き従う事が予想を遥かに上回る結果を齎す事を知っているので、それが例え世間でいう所の「普通」と言う形でなかったとしても、それこそが本人を高みに引き上げる道なのだと知って、家族で【あるがまま】を心から「幸せ」に思っています(実際、この事を子供に教える事ができて心から良かった、やっと親としての役目を果たせた、と感じていますし、この事が伝承される限り私の子孫は幸せに繁栄していけろだろうと、最低でもThree Generations 三世代に渡る幸せまでを視野に入れて考えています)。それと同じように、私の文章を読む人にも自分の「好き」「愛」に基づいた「やりたい」と感じる事を「やる」事が、結局は自分を「幸せ」にする一番の道ですよ、というお話をしています。もちろん、それをどう受け止めるかも、そうする事を「選ぶ」も「選ばない」も本人の【自由】ですし、何を選ぼうとそれを選択をすることがその人のシナリオ通りの【必然】なのだと思っていますAngel Smily icon

以前ブログのどこかでお話しした通り、全ての人は同じ山の頂点に向かっていますが、人はそれぞれの登山経路(その人の為に用意されてある神様のシナリオ)を歩みますからそれぞれの道は異なるものであるし、また山頂までの道のりのどの段階・レベルに居るのかも魂の成長度合いによって人それぞれ違いますが(つまり精神の成熟度は年齢や見た目などの人間の外側に見える表面的な要素とは関係なく) 、誰もが神様のシナリオ通りに完璧なタイミングで完璧な地点に立っています(どの段階・どのレベルに居ても、それぞれの役割があって、例え上の方に居る人から見たら下の方に配置されている人が未熟に感じたり苦しそうで可哀想だと感じても、それでもその人は今は未熟である事やその苦しい経験をする事によって、その人本人にとって必要な学びをする段階にありますし、同時に、そのレベルで居てこそ果たせている世界にとって必要な役割があるので、それはそれで神様の目には【完璧】なのす;だからそう言う人も「それでいい」わけです。この事には後で詳しく触れると思います)。しかし、まだ山頂・真理に辿り着いていない人の中にも、そろそろ答えを、言葉を受け取る準備のできている人が混ざっています;大概そう言う人は、心の優しい人だったり、心の綺麗な人だったり、真面目な人だったり、繊細な人で、私が「Genuine People 本物の人たち」と呼ぶ人たちで、元々真理の近くに生まれて来ている人なのですが、優しかったり、心が綺麗だったリ、真面目だったり、繊細が故に人一倍傷つけられることも多く、しかもこういうGenuine Peopleは、ズルい事や穢い事をしてまでして痛みから逃れようとする類の人間ではありませんから、「恐れ=エゴ」主導で生きエゴに好き勝手にさせてSelf-discipline 自分に対する躾・自己修養・自己統制もせずに安易に卑怯な事や穢い手を選ぶような人たちのEgo エゴまみれな言動を、まともに食らって幾度となく「傷つき」「痛い」思いをしている人たちです。しかし、このブログの何処かで取り上げた言葉(Rumi ルーミーの言葉で『あなたの心が開くまで、あなたはあなたの心を壊し続けなくては(傷つかなくては)ならない。』というもの。リンクは貼りませんが右サイドバーからブログ内検索できます)にもありますが、そう言う人たちが今感じている「痛み」の一つひとつは、その人たちの心と「世界神様自然(呼び方は何でも)」の間にある壁に風穴を開けて自分世界を、個(分離エゴ)である自分と全(神様自然宇宙一体)を繋ぐ - と言うより、元々繋がっていた事・そもそも全から一度だって分離したことなどなかったという事を思い出させ、全の力と共に生きていけるようにするためのものです。だから私は繰り返し、「どんなに自分が優しいせいで、心が綺麗なせいで、真面目なせいで、繊細なせいで、人一倍傷ついていると思っても、決して、自分が自分であることを諦めて、優しさや、心の綺麗さや、真面目さや、繊細さを捨ててはいけない。」と言うのです;折角、生まれて来た時には既に(転生回数が多めの為に、それよりも少なく精神の未熟な)エゴまみれの人よりも、神様の力と共に「楽に」「楽しく」「幸せ」に生きていくようになれる地点に到達する日を迎えるのが近いというシナリオの上に居る人たちなのですから。その痛みの分だけ、ちゃんと大きく報われます:だから決して自分を諦めてはいけない。いつかTwitterでも言いましたが、私は(子供の頃から、こういう)Genuine Peopleが好きで、今でもそう言う人たちの味方ですから、そう言う人たちの道を少しでも支える手助けができればと思って、今日もこうして言葉を紡いでいますgiftHug smiley icon.gif


Gentleman Rule 32 - The moment your kindness gets mistaken for weakness, you don't need stop being kind; you just stop messing with that person.

The moment your kindness gets mistaken for weakness, you don't need stop being kind you just stop messing with that person.

“紳士のルール 32 - あなたの優しさが弱さと間違われた瞬間、あなたは優しく在る事を止める必要はない; ただ、言い争いなどをして「その人間を構う事」をやめることだ。”


Having class is the ability to walk away from a bad situation with a smile on your face and forgiveness in our heart.


“クラス・上質さ・一流であること・品位を持つという事は、悪い状況・嫌な人間・嫌な出来事から、あなたの顔に浮かべた微笑みと心の中の許しと共に、その場を立ち去ることのできる能力である。”


もしも私がそこに自分の言葉を置いていくことをしなければ、神様は他の誰かを使ってそうするだけの事ですから、私は【自由】です。誰かの事を私が助けなくても、神様の仕事に事は抜かりはないので、必ず助けを必要としているもの(人でも、動物でも、自然でも)は、他の誰かを使ってでも、他の何を使ってでも、同じ方法でなくても何らかの形で、必ず手が差し伸べられ救われます。だから「義務」でもないし「責任」でもない - だから自分が「やらない」を選択する事に対して決して罪悪感を覚える必要はない。ただもし、私が「やりたい」と感じてそれをやっている時に「幸せ」に感じて「夢中」になれるならば、それは私にとっての「やるべき事」であり、むしろ「やりたい」と【感情】が進むべき道を指し示し教えているのに、自分にとって不可能でもないのに我慢したり何かを恐れたりして自分に「やらせない」事は、自分から「自分自身として自分らしく存在する」という【自由】を奪うことになりますから、今の私はそれを「やりたい」と感じるからそれを「やる」事を選んでいます。当然、「やりたい」と感じる対象が変わった時には、そちらを「やる」ようになるので、今夢中になってやっている事がいつまで続くかは『神のみぞ知る』事ですし、自分の「愛」や「好き」や「やりたい」や、それに基づくCreativity クリエイティヴィティ―が枯渇する事は決してないので(神様の属性は【無限】です。Ideas アイデアPassion パッションが湧いてこない時は、その時は休めというサインだったり、他の「やりたい」と感じることをしなさいというサインなだけですから、それに従えばいいのです)、今「やりたい」と感じている事が終わる時には必ず、次の他の「やりたい」が用意されているだけですので、いつまでなのかも、次は何なのかも、神様が知っていればそれで充分以上の完璧だと思っているので、今の、目の前に「やりたい」事を持っている私にでさえも他にも「やりたい」事がまだまだいっぱいありますし、先の事まで今から決める必要は全くないと思っています。と言う感じで、とりあえず今のところは【自分の言葉という「自分に実った果実から零れる種」を大地に黙々と落としていく事】を「やりたい」と感じているので素直に従ってやっていて、あちこちでポツポツと種を落としていたのですが、やっと少し落ち着いてきたので、今回やっとブログに取り掛かる事ができましたメモ ノート

Truth 真理は非常にシンプルですので、それ自体を知り理解する事は、誰にとってもそこまで難しい事ではないかも知れません。しかし、私が繰り返し話す【自分を愛すること】も【この世界の全てのありのままを受け入れること】も、【自分の発したものは自分に返ってくること】も、実際にそれをどのようにして自分の日常に当てはめていくのかというのは、放っておいても神様のシナリオに従って自分の経験を積み重ねて失敗を繰り返しながら学んでいく事はできますが、私は自分が自分の日常に於いてそれらの真理に対する理解をどう当てはめたらいいのかで試行錯誤した一人なので、自分の経験やこれまで学んだ事を通じて自分と他人を観察する目で、普段の生活にはこういう感じで当てはめていくという話を、真理そのものの説明をした前回の6ページの記事以降は、するようになってきています(前回の6つの記事を基礎編だとすると、それ以降の記事は、実用編応用編に入ったという感じです)。結局こういう精神性の話は、先ほどもお話しした通り、「学ぶための知識」というより結局は「生き方そのもの」ですから、真理を知って理解したとしても、千差万別の人生の多種多様な経験に対して、それぞれの人が『この時、どうしたら自分を愛していけるのか』とか『この状況で、どうすればありのままを受け入れていけるようになるのか』とか『こんなケースでは、どうしたら「愛=神様」を選んでそれに付き従っていく事ができるのか』と行き当たるであろう疑問に、私が真理を理解した目で話す自分の経験や、真理を理解した目で自分と他人を観察して得た気付きについてなどをお話しした時に、それを聞いた誰かが(その話と疑問を)照らし合わせ向き合った先に「A-ha! ああ、そうか!」という頭の中にPopしてくる閃きが起こることでその人の心が少しでも楽になればいいな、と思っています。そんな感じで書いていますので、私がお話しする話には - それを受け手がどのように受け止めようと - 悪意や敵意を孕んではいませんし、私がお話しする話は「私の事・私の話」というよりも - つまり「出来る人にしかできない話し」「私とは関係ない」「他人事」として捉えるよりも - 「(自分はそういう考え方をしてこなかったけれども)こういう考え方もあるんだ」「(自分はこういう姿勢ではなかったけれども)こういう姿勢で向き合う事も可能なんだ」「(今迄はそれを不可能だと思っていたけれど)そう言う選択は可能なんだ」と言う感じで、参考にして頂ければと思います:もちろん受け止め方も人それぞれ【自由】であり、それぞれのシナリオによって既に決まっているのですが、もしも自分が自分に対する「愛=神様」を選択するのであれば、その時それを選択する事がシナリオ上で決まっていただけの必然という事ですから、何でも【自由】に選べばいいですし、人生のどの地点からでも、今ここで「愛=神様」を選ぶなら今ここから自分を「幸せ」に向けて進ませることは誰にでも可能だという事ですアップ 赤


Whatever comes next I would choose freely only ones that I feel BLISS with, so bring it on! Whatever happens next I would enjoy it freely, so bring it on!
- Lico
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Whatever comes next I would choose freely only ones that I feel BLISS with, so bring it on! Whatever happens next I would enjoy it freely, so bring it on! - Lico

“次に何が来ようと、自分が最高の幸せ(至福)を感じるものだけを自由に選んでやるから、どんと来い!次に何が起ころうと、自由に楽しんでやるから、どんと来い!”
- Lico


精神性を学ぶ前の私のように、多くの場合は当たり前のように、周囲の意見に耳を傾け、他の人の成功例を試してみたり、これが良いと言われればそれを試しあれが良いと言われればそれを試しと渡り歩いたり、周囲の人間に嫌われないように自分を周囲のルールに合わせて変形させてみたり、誰かに好かれようとして自分を他人のルールに当てはめるように変形させてみたり、「目に見えているもの」や自分がそうやって学んできた「既に知っている事」だけを信じてそれに従いそれを追いかけて、成績や他人の評価や出身校名や肩書やお金・収入といった自分の外側の「ラベル」や「数字」を追い求めんがために、自分がそれを「好き」「愛している」か、自分がそれを「やりたい」のか「やりたくない」のかという事を後回しにして、自分に「今これを我慢すれば後で幸せになれるから」「今ここで頑張れば後で幸せになれるから」と言い聞かせて、「不快」や「痛み」や「苦しみ」を今ここで味わうことを甘んじて許容している事が多いと思います - それが一般的に信じられている「普通」ですからGas icon

しかし精神性を理解してエゴの範疇を出た場所からそれを見ると、今ここで幸せじゃないなら、未来が幸せになる事はないですし、「世界のルール」で生きるのであれば、「自分のルール」で生きるという「自由」は得られないですし、外側のものを追い求めて執着していれば、例え一時期それを手に入れることがあったとしても、結局はそれを失う事になるですし、自分を蔑ろにして、自分を二の次にして、自分を大切にしないで、自分を愛さない人は、状況を上向きにし行く事は出来ないですし、誰の事も本当に愛する事はできないですし、一般的に「普通」と信じられている事の中には「恐れ=エゴ」がいっぱい詰まっててですので、過去の自分がそうだったように本人は自覚していないままに「坂道を下っている」状態であると言えますダウン 青

【どんな選択に於いても、いかなる状況下であっても、自分にとっての選択とは、あくまでも自分が「好き・愛せる」か「好きでない・愛せない」か、「やりたい(それをやる事で幸せに感じる)」か「やりたくない(それをやったら自分を幸せに感じさせることはできない)」か、という指針に従って下されるべきものです】;それが自分自身を生きるという事であり、自分らしく生きるという事であり、自分の使命を果たすという事ですから。いつでも自然のルールはシンプルで単純に、自分が「やりたい」「幸せ」「愛=神様」揺れる赤いハートという【感情欲求】を感じているのなら、それは【Go 進めのサイン】であり、「やりたくない」「不幸せ」「恐れ=エゴ」ハートブレイク 胸が痛いという【感情欲求】を感じるのであれば、それは【Stop 行くなのサイン】なのですピカピカ ひらめき ライト

そして一旦、「やりたい」と【感情欲求】が差し示したものを「やる」と決めたのなら、後は何も恐れる必要がない;何故なら、それは神様と自分の契約なのであって、その間に誰も入り込むことはできないからですHome

例えば - 私自身のこの選択を例にとって話すなら、実際に私に向けてそういう言葉や態度を発せられたという訳ではなく、例えもしそれが起こったとしても - 私がこうして書いている事は、私と神様のやり取りの話であって、それに対して誰かが「信じられない・信用できない」と言おうと、「そんな話をするな」と止めようとしようと、「間違っている」と否定して来ようと、「神様とか言う人とは仲良くできません」と奇異な目を向けてこようと、または、「恐れ=エゴ」嫉妬・やっかみなどから私の足を引っ張ろうと裏で色々と画策しようと、例えば私を心配してくれて「そんな風に生きて大丈夫なの?もっと普通に生きたらどう?」と言ってこようと、何であれ私自身と神様以外の存在の横やりなど【自分の選択】に何の関係もなく(「自分の下した選択」に対して誰も最後まで責任を取れる者などいない訳ですから、結局のところ「自分の選択」に責任を取れる者は自分しかいないのです。精神性から見ても「自分の選択」によって返ってくるものを受け止めるのは自分でしかありませんから、自分と神様以外の存在にその責任を取る事はできないため、「自分の選択」に介入する権利を自分以外の誰も元々持っていないのです)、「で、あなた私の内面・心・頭・マインドに一度でも入れた事あるの?」っていう話ですし、私の内面・心・頭・マインドに触れる事も出来ない人が私の内面で起っている事に対してJudge ジャッジすることはできないため、そんな「恐れ=エゴ」から生じる言動など私にとって、何の意味も、微塵の信憑性も持たず、私がそれに同意しない以上それは私に対して何の力も持たないのですから、そこに注意を向ける必要も無ければ、「恐れ=エゴ」を発する人に私の信じる「正しさ」を解ってもらう必要もないので、私の「正しさ」を理解させようとする必要もなければ「正しさ」を証明する必要もないため、そう言う相手と戦う必要もなければそう言う人間を排除しようとする必要もないわけです; 第一、自分に「恐れ=エゴ」にまみれた人の発する「不快」の相手をさせて、自分で自分を「不快」な気分にさせておくなんて、自分に対する「裏切り」ですから、大切な自分にそんなDirty Work 汚れ仕事をさせる事より放っておく事を選びます - 何故なら、God wins in the end;「愛=神様(全)」に「恐れ=エゴ(分離)」が本当の意味で最終的に勝つことなどあり得ず、途中にどんな障害物が見えたとしても、どんな紆余曲折があったとしても、自分が「愛=神様」に付き従っている限り必ず最終的には自分が「幸せ」に感じるような結末になることは、相手が「恐れ=エゴ」を発した瞬間既に確定しているのですから、何が見えたとしても自分が歩を止める必要はないのですHappy Cat icon


There is freedom waiting for you,
On the breezes of the sky,
And you ask, "What if I fall?"
Oh, but my darling,
What if you fly?

- Erin Hanson

What if I fall, Oh, but my darling, What if you fly - Erin Hanson

“あなたを待っている自由がある、
空のそよ風の上で、
あなたは尋ねる、「もし私が落ちたらどうするの?」
あぁ、可愛い人・愛しい人よ、
もしあなたが飛んだら、どうする?”
- エリン・ハンソン


また、自分が「やりたい」と感じた事を「やる」為に必要なもの - 必要な人との出会いや、活動のチャンスや場、それを支える安定した生活や、それに必要な諸々のものが、それを「やる」に当たって不足しないだろうかなどという事も「恐れ」たり「心配」したりする必要がありません。何故なら、自分の中に湧きあがってきた【】に基づく類のそれをやったら自分や他者(人でも動物でも自然でも物でも物事でも出来事でも)を「幸せ」にできるというような【やりたい】という【感情・欲求】は - 神様が自分をこの世界に呼んだ目的・自分に与えた使命は、『自分の内面に湧き上がる「好き」「心地良さ」「幸せ」「愛」に従って「やりたい」と感じる事をすることで、自分が自分自身として自分らしく生き、それによって自分の中にある「愛=神様」を、自分の体を通して表現し、神様は体現すること』なのですから、自分の中の【Love 】に基づいて選んだ「やりたい事」は、いわば神様が自分に「やって欲しい」事なので - When you're with Love, God helps you with His mighty power because God is Love. その手の「願い・願望」に対しては神様は彼の持つ無敵の力で全面的にサポートするため、神様の後ろ盾や追い風を得られる類の「願望」であるため、何も心配せずに、何も恐れずに、Just Love - ただそれを愛することに集中すればいいのですin Love Smily

自分の中で「やりたい」と感じた事のうち、【Love 】に基づいた自分や他者を「幸せ」にする類の「やりたい」事を「やる」と選択する時にはこれらの事をしっかりと肝に銘じておくことで、不安になったり、迷ったりする、つまり自分や他人の「恐れ=エゴ」に水を差されることを減らす事ができます。私だけでなく誰でも、自分の中の「愛=神様」に付き従う者は、目の前にどんな「障害」のように見えるもの見えようとも、「恐れ=エゴ」に付き従う者によるどんな妨害も、如何なる「不足」に思えるような状況も、「恐れ」る必要はなく、決して「恐れ」によって歩を止めたりしないこと:「恐れ」れば自分もエゴの範疇に入ってしまいますからダウン 青

いつだったかどこだったかでお話ししましたが、何かを見たり聞いたりした時に、それを「面白い」と感じる人も居れば、それに対して「不快」を感じる人も居て、それら「面白い」も「不快」もそれを感じた人の内面を反映しているものであって、そうJudge ジャッジした当人の貼った「ラベル」であり、その「ラベル」は万人に共通するものでもありませんから、誰かにとってはそれが真実であっても、他の人にとっては本人が選んだ別の「ラベル」が真実であったりして、「ラベル」はいつでも不安定であり有っても無くてもいいもので、元々は無い所にわざわざ選んでそれを見るという「Illusion 幻想」ですから、どんな「ラベル」を選んで貼ろうとそれは対象になっている何かの本来の価値を揺るがしたり、本来のを決めてしまったり、真の意味を変えてしまう力など、本来は持ってはいないのですから、誰だって【自由】に貼ればいいんです;ただし、人はそのJudge ジャッジと自分が貼り付ける「ラベル」の積み重ねによって自分の内面の質を決めていて、それは人生の質に反映されているので、自分が選ぶ「ラベル」は自分の世界や人生の質を決めているものであるという事は理解しておくといいでしょう。【What you radiate within yourself will come back to you in some way eventually: That's Karma. 良いものでも悪いものでも、自分から発するものは、相手が変われど、状況が変われど、形が変われど、必ず同質のものが自分に返ってくる:それがカルマ。】ですから、自分が自由に貼る「ラベル」によって、それが反映されたものを見たり聞いたりして経験することになるわけです。【 [Fear=Ego] drags you down, [Love=God] takes you higher. 「愛=神様」の属性の「ラベル」を貼っていれば、それが自分に返っていて、自分を高みに引き上げる。「恐れ=エゴ」の属性の「ラベル」を貼っていれば、それが自分に返ってきて、自分を引き摺り下ろす。】それらは法則ですから、極めてシンプルにその規則に則って普遍的に(例外はなく・誰にでも)働きます。ですから、もしもその事を知って『「愛=神様」の属性のものを選ぶようにしたい』と望むなら、それは自然と「愛=神様」の属性のものを選べる地点へと自分を引き上げますから、「できるか、できないか」を心配したり、「ある時出来なかった自分を非難したり」する必要はなく、ただ「できるようになる」その地点を見据えて淡々と進んで行けばいいのです - 焦る必要はありません「愛=神様」の属性の「願い」を持ったなら、それは未来に既に叶った地点があるという「Preview 予告」を見たのですから、放っておいても「出来るようになった地点」には辿り着きますから。ちなみに、何かを見たり聞いたり経験した事に対して「不快」に感じた時は、自分の中にそれに対して「恐れ=エゴ」がある時なので、自分が何を「恐れ」ているのかに向き合って、それを手放すチャンスです - 自分の内面でそれ呼応する「恐れ=エゴ」に気付いて分解していけば「それは恐れるに足らなかった」と気付きますからそうなったらその「恐れ」を「いや、本来は元々こんな事を恐れる必要はなかったんだわ。こんな恐れ要らないわLaughing Smily icon」と手放してしまえばもうそのエゴに纏わる「不快」な経験はそこで終わりですから。「手放したい。なら、手放そう」と意図決断するならそれで充分です。いつか必ず自然と本格的に身に染みて心の底から手放せるようになる日が来ますから、手放すことを「やる」とはっきりと決めたならもうそんな事は忘れてしまっても構わない。また、向き合ってみても自分の中に呼応する「恐れ=エゴ」が見当たらない場合がありますが、それは自分からは死角になってしまっている自分の中の「恐れ=エゴ」である場合や、エックハルト・トールの言う所のペインボディに当たるもの:自分の魂が何回も輪廻転生を繰り返していく間の今世ではない過去か未来のどこかでそれに纏わる経験がありだからそれを「嫌っている」と言うものだったりしますが、死角に入ってしまっていた「恐れ=エゴ」については、その時にあぶり出されて表面に浮き上がってきたわけですから、そこで手放せばそのエゴからは卒業できますし、もしも今世ではない所からのものであったら「それを好きじゃない事こそが自分自身を作っている」わけで、逆に言えば「それの反対側の性質のものを好きである事で自分を形造っている」ので、それを「自分は選ばない」という選択をはっきりと下し意図して、対象の物をスルーするなり、放っておく手放すありのままにしておくという「愛=神様」の属性の行動をとれば、それはやがて自分が見たり聞いたり経験する範囲で出来ている「自分の世界」から消えていますからそうやって - 指一本動かさずに - 棲み分けすればいいのですwave pink icon

逆に、自分の中の何等かの「恐れ=エゴ」からよく考えもしないで「恐れ=エゴ」の属性の「ラベル」を貼っている方の人の話をすれば - そういう未熟な魂の人が自分の思考を管理する事も出来ずに「恐れ=エゴ」の言いなりになって「恐れ=エゴ」の属性の「ラベル」を辺り構わず貼りまくりそれに従って相手を攻撃したり戦ったり引き摺り下ろそうとしたり故意に傷つけようとしたりというEgo エゴ的な行動したとしても、(一方的に相手から貼られたその「ラベル」に対して、貼られた受け手が「問題」だとか「困る」という「ラベル」を貼らない限りは)誰も本当に傷つける事はできないし困らせることもできず、自覚していようとしていまいと【「恐れ=エゴ」から他者を傷つけようとしたり他者を引き下げようとする人間は、自分で自分の事を不幸で惨めだと感じている人】であり、ところが、誰かの足を引っ張ったり、誰かを引き摺り下ろしても、自分が上に見える事も、本当に上に行ける事もないですから、結局、自分が選んで貼るEgo エゴの「ラベル」によって傷つくのも困るのも、自分でしかありません。だから、そう言う人も【自由】に「恐れ=エゴ」の「ラベル」でも貼ればいいわけです - 人はみな神様の完璧なシナリオの上に居ますから、その人の為のシナリオのうちの「エゴに足を取られて人生の坂道を下る」という部分に完璧に配置されている人なのでしょうから;その人はそこで学ぶ必要があるからその地点に今配置されていて、そんなその人だって、坂道を下り続けていい加減痛みや苦しみに耐えられないという地点まで来れば、自分で自分を救おうとして道を模索し始める、そしてゆくゆくは「愛=神様」に付き従って自然の流れと共に生きる以外に自分を救う道はないという事に、いつかは気付くのですからSurprised Cat icon

例えば、私が話す事を「不快」と感じたり、「きつい」と感じたり、「冷淡だ」とか「高飛車だ」と感じることがあったなら、私から言える事は、私は上でもお話しした通り「誰かの今迄開けられなかった扉の鍵」になる可能性の為に、その一点に目的を絞って、黙々と、淡々と、自分になった実から種を「落としている」だけであり、そこには「誰かが少しで楽になれたらいいな」とか「誰かが、『もう私は大丈夫』と思えるような地点に辿り着けるように」と言う思いと、「世界に対する恩返し」と言う思いしかなく、私が精神性の事についてお話しする時には、甘言だけではないかも知れないけれども「伝えるべき事を伝える」ようにしているのでってそこに敵意や悪意は含めていない為、そういう類の言葉に対して受け手の誰かが「恐れ=エゴ」から「不快」を感じるのであれば、やはりそれはその人自身が【自分の内面】に向き合うのが一番です;何故ならそこに反応している「恐れ=エゴ」こそが自分を真理から遠ざけているもので、その「恐れ=エゴ」を手放すなら自分を楽にすることができ自分を上向きに進ませることができるけれど、その「恐れ=エゴ」を手放すことから目を背けるのなら、それは自分を下向きに進ませることなので坂道を下る事はまだ当分続くでしょうし(坂道の途中で気付くも、坂道を下りきってから気付くも、それも自分で【自由】に選べる - そして、そこでそれ「選ぶ」のなら、そこでそれを「選ぶ」という事が元々シナリオで決まっていた必然であるだけの事です)、如何なる選択を受け手がしようと、それは本人に返るのであって、私に返るものではないですから、私は困らない、何故なら私の人生は私のものであり、私の責任において運営されている。そして、あなたの人生はあなたのものであり、あなたの責任によって運営されているのですから。従って私は誰かの「恐れ=エゴ」からの選択を止めようとはしないし、意見を変える事や同意を強制するつもりもない、ただ、いつもOprah Winfrey オプラ・ウィンフリーのクオートを用いて言うように『I don't want anyone who doesn't want me. 私の事を欲し・求めない人を誰も、私は欲しいとは思わない』ので、「私の選択」という面では、私自身や私のお話しする事の本当の価値が見えない人を、私も「私の世界」に引き留めるつもりは全くなく、私が「選ぶ」事もありません。だからこそ、みんな自身の責任に於いて【自由】に好きな「ラベル」を貼ればいいと思っています;そうする事が完璧な【棲み分け】を齎し、その【棲み分け】によってみんな「幸せ」になれるのですから。そしてもう一つ言っておくなら、悪意を放ってはいない私の言葉でさえも、受け手の誰かに「きつく」「冷淡」で「高飛車」に感じる人が居るならば、それはその時点ではその人にまだエゴの範疇を抜け出す精神力の強さが身に付いてはいないのであろうと私は考えます;しかし、それについては、誰でも神様のシナリオ通りに進みエゴの範疇を抜け出す頃には自然と強い精神力が身に付くようになっていますので、「私は意思や心が弱いから、エゴの範疇を抜け出せないのかしら?」「私は優し過ぎるから幸せにはなれないのかしら?」などと心配する必要は微塵もありません。【エゴの範疇から抜け出す頃には自然と心が強くなっている】、言い換えれば【強い精神力あってこそエゴの範疇の外側に立てる】 - だから私はいつも「そのうち解るよ。エゴの範疇を抜け出して、今私が立っている地点に立てば、その時には今の私が言っている事が解るしそれが当たり前の事だと感じるようになると思うよ」とお話しています。God is Love 神様は愛ですから、「無条件に無償の愛で包めるほどに底抜けに優しい」、同時に、「天井知らず・無敵と言う程に強い」;そういうGod 神様Nature 自然の在り方を見ていても解るように、よく言われている事ですが『優しい事は強い事』です。優しさは、強い人間だけが持てるもの - 一時的に気まぐれに優しくしたり、人気取りや人に嫌われないようにと「恐れ=エゴ」から他人から見える表面だけで優しさを装うことは、心が弱くても誰にでもできる - しかし本当の意味で優しくする事や、何があっても負けずに信念を曲げずに優しさを貫ける事や、どんな時でも・例え誰も見ていなくても・見返りなどなくても優しさを持てる事は、心が強くなれなければできない事です - そして、When you love yourself and others, Love like God does; Love unconditionally, Love without expecting reward, Love without clinging, Love with complete trust, Love without giving up.True Love 本当に愛する事とは、執着する事でも、相手から自由を奪う事でもなく、相手を本当に大切に思うからこそ、相手に自由を与え手放すことができ、相手の「ありのまま」を【君が幸せなら、それでいい】と受け入れられ、見返りを期待せず、相手の事を決して諦めず、相手を信じ抜くことができること:つまりUnconditional Love 無条件の愛・無償の愛である、神様がこの世界の全ての存在を愛するように愛する事です赤いハート大Dove of peace icon.gif


All cruelty springs from weakness.” - Lucius Annaeus Seneca

All cruelty springs from weakness. - Lucius Annaeus Seneca

“全てのクルエルティー・残酷さ・無慈悲・残忍さは、弱さから湧き出る” - ルキウス・アンナエウス・セネカ


Only the weak are cruel. Gentleness can only be expected from the strong.” - Leo Buscaglia

Only the weak are cruel. Gentleness can only be expected from the strong. - Leo Buscaglia

“弱い人間だけが残酷になる。優しさとは強い人間からのみ期待できるものである。” - レオ・ブスカーリア


You can easily judge the character of a man by how he treats those who can do nothing for him.

You can easily judge the character of a man by how he treats those who can do nothing for him. - James D. Miles

“男(人間)の性格・人間性は、彼のために何もできない者をどう扱うかで容易に判断する事ができる= 自分より持たない者・弱いものにも等しく真摯に向き合う事は教養であり紳士の証である。”

Character is what you do when no one is watching.

Character is what you do when no one is watching

“人の人間性・性格・人格とは、誰も見ていない時にその人間がする事に表れる。”



と言うわけですので、私は、読み手や聞き手やフォロワーや訪問者を引き留めようとして、相手に合わせて耳障りの良い事だけを並べて真実に蓋をするつもりはなく、「私は聖者である」なんて言うつもりもないので(私は聖者なんかになりたい訳ではなく、どこまでも私自身で在りたいだけですから)誰かのヒントになればと私がエゴ(個)としてどう物事や他人とDeal やり取りするかというお話をそのまま書き自分を美化するでもなく、それは時に『良薬口に苦し』であったり、『期待外れ』であったり、感じ方は人それぞれだと思いますが、あくまでも「誰かの心が少しでも楽に幸せになれますように」と思ってお話ししたり書いたりしている言葉やその語り口を変えてまで【私が私と言う人間であることを決して曲げたり変えたりはせず】、いつでも『This is who I am. And I'm proud of myself. これが私という人間である。そして私はこの私を誇りに思っている』と言う思いを胸にお話ししています - 私が私自身で私らしく居れば、その私に相応しくない人は去り、その私に相応しい人だけが残り・訪れ、最終的には私の周りにはそのありのままの私を愛する人たちだけになると思っているので『来るもの拒まず、去る者追わず』で全てを自然に任せていますBlue Marble Icon

Life is a Game. 人生はゲームだ。】

Life is a Game 人生はゲームだというこの言葉は、前回6ページの記事を書いた時にお話しした際に、【人生に起っている様々な事をまともに食らって右往左往しながら、人生を何か物凄く難しい挑戦のように捉えるのではなく、もっと色々な形で自分の中の神様とゲームするような感覚で楽しんでいくと、物事はそれまで想像していたよりもずっとシンプルで、自分はそれまでは想像もできなかったくらいに自由で、人生は驚くほど楽しいものになるよ】、というお話しの中で用いた言葉でしたPlaying Cards icon.gifClapping Cat icon - 決して、『Life is a Game, so you gotta win, 人生はゲームだ、だから勝たなくてはいけない』などというEgo エゴ的な意味で用いた言葉ではありませんHell No icon

あの6つの記事を書く前に、うちの家族がFF15というゲームをやっているのを見ていました。その時に、主人公の他に3人のお供を連れて歩いているので、ダンジョンの中ではよくお供が柱や階段で引っかかってしまい、主人公が前に進もうとするのに付いて来ないという状態になることがあり、それを見ていて家族に「いや、ただ前に進めばいいよ。そうすると、暫くすれば勝手にお供は自動生成されてるようだから。」と言ったのですが、その後すぐにそれが頭の中で【あなたが進めば、あなたの後ろは勝手に自動生成される】という言葉になって、『過去は自動生成される』という108さんのチケットのスレ(詳しくは前回の6ページの中で紹介してあります)のどこかで誰かが言っていた言葉と急に結びつきリンクしました。スレの中では『現在の自分が【完璧】を認めれば、その【完璧】は過去にも未来にも行き渡る。そして、問題があったかのようだった過去も【完璧】となり、その過去を知っていた人でさえも、その過去を「完璧だった」と評価しだす。そのようにして、過去も変えられる。』という話だったと思います。その言葉のリンクが頭の中で起こった時に、【あぁ、真理を見ようとする人には、この世界のどこにでも、ゲームの中にだって、神様は本当にどんな手を使ってでも、真理を見出せるようにしてくれて導いてくれるんだなぁ】とぼんやりと考えていましたAngel Cat icon

いつもお話しするように、うちでは一切テレビを観ないので、食後などに家族で揃って映画やゲーム実況を観たりします。前回の6つの記事を書いたとに、FF15の【あなたが進めば、あなたの後ろは勝手に自動生成される(過去は自動生成される)】の気付きからちょうど1年ほどが経っていて、その頃は、「The Evil Within 2 サイコブレイク2」が発売になったようで、いつもお世話になっているゲーム実況者の方のチャンネルでサイコブレイク2を観始めていました。私は元々、ホラーとかグロとか(そして、ハッピーエンドでないものや、ゲスい人間の出てくる胸糞悪いもの、平和に暮らしているだけの動物を人間が一方的に襲って殺すタイプのものなども)が大嫌いなので、基本的にはホラーは観ませんが、サイコブレイクは1の時に家族が観たいと言うので実況をそちサイコブレイク2と同じゲーム実況者さんのチャンネルで観させてもらっていた経緯あり、そちらではDLC ダウンロードコンテンツの部分もプレイ動画をアップして下さってい居たので観る事が出来ていたため(1の後でDLCも観ておく事で2に進んでから理解できる事もあります)、映画のストーリーを追うような感覚で、続編であるサイコブレイク2をそのゲーム実況者の方が始められた時には、普通に観たいと感じて観る事にしました。サイコブレイク1を見た時は、その邦題の通り心理的な事についてのお話しで、Fallout 4 フォールアウト4(だったかな?こちらでは前作も見せて頂いているので、何作目だったか…ポッドに入って脳内で別の町での生活を経験する部分です)や映画のMatrix マトリックスでも描かれているように、『現実と夢とは、どちらが現実でどちらが夢なのか、判らないものである』といった荘子胡蝶の夢のような事が描かれていたという印象で、それほどまでに何か新しい気付きがあったという感じはありませんでしたが、元々心理的な事は興味がありましたし、精神性の事を学んでからはそれに纏わるメッセージが含まれているものは自然と出会いますし(こうして普段は選ばないようなジャンルからでもちゃんと出会える)、私にとってそういう物は触れれば惹かれて面白いと感じますから、その時点では作るのか作らないかは分からなかったですけど続きが気になる・続きが観たい、と感じていた作品でした(私に限らず、精神性とは関係ない所で生きている人でも、真理が描かれたものなどには自分の中のと呼応して人は引き寄せられるように元々創られていますしね)。ところが、サイコブレイク2を観始めたら、精神性の事についてサイコブレイク1よりももっとずっと掘り下げた部分まで描かれている事が分かり、サイコブレイク1を観ていた時よりもずっと面白くて興味深くてのめり込んで観ていました(サイコブレイク2はホラー要素もグロ表現も1よりも和らいでいるのでストーリーに集中できます)Video Game icon.gif

サイコブレイク2は、余りに精神性についての真理が盛りだくさんに詰め込まれていて好奇心が止まらなくなったので、途中から次の動画を一週間待つ事が出来なくなって、3人のゲーム実況者さんの所で並行して見ていたほどでした。あの頃に一度ブログにサイコブレイク2に描かれていた真理についての事を山のように書きたくなって色々メモしていたのですが、なんだかんだで時間が経った今では、詳細についてを色々話すより、その時に私に起こった気付きについてに絞って書くことにしようと思います。お時間がある方は、上にリンクを(この上のパラグラフ内、ゲーム名が緑になっている部分に)貼っていますので、是非再生リストから映画を観るような感覚で観てみてください。そこで気付くことがあるかも知れませんBlink icon

少しだけ触れておくと、サイコブレイク2は非常に良く人の心理と、それが反映した現実について描かれています。ですから、主人公の精神がまだ「恐れ=エゴ」主導の状態のゲームの初めの部分では、出会う人間の質もそれに見合ったもので「恐れ=エゴ」主導の人となり、主人公も出会った人間をありのままに評価できずに自分の「恐れ=エゴ」によって色眼鏡を通したJudge ジャッジを下した状態で相手と話をするため不信感のようなものを言葉が孕んでいるのを感じますが、ゲームが進むにつれて主人公が自分の中の「恐れ=エゴ」を克服していき、それにつれて出会う人間の質が良くなっていき(現実と同じように)、出会いの際の主人公の態度も「恐れ=エゴ」を剥き出しにした感じではなく相手に敬意を持って接するようになっていくような表現が見られます。その頃には(娘や妻の)幻想のような自分を導く存在に導かれたり心を救う言葉(奥さんの『私はあなたを許す…だからあなたも自分を許して』『地震を自分の所為にするようなもの』と言う所は要チェックです)を貰ったりするようになり、主人公の心が如何に「恐れ=エゴ」の雲が減り徐々に晴れて「愛=神様」の青空が見えて来たかが分かります。そして、「恐れ=エゴ」を克服していきながら、主人公がやっと自責の念後悔などの「恐れ=エゴ」を乗り越えたように見えても - やはりいつも言うように【真理を理解する道は、一足飛びに進むものではなく螺旋を昇るように進むもの】なので - また次のシーンでは主人公の発言の言葉の端にちょっとした「恐れ=エゴ」が顔を見せたりする所(反復練習を繰り返しながら、少しづつでも確実に上昇している様子)が、とてもリアリティが有ってそれ故に私にとっては真理を非常に現実的に描いたストーリーであり、終始夢中になって目の離せない興味深いものでしたClapping Cat icon

サイコブレイク2の主軸となるメインのテーマは主人公が如何に自分の中の後悔や、恐れや、他人を責める気持ちや、自責の念や、自分に対して自分自身や自分のやった事の価値を認めてやれない自信の欠如などの【「恐れ=エゴ」を乗り越えて、自分自身を取り戻して、自分自身を自由にしていくか、そうしてより強く優しくなっていくか】というものだと私は思っています。これは、ホラーな世界に生きていない私達の普通の人生にもスッポリと置き換える事が出来る『誰もが持っている』テーマです - だからこそ観ていて共感できて面白い。そして、そうやって主人公が自分の「恐れ=エゴ」を克服する過程で、真理や心理について良く理解した人間とも出会います - 一人は精神科医(心理学者?)の女性と、もう一人は真理や心理をよく理解した上でそれを悪用し他者を操ろうとしている新興宗教のインチキ神父で - どちらの言葉にも良いヒントが込められています;特に道の途中で見つけて拾う事ができるインチキ神父の書いたと思われる書物?のページが切り取られたものには、(うろ覚えですが)『この世界の全ては完璧である。それを受け入れる事が在るべき姿、進むべき道、幸せになるための方法である。にも拘らず、それに抗う者は災いである』(だから、抗うものを排除しろ)というような文章が書かれており、これは実に巧妙でインチキ宗教らしい言い草だと思って聞いていたのですが、この文章のほとんどが真理であるにもかかわらず、最後の一文だけが「恐れ=エゴ」です。この文章を私の理解で私が直すと、『この世界の全ては完璧である。それを受け入れる事が在るべき姿、進むべき道、幸せになるための方法である。にも拘らず、それに「抗う事」が災いを齎す』(だからGo with the flow - 抗わず自然の流れに身を任せていきなさい)です。人間が、この世界に存在している他の存在を排除しようなんて思うこと自体が「恐れ=エゴ」です;何故なら神様にとっては、どの瞬間も、全ての存在がありのままで【完璧】であり、全ての存在がありのままである事で、全は【完璧】を成しているのですから。ありのままで完璧だからこそ、それを受け入れられずに「恐れ=エゴ」を発する事が、自分に返ってきて、自分に災いを齎してるわけです。この部分が、宗教という形や、集団という形の持つ『エゴ(個)が数多く存在する場所では何処からともなく「恐れ=エゴ」が入り込みやすい』という問題点を良く表していて、Buddha 仏陀が『(短くまとめると)己を燈明とし、他を拠所とすることなく』という言葉を残した通り、自分の外側に答えを求めるのではなく、答えはいつでも自分の中・内面・心に求め、自分が自分の内面で感じる「心地良さ」「幸せ」「愛=神様」「安心」などに付き従う事が、こういった「恐れ=エゴ」を放つ人間の企てに巻き込まれたり騙されないでおく、延いては【幸せ】な人生を歩むために重要な鍵となる、という事を改めて浮き彫りにする部分だと思います鍵

こうして書き始めたら、サイコブレイク2の登場人物は敵も含めて本当に一人ひとりが、現実で多くの人間が当たり前のように生きている生き様をよく表していて、多くの「普通」と呼ばれる人たちが「普通」に抱えている「恐れ=エゴ」を同じように抱えていたり、他人の評価を追い求める事に執着しその「恐れ=エゴ」によって大切なものを見失い、自分自身を見失い、足を踏み外していったり、「恐れ=エゴ」に飲み込まれて自分の外側にある地位や名誉やお金や他人からの評価・評判にしがみ付いて振り回されて大切なものを見失い、自分自身を見失い、最終的には全てを失ったり、その中に在って意志を強く持って「愛=神様」に付き従っていたり、自分の内面と向き合って自身の弱さを克服して元々は「恐れ=エゴ」主導で生きていた自分を「愛=神様」主導で生きる自分へと成長させていたり、誰もが登場人物の誰かに自己投影できるような形で現代社会を表現してありますから、その一人ひとりについて私が見た登場人物たちの心理を書きたくなってしまうのですが、最後に、このゲーム内で研究者によって語られる「ロスト化」という現象について触れておきます。この「ロスト化」も、現代社会に於いて、普通の人が当たり前だと思ってやっている事が、人々を狂わせ、自分でも気づかないうちに「恐れ=エゴ」の方向へ、すなわち自分で自分を引き摺り下ろして「幸せ」とは逆の方向へと向かわせている事をそのまま表現したものと考えます。『何か大きなものに追われる感覚、それに服従してしまうとロスト化が始まる』;他人のジャッジ・批判・評価、収入や持ち物の多い少ないや学校名・会社名・ブランド名または能力や容姿や年齢などで測る優劣・勝ち負け・嫉妬・差別・ヘイト・いじめ、他人との比較、人気・流行、ランキング・順位・成績・業績など…そう言う【自分の外側に在るもの=ただの「ラベル」というIllusion 幻想】を追いかけて「他人の作った基準で自分の価値を測る事や測られる事」、つまり世界のルールで生きる事を受け入れてしまうと、それに飲み込まれて、競争や争いや戦いの輪の中に足を踏み入れてしまい、その結果に感情や思考はいつも自分の外側の状況や環境や他人の意見や評価やあらゆる種類の数字などに翻弄され左右され【心の平穏】を保つことが難しくなり、次第にそれが重圧となり自分に大きなStress ストレスを与え、大切なものを見失い(ロスト)、自分自身を見失い(ロスト)、進むべき道を見失い(ロスト)、全てを失う(ロスト)というものです。ロスト化が進んだ人間は、ゲーム内ではゾンビのような姿になっていますが、現実では目には見えない程度の比較的緩やかな変化によって坂道を下りながら、徐々にあらゆるものを失っていき - 人によって程度は違えど - その痛みに耐えかねて自分を救う道を本気で模索し始めるまで転落し続けるという形で経験する事となり、変化は緩やかに時間を懸けてゆっくり進むため表面から見て判るような兆候がすぐに現れて来るわけではないので、たった数日で明確にゾンビ化する「ロスト化」するよりも状況の悪化に気付くのが遅くなるのが特徴です(逆に言えば、変化は非常にゆっくり進むので、途中で気付き「恐れ=エゴ」を手放し「愛=神様」主導で生きることを選ぶのであれば、あらゆるものを見失ったり全てを失ったりする前に自分を救える可能性は - ゾンビ化・ロスト化するよりも - 高いという事です。まぁ、残念な事に人はホメオスタシスによって現在の慣れ親しんだ状態・状況からは中々出たがらないため、大体は相当辛い状態になるまで、本気でそこから抜け出そうとはしないものですが… だからこそ「坂道を下ってる人が、早めに気付けるかも知れない」と言う可能性の為に自分が出来る事をしたいと思うのですUnlock icon

You were already freed from all of your burdens. God is always with you and has everything planned out. Life is a Game. Walk fearlessly to enjoy it to the max. Do whatever makes you happy and forget the rest.

あなたは全ての重荷から既に解放されている。神様はいつでもあなたと共に在り、全てを綿密に計画してある。人生はゲームだ。それを最大限に楽しむために、何も恐れずに進んでいきなさい。何であれ(自分に対してでも他者へ対してでも、些細な事でも大きな挑戦でも、「やる」でも「やらない」でも)自分を幸せにする事をして、それ以外の事は忘れてしまいなさい。

と言う所で、The Evil Within2 サイコブレイク2を観ていて私に起こった気付きについてお話ししたいと思います。ゲーム序盤のまだ最初のエリアの部分で、ニューオーリンズの建築物のような建物の玄関の前に、ストレッチャーが倒れた状態で落ちていて、その中に入ると、主人公のトラウマ的経験であるサイコブレイク1のビーコン精神病院の記憶がよみがえる部分があります。そこに入っていく時、髪の長い女性のゴーストのような敵が現れて、隠れるようにして右側の凹みのような部屋に入ると、その部屋の中にもドアがあります。ゴーストから隠れながらその部屋を調べていると、ゴーストが主人公が入ってきた玄関からまっすぐ伸びる廊下を通って突き当りのドアをすり抜けていきます。当然、そのゴーストが進んだドアが主人公が進むべき道となります;例え、強力な敵なので「恐れ=エゴ」を感じて逃げたい気持ちはあっても、そちらが進むべき道なのです。そのシーンで、私が見ていた3人のゲーム実況者の方のうちの一人の人が、右側の部屋に入って物陰に隠れながら、怖くて戦いたくないと言いながら、どうにかしてゴーストと対峙することを避けようとしてその部屋の中に在ったドアを片っ端から開けようとして、案の定どのドアもロックされてて開ける事ができず、結局はゴーストが進んだドアへと進むことになったのを見た時、あぁ、人生はゲームそのものだなという気付きが起こりました。人の人生は神様が書いてくれたシナリオ通りに完璧に起こっていて全ては必然ですので本当の所【自由意志はない】;でもエゴ(個)には自由意志があるように見えるので、一応そこに存在するドアをどれも開けようと【自由】に試す事はできる、しかし、結局は進むべき道は決まっていて、本当に人生をより良い方向へ、より幸せな方向へ、自分自身を進化成長させる方向へ、自分を進むべき方向へと先に進ませるためのドアは既に決まっているから、何でも - それが例え「恐れ=エゴ」からの選択であったとしても(「恐れ=エゴ」から他のドアを選ぶような)【自由】に試してみればいい - どうせ「恐れ=エゴ」からの選択が本当に上手くいく事は無く、本当の意味で自分を「幸せ」にする事は無く、結局は行き止まり、最終的には「愛=神様」に基づく選択をせざるを得ないようになっているのだから(God wins in the end. 神様は最後には勝つ) - そしてそれは同時に、「本当に取り返しのつかない程に、脚を踏み外す事は無い;必ず救われる道はある」という事です。丁度それに気付いた頃、自分である経験をしていて、その気付きがその経験ともピッタリと合致したので、私は目の前にあったとある模索中だったものをその気付きの直後に上手く運ばないものは - 少なくとも今は - 選択すべきではない・進むべきではない、という事を教えているのだと悟り、即手放すことが出来ました。いつでも【神様の完璧】とはこういう感じです - 自分が必要な時にちゃんと助け舟を出してくれる;途方もない方向から、途方もない形でAngel Smily icon

この時につくづく感じたのは、このようなRPG ロールプレイング【ゲームは人生そのもの】であり、Life is a Game. 人生はゲームである。という言葉が自分の中の更に深い所へ染み込むような感じでした。ゲームを制作した人は、そのゲームのシナリオを描き、そのシナリオに従ってプレイヤーが歩く道を大まかに決めてあり、あくまでもその範囲で、自由に歩き回ったり他の道を試したり色々な場所を見に行ったりできるわけです。本当に行ってもらっては困る方向には進めないようにしてありますし、拾ったり気付いたり見てもらわないと困るものにはちゃんと誘導していますし、ゲームを進めていく上で必要な物は「足りなくなってゲームが詰んでしまうこと(行き詰ること)のないように」道を進んで行けば自然と手に入るように設定してあるので充分に与えられ、出会うべき必要な人に出会い、行くべき場所に必然的に行く事になり、そうやって【自由】に「行きたい」方向に進み、「やりたい」と感じる事をやって、目の前の事を淡々とこなしながらストーリーを進んで行けば、何もわざわざ無理をしなくても、自分を必死に頑張らせなくても、味方と争ったりしなくても、自然と自分は成長して強くなっていて、持ち物もすっかり豊かに増えていて(ゲームの最後には有り余る位に)、目指していた場所に最後にはちゃんと辿り着くようにストーリーも世界を作ってあるわけです(基本的にはね)。ゲーム内を歩くように、「どうせ進むべき道は決まっているから自分が本当に足を踏み外して取り返しのつかない事になるなんてことはないんだ」と考え安心して自由に行きたい場所に生き、やりたい事をして、言いたい事を言って、自分が自分である事を楽しみ自分の世界を楽しみ自分の人生という旅路を楽しみ、その過程で選択するものが「恐れ=エゴ」の属性のものならドアが開かなかったりして苦労したり遠回りはするだろうけど、結局はそれも「愛=神様」の属性のものを選べるようになる為に学ばされているだけだから本当に神様が見捨てる事なんかないのだから、余計な苦労や回り道を恐れずにそういうのも経験したいならすればいいし、「いや、余計な苦労はしたくない・回り道はしたくない」と思うなら、王道を選んでいつでも「愛=神様」の属性のものを選択するように意識的に生きればいい;どちらにせよ、学びながら進むその道に自分が出会わなくてはいけない人には出会い、行かなくてはいけない場所には行くように物事が運び、必要な物は(自分の内面の質に応じた豊かさで)ちゃんと供給されながら、神様のシナリオ通りに、まるでベルトコンベアのように確実に進んで進化する方向に自分を運ぶ道の上を、どう歩こうとも、時に逆走したり、ぐるぐる回ってみたり、ちゃんと流れに沿って進んだりしながら、結局はシナリオが示すゴールまで止まることなくベルトコンベアに乗って運ばれていくわけですからWinking Smily icon

サイコブレイク2は特にそれが顕著に表れているゲームだったと言えます。なので、それをプレイする人の内面に抱えているものも、ゲームプレイそのものに反映されているのが良く見えます。先ほどもお話ししたように、ほぼ同時に進めていた3人のゲーム実況者の方がプレイしていたのを観てたのですが、それぞれのプレイ中の発言選択からそれぞれがどういうものを内面に抱えていて、それがゲームの進め方やゲーム内の現実で観る物に的確に反映されていきました。プレイ動画を観ている立場では、このゲームは充分に必要な素材やアイテムを気前良く与えているので、そこそこ落ちているものを拾っていけば、「不足」が生じるような事はない「充足」のゲームなのですが、ある人は「恐れ」を抱えていて、常に「足りない」または「足りなくなる」と口にしていて終始弾を節約していて(不足に備えて消費を控えたりため込むという行為や、ケチることは、「不足」や「不完全」のStatementであり「恐れ=エゴ」の属性のもの)、探索を丁寧にする人なので実際には充分なガンパウダーを持っているにも関わらず「足りない」と感じ続けているために、エゴの雲によって目隠しされている状態で実際には充分持っているという事に気付けずいつまでも「不足」を感じ続けてゲーム終盤まで「安心できない」状態のままでした。しかし、その一方で別のゲーム実況者の方は探索はどちらかと言うと大雑把でザルですが、元々性格が大らかで、いつでも紳士的で(ご両親の躾だけでなくご自身の自分に対する躾もあると思いますが、そういったDisciplineの成果としての「育ちの良さ」を持ち合わせている人で)、ご自身が「愛=神様」主導の考えを持たれている事が日頃の発言からも鑑みる事ができるような人ですので、いつも気前良く弾を使い、素材が手に入るかどうかという「不足」に対する「恐れ」をほとんど持たない人なので、終始「充足」を感じている発言と、それを反映して実際にアイテムや素材に満ち足りている状態でのゲーム運びで、そう言う人はやはりゲーム内のミニゲームも成績がずば抜けていたりして、「愛=神様」主導で選択をしてくことの力を思い知らされる思いで観ていましたアップ 赤Kirakira Cat icon

このように【人の内面が、外側の現実を創る】という真理はゲーム内でも明確に表れていましたが、老子の言葉でも言われているように、人の内面にあるもの(思考・信念・概念・観念)は、その人の発言行動に表れ、その人の言動がその人自身の人間性を表し、その人の人間性がその人の世界を形造り、そうやって人は人生を形造っていきます。ですから、ゲーム内の事だから、たかがゲームの事だから、とは言い切れないものがあります;何故なら人の思考や観念・信念というものと、そこから生じる選択や発言や行動、それらが表すその人の人間性、その人の世界や、その人の人生は、互いに切っても切り離せるものではないからです(一時的に装う事はできても、その仮面を貫き通す事はできないでしょう、もし貫き通す事が出来たのならそれは既に仮面ではないのですから)Wait Smily icon

私は元々(精神性の事を学んでからはその傾向は更に顕著で)、何でも相手の【人間性】で選ぶようにしていますから、何か物を買う時でもそのお店や会社の人間の態度を第一の判断材料としますし、日ごろ顧客や社員を蔑ろにしているような話がちらほらと聞こえるような企業からはその会社の商品やサービスがどんなに人気商品でも買いませんし、どんなに口コミがよくても実際その人間から発せられる言葉や行動に少しでも自分が「あれ?おかしいな」と感じたらそこまで(以前は優しすぎて、判断を遅らせてしまい、優しさから「おかしい・変だな」と感じたものに暫く付き合ってあげてしまい、結局は後ろ足で砂を掛けられるような事になったという経験を良くしましたが、やっと学びました)、と言う感じですから、当然ゲーム実況も誰でも彼でも観るというのではなく、人間的に好感の持てる人の所でしか観ません。そうやって様々な局面で【自分の基準】を以って選んでいても、出会った当初は良い人だったのに、何らかの環境や状況の変化で急に豹変する人もいますが、今ではもしそうなったら自分が不快を感じてまで、「恐れ=エゴ」を発している人に付き合う事は、自分に対する裏切りであると学んだので、途中から自分を見失ったり、大切なものを見失ってしまった人とは、その時点で【自分はこれを選ばない】という選択を躊躇せずにするようにして、「お互いの幸せの為に」早めの段階できっぱりと【棲み分け】をするようにしています;当然、「恐れ=エゴ」には付き従わないようにSelf-discipline 自分への躾自己修養をしている身ですので、相手を変えようとしたりどうこうしようとすることはしませんし、自分の「心の平穏」を乱してまで自分の「正しさ」を相手に判らせようともしませんし(例え、そう言う段階の人に説明しても、結局は受け取る準備ができていない為、相手が理解する事は叶わないからです - 経験から言ってもね。決められたシナリオの上にその人も完璧に配置されているという事であり、その人はそこで学ばなくてはいけない事が在るという事ですから。それに「正しさ」も単なる「ラベル」ですから人によって違うものであり、それで【完璧】なわけですから)、相手を攻撃したり戦ったりすることはもちろんしませんし、次にそう言う人と出会う事を恐れる事もせず(それはその時の自分がちゃんとまた【自由】に「選択」しますから、今の自分が考えることではない)、ただ黙って「自分はこれを選ばない」という選択をするだけですが、それだけで【棲み分け】は叶いますから充分です。大切なものを見失い、自分を見失い、進むべき道を見失い、ロスト化してしまった人の事は(この言葉が意外と便利で気に入ってしまったGiggle Smily icon)、神様に任せておけばいいのです、そう言う人の事も神様はちゃんと面倒を見ていますから:上でもお話ししたように神様の仕事に事は抜かりはないですから、そう言う人の事を助けようとする人も必ず居ます - 経験から言って、その場合は助けようとする側の人間でさえも中々大変な思いをするとは思います(それでも必ず助ける人はいるのです、【神様の完璧】ですからね:“God is Love. 神様は愛である。” - 1 John 4:16Love never gives up. 愛は決して諦めない。” - 1 Corinthians 13)。


Don't ever mistake my silence for ignorance, my calmness for acceptance, or my kindness for weakness.

Don't ever mistake my silence for ignorance, my calmness for acceptance, or my kindness for weakness.

“私の静けさを無知と(黙っているから知らないと)、私の穏やかさを承諾と(何も言わず抗わないから受け入れていると)、私の優しさを弱さだと、決して間違えて取らないことだ。”


と言うわけで、私が「その人間性」から選んで、その為その人たちの言動はいつでも心地良く、安心して観ていられるというゲーム実況者の方の再生リストを選んで上にリンクを繋いでおきましたので、そう言う意味でもお勧めしておきます。タイショウくんも、弟者さんも、共通して前述した「育ちの良さ」を持っていて、タイショウくんはいつも大らかさと心の優しさが発言に滲み出ていますし、弟者さんは大らかさと紳士的なもの考え方がいつでも発言に滲み出ているのでこちらでは「不快」な感じを感じた事が一度もなく、いつも安心して観る事ができ、時に他の場所でゲスい発言に出会ってしまって「不快」を感じた後に、タイショウくんや弟者さんの動画を見ると「やっぱりこうじゃないとねぇ」と本当にほっとする事ができますCat Kiss Smiley icon.gif 弟者さんの所はお兄様の兄者さんも従兄弟のおついちさんもみなさん紳士でいらっしゃって、三人とも、ゲーム内で女性が辛い思いをしているような描写があれば間髪入れずに「可哀想」とつぶやきますし、ゲーム内でも発言も行動もレイディ・ファーストであったり、男性が女性に手を上げるシーンがあれば間髪入れずに「ゲス!」と女性の為に相手の男性に抗議するようだったり、タイショウくんもそう言う紳士的な発言や人に対してでも動物に対してでも優しさが滲み出る発言をしていたのを何度となく聞いた記憶があり、こちらのみなさんは自分を律する精神力や、Chivalry 騎士道紳士的な物の考えを身に着けていらっしゃる方々であるという認識をしているのですが、やはりこの「普段から何気なく発している言葉」だったり「間髪入れずに思わず口から零れる言葉」というのが「計算・打算ではなく」この人が本当にそう言う人間性の持ち主なんだろうな、という事がよく分かる所で、【結局は、人は良いものでも悪いものでも内面に抱えているものを(一時的に虚構によって装う事はできても、最後まで)隠し切る事はできないものだ】という事をしみじみ感じます(内面に抱えているものの質・人間性が素晴らしいと今回ご紹介したゲーム実況者の方々を観察していても、やはり彼らの中に在り発せられている「愛=神様」が様々な形で神様の後ろ盾や追い風を得て、素晴らしい結果となって彼ら自身に返ってきている事が分かりますよ。良いお手本だと思います)。タイショウくんのお母さまも、弟者兄者おついちさんたちの親御さんたちもそれぞれの息子さんを立派にGentlemen / Gents 紳士に育てられた立派な方々でいらっしゃる(自分で自分を育てる事も、子育ても、一人の人間を立派な人に育てる事はどちらも社会貢献ですからね)事に敬意を表し、世界の一員として感謝する思いですClapping Smily


Well-Raised / A Real Gentleman; 'I was raised to treat the janitor with the same respect as the CEO.'”

Well-Raised / A Real Gentleman; 'I was raised to treat the janitor with the same respect as the CEO.'

“育ちの良い / 本物の紳士;「CEOに対するものと同じ敬意を持ってジャニター = 管理人・門番・掃除などをする者を扱いなさいと私は育てられた。」”


という事で、前回の6つの記事でお話ししましたし、その後も繰り返しあちこちでお話ししている事ですが、エゴ(個)である自分や周囲の人間にとって今の自分がやっている事が意味のないもののように見えたり、自分のDreams Goals 目標ゴールとは関係のないような、間違ってもゴールには結び付いている様には見えず自分を導くことはないように見えたり、また、自分がやった事が失敗や間違いのように見えたり、不十分なように見えたりして、不安になったり、心配になったり、怖くなったりする事が有ると思いますが、その「間違い」も「失敗」も「不十分」も「不安」も「心配」も「自信がない」も「怖い」も全部自分自分で貼っているだけの(もしくは他人勝手に貼っているだけの)ただの「ラベル」ですから、全部【Illusion 幻想】でしかなく、それら全ての「ラベル」は自分が「心地良く」「幸せ」に感じられるように選びなおして、「これでいい」「充分」「安心してていい」「心配しなくていい」「自信を持っていい自信がある」「恐れる必要はない」「こう見えてこれで完璧」などに【自由】に貼りなおしてしまっていいのです。どうせ全ては神様のシナリオ通りに完璧に起こっていて、以前にもブログのどこかでお話ししましたが(多分前回の6つの記事の中で)、何が起こっているにせよ全ては必然ですからそれが起った以上は、それで完璧という事ですから、実際には「神様の完璧」という一種類の「ラベル」しか必要はないのですから、「完璧」の属する「愛=神様」の属性の自分が「心地良く」「幸せ」に感じる「ラベル」を【自由】に選んで張り替えていいのですRainbow Flapping Butterfly




【必然; 自分に起こる事も、この世界に起こる事も、起る事には何一つとして無駄なことはない】。今回の記事を読んで頂けたら具体例があった分だけ前よりも伝わったかと思いますが、もう何年も前に「家族が私がホラーなどが大嫌いなのを知りながら、『サイコブレイクを観よう』と誘ってきた」のが始まりで(初めはホラーやグロは嫌だなとちょっと「不快」を感じたけど、家族にもグロ好きもホラー好きもいないのですが「どうしても観たいから一緒に観よう」と押し切られた形でしたが、普段は「やりたくない事はやらない」と言う姿勢でも家族など親しい間柄では「相手の幸せの為に譲る - 相手が喜んで幸せそうなのを見る時、自分が幸せを感じられるから」と言う形でのみ(自分がどうしても不快な時は譲ってはいけません;自分で自分を裏切ってはいけないから)そういう事が何度か起こりましたが、そういう時は初めは気が進まなくても全て、観てみたら・読んでみたら・経験してみたらそこに私が必要としていたメッセージがあったというものでした。「不快」に感じようと、多る事には必ず意味がある必然であるということですね)、サイコブレイク1を観終わった時、サイコブレイク2が出るかどうかは発表されていなかったにも拘わらず、サイコブレイク1を観ていたことで、サイコブレイク2が出る事になった時には何の抵抗もなく「映画のストーリーが気になるから観たい」という感じで観る事になり、サイコブレイク2がグロやホラー要素を減らしてあったからこそホラー・グロ・胸糞が大嫌いな私でも快適心地良さ)に見続ける事ができ、前作よりも心理真理について詳細にしかもリアリティを以って描かれていたので精神性を学んだ私にとっては興味深くそれによって「夢中になって」「楽しんで」観る事ができていた間に、【この世界の全てが神様のシナリオ通りに完璧に起こっている必然】『自由意志はない』と言った既に理解していた真理が、更に自分の奥深くに染み込んでいくよううな気付きを、The Evil Within 2 サイコブレイク 2というゲームを観ている間に受け取った訳です。もしかしたら、これが私がゲームをプレイしていたら、もしかしたら操作に夢中になって詳細や全体を俯瞰して見る事が出来ずに、気付きには至らなかった可能性だってあるけれど、こうして自分にとって必要な【気付き】を自分が取りこぼしたり素通りしてしまったり見逃す事は決してなく、ちゃんとそのタイミングで完璧に気付くように、この場合でさえ何年も前から今回の【気付き」に関する準備は既に始まっていた(人生を振り返ると何十年も前からそこに辿り着く準備をさせられていたなんていうのもありますよ)わけです;このくらい神様は用意周到で、神様の仕事は完璧ですから、何かを心配して、何かを恐れて、何かに備えたり、何かを画策したり、というような「恐れ=エゴ」は、しなくてもいい心配をわざわざして、恐れなくていいものをわざわざ恐れて、(みな自由だから、したいならしてもいいけど、別に「不快」を感じてまでしなくてもいいのに)備えたり、手を打ったり、画策したり、奔走したり、根回ししたり、戦ったり、争ったり、競争したり、勝っただの負けただの本当は在りもしないものに振り回されたりして、へとへとクタクタになるというのは本当につくづく、108さんのチケットのスレで言われていたように『自作自演』であり『自分苛めでしかない』という事なのです;本来、背負う必要のない物をわざわざ自分で背負い込んでは自分を疲れさせ・苦しめ・傷つけ、それが酷くなれば他者を憎むようになったり自分の「恐れ=エゴ」を周囲にばら撒き始める(幸せな人が「愛=神様」をばら撒くのとは真逆でね)、それもKarma カルマによって自分に返ってくるので、更に自分で自分を傷つける事となる、という事が起っているわけですからVomit Cat icon

しかしそれを知ったとしても、理解したとしても、それを自分の言動や経験している事に当てはめられるようになるには、人によって慣れるまでの長さは違えど、やはり反復練習が必要だと思いますし、「どういうケースにどのように当てはめたらいいのか」「こういう場合にはどう考えたらいいのか」と言う詳細は、自分で経験する事の繰り返しや積み重ねによって感覚を掴んでいく事だと思います(みなそれぞれの人生を歩んでいるので、誰かと似たような経験をしている場合もあれば、誰かがしているような経験とは全く縁がない場合もありますし、人によって感じ方が違うので「誰かにとっては造作もない事」なのに「誰かにとっては死ぬほど辛い事」だったりして進化のためにそれぞれが敢えて異なるように創られた私たちにとってそれは自然な事なので、やはり自分で人生を歩き、自分で感じ取って学んでいくしかないのです)。それでも、もしも私の経験や私の目を通して見た色々なものについて私がお話しする事は、誰かの近似値であるかも知れませんから、やはり『誰かが開けられなかった扉の鍵』になる可能性を秘めているため、私は私の気付きを言葉にした「自分と言う樹になった実の種」を黙って大地に落としておきますblowing a kiss icon

そしてこちらも前回の6つの記事でお話しした事ですが、今回のお話しでもそうであったように、【Caterpillar 青虫・芋虫がそうであるように、自分はいつでも無自覚に何だかわからないけどちゃんとChrysalis サナギを作っていて、自分でも知らないうちにちゃんとButterfly 蝶々になる準備をしていますから(自分でもその自覚のないままにさせられているので)、時が来ればいつかは必ず自然と蝶々になる】のですから、どうか先の事を考えて「不安」になったり、折角未来に思い描いているVision ビジョンの所為で現在に「不満」「不十分」を感じたり、自分がやった事(過ぎてしまった事)を後悔したり、いつかの自分の失敗を『失敗は成功までの道のりの一部でありそれすらも必然であった』にも拘わらずいつまでも自分を責めたり他者を責めたりそういう「心地良さ」や「幸せ」とは真逆の「不快」な事を自分にいつまでも考えさせる事で、折角の【Here Now 今ここ】台無しにせずに、今ここを、今持てるものを、今の自分を、今の状況を、今の幸せを、今の経験を、今の全てを、楽しんで、笑い飛ばして、祝って、遊んで、愛して、抱きしめて下さい;私たちは決して「いつか」には行けず、私たちは何処まで行っても永遠に、どこかの地点の【Here Now 今ここ】にしか居られないのですから、【今ここ】で楽しめなかったら、幸せになれなかったら、この先の「未来」の「どこか」で「楽しめる」ことも「幸せ」になることもないのですから。自分が「やりたい」と感じる事を「自由」に選んで、今の自分にできる範囲で構わないから、今の自分に出来る事をやって、「いつでも」今ここの自分を「幸せ」にしていって下さい - それは「いつか」の自分自分の愛するものたちの「幸せ」に繋がっていますからKissing Smily xoxo icon


Don't ever, ever, EVER, ever give up. You're here for a reason. Even if it's just to look at cats on the internet. You'll figure it out.” - Jenna Marbles

Don't ever, ever, EVER, ever give up. You're here for a reason. Even if it's just to look at cats on the internet. You'll figure it out. - Jenna Marbles

“決して、決して、決して、絶対に、諦めてはいけない。あなたがここに存在しているには意味がある。例えそれが(今は)インターネットで猫を見るだけでも。その(意味は)そのうち解るわよ。” - ジェナ・マーブルス


かつて、こういう精神性の事を「知りたい」と感じてから、数年に渡って、夢中になって学び、自分と自分の人生と向き合い、身近な人を通して思いがけずメッセージを受け取ったり、精神性とは関係ない事をしている間にも様々なメッセージを差し出され出会いそこから気付きを得たり、全く関係ない事をしている間に頭の中に神様から送られてきてPopしてくる閃きによって気付きを得たりと、様々な形で確実に導かれ、もう「これで充分だ。もう私は大丈夫。」と感じて、精神性について学ぼうとする姿勢や向き合うという姿勢を解除してからも尚、自分に起る気付きは止まらず今も私を導き続けているように、一度それを望んだのなら(それが愛に基づく願いで、自分自身や自分が幸せにしたいその相手が幸せに感じているのを見る事で自分も幸せに感じるという類のものは)それは既にそれが叶った未来が存在しているという「Preview 予告」を見たという事で、更には、神様が愛を与えようとする事に上限はないため自分が充分だと思う以上に差し出されるものです。この文章を読んで分かるように、初めの「学んで」「向き合った」以外は、自分が知ろうとしていない間、何か他の事をしていてその事については考えていなかった間に『何だか分からないけど』『思いがけない方法で思いがけない方向から』「メッセージが届き」、自然と進むべき方向へ「少しづつ」でも「確実に」引っ張られていっていて、自分が予想していた地点には確実に辿り着き、更には、自分の予想を超えて上昇して行っています。つまり、何かを望む時、それを手に入れるために、それになる為にとエゴ(個)の考え付く狭い範囲で何かを選んで、「こうすれば上手くいくだろう」「こうすれば成功するだろう」と下手な計算をして、その為に「自分に鞭打って頑張ったり」「自分に無理をさせたり」「今の自分を犠牲にさせたり」するよりも、例えエゴ(個)の目には一見、自分のゴールとは全く関係ない事をしているように感じるものでも、自分がそれを夢中になって楽しむことができて、それをする事で「幸せ」に感じる事ができるような、自分が「やりたい」と感じる事を、下手な画策や心配などせずに素直にやっていく事が、自分に「心地良さ」や「幸せ」に感じさせたまま、自分が望んだ地点へ自分でも知らない間に自分を届ける事になるのですHigh Five ハイ・ファイブ Icon

どんなにそう説明しても、自分の経験を通して、自分の経験を通じて自分の身をもって理解し、理解したものを自分の中に深く落とし込まない限り、本当にそう言う生き方が自然に出来るようにはならないでしょう。「そう言う話を聞いた」「それを知りたいと思った」「そうなりたいと思った」という地点から、「それを深く理解して確証を持った」「これなら自分にもできるか知れないと思えるようになった」という地点まで、そして更に「それができるようになった」「それが自分のものになった」「私はもう大丈夫だ」と思えるようになる地点までの間を橋渡しするために必要な物は、「前に進もう(幸せになろう・辿り着きたい場所に辿り着く事で自分を幸せにしよう)」とする意志です。その意思さえあれば、日々起こっていく数々の経験の中で、「四の五の言わずにやってみる勇気」「他人に何を言われようと自分がやりたいと感じる事を選んでやれる勇気」「問題や失敗のように見えるものが現れても、自分が目指す地点を諦めず・投げ出さず・信じ続ける勇気」「心配や恐れやエゴを手放せる勇気」「失敗したって構わないと、自分が信じるものの為に前に進むためなら、失敗さえ恐れずに自分が信じる気持ちを貫く勇気」「自分が愛するもの、自分が愛するゴール、自分が愛する幸せの形を、愛し続ける事を決してやめない・諦めない勇気」などの一つひとつの小さい勇気を - 途中何度「恐れ」や「不安」や「心配」に苛まれようと - 最終的にはちゃんと選んで進んで行くことができる;その意思を持つ限り、あなたが本当に神様の手を離してしまう事はないからAngel Smily icon

神様はあなたをより「幸せ」な状態に導こうとすることを決してやめないし、あなたを決して罰さないし、あなたを愛する事を決して諦めないGod is Love 神様は愛だから - 【あなたは自分の発する「恐れ=エゴ」が自分に返ってくる事によって罰されている;つまり自分で自分を罰しているだけ】です。だからあなたが「恐れ=エゴ」には従わないと決め、「前に進もう・自分を幸せにしよう」という意志をしっかりと抱えておくこと、つまり自分を信じる事を決して止めないこと・自分を決して諦めないこと、すなわちいつでも「愛=神様」を選ぶことを貫くなら、あなたは神様の手を離さず握り続けることとなり、そうしている限り神様の後ろ盾と追い風はあなたと共に在るBuwoって飛ぶ

God 神様に対して、Halfass 片足だけ突っ込んで様子見するような中途半端な駆け引きは通用しない。
最終的には、「信じる」か「信じない」かのどちらかしかないのですDiverging point yellow road sign icon

前回の6つの記事までは、まず「真理を知る」「まず始める」事を優先させてきました、何故なら「まず始めて」「それを望む」なら、その時点で既に、もう自然の流れは「それを望んだ人」を真理に向けて、より幸せなゴールに向かって運び始めている(というPreview 予告である)からです。その流れに乗ってしまえば、自然と進んで、夢中になっているうちに自然とゴールに辿り着きます。この記事からは実用編応用編に入っているので、注意点についてもお話ししたいと思っています。精神性について学んで、心の力と共に生きようと決めた頃は、『ちょっと「愛=神様」を選んでは、それが本当に効果があるのかと、周囲を見回して様子見をする』『「ほら、恐れを手放したよ」と言っては効果があったのかとチラチラと様子を伺う』と言うように、片足だけ突っ込んでは「これでいいのか?」「これは本当に安全なのか?」と世界神様と取引をしようとすると思います。これは失敗したくないという「恐れ=エゴ」からの行動ですが、この状態では、Ego エゴの範疇を一歩も抜け出せていないので、(時々、成功したように見えるような事は起こっても)一定した・安定した結果を得る事はできません。多くは、この状態でいる期間のうち、自分が思ったような効果を実感できなかった時に、諦めてエゴの世界に戻っていくのです。しかし、自分が神様に期待したような結果が得られなかったのは、神様があなたに望んでいるような信頼をあなたが神様に与えなかったからで、【あなたが信じた分しか、得られない】のです。『まずあなたがGive - 与える事が、あなたがTake - 得る方法である』これは、『Everything Starts from within. 全ては内面・内側から始まる』と同じ意味で、まず「自分」から始めないと「世界」は応えない - ようにエゴ(個)には見える - のです(ですから以前にブログのどこかで『自分=世界』ではあるけど、『世界=自分』ではないと言ったのです)Looking back and Blowing a kiss Cat - Kiss Goodbye icon実際には、前回の6ページのように「神様の青空」と「エゴの雲」の例えを用いて言うなら、青空(神様の愛・神様の恩寵)はいつでもそこに在り、青空が無くなってしまう事など決してないのだけれど、エゴのがいっぱいに広がれば見えなくなってしまう; そして自分が愛した分だけ、信じた分だけ、安心した分だけ、幸せに感じた分だけ、エゴの雲が流れていって消えてしまうから(エゴの属性は有限)、自分が「愛=神様」を発した分だけ、つまり愛した分だけ、信じた分だけ、安心した分だけ、幸せに感じた分だけエゴの雲を取り除く事ができ青空が見えてくるという事です(「エゴの雲」を発生させるのも、手放して放っておき流れていかせる事によって消す事ができるのも自分です)Rainbow icon

こういうHalfass 中途半端な取引をしようとして、その上結局「恐れ=エゴ」と手を切る事を途中で諦めてしまいHalf ass 生半可な所でやめてしまったせいで、大した成果を得られなかった人が、『自分は「恐れ=エゴ」を乗り越える事が出来ずに諦めて、「恐れ=エゴ」に付き従う事に自分で戻って行ったのだ』という事実に目を背けて、「神様なんか居ない」「引き寄せの法則なんか効かない」「そんな事を信じている奴はアホ」だとか言い出すわけですEhehe - Tehe Cat icon 自分の中の「恐れ=エゴ」のしつこさ負けずに、紆余曲折あろうと諦めずに愛し続け・信じ続けて、最終的には「恐れ=エゴ」を克服した人間にすれば、例え、Halfass 片足だけ突っ込んで様子見する程度の甘い覚悟で始めても、それでもその過程で自分で自分の精神を鍛え上げて前に進み続ける人も居る中で、途中で諦めて投げ出す程度の覚悟精神力しか持てなかったという事で、「まだ人知を超えた幸せや宝物を受け取るに相応しいレベルに達していなかった」、「まだ受け取る準備が出来ていなかった」、「まだその地点から遠い場所に居る」というだけの事でしょう(それでも諦めなければ良かったのにね)、という感じなのです。この二者を分けたものは、継続する粘り強さ諦めない心信じ抜くこと、つまり【愛が強いか】と言うより多くの場合(この事に足を踏み入れる原因となった自分自身の幸せや、愛するものの幸せや、自分が向き合っている自分自身やこの事自体を)【本当の意味で愛していたのか】という点だけです;上でお話しした通り、精神力の強さは、その人が諦めなければ経験を重ねるその過程で精神を鍛える事ができ、ゴールに辿り着く頃には自然と身に付いているものですから。それはそもそも精神性の事・引き寄せの法則LOBA: The Law Of Being Attracted 引き寄せられの法則引き寄せられる法則)などに興味を持ち始めた動機が、「誰かに勝ちたい」「誰かを見返したい」「自分の力を証明して認めさせたい」などの「恐れ=エゴ」から始まったものなのか、「自分を救いたい」「他者(人、動物、自然など)を助けたい・幸せにしたい」「自分や自分の愛するものを幸せにしたい」「自分が愛してやっているものを高みに引き上げたい」などの「愛=神様」から始まったものなのかによって、手にする結果は既に決まっていた;「恐れ=エゴ」から始まったものは神様の後ろ盾や追い風を得られない為、エゴ(個)の限られた力だけで物事を進める事となるので、「恐れ=エゴ」の属性である「有限」が適応されるので途中までしか進めず、「愛=神様」から始まったものは神様の後ろ盾や追い風が得られるため、エゴ(個)の限られた力を超えて進むことができ、「愛=神様」の属性である「無限」が適応されるので自分が想定していたゴール、そして更にその先まで進むことができたわけです。始まりも、終わりも、神様のシナリオ通り、全て既に決まっていたことであり、今の時点では辿り着かない人(先の時点で辿り着く予定があるため)と今の時点で辿り着く人とが既に決まっていた、という事です赤いハート大Dove of peace icon.giftreasure box icon


【その時】が来れば誰にでも「できる」、けれど「できない」という事はまだ【その時】ではないというだけの事


そうして、ある人は「こんな事は無理だやめておきなさい」と言い、一方で「これこそがあなたを幸せにする方法だから、迷わず進め」と言う。それは、自分自身が「恐れ=エゴ」に足止めをされている人が自分の「恐れ=エゴ」で他人を縛っているのであるし、英語のクオートでもあるように『自分が成す事が出来なかった人は、これは不可能だと言う』わけで、自分で「恐れ=エゴ」を克服する事ができた人やそれによって何かを成したり手にれる事が出来た人は、「心配せずに、やってみなさい」と言う。しかし、自分が「恐れ=エゴ」に負けたからと言って、助言をする相手が自分がそうだったように「恐れ=エゴ」に負ける人間だかは分からない;個と全の両方の進化の為に人はそれぞれ異なるように創られていますし、人は見かけでは山頂までのどの段階に配置されているかは - 外見年齢や今置かれている環境状況持ち物や持っているお金の多さや肩書などの表面的な要素では - 測れないために判らない。それなのに、誰かが幸せになろうとしているのを止めようとするのは、「縛り」でしかない。例え「恐れ=エゴ」主導で進めて、一度はゴールにたどり着けなかった「そんなの無理だ」と言ったその人でさえ、神様のシナリオによって毎瞬前へ前へと進まされて成長しているので、時を改めてもう一度向き合ってみるのなら、「今もまだできない」とは限らない - 自転車に乗れるようにと毎日暗くなるまで転びながら練習していて、中々乗れなくても、ある時「何らかの理由で」時間があいて、またある時何となく「もう一度、自転車の練習をしてみよう」とやってみたら、いきなり成功して乗れるようになったりすることがあるのと同じで。Love never gives up. 愛は決して諦めない】 - 神様が私達を愛するように;しがみ付かず・執着せずに、でも決して諦めず、淡々と(今の自分出来る範囲でいいから自分の「やりたい」と感じる自分を「幸せ」にする事を「自分が持てる全てを気前よく投じて」「夢中になって楽しみながら」やって)黙々と進むようなSilent Passion 静かな情熱を持ち続けるなら必ず、辿り着きたい場所に辿り着けますDoor iconリゾート ヤシの木 ビーチ晴れ 太陽

前回の6つの記事で繰り返し言ったように、私の言葉に出会ったなら、それを「信じようと」「今は理解できなかろうと」「今は実行できなかろうと」「今は興味が湧かなかろうと」、今出会ったという事自体に意味があり、出会った以上は「今は必要ない」と思っていようと後で必ずそれが自分の中で意味を持ってくる;つまりこの先のどこかで必要だから今出会わされている必然なわけです - 【この世界に起こる事の全ては必然であり、何一つとして無駄な事はない】のですから。ですから、「こんな事は不可能だ」「私は信じない」と言う人でも、私の言葉に限らず、精神性の事や引き寄せの法則など(当然それ以外ののどこかで自分が惹かれるもの引き寄せられるようにして出会うもの全て)に出会った以上は既にそれと自分には何らかの縁があり、何らかの意味があり、何かを学ぶためだったり自分とそれが一体になる(自分のものになる)為のプロセス既に始まっているという事ですから、今ここで手放そうと結局はまた、その道に連れ戻される事になりますし(何度もブログでお話ししましたが、精神性の事は私も何度も離れては連れ戻されてを繰り返しました)、そのまま進んで行けば、無理して手に入れようとしなくても、放っておいても、いつかは必ずそれが叶った地点、精神性の事であれば「エゴの範疇の外に立つ日」「神様の王国に足を踏み入れる日」「神様から王冠を受け取る日」はやって来るのですキラキラCrown iconキラキラ


互いが愛で繋がっているもの(全てと愛で繋がっていて一体であるが、その中でも互いが同じカテゴリーに属すという意味で)は、元々目には見えない部分で自分と繋がっているため、エゴ(個)である自分が何度それを手放そうとも、結局は、現実でも互いは一体となる。互いが愛で繋がっていないもの(全てと愛で繋がっていて一体であるが、その中でも互いが同じカテゴリーに属さないという意味で)は、元々目には見えない部分で自分とは繋がっていない(つまり、自分の為のものではない)ため、どんなにエゴ(個)である自分がそれを手繰り寄せようとしても、結局は、同じカテゴリーに属していない為に少なくともその時点では自分の為のものではないため、例え手にする事が出来たように見えてもその関係は「有限」である。だから、「自分が愛するもの」を素直に選ぶ事が - 元々互いの愛で同じカテゴリーに属し、それを選んでこそ自分が成り立つのだから - 自分にしてあげられる最良の選択であるし、どうしても何かと繋がりたいのならそれを本当の意味で愛するしかない; 自分が現実に望む事の全ては自分の内面が愛で満たされる事によって自然と満たされるものだから


ですから、人生に於いて何かを選択する時:自分の思考、自分の発言、何かを選んで買う時、進学先を決める時、就職先を決める時、入ってくる情報の取捨選択をする時、人からアドヴァイスを受ける時、そして自分の進む道を決める時などには、Buddha 仏陀の言う通り、『天上天下唯我独尊』であり、『(如来の教法には、あるものを弟子に隠すということはない。従って、教師の握りしめた秘密の奥義はない。全ての教えは既に弟子たちに語られた。)だから汝らは、自らを灯明・燈明とし、自らを依処として、他人を依処とせず、法(教え)を灯明・燈明とし、法(教え)を依処として、他(他人を含む目に見える外的要因)を依処とすることのないように』で、他人の意見や現在おかれた状況・環境や現在自分が手にしている物の多い少ないなどではなく、エゴ(個)である人間にとってそれが(やってみる前から失敗失う事を恐れるがゆえに考えるEgo エゴ)「可能に見えるか不可能に見えるか」でもなく、あくまでも自分がそれに対して「心地良く」「幸せ」に感じるか、自分はそれを「やりたい」のか「やりたくない」のかという【自分の基準】で物を選ぶこと、つまり、自分内面自分に教えている自分が進むべき道に進むこと、すなわち自分の中で感じる「愛=神様」に付き従う事が、遠回りしたり回り道をしないで着実にしかも自分よりも大きな力を借りながら進む方法ですAladdin Lamp Icon

更なる注意点をお話しておくと、例え真理を理解できているにせよ、それを自分の選択発言行動に反映させることが充分にできていないのなら、それもまたHalfass 片足だけ突っ込んで中途半端な状態だと言えます。真理を理解していても、「愛=神様」からの選択をし、「愛=神様」からの発言をし、「愛=神様」からの行動が出来ていない - つまり自分自身に適応させることができていないのなら、真理を理解して神様の王国に片足を突っ込むことはできていても、きっと、人知を超えた規模の【自由】も【安心】も【自信】も【幸せ】も味わい尽くせてはいないでしょう;それ故にその地点に居る人は、話してみると真理について知ってはいても、未だに「不満」や「不安」といった「恐れ=エゴ」を抱えているため、いつも口を開けば誰かや何かを扱き下ろしては相手を引き摺り下ろそうとするばかりで、そういう人間である自分に対して自分の期待したような反応をしない人間や、自分とは考えの違う人間など、少しでも脅威に感じる者に対して、真理を理解した今でも未だに「手放して放っておく」「ありのままにしておく」という事ができずに、誰かを攻撃をしたり、わざわざ他人を巻き込んで相手を貶め・傷つけ・破壊する目的で名指しで非難したり、故意に相手の発言のうち前後を切り取って自分に都合のいい部分だけを取り上げるような姑息な手まで使って相手を自分より低く見せようとしたり、いつものように必死に他者を引き摺り下ろそうとする事に夢中で、【自分で自覚していようといまいと「不幸」で「惨め」に感じている自分を慰めようとする発言や行動】を止められずにいます;【幸せな人は故意に他者を傷つけたり「不快」にしようとはしないもの】ですから、そうやって他者をわざわざ公で他人を巻き込んでまで相手を貶めて・傷つける・破壊する目的で相手を辱めたりPick onすることを日々繰り返しやめられずにいる事自体が既に心が健全ではない事を表していますから。そのように真理を理解しても、未だに「恐れ=エゴ」に付き従う事を止めれずに他者を傷つける事で間接的に自分を引き摺り下ろしているのでは、全く意味がありません。そう言う人たちは、自分が一番よく自覚している筈です、「真理を理解したのに、多少は効果を感じているから止めずにいるけど、エゴの範疇を出た先人たちが口々に言う程には自分は自由でも幸せでもない」と(私にはそう言う人たちは、どんなに表面を繕っていても、決して幸せそうには見えませんから、「なんか大変そうだなぁ」と思って見ています。まぁ、私がどう思おうと、ご本人が幸せなら「それでいい」んですけどね)。それは、未だに自分で自分に「不快」を感じさせることを止めてあげていない事、つまり未だに自分が自分を裏切り続けている事が原因です。そう言う人には、Half assed 片足だけを突っ込んで中途半端自分に都合いい所だけに真理を適応させるだけでなく、折角理解した真理を、自分の思考・発言・行動の全てに行き渡らせて初めて、神様の王国の全貌を見始める事ができ、それを充分に満喫する事ができるようになるのですよ、とお話ししておきます(この私の言葉に出会おうと出会わなかろうと、やがて必ずこの事に気付く時がきますよ:神様のシナリオはそれほどまでに完璧であり、神様とは、黙って穏やかに、しかし何にも負けず着実に進み、最終的には必ず成し遂げる絶対的な力を持つもの=『God wins in the end. 神様は最後には必ず勝つ』ですから)giftヨカッタネ



いつも繰り返し書いているように、私は「自分が特別だ」なんて決して言いません;みんな同じ地点にいつかは - 今は真理から遠すぎて、いつかと言っても今世ではなく来世とかの人もいるだろうけど、そう言う人の多くは現在も自分を救おうなんて考えもしていなくて精神性にも興味はなく、何の疑問も持たずにエゴむき出しで生きる事に夢中になってるでしょうし、例え何らかの種類の宗教(集団を形成するReligion 宗教は、個人がシンプルに「God 神様を信じる事」やSpirituality 精神性とは違うものです)などを通して精神性に触れたとしても精神的な準備ができていないために「恐れ=エゴ」を超えて、勇気をもって意識的に「愛=神様」を選んでいく事が出来ずに、「恐れ=エゴ」に流されてEgo エゴを選んでいくのでしょうけれど、例えそう言う人でもいつかは必ず。既に明確に「自分や他者を幸せにしたい」「自分をより良くしたい」「幸せになりたい」「前に進もう」という前向きな意識意図意志を持って精神性などに興味を感じている人は真理に辿り着く日から決して遠くはないという事です。そう言う感じに、全ての人はそこに到着する順番がそれぞれ異なっているだけで - 必ず辿り着く、その地点に立っているだけです。ですから、「信じる人」「信じない人」「Halfassな人」それら全ての人が、意識していようといまいと、自覚していようといまいと、最終的には、真理と言う山頂にいつかは辿り着きます(神様とか真理とかそういう形でなくとも何らかの形で。これも後で詳しく触れると思います) - 神様のシナリオは全て、【山頂】【神様の王国】に向けて人々を運んでいるのですから。ただ「恐れ=エゴ」にへとへとになるまで付き従って坂道を下ったりしながら遠回りをするもダウン 青「愛=神様」に付き従って上昇気流に乗るもアップ 赤どんな道を選ぼうとも自分の選択次第であり、誰もが限りなく【自由】であり、何を選ぼうともその人のシナリオ通りなだけなので「それでいい」のです - 神様はあなたが「自分らしく」居る事だけをあなたに求めていて、自分の中の「愛=神様」に付き従って「愛=神様」をその体を通して表現する事で「自分らしく」自分自身を生き、それによってExcel エゴ(個)が「普通」と考えるものよりもずっと優れたものになって、優れたものを経験して、「自由」や「幸せ」や「豊かさ」や「安心」や「無限」や「完璧」を上限なく経験させようとしています。従って、神様は「自分らしく」自分の中の「愛=神様」を思う存分「自由」に表現する事だけを、つまりあなたの「幸せ」だけを望んでいて、元々あなたにそれ以外の何も課していないのです;それ以外の事は神様が面倒をみるのですから。だから、「恐れ=エゴ」の属性の「ラベル」を貼るのを止めて、「恐れ=エゴ」があなたに囁く「不快」な事は全て忘れて、「愛=神様」の属性の「ラベル」だけを意識的に選んで貼り、「愛=神様」を感じるものだけを意識的に選んで自分に与える事で自分で自分に「幸せ」を感じさせることに集中しなさい、後の事は全て放っておけ神様が面倒をみてくれるから - 経験から言って、うん、本当にね。とても「自由」で「幸せ」で、とても楽ですよPurple Flapping Butterfly


Star Wars: Believing & Confidence
Luke Skywalker “I can't believe it.”
Yoda “That's why you fail.”


スターウォーズ:信じること&自信
ルーク・スカイウォーカー「そんな事、信じられない」
ヨーダ「信じられないから、お前は失敗するんだよ」



さぁて、頭にいっぱい起った気付きを溜めてたから、どんどん先に進まないとねpink cat winking icon




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Caned Soup icon「いつでも自分を愛して、自分に正直に、自分らしく居なさい。なぜなら、自分自身を生きることが、あなたの使命だから。 Always Love yourself, Be true to yourself and Be yourself because Being yourself is your CALLING.」

Caned Soup icon「引き寄せの法則や神様を信じてそれと共に生きようとする事は、何かを変えたいと何かにすがる事じゃない。勇気をもって恐れずに、在ると思い込んでいる限界を超えてその先を自由に目指す事なのです。 It's not actually "The Law Of Attraction", it's "The Law Of Being Attracted".【引き寄せられの法則】」

Caned Soup icon「究極の自由; ルールはない、制限もない、限界もない、境界もない、不可能などない、何故なら神様の計画に於いて自分自身を表現する為に私たちみんなが神であるから Ultimate Freedom; No Rules No Restrictions No Limits No Boundaries No Impossibilities because we ALL are divine gods to express ourselves in God's plan.」

Caned Soup icon「あなたは全ての重荷から既に解放されている。神様はいつでもあなたと共に在り、全てを綿密に計画してある。人生はゲームだ。それを最大限に楽しむために、何も恐れずに進んでいきなさい。何であれ自分を幸せにする事をして、それ以外の事は忘れてしまいなさい。 You were already freed from all of your burdens. God is always with you and has everything planned out. Life is a Game …」

Caned Soup icon「結局の所、私達は私達が愛するものを愛するためにここに来た;レースや競争に勝つためではなく…自分自身や自分の愛するものたちを幸せにする為にとお金や他人の評価や評判を稼ぐためでもない… After all, we are here to love what we love; not to win the race…not to earn money or reputation to make yourself or ones you love happy…」

Caned Soup icon「(世界)それは自分を取り巻く水のよう。あなたがその中で動く時、それはあなたの形にフィットするように自身の形を変える… 水(世界)の中では飛ぶ事だってできるという事を忘れないで。(World) It's like water surrounding you. When you move in it it changes its shape to fit you… Remember, you can even fly in the water (World).」





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The Evil Within 2 - PsychoBreak 2 (サイコブレイク2) 【PS4ゲームソフト】【CEROレーティング「Z」】

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If you are waiting for a sign. This is it


この言葉があなたに引き寄せられたのは、あなたに力を与えるためだったり、あなたの気持ちを代弁していたり、あなたを支えるためだったり、一瞬にしてあなたの心をパッと明るくするためだったり、あなたに必要なものを示すためだったり、あなたの目を覚ますためだったり、あなたの背中をそっと押すためだったり、あなたの進むべき道を示す指標だったり、この先ずっと寄り添い一生を共に歩むための言葉だったり…と、様々な理由であなたに必要な言葉だったからなのでしょう。ちゃんと理由があってあなたの人生にやってきたこの言葉を是非、大切にして下さい。必要な時に思い出したり、いつも心に留め置いたり、時には声に出して自分に言い聞かせ、言霊として自分の力に変えていって下さいAngel Smily icon


Everything happens for a reason


And pass it on : いつかこの言葉を必要としている人や後進にあなたから伝え、その人の人生を明るく照らす日も有るかも知れませんねgift


この言葉と出逢えた先のあなたの未来に、幸せがいっぱい降り注ぎますように…Smile n Flowers icon



※ 英語のQuote クオートの場合、オリジナルそのままのニュアンスを受け取って欲しいので敢えて訳を付けない事も考えましたが、なるべく多くの人の心に届くようにと思い、日本語訳してもそのものの雰囲気を壊さないと思われるものには日本語訳を付けました。その場合、英語(こちらの場合、私のアメリカ人との生活がベースになっているので訳や感覚的なものは主に米語に類します)の持つ雰囲気や空気感を壊してまで日本の学校で学ぶ英文法のルールや、日本の英語の辞書にある比較的日本的な解釈に忠実に従ってむしろ伝わりにくい直訳のような形にはしたくないので、オリジナルが持つ意味やニュアンスをなるべくそのまま伝えられるように意訳してありますWinking Smily icon



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